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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「自民党劇場」が圧倒、野党の動きは紙面で埋没~有権者の政権選択に資する報道への課題

 自民党の岸田文雄・新総裁の選出に伴い、臨時国会が10月4日に召集。岸田氏が首相に選出され、組閣が行われます。既に党役員人事では、麻生太郎副総裁、甘利明幹事長、総裁選で安倍晋三前首相が強力に後押しした高市早苗氏が政調会長など、「安倍・麻生・甘利」の「3A」を手厚く遇しています。10月1日付の新聞各紙の紙面を見ても「岸田人事 安倍カラー」(朝日新聞)、「岸田氏『3A』が後ろ盾」(読売新聞)、「『3A』取り込み基盤強化」(産経新聞)など、“3A支配”をうかがわせる見出しが目立ち、「安倍菅政治」からの変化、改革を感じ取るのは困難です。
 臨時国会会期末の10月14日に衆院解散の見通しとなっており、11月には4年ぶりの衆院選が実施されます。首相は国会議員の中から国会の議決で指名することとなっており、衆院の議決が参院に優越します。そのため衆院選は有権者による政権選択の選挙と位置付けられます。投票に際しての有権者の判断に大きく影響するのがマスメディアの報道です。選挙が公示されれば、新聞も放送も各政党、各候補の扱いについて「公平」「平等」に配慮します。特に放送法の規制を受ける放送メディアは、各党各候補の訴えは秒単位でそろえます。しかし、有権者の判断に資するための報道の観点から考えれば、公平性は公示後だけのことではないはずです。
 自民党総裁選は、直後に衆院選を控えていることから、終始一貫して「自民党の選挙の顔選び」の性格を持っていました。候補が男女2人ずつの同数となり、それぞれが主張する政策にもある程度の違いがあったりして、マスメディアも連日、大きく報じました。一方でこの間、野党の側にも、第一党の立憲民主党が選挙公約を発表したり、安倍政権の経済政策アベノミクスの検証結果を公表したり、といった衆院選に焦点を当てた重要な動きが断続的に続きました。マスメディアも個別に報じてはいましたが、ごく一部のメディアをのぞいては自民党総裁選の報道の影に隠れるような扱いでしかありませんでした。どこまで社会に届いたのかは疑問です。総じて、ここまでのマスメディアの報道は有権者の目には「自民党劇場」一色に映っていたのではないかと感じます。

 一つの試みなのですが、以下に、東京発行の新聞6紙を対象に、自民党総裁選告示翌々日の9月19日付から投開票当日の29日付まで11日分の朝刊紙面で、総裁選と野党の衆院選対策の記事がそれぞれどのように扱われたか、その掲載ページ数をまとめてみました。見出しや記事が占める段数(大きさ、広さ)、1ページに関連記事が1本だけか複数あるかなどの差異は無視して、見出し1段のベタ記事が1本だけでも「1ページ」の報道とカウント。同様に1面トップで関連記事が複数あっても「1ページ」です。ちょっと乱暴な比較かもしれませんが、多くの新聞が「自民党劇場」との比較で、いかに野党のニュースの扱いが小さかったか、ひとつの目安にはなると思います。

・朝日新聞 自民25ページ(うち1面5回)/野党10ページ
・毎日新聞 自民26ページ(うち1面6回、1面トップ2回)/野党8ページ
・読売新聞 自民31ページ(うち1面7回、1面トップ4回)/野党10ページ
・日経新聞 自民30ページ(うち1面8回)/野党8ページ
・産経新聞 自民27ページ(うち1面7回、1面トップ2回)/野党7ページ
・東京新聞 自民13ページ(うち1面3回、1面トップ1回)/野党9ページ
※告示翌日の9月18日付の各紙紙面については、以下の記事にまとめています。
https://news-worker.hatenablog.com/entry/2021/09/19/115830

news-worker.hatenablog.com

 自民党総裁選は計152ページ、野党の衆院選関連記事は計52ページ。これだけでも3倍の開きがありますが、実際には総裁選では記事1本あたりの行数が長いものが多く、1ページに複数の記事が掲載されたこともたびたびで、野党の選挙関連記事と比較すれば、有権者の目には圧倒的な情報量として映ったはずです。

 もちろん、選出される自民党の新総裁は次期首相であり、その選出過程をつぶさに報じていくことの意味が決して小さくないことも、その通りだと思います。しかし、最後の局面でメディアはこれもまた決して小さくはないミスリードをしました。
 世論調査で「次の首相にふさわしい政治家」のトップとして名前が挙がっていた河野太郎氏は、結局は党員票の半分も取れず、議員票は高市氏にも大きく水を開けられて、1回目の投票から1位を取れず、岸田氏に惨敗しました。しかし、東京発行の新聞各紙を例に取ると、総裁選投開票当日の9月29日付朝刊では、以下のような記述が並んでいました。
 ・朝日新聞「党員・党友票(地方票)で優位とみられる河野太郎行政改革相がトップに立つとの見方が強いが、過半数に達せず、上位2人の決選投票となる情勢だ」
 ・毎日新聞「党員票でリードする河野氏は1回目の投票で1位になる可能性が高いとみられるが、勝利に必要な過半数の獲得は難しい状況だ」
 ・読売新聞「党員票を含めると、河野氏がトップで、岸田氏、高市氏が追う展開だ」
 ・産経新聞「河野氏は1回目で最多となる可能性があるが」

 「見方」「可能性」などの表現があるものの、河野氏が1回目でトップに立つことを各紙とも想定していたことは明らかで、結果的にせよミスリードです。事後の検証記事で、実は河野氏が途中から失速していたこと、3Aの思惑が「岸田総裁」へとそろっていったことを描いてはいるのですが、それはそれで「自民党劇場・番外編」ではないかとも感じます。
 確かに結果が読みづらい総裁選だったのでしょう。そうであれば、結果の予想はほどほどにして、別の面に注力する報道のやり方もあるのではないかと思います。
 総裁選を巡っては、安倍晋三前首相の「桜を見る会」の疑惑解明を求める弁護士グループが4候補へ公開質問状を送りました。まともに回答したのは野田聖子氏のみ。岸田、高市両氏は回答なし。河野氏に至っては受け取り拒否でした。まさに「ブロック太郎」の面目躍如ですが、仮にも首相を目指すというのに、この一事でもって不適格と言うべきだと思います。そうした総理総裁候補の「適格性」の報道も、政権選択の判断に意義は小さくありません。弁護士グループは記者会見でこのことを公表しているのに、紙面で報じたのは朝日新聞と東京新聞だけでした(共同通信は配信)。
 この自民党総裁選から有権者の政権選択が始まっているとの意識を強く持てば、総裁選4候補の政策と共に、野党の政策も並べて提示するような報道もあってよかったと思います。東京発行の新聞の中では、東京新聞がその視点で、4候補と共に野党第一党の立憲民主党の政策も併記する報道を続けていたのが目を引きました。
 有権者の政権選択に資するために、どんな情報をどのように提示していくのか。10月4日以降のマスメディアの報道を注視したいと思います。