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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「戦争反対」の声を広く伝える~イラク戦争当時のこと 付記・安倍晋三元首相「核共有」発言の愚かしさ

 ロシアのウクライナ侵攻に対する民衆の抗議行動が世界各地で続いています。日本でも2月27日の日曜日、各地で集会などが開かれました。このブログの一つ前の記事で書いたことですが、国際的な民衆の連帯でウクライナの人々を支えること、ロシア社会で戦争に反対する人たちを孤立させずに支えていくことは、この戦争をやめさせることにつながる大きな希望だと思います。各地の抗議行動を広く伝えていくことは、ジャーナリズムの責務の一つです。

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 思い起こすのは2003年のイラク戦争です。2001年9月11日の米中枢同時テロの後、米国がアフガニスタンへの軍事攻撃でタリバン政権を崩壊させ、次いでイラクへの先制攻撃に踏み切ったのは3月20日でした。当時、わたしは所属する通信社の社会部デスクでした。
 米国がイラク攻撃に踏み切るのは確実との観測が、年明けから強まっていました。米政府と米軍、対するイラクの動向や国際社会の動きをカバーするのは外信部。日本政府の対応は政治部の仕事でした。社会部が報じるべきは、おそらく避けることができないこの戦争と日本社会とのかかわりであり、わたしは取材チームの担当デスクの一人として、同僚らと連日、何をどう取材するか、どのような記事に仕立てるか、試行錯誤を続けていました。
 米国は、イラクが大量破壊兵器を隠し持っていると主張。しかしフランスやドイツは疑問を示し、米国を強くけん制していました。欧州ではイラク攻撃反対の世論が盛り上がり、2月から3月にかけてデモの参加者が急増していました。当時の報道を見ると、英国では前年の02年9月に40万人だったのが、03年2月には同国史上最大の約200万人に上ったとされます(主催者発表)。
 この反戦の民意は日本にも伝わりました。3月8日に東京で非政府組織(NGO)が中心になり開いた集会には約4万人(主催者発表)が参加しました。日本国内の反戦集会では、それまでに見たことがない規模でした。質的な変化もありました。共同通信が03年3月17日に配信した記事は以下のように指摘しています。

 平和でなくピース、デモではなくウオーク。運動の象徴だったのぼり旗が減り、カラフルなプラカードやピエロの扮装など個性的なアピールが増えた。労組や政党中心から「個人」へと、顔触れの変化も目立つ。インターネットを通じた情報や活動の広がりも湾岸戦争当時と比べても特徴的だ。

 集会を取材した同僚から、10代の若者が「何をしていいか分からないが、何か意思表示したくて来た」と話していたと聞いて、胸が高鳴りました。「戦争反対」の意思が若い世代にかつてない勢いで広がっているのを実感しました。だれかにやらされているのではない、個々人がいてもたってもいられず、自らの意思で集まり「戦争反対」を口にし始めていました。その地球規模の民衆の連帯に、間違いなく日本社会もつながっていました。「もしかしたら、戦争を止められるかもしれない」―。ドキドキする日々が続きました。
 しかし、戦争は始まってしまいました。当時の小泉純一郎首相はいち早く、米国への支持を表明。翌04年には、イラクの復興の支援として自衛隊を派遣しました。それからほどなく、わたしは新聞労連の専従職である委員長となって2年間休職。報道の現場から離れました。

 後に、米国が開戦の大義とした大量破壊兵器はイラクにはなかったことが明らかになります。しかし、戦争を支持した日本政府が、その経緯を十分に検証し総括して、反省、教訓を残したとは到底思えません。
 所属するマスメディア組織で既に現役の時間を終えている今、率直に言えば、あのイラク戦争の開戦前後にほかに何かできる取材、報道はなかったか、との思いが残っています。今日のウクライナへの攻撃を一刻も早くやめさせるために、ジャーナリズムにできることは決して少なくないと思います。

 そうしたわたし自身の経験を思い起こしながら、ウクライナ侵攻への抗議行動をどう報じているかの観点から、週明け2月28日付の東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)をチェックしてみました。
 もっとも目を引いたのは東京新聞です。社会面の半分以上を割いて、「ウクライナ支援 とまらない」の見出しとともに、内外の写真7枚を配置。名古屋、京都、那覇、ニューヨーク、パリ、ベルリン、ウィーンです。記事も日本国内と欧米各地の2本を掲載しました。記事によると東京・渋谷駅前には約1000人が集まり、新宿駅西口前にも100人以上。那覇市では約60人、京都市でも約160人と伝えています。
 日経新聞は社会面に「国籍超え『戦争反対』/日本各地で抗議」の見出しの記事を掲載。東京・渋谷駅前、札幌、名古屋、那覇、京都の抗議行動を紹介しています。東京新聞と同じ共同通信の配信記事のようです。
 毎日新聞、読売新聞は国際面で欧州各地の抗議行動の様子を伝えました。毎日新聞はロシア国内でもデモが実施されていること、24日以降ロシア全土で延べ3093人のデモ参加者が拘束されたと現地の人権団体「OVDインフォ」が発表したことも伝えています。
 朝日、産経両紙には、ロシアへの抗議行動の記事は見当たりませんでした。手元に届いた朝日新聞の3月1日付朝刊は、1面に「停戦協議 始まる」の大きな見出しのトップ記事の脇に、丸1日遅れとなりましたが、「反戦のうねり」の見出しとともにドイツ・ベルリンのブランデンブルク門近くに約10万人が集まった抗議行動の写真を5段の大きな扱いで掲載しています。

 ロシア社会を含めた民衆の連帯が、ウクライナへの攻撃をやめさせることにつながることを期待すると同時に、そのための役割をマスメディアが果たすことも期待しています。

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 今回の記事とは論旨の上で直接の関係はないのですが、どうにも看過できないニュースがありますので書きとめておきます。
 ※産経ニュース「安倍元首相『核共有』の議論を」=2022年2月27日
 https://www.sankei.com/article/20220227-WAR5FEF3SVOYLFMCC7FOUYSOL4/

www.sankei.com

 自民党の安倍晋三元首相は27日午前のフジテレビ番組で、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、米国の核兵器を自国領土内に配備して共同運用する「核共有(ニュークリア・シェアリング)」について、国内でも議論すべきだとの認識を示した。「日本は核拡散防止条約(NPT)の加盟国で非核三原則があるが、世界はどのように安全が守られているかという現実について議論していくことをタブー視してならない」と述べた。
 同時に「被爆国として核を廃絶するという目標は掲げなければいけないし、それに向かって進んでいくことが大切だ」とも語った。

 何を言っているのか。言語道断です。世界唯一の被爆国の首相を務めた政治家として、当然であるはずの見識が欠如しています。核廃絶の目標を掲げ、進んでいくことが大切とも言っていますが、では首相当時、核廃絶のために具体的に何をやったというのか。核廃絶を口にしながら、その実、核に頼るとは、そもそも自己矛盾です。粗雑で愚かな思考です。この「核依存」思考は、戦略核兵器を運用する部隊に特別態勢を取るよう命じたというプーチン大統領と同類です。

【追記】2022年3月1日10時20分
 ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領は、核兵器運用部隊に高い警戒態勢への移行を命じたと伝えられています。ロシアに強力な制裁を科す欧米各国をけん制する動きとみられているようです。そうした行動を取るプーチン大統領の精神状態が疑問視されていると、共同通信が報じています。
※共同通信「プーチン氏の精神状態を疑問視 米議員ら『何かおかしい』」=2022年2月28日
 https://nordot.app/871013851428880384

nordot.app

 米上院情報特別委員会のルビオ上院議員はツイッターで「本当はもっとお話ししたいが、今言えるのは誰もが分かる通り、プーチン氏は何かがおかしいということだ」と指摘した。米メディアによれば、ルビオ氏はプーチン氏の精神状態について政府報告を受けている。

 プーチン大統領の精神状態が取り沙汰されるような状況で、安倍元首相は同じような「核依存」の思考をさらけ出してしまっているわけです。「核共有」発言の愚かさがよく分かります。