「軍事優先社会」で何が起こるかを伝えることが衆院選報道に必要~マスメディアにも「表現の自由」の当事者性

 衆院選が10月19日、公示されました。自民党、公明党連立の岸田文雄内閣は10月4日に発足したばかり。一方で野党は、立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の4党が市民連合との間で共通政策に合意し、選挙区での候補者一本化を進めるなど共闘体制を組んでいます。国民民主党や日本維新の会も含めて、それぞれの政党が掲げる公約やその実行可能性を有権者が判断し、自公連立の政治の継続か、新しい枠組みの政治か、どちらかを選ぶことになります。政権選択です。
 新型コロナウイルス対策が与野党とも重点課題になるのは当然として、岸田首相は「新しい資本主義」を掲げて「分厚い中間層の再建」を訴え、野党もそれぞれに富の再分配として税の見直しや給付金などを訴えています。経済政策や格差の是正が主要争点と位置付けられており、東京発行の新聞各紙の20日付朝刊紙面でも、見出しに「コロナ」のほか「格差」「分配」「経済」などのキーワードが目立ちます。しかし、具体論となるとよく分からないことが少なくなく、有権者からは、与野党の主張の違いが見えにくいのではないかと思います。
 そういう中で、自民党の政策の中で他党と際立った違いがあるのは、例えばジェンダーや多様性の問題です。公示前日に開かれた日本記者クラブ主催の党首討論会では、選択的夫婦別姓、LGBT法案の賛否を問う質問に対し、与野党の党首9人のうち8人は挙手して賛意を示しましたが、自民党の岸田総裁は手を挙げませんでした。
 しかし、もっとも際立っているとわたしが考えるのは、このブログの一つ前の記事(「自民党公約が明示する『軍拡』~政権選択の最大論点」)でも書きましたが、これまでとは質、量ともまったく異なる軍事力強化、異次元と言ってもいいような自民党の軍拡路線です。公約集「令和3年政策BANK」の「安全保障」には以下の2項目が記載されています。

 ○自らの防衛力を大幅に強化すべく、安全保障や防衛のあるべき姿を取りまとめ新たな国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画等を速やかに作成します。NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)以上も念頭に、防衛関係費の増額を目指します。
 
 ○周辺国の軍事力の高度化に対応し、重大かつ差し迫った脅威や不測の事態を抑止・対処するため、わが国の弾道ミサイル等への対処能力を進化させるとともに、相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みを進めます。

 かつて自民党政権は、防衛費はGDP比1%以内を上限とすることを定めていました。今はその制限はないとはいえ、1990年度以降で1%を超えたのはリーマン・ショックでGDPが落ち込んだ2010年度だけです。GDP比2%以上というのは、現在の防衛費を倍以上に増やすという意味を持ちます。国家の中で防衛費の扱いを根本的に変えてしまうことです。
 また、「相手領域内で弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」とは、いわゆる敵基地攻撃能力のことであり、先制攻撃できる軍事力を保有することを意味します。憲法違反との指摘が出るのは当然です。
 折しも公示当日の19日午前、北朝鮮が弾道ミサイル2発を発射したと報じられました。同日午後の国家安全保障会議の後、岸田首相は記者団に、防衛力の抜本的な強化策として「敵基地攻撃能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討するよう確認した」と述べたと報じられています。公示前日の18日には、中国軍とロシア軍の艦艇計10隻が津軽海峡を通過したとのニュース(防衛省発表)もありました。
 中国や北朝鮮のこうした動きには確かに不安を感じます。しかしだからと言って、軍事力に軍事力で対抗しようすれば、果てしない軍拡競争に陥ります。その果てに何が起こるかは、1945年の敗戦が教訓として示しています。
 そもそも財源はどうするのでしょうか。2021年度の日本の防衛費は5兆3422億円です。仮にそれを倍増させようとするなら、増税などで新たな財源を見出すか、別の支出を削るかのどちらかです。とても「再分配」「格差の是正」どころではないでしょう。
 また一口に「敵基地攻撃能力」と言っても、日本がまさに攻撃を受けようとしていることをどうやって探知するのか、それに対してどのような手段で先制攻撃をするのかなど、技術的なハードルは極めて高く、その能力の保有までに巨額の資金と膨大な社会的資源が必要なことはおのずと明らかです。
 それでもこの防衛力(軍事力)拡張に乗り出すのだとすれば、防衛費(軍事費)を国家の中で聖域扱いにし、すべてに優先して予算を確保しなければ実現できないでしょう。そうなると軍国主義とまでは言わないまでも、軍事国家への変容、転換です。そしてこの衆院選でも自民党中心の政権が続くなら、この軍拡路線も国民の承認を得た、ということになるのです。公約に明記してある以上、そうなります。

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 20日付の東京発行各紙の紙面では、読売新聞の1面が目を引きました。トップの見出しは「岸田政権の信任問う」。その横に「北、弾道ミサイル2発」の3段見出し、さらにその下に1段ながら「敵基地攻撃能力検討を政府確認」の見出しが並んでいます。岸田政権への信任とは、まさに上記のような軍事優先の社会、今までとは質的にも量的にも次元の異なる軍事力拡張を進める社会を選択することなのだと感じます。
 北朝鮮のミサイル発射や、中国軍艦艇の日本近海航行などのニュースに、不安を感じることもあります。しかし、軍事の世界では、こちらが考えるようなことは相手も同じように考えているはずです。北朝鮮や中国も、在日米軍や自衛隊のありようや行動に対して言い分はあるでしょう。仮に日本が敵基地攻撃能力を保有するに至ったとして、北朝鮮や中国がそれを黙って見ているはずもありません。次は日本のその能力を上回る攻撃能力を持とうとするはずです。
 複数のマスメディアがあるのですから、多様な価値観、考え方を担保する意味で、軍拡を是とする論調があるのは当然かもしれません。一方で、GDP比2%以上も辞さない防衛費(軍事費)の増額と、敵基地攻撃能力の保有に乗り出した時に、日本社会はどう変わるのか、その近未来の予想図を提示することもマスメディアの役割ではないかと思います。投票権を行使する有権者の判断に資するはずですし、他国の動きに不安にかられることがあっても、軍事力で対抗することの危うさに思いを致せるだけの心の強さを保つことに寄与できるはずです。
 軍事が聖域となる社会で、例えば格差の是正や多様性の尊重はどこまで実現できるでしょうか。自民党内で敵基地攻撃能力の保有を主張する人たちが、選択的夫婦別姓やLGBTの問題ではどんなことを主張しているのかを見ることも、判断のひとつの手掛かりになると思います。また、このブログでも何度も繰り返し触れている通り、軍事優先の発想は表現の自由や、自由な情報流通とは相いれません。
 自民党が公約に明記しているこの軍事力増強を是とするか非とするかは、有権者がどのような社会を選び取るのかに端的に結び付く争点です。マスメディアは「表現の自由」という自らの当事者性も自覚しながら、多角的、多面的な判断材料を選挙報道の中で示していかなければならないと思います。

 以下に、10月20日付の東京発行の新聞各紙朝刊のうち、目に付いた衆院選関連の主な記事の見出しを書きとめておきます。

▼朝日新聞
1面トップ「コロナ・格差・多様性 問う/岸田・菅・安倍政権に審判/5野党、217選挙区で共闘/衆院選公示」
社説「衆院選 経済対策 財政規律も忘れずに」
▼毎日新聞
1面トップ「コロナ・経済 各党競う/安倍・菅・岸田政権に審判/衆院選公示 31日投開票」
1面「政治を変える1票を」佐藤千矢子・編集編成局総務
社説「日本の選択 『脱炭素』への戦略 原発の位置付けが焦点だ」
▼読売新聞
1面トップ「岸田政権の信任問う/衆院選公示/自公vs野党共闘 31日投開票/立候補最少1051人」
1面「政権選択に参加を」望月公一・編集委員
(1面準トップ「北、弾道ミサイル2発/日本海に 1発SLBMか」「敵基地攻撃能力検討を政府確認」/2面「北ミサイルに危機感/首相 敵基地攻撃力『選択肢』」)
社説「衆院選公示 将来への責任感が問われる」
▼日経新聞
1面トップ「候補者多様化 道遠く/20~30代 初の1割未満/衆院選公示 1051人立候補」
1面「責任ある分配議論を」藤井彰夫・論説委員長
社説「高齢化に耐える社会保障改革案を示せ」
▼産経新聞
1面トップ「衆院選公示 日本の進路は/1051人立候補 コロナ・経済争点/自民 単独過半数なるか」
1面「リーダー選択『一票』に託そう」大谷次郎・政治部長
社説(「主張」)「衆院選公示 国民を守り抜くのは誰か 『台湾危機』への備えを語れ」/論戦から投票先選ぼう/野党4党合意は危うい
▼東京新聞
1面トップ「あすの社会を選ぶ/衆院選公示 1051人届け出/4年ぶり政権選択」
社説「分配と格差是正 実現への道を訴えて」「選挙戦始まる 有権者の声を届けたい」