だれもが情報発信できる社会と「プロの責任」~新しい年の始めに

 新しい年、2022年になりました。61歳で迎えた年の始めです。
 2020年の秋に還暦を迎え、勤務先の通信社をいったん定年退社しました。そのまま1年更新の継続雇用契約に移り、管理職のまま同じ職務に就いていました。次の人事異動で役職を外れたら、自分の時間を使って社会活動の幅を広げようかと考えていたのですが、昨年秋の異動に際して提示があったのは、記者職の育成、研修を担当する部門でした。思うところがあって、受けることにしました。これまでと変わらず、フルタイムで出勤する生活です。

 記者職で入社したのは1983年4月、22歳の時でした。通信社とはいえ、記事の配信先のメインは新聞ですので新聞産業の一員です。当時、新聞の発行部数は右肩上がりでした。39年間で、マスメディアの組織ジャーナリズムを取り巻く環境は激変しました。新聞の部数減と存在感の低下もさることながら、ジャーナリズムの面での最たることの一つは、「伝える」という行為を巡って、プロとアマの間に一線を見定めるのが難しくなったことです。
 かつて、事件や事故の現場に駆け付け、現場から伝えることは、プロの組織ジャーナリズムが独占していた仕事でした。今ではSNSとスマホの普及によって、その場に居合わせた人が写真や動画を撮り、その場からリアルタイムで発信することがごく当たり前になっています。マスメディアもSNSを通じてそうした人たちに連絡を取り、写真や動画の提供を受けることが常態化しています。
 プロの地位が揺らぎ始めたのは、そんなに新しいことではありません。顕著な事例は2008年6月に東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件です。マスメディアの取材陣が現場に到着するよりも早く、容疑者の男が警察官に取り押さえられた瞬間を、居合わせた人が携帯電話のカメラで撮っていました。新聞各紙もその写真を載せざるを得ませんでした。
 写真や映像だけではなく活字も含めて、だれもが情報発信できる社会になって久しく、「だれでもジャーナリスト」とすら耳にします。プロのプロたるゆえんが、実はしばらく前から揺らいでいます。そんな時代にあって、わたし自身が長らく身を置いてきた組織ジャーナリズムの役割と存在意義、そして責任とは何だろうか―。そんなことを考えながら、わたし自身は現役の時間を終えていました。
 わたしが記者になった40年近く前は、日本の新聞は発行部数が右肩上がりでした。2000年ごろを境に減少に転じ、この数年は減少幅が急激に拡大しています。代わって、デジタル展開が新聞社の課題になっています。ニュースの伝え方、見せ方は大きく変わらざるを得ません。
 ただ、どんなに大きな変化があろうとも、マスメディアの組織ジャーナリズムには先人から受け継いできた不変の倫理や規範があり、貴重な教訓の数々があります。組織ジャーナリズムの今後を担う人たちには、それらを身に付け、時代に合った「プロの責任」を体現できる力を培ってほしい。先行世代の一人として、持ち時間はそれほど長くはないと思うのですが、そのお手伝いをしていきたいと思っています。

 ことし春からは勤務先からの派遣として、横浜の大学で、マスメディアに関心を持つ学生を対象にした文章作法の演習も通年で受け持つことになりました。大学での授業は、12年前の明治学院大での非常勤講師以来になります。ジャーナリズムを仕事にしてきた一人として、経験を踏まえてこの仕事の意義なども伝えていくつもりです。そうした日々を送りながら、マスメディアやジャーナリズムについて考えることを、折々にこのブログに書きとめていきたいと思います。

 本年も引き続き、よろしくお願いいたします。

f:id:news-worker:20220101013934j:plain