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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

伝えるべきは「皇族の人権」~小室眞子さん、圭さんの結婚が可視化させたこと

 秋篠宮家の長女眞子さんが10月26日、小室圭さんと結婚して皇籍を離れ、小室眞子さんとなりました。記者会見では眞子さん、圭さんがそれぞれ心境などを述べましたが、質疑応答はなく、報道側が事前に提出した質問に文書で回答する形式が取られました。眞子さんは回答書の中で、質問の中に「誤った情報が事実であるかのような印象を与えかねない」ものが含まれており、口頭で答えることを想像すると恐怖心が再燃し心の傷がさらに広がりそうだったと、その理由を記しています。その書面回答ですが、憶測でしかない質問には答える必要はない、プライバシーにかかわることにも答える必要はない、との強い意志を感じます。
 しかしどうやら、メディアの中には「皇族としての説明責任を果たしていない」「これでは国民は祝福できない」との考えもあるようです。28日発売の週刊新潮の新聞広告は「世紀の“腰砕け会見” 『小室眞子さん・圭さん』質疑拒絶の全裏側」との大きな見出しが目に付きました。「世紀の」「腰砕け」との表現には、2人に対する悪意を感じざるを得ません。同日発売の週刊文春の広告も「眞子さん小室さん『世紀の会見』全真相」の見出し。週刊新潮ほどの悪意かどうかはともかくとして、「世紀の会見」との強調表現には、祝福とは異なる感情の含みを感じます。

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 小室さん夫婦の結婚が報道に値する公共性を持つのは、天皇制や皇室の在り方を考える上での情報を社会で共有する、という意味合いの一点です。そして、マスメディアの報道にとって、この結婚を巡るあれこれの出来事の本質は「皇族の人権」だとわたしは考えています。「皇族なのだから聞かれたことすべてに答えよ、さもなければ祝福できない」というのは、皇族に個人の自由意思は存在しない、という発想が大元にあるように思います。個人の生き方の自己選択権の否定、つまり人権の否定です。そのことに眞子さんが断固として抗い、結果として、現在の象徴天皇制が内包してきた人権をめぐる構造的な危うさが可視化されたのが、この結婚会見であったように思います。

 27日付の東京発行の新聞各紙の中にも、「皇族の人権」に明確に焦点を当てた記事がいくつか目に付きました。朝日新聞は1面の「視点」に「続いた異例 問われた『皇族の人権』」の見出しを立てました。もっとも重要なポイントだと感じたのは以下のくだりです。 

 象徴天皇制のあり方も国民の総意によって決まるものであることを前提にすれば、「金銭トラブル」をめぐる報道や、結婚相手としてふさわしいかといった議論にも一定の公共性がありうるだろう。今回の記者会見の機会に、指摘された問題に対する説明を尽くすべきだったという主張もあるだろう。

 ただ、忘れてはならないのは、皇室の制度もまた生身の人間によって担われているということだ。
 (中略)
 記者会見で「誹謗中傷」という強い言葉が出てきた意味も考えたい。眞子さんとしては、ただ好きな人と結婚したいという気持ちだったのに、憶測を含む批判で否定され続け、傷ついたということになる。
  一人ひとりの人権や尊厳がないがしろにされるようでは、皇室をめぐる諸制度の「持続可能性」にも影響しかねない。

 日経新聞の社会面に掲載された「皇室は人間が担っている」との井上亮編集委員の評論も以下のように指摘しています。

 眞子さんが結婚の意思を貫いたのは、小室さんへの愛情は当然のことながら、「皇室から抜け出したい思いが強くあったから」と宮内庁関係者は言う。
 皇室の人々は制約された立場ではあるが、それを上回る使命感、やりがいをもって活動を続けてきたと思う。しかし、いまやその境遇はプラスよりもマイナスの要素が上回ってしまったのか。そうしてしまったのは誰なのか。

 週刊誌を中心にメディアが“疑惑”を報じる、当事者がそれを否定すると、今度は「質問にちゃんと答えろ」と批判する―。そのありようを見ていて思い出すのは、1980年代から90年代にかけてのいわゆる「ロス疑惑」です。

 ※ウイキペディア「ロス疑惑」
 夫による妻への保険金殺人が疑われ、妻が襲われけがをした事件は有罪が確定したものの、疑惑の核心とされた銃撃事件(妻が死亡)は無罪で決着しました。わたしは公判段階で取材担当記者として、この“事件”の報道の裏側を事後、かなり詳細に知る機会がありました。当初は週刊誌報道を静観していた新聞各紙も、警察の捜査が始まった途端に洪水のような報道を展開しました。それらの記事の中には後日、司法によって公益性が認められない、単なる興味本位のプライバシー侵害でしかないと指摘されたものすらありました。
 「ロス疑惑」はメディアに大きな教訓を残しました。仮説と先入観や偏見とを厳然と区別し、決めつけを排除すること。突き詰めれば人権擁護、人権の尊重です。それは新聞、テレビ、雑誌の媒体を問わなかったはずです。しかし、眞子さんの結婚では、おしなべて週刊誌は「ロス疑惑」を書き立てていた当時に戻っているかのような感があります。マスメディアに身を置く一人として、「週刊誌がやっていることだから」と傍観していていいことではないだろうと考えています。

 眞子さんと圭さんに対する追及・糾弾モードの報じ方を巡っては、当事者が公人中の公人なのだから問題はない、という主張もあるかもしれません。しかし、選挙を経た政治家を典型として、自らの意思でその位置を選び取ったのならともかく、皇族の皇族たるゆえんは「出生」です。そこに制度としての天皇制、皇室の問題の核心があると思います。
 天皇制に向き合う時には、制度をどう考えるかの問題と、天皇や皇后、皇族の個々人をどう考えるかの感情面を含む問題との二つの側面があります。「皇族にも人権があるはず」「眞子さんにも国民と同じ自由があるはず」というだけで、皇族個人への感情というところにとどまっていては、わたしは象徴天皇制を考えるには不十分ではないのか、と感じています。
 明治維新を経て、天皇は国家の絶対的な君主に位置付けられました。幕末の戊辰戦争から明治の西南戦争までの内乱も、その後の対外戦争も、およそ戦争はすべて天皇の権威の元で行われた歴史があります。戦後、日本国憲法の下で天皇は政治的な実権は持たないこととされ、象徴天皇制が始まりました。それが支持されたのは、戦争を繰り返してはいけないとの教訓が広く社会で共有されていたからだったのだろうと思います。
 1868年の明治維新から1945年の敗戦まで77年です。ことしはその敗戦から76年です。そうした時間軸の物差しで見れば、眞子さんの結婚は1945年の敗戦にも匹敵する出来事かもしれません。明治維新から敗戦までとほぼ同じ長さの時間が象徴天皇制にも流れています。そこで明らかになってきたのが「皇族の人権」という問題であり、それは天皇制と皇族が「出生」によって規定されていることと結びついています。76年前の敗戦を契機とした絶対的な君主からの転換に匹敵するぐらいのことが、眞子さんの結婚を機に、象徴天皇制にも起こり得るのではないか。それぐらいの時間的、歴史的な視点が必要なのかもしれないと感じています。
 象徴天皇制のありようを巡る社会的議論には今後、制度の持続だけではなく、天皇や皇后、皇族の個々人の人権の問題の二つを合わせて考えることが必要だろうと思います。その議論に資する材料を提供するのがマスメディアの役割です。

 以下に、10月27日付の東京発行新聞各紙が小室さん夫婦の結婚をどう報じたか、その記録として各記事の見出しを書きとめておきます。

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▼朝日新聞
1面トップ「『心を守るために必要な選択』/眞子さん・小室圭さん結婚」
1面・視点「続いた異例 問われた『皇族の人権』」
 ※1面に呼称変更の「おことわり」
3面「公務担う皇族 先細り/有識者『確保、喫緊の課題』」※系図「女性皇族は12人に」
5面(国際)「『皇室女性への圧力 浮き彫り』/眞子さん結婚 海外報道」※フランス、米国、英国
25面・会見要旨、質問と回答要旨
社会面(27面)
 トップ「前を見つめ 読み上げた決意/眞子さん・小室さん会見/10分 質疑応答はなく」
 「退路を断ち 示した覚悟」斎藤智子・元朝日新聞記者(皇室担当)
 「『皇室として類例を見ない結婚』秋篠宮ご夫妻」
 「『弱さ』も見せる皇室 ネット進展できしみ」メディアでの皇室の描かれ方などを研究する茂木謙之介・東北大准教授(日本近代文化史)/「早く語る機会あれば 印象は違ったのでは」危機管理に詳しい広報コンサルタントの石川慶子さん
社説「皇室の『公と私』 眞子さん結婚で考える」

▼毎日新聞
1面トップ「眞子さん小室さん 結婚/海外に拠点 眞子さん『私から』/圭さん 冒頭で『愛しています』/会見 口頭の質疑なし」
 ※呼称変更の「おことわり」
9面(国際)「眞子さん 自由に生きて/米CNN生中継 海外も注目」※米国、タイ、英国
25面・特集
 「生きるための選択/眞子さん 力を合わせ歩いていく/小室さん 人生、愛する人とともに」発言全文
 「誹謗中傷 大きな不安」文書回答抜粋
 「類例を見ない結婚 秋篠宮ご夫妻」/「支え合う姿見てきた 佳子さま」
社会面(27面)
 トップ「変わらぬ思い 結実/記者会見 目合わせ」
 「『質問に誤った情報』文書回答」
 「金銭問題『私が対応』小室さん」
 「今後の生活 説明はなし」
 「本音隠した言葉」社会学者・東洋大研究助手鈴木洋仁さん/「『亡命宣言』だった」作家北原みのりさん
第2社会面「国民と絆 深める契機に」編集編成局 江森敬治

▼読売新聞
1面トップ「眞子さま・小室さん結婚/『心守り生きるための選択』/皇籍離脱 渡米へ準備」
2面「祝福の形 守るには」沖村豪編集委員/「海外でも関心」※英国、米国、中国/「岸田首相が祝福」
3面・スキャナー「結婚当日まで曲折/会見10分 口頭質疑は取りやめ」/「皇位の安定継承策 急務」
18面・特集「結婚記者会見 発言と回答文書全文」/「力を早生 共に歩くきたい」「皇族としての時間 宝物」「解決金 気持ち変わらない」
19面・特集「眞子さんと小室圭さんの歩み」/「美術史専攻 海外経験豊か 眞子さま」/「小室さん NYの法律事務所就職」※写真計9枚
社会面(35面)
 トップ「婚約内定4年 支え感謝/新生活 誹謗中傷に不安」/「秋篠宮邸 ご家族見送り」
 「『いつか岩手再訪を』『米国で幸せに』 ゆかりの人祝福」
 「『心』の言葉印象的」エッセイストの小島慶子さん/「口頭説明あれば」名古屋大の川西秀哉准教授(日本近現代史)/「恐怖に耐える姿」精神科医の斎藤環筑波大教授
社説「眞子さま結婚 2人の門出をお祝いしたい」

▼日経新聞
1面「眞子さん小室圭さん結婚/『応援に感謝』『誤った情報 悲しい』」
社会面(45面)
 トップ「『困難あっても共に歩む』/眞子さん 門出の誓い/結婚は『心を守る選択』」
 「皇室は人間が担っている」井上亮編集委員
 「『二人の考え揺るがず』/秋篠宮ご夫妻『幸せな家庭を』」
 眞子さん・圭さん発言要旨
第2社会面
 「『国際経験生かし活躍を』/眞子さんに祝福の声」/「眞子さんの心情気遣う 海外メディア報道」
 「皇室、時代とともに変化を」象徴性天皇研究者でポートランド州立大学日本研究センター長のケネス・ルオフ氏

▼産経新聞
1面「眞子さま ご結婚/『全ての方々に感謝』皇籍離脱」
 ※おことわり:27日付朝刊まで従来通り「さま」呼称
3面「公務担い手減少 重い課題/前役職ご退任 分担先未定も」/戦後結婚の女性皇族9方に/「女系天皇分かれる賛否/各党にじみ出る国家観」政策を問う 衆院選2021(7)皇位継承
26面・眞子さま 結婚会見お言葉/事前質問へのご回答全文
社会面(29面)
 「眞子さま 思い実らせ/ご家族の見守り支えに」
 「渡米まで都内にご滞在」/「列島祝福『末永くお幸せに』」/「首相『お幸せ祈る』」/「英紙『類を見ない皇族の結婚』」※英国、米国
 「結婚後も活動続けられる選択肢を」国際政治学者 三浦瑠麗氏
社説(「主張」)「眞子さまご結婚 静かに見守りお幸せ願う」

▼東京新聞
1面「『心を守りながら生きるため必要な選択』/眞子さん 小室さん結婚会見」
 ※呼称変更の「おことわり」
2面「週刊誌過熱 一線越えた」/「憶測と事実を混同 宮内庁対応も時代遅れ」メディア研究者・森暢平氏/「解明なく一方的批判 他の皇族の心理にも影響」皇室研究者・高森明勅氏/「皇室は17人に 未婚女性5人/安定継承が課題」
7面・小室眞子さん・圭さん 報道陣へ書面回答全文
特報面(20、21面)「過度のバッシング=人権侵害」「親族巡る報道=身元調査」/「家柄重視?根強い反対」/「憲法の婚姻の自由『皇族にも』」/「同和問題専門家 差別意識醸成を懸念」/「夫婦別姓など 多様な選択肢 容認を」
社会面(23面)
 トップ「眞子さん『圭さんはかけがえのない存在』/小室さん『愛する人と共に過ごしたい』/結婚への思い真摯に」会見全文
 佳子さまの文書全文「支え合う姿を近くで見てきた」
 秋篠宮ご夫妻の文書全文「二人の考え 揺らぐことはなかった」
第2社会面
 「人生選択できる社会に/ジャーナリスト浜田敬子さんに聞く」
 「金銭トラブルは『私が対応』明言/会見で圭さん」/「都心マンションに一時滞在 手続き整えNYへ」