ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

新聞記事と著作権~無断複製・拡散を放置できない理由

 わたしは昨年まで3年間、勤務先で著作権管理にかかわる業務を担当していました。マスメディア企業には著作権とのかかわりは二つの立場があります。他者の著作物を利用する立場と、自己の著作物を管理する立場です。後者に関して先日、わたしの実務経験に照らしても大きな意味があると感じる出来事がありました。河北新報社(本社仙台市)の新聞記事を画像に複製し、無断でSNS(インスタグラム)に転載したとして、宮城県警が著作権法違反容疑で県内の男性を書類送検しました。
 以下のリンク先は、この件を伝えた河北新報の記事です。著作権に詳しい専門家のコメントや、社会のデジタル化が進む中で著作権侵害による被害が相次いでいることをまとめたサイド記事もあり、手厚い報道です。
 ※「河北新報記事を無断転載 著作権法違反容疑で書類送検 削除要請も応ぜず」=2022年2月17日
 https://kahoku.news/articles/20220217khn000027.html

 わたしは、この一件の最大のポイントは以下の部分だと考えています。記事の一部を引用します。

 河北新報社の取材では、男性のインスタのアカウントには16年7月から記事の画像がアップされ、総数は千数百点に上る。最初は野球の観戦記録やスイーツ、カクテルなどの写真も含まれていたが、後半はほぼ全てが記事の複製画像だった。
 再三の削除要請に男性が応じなかったため、河北新報社が21年11月、同署に告訴していた。

 無断複製と拡散は反復的、継続的に行われ、記事の著作権を持つ新聞社がやめるよう再三求めても従わなかったことです。非常に悪質です。紙の新聞や有料の電子新聞は、読者から購読料を支払ってもらうことで、事業として成り立っています。購読料は広告料とともに新聞社の主要な収入の一つです。本来は購読しなければ読めないはずの記事が継続的に無料で読める状態にされてしまうことは、新聞社にとって、見込めるはずの収入が得られないという直接のダメージになります。
 こうした行為を新聞社が看過できない理由がもう一つあります。そうした状態を放置することが、きちんと購読料を支払っている読者に対しての背信行為に当たることです。企業としての社会正義の問題でもあると言っていいと思います。そんな不公平を新聞社が是正しようとしないのであれば、読者は購読をやめてしまうかもしれません。
 記事の無断複製と拡散が新聞社の収入減につながり、その結果、新聞社が報道を維持できなくなってしまえば、報道の受け手である読者、社会にとっての不利益、損失になります。いわゆる「新聞離れ」とは質が異なります。報道の内容のいかんを問わず、新聞記事が著作物としての扱いを受けることは、社会のルールの問題です。

 一方で、読み手が記事の内容に共感し(批判する趣旨の場合もあるかと思います)、ほかの人にも読んでもらいたいと思う場合もあると思います。新聞社は自社サイトで記事にSNSの「リツイート」などの投稿ボタンを用意している場合があります。契約を結んで記事を提供しているニュースサイトでも、同様の投稿ボタンを用意している例があります。そういう場合は、投稿ボタンを使って拡散することは構いません。
 紙の新聞の記事の場合はどうでしょうか。紙面を写真に撮り、SNSで拡散している事例を目にすることがあります。記事の全文を読むことができたり、投稿者自身の論評やコメントがないか、あってもごく短いような場合は、新聞社や通信社、寄稿であれば筆者など、著作権者の許諾を得なければ違法な拡散、著作権の侵害に当たる場合があります。テレビのバラエティ番組などで新聞紙面のニュースが映し出されることがありますが、そうした事例ではおおむね例外なく、番組の制作サイドが個別に新聞社に連絡を取って許諾を得ています。
 河北新報社は今回の事件に対しての見解をサイト上で明らかにしています。その中で、上記のようなことも丁寧に説明しています。
 ※「河北新報社からのお知らせ」=2022年2月17日
https://kahoku.news/articles/20220217khn000038.html

 著作権法の理念には、著作者の権利を守ることとともに、著作物を社会に役立てることも含まれています。一定の条件を満たせば、著作者から許諾を得なくても著作物を自由に使える事例も定めています。代表的なものには、「私的使用」や「引用」があります。学校の対面授業で教材に使う場合も許諾は不要です。
 ※文化庁「著作物が自由に使える場合」
 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosakubutsu_jiyu.html

 しかし、「引用」ひとつとっても、その用語自体はよく知られていますが、実際にどのような条件を満たさなければならないかは、そう単純ではありません。著作権法の条文は以下の通りです。

第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

 「公正な慣行」「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲」が何を指すのか。上記の文化庁のホームページでは、以下のように説明されていますが、一般の人には分かりづらいと思います。

 他人の著作物を自分の著作物の中に取り込む場合,すなわち引用を行う場合,一般的には,以下の事項に注意しなければなりません。
(1)他人の著作物を引用する必然性があること。
(2)かぎ括弧をつけるなど,自分の著作物と引用部分とが区別されていること。
(3)自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること(自分の著作物が主体)。
(4)出所の明示がなされていること。(第48条)
(参照:最判昭和55年3月28日 「パロディー事件」)

 自分の情報発信の中で新聞記事を使いたい場合は、発行元の新聞社に問い合わせるのがもっとも確実です。どの新聞社も自社サイトに「著作物の利用について」「記事・写真の利用について」などのページを用意しています。記事全文の転載であっても、著作権を持つ新聞社から許諾を得れば、何の問題もありません。

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