原発にも、本土の米軍基地にも共通の視点~名護市長選に対する地方紙、ブロック紙の社説、論説(その2)

 1月23日の沖縄県名護市長選の結果に対する、地方紙の社説、論説の続きです。各紙のサイトで読める範囲でチェックしました。
 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡っては、2019年2月の県民投票で「反対」が7割を占めたように、沖縄の民意は明らかです。しかし安倍・菅・岸田政権は一向に計画を見直すことなく、辺野古沖の埋め立てを進めています。一方で、新基地建設に賛否を明らかにしない、沈黙を続ける市長が4年前に名護市に誕生するや、米軍再編交付金を名護市に支出するという露骨な利益誘導策も取ってきました。
 4年たった今回の選挙では、新基地建設に引き続き沈黙する現職が大差で再選されるとともに、投票率が8ポイント以上も下がりました。「反対しても何も変わらない」とのあきらめの感情が広がっていることを示しているのだとしたら、地方自治の危機です。そうした状況に対して、地方紙は「自分たちの未来は自分たちで決める」との自己決定権が深刻な危機に陥っているとの意識を共有しているように感じます。
 仙台市に本社を置く河北新報は社説で「国策の推進に地域振興予算の蛇口を閉めたり、緩めたりする手法は、原子力施設が立地する東北の自治体にも繰り返されてきた。住民が分断され、民意がゆがめられる痛みは人ごとにはできない」と書いています。同じく原発立地県の新潟日報も「辺野古移設を巡る問題は、国策と地方の在り方を問う。本県が抱える原発問題にも共通する。新潟からも関心を持って見つめ続けたい」と、やはり当事者意識を持っています。
 米空母の艦載機が移転した山口県岩国市を取材・発行エリアに持つ中国新聞(本社広島市)は「こうした『アメとムチ』で自治体を誘導する手法は、空母艦載機移転で揺れた岩国市でも使われた。地域を分断するような政府のやり方は容認できない」と批判しています。
 今回の名護市長選によって、基地の過剰な負担は沖縄固有の問題ではなく、広く政府と地方の関係の根本にかかわることであり、どこであっても地方にとっては決して他人ごとではない、との意識が日本本土に広がっているように感じます。
 今年は沖縄が日本に復帰して50年です。沖縄の基地の過剰な負担は、沖縄だけではなく日本全体の問題ととらえる視点を広げ、日本中で共有する機会にするべきでしょう。本土のマスメディアの姿勢が問われます。

【1月27日付】
▼河北新報「沖縄『選挙イヤー』/諦めの選択 強いていないか」
 https://kahoku.news/articles/20220127khn000006.html

 国策の推進に地域振興予算の蛇口を閉めたり、緩めたりする手法は、原子力施設が立地する東北の自治体にも繰り返されてきた。住民が分断され、民意がゆがめられる痛みは人ごとにはできない。
 コロナ禍は地理的な条件から製造業が育たず、観光業に依存する地域経済を直撃している。このタイミングでの「アメとムチ」がどんな効果をもたらすか、十分想像する必要がある。
 政府は県民投票などで示された「辺野古反対」の民意を無視して工事を強行し、現地には既に広大な埋め立て地が出現している。
 「基地か経済か」。既成事実を積み重ね、沖縄の人々に諦めの選択を強いるようなやり方は決して許されない。

▼新潟日報「名護市長選 移設容認とは受け取れぬ」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20220127666632.html

 看過できないのは、沖縄にアメとムチで揺さぶりをかけ、移設を推し進めようとする政府の態度だ。
 再編交付金を巡っては、移設に反対した前市長時代に凍結されたものの、現市長になって再開された。公金を使った地方自治への露骨な介入だ。
 投票率は前回選を8ポイント以上下回り、過去最低だった。気掛かりなのは辺野古の工事が着々と進む状況に、県民に諦めムードが強まらないかという点だ。
 名護市長選で、新人候補は米軍由来とされる新変異株「オミクロン株」の感染拡大で、根底にある日米地位協定の問題点もあぶり出した。
 だが、たとえ反対しても工事は止まらないとの声は根強かった。ウイルス禍に加え、そうした意識が投票結果や低投票率につながった面はないか。
 (中略)
辺野古移設を巡る問題は、国策と地方の在り方を問う。本県が抱える原発問題にも共通する。新潟からも関心を持って見つめ続けたい。

▼中国新聞「名護市長選自公系勝利 辺野古容認と言えるか」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=827918&comment_sub_id=0&category_id=142

 いくら移設反対を訴えても辺野古沖の埋め立ては止まらないのか―。県民投票後も工事を強行する政府の姿勢に市民が諦めを感じたのであれば深刻だ。
 名護市長選の投票率は前回を8ポイント以上も下回り、過去最低に落ち込んだ。市民の諦めが投票率低下を招いたとすれば、民主主義と地方自治の根幹を揺るがしかねない危機である。
 「基地か経済か」を迫る政府のこれまでのやり方は強権的すぎよう。名護市への年間15億円ほどの再編交付金は反対派が市長の間は凍結され、渡具知市政になると再開された。凍結時には市の頭越しに市内に直接、補助金が渡される異例の対応も取られている。
 こうした「アメとムチ」で自治体を誘導する手法は、空母艦載機移転で揺れた岩国市でも使われた。地域を分断するような政府のやり方は容認できない。
 (中略)
基地負担を沖縄に押し付けてきた「本土」側の論理も問われている。政府がその姿勢を改めない限り、米軍基地を巡る分断と対立の解消には程遠い。

【1月26日付】
▼東奥日報「基地黙認の意味考えたい/沖縄・名護市長再選」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/845634

 ただ、現職は基地移設の受け入れを表明しているわけではない。賛成も反対も明言せず「黙認」しながら、政府の交付金を受け取って市政を進めている。今回の再選をそのまま市民の移設賛成の意思表示と受け取ることはできるのだろうか。
 名護市への移設計画が浮上して以降、市長選は7回目だ。基地負担と日々の生活との間で悩む選択をいつまで強いるのか。「黙認」の意味は、本土の人々こそが考えなければならない課題だ。

▼山陽新聞「名護市長選 移設への理解とはいえぬ」
 https://www.sanyonews.jp/article/1222214?rct=shasetsu

 そもそも沖縄では、日米合意で一部の訓練場などの返還は実現したが、現在も国内にある米軍専用施設の約7割が集中する。米軍のコロナ新変異株への対策が不十分で、米軍基地から感染が広がったとされる背景には、国内法が適用されない日米地位協定の問題がある。県民が重い基地負担を課せられている現状を政府はしっかりと受け止める必要がある。
 沖縄は今年5月、本土復帰50年を迎える。だが、玉城知事と政府の対立は終わりが見えない。県と国、また県民同士の分断をこれ以上深めないように、政府は「辺野古が唯一の解決策」との立場にこだわることなく、真摯(しんし)に沖縄に向き合ってもらいたい。

【1月25日付】
▼南日本新聞「[名護市長選] 移設白紙委任は早計だ」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=150367

 だが今、日本政府に求められるのは普天間返還に向けて米政府、沖縄県と対話を重ねることである。
 岸田文雄首相とバイデン米大統領が先日、テレビ会議形式で会談した。だが、普天間移設を議題にしなかったのは残念でならない。
 普天間の危険性を放置し、辺野古移設を「唯一」と言い続けるのはあまりに無責任である。日米首脳は現実を見据えて協議を始めるべきだ。それが岸田首相の掲げる「新時代リアリズム外交」だろう。
 沖縄の日本復帰50年の今年、米軍基地負担を一方的に押し付ける国と沖縄との関係を真剣に再考すべきである。