課題は平和主義の実践と生かし方~改憲に民意は冷静、危機下の憲法記念日

 ことしの5月3日、憲法記念日を、ロシアのウクライナ侵攻が続く中で迎えました。東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の3日付朝刊紙面にも、そのことを意識した記事が目に付きました。特に全国紙5紙の社説では、日本国憲法の前文を巡り、そこに記された平和主義の理念を生かして、ロシアのウクライナ侵攻をどうやって止めさせるのかを問う論調と、前文に掲げられた理念は理想に過ぎないとして、憲法改正を主張する論調とに明確に分かれたように感じました。前者が朝日新聞、毎日新聞であり、日経新聞も近いように感じます。後者の読売新聞、産経新聞はもともと社論として憲法改正、とりわけ9条の改定を以前から主張しており、ロシアのウクライナ侵攻がその論調をいよいよ激しいものにしているようです。

 朝日、毎日、読売の3紙は、憲法をめぐる世論調査の結果を報じています。共同通信も5月1日に世論調査の結果を配信しています。この4件の調査のうち、朝日、読売、共同は郵送による詳細な調査です。一般に、郵送による調査は回答者が時間をかけて回答することが可能であり、精度が電話調査よりも高いと考えられます。憲法を変える必要があるかどうかについて、郵送で実施した3件の調査の結果を比較すると、以下の通りです。
・朝日新聞調査
 「変える必要がある」56%(昨年45%)
 「変える必要はない」37%(昨年45%)
・読売新聞調査
 「改正する方がよい」60%(昨年56%)
 「改正しない方がよい」38%(昨年40%)
・共同通信調査
 「ある」「どちらかといえばある」 計68%
 「ない」「どちらかといえばない」 計30%
 憲法改正が必要だと考えている人の割合が、そうは考えていない人を相当程度、上回っていることが共通しています。また昨年との比較では、前者が増え、後者が減っています。

 ただし、戦争放棄と戦力不保持を定めた9条の改定の必要性に絞ってみると、結果は以下の通りです。
・朝日新聞調査
 「変える方がよい」 33%(昨年30%)
 「変えない方がよい」59%(昨年61%)
・読売新聞調査
 9条2項(戦力不保持)を改正する必要
 「ある」50%(昨年46%) 「ない」47%(昨年47%)
 9条1項(戦争放棄)を改正する必要
 「ない」80%(昨年80%)
・共同通信調査
 「ある」50%(昨年51%)
 「ない」48%(昨年45%)
 9条の改定が必要とする考えは決して多数ではなく、昨年から大きく増えたわけでもありません。9条の条文を示した上で尋ねている朝日新聞の調査ではむしろ少数です。

 興味深い結果が朝日新聞の調査と共同通信の調査にありました。
 朝日新聞の調査で、ロシアのウクライナ侵攻により、日本と日本周辺にある国との間で戦争が起こるかもしれない不安を以前より感じるようになったかを尋ねたところ、「感じるようになった」が80%を占めました。「とくに変わらない」は19%でした。日本にいても戦争の不安を感じるようになったが、それでも憲法9条は変えるべきではない、との民意の大勢がうかがえます。
 共同通信の調査では、岸田文雄首相が自民党総裁の任期中に目指すとしている改憲の機運が高まっていると感じるかどうかを尋ねています。回答は「高まっていない」「どちらかといえば高まっていない」で計70%に上りました。
 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2カ月以上がたちました。自民党などからは、日本が置かれた外交環境や歴史的経緯とウクライナのそれとの差異を無視して、この機に乗じたとしか思えない現憲法への批判が続いています。にもかかわらず、世論調査の結果からは、日本の民意は冷静であることが読み取れます。

 ウクライナへの侵攻が始まった当時に、このブログでわたしは以下のように書きました。この考えは変わっていません。 

ここに至って思うのは日本国憲法の前文にある次の一文です。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 「平和を愛する諸国民の公正と信義」はロシア社会の中にもあります。そのことを日本社会に伝え、また日本社会にも平和を愛する人々の公正と信義が存在していることを国内外に伝えていくことが、この憲法を持つ国のマスメディアにできることであり、最大の責務でもあると思います。

 この戦争を止めるために何ができるのか―。まず「ロシア」という大きな主語で加害のすべてを考えることを控えることから始めてはどうでしょうか。

news-worker.hatenablog.com

※日本国憲法前文 

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 以下に全国紙5紙の5月3日付の社説の見出しと、本文の一部を書きとめておきます。

▼朝日新聞「揺らぐ世界秩序と憲法 今こそ平和主義を礎に」/受け継がれた理想/「専守防衛」堅持を/努力を続ける使命

 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」
 憲法の前文の一節だ。日本一国の安全にとどまらず、国際平和の実現をめざすのが憲法の根本的な精神である。
 ロシアの侵略を一刻も早く終わらせ、市民の犠牲はこれ以上出させない。そのうえで、このような事態が繰り返されることのないよう、ロシアを含めた国際秩序の再建に取り組む。国連の改革も必要だ。
 この困難な国際社会の取り組みに、日本は主体的に参加しなければならない。

▼毎日新聞「危機下の憲法記念日 平和主義の議論深めたい」/現実を理想に近づける/「人道」の視点を大切に

 いま日本に求められているのは、侵攻が浮き彫りにした現実を直視しつつ、それを「国際平和」という理想に少しでも近づけるための不断の営みだろう。
 まず、安全保障の総合力を高めることだ。ウクライナでも国際支援や指導者の発信力が戦局を左右している。防衛力だけでなく、外交、経済、文化、人的交流などソフトパワーの強化が欠かせない。
 次に、アジア安保対話の枠組みを作る努力だ。
 (中略)
 平和とルールを重視する国際世論を醸成する取り組みも必要だ。ロシアを含む各国の市民が反戦の声を上げている。憲法が前文に記す「平和を愛する諸国民の公正と信義」を再確認する時である。

▼読売新聞「憲法施行75年 激動期に対応する改正論議を 自衛隊明記を先延ばしするな」/前文の理想さらに遠く/緊急事態条項も重要だ/参院選で問われる各党

 憲法は終戦直後、連合国軍の占領下で制定された。前文では、日本国民は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とうたった。
 だが、戦争放棄の前提となった前文の理想は実現せず、「諸国民」を信頼するだけでは平和を維持できないことは明白となった。
 日本周辺では、軍事大国化した中国が尖閣諸島の領海への侵入を常態化させ、北朝鮮はミサイル発射を繰り返している。
 その現実を直視し、国民を守り、国際社会の平和に貢献する方策を考えるべき時にある。

▼日経新聞「人権守り危機に備える憲法論議深めよ」

 ロシアによるウクライナ侵攻は「法と正義」に基づく国際秩序を揺さぶっている。日本は中国、ロシア、北朝鮮という核保有国に囲まれ、国民の生命や財産、国土の安全への懸念が増している。
 憲法9条が定める戦争の放棄、戦力および交戦権の否認の考え方と、日本の安全を守るための防衛力強化の整合性が問われている。国会での冷静かつ丁寧な議論を通じ、国民のより幅広い理解を得ながら結論を導いていくべきだ。
 (中略)
 戦後日本の出発点である現憲法の理念や基本原則は、将来にわたって堅持すべきだ。各党は次の時代を見据えた国家像を精力的に議論し、改正の是非に関する考え方を有権者に示してほしい。

▼産経新聞「憲法施行75年 改正し国民守る態勢築け 『9条』こそ一丁目一番地だ」/前文は空論に過ぎない/改憲原案の策定着手を 

4分の3世紀を経て、改めてはっきりした点がある。それは、次に示す憲法前文の有名なくだりが空論に過ぎないということだ。
 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 平和を守らず、公正と信義を顧みない国が存在している。このどうしようもない現実に、どのように対処していくかを、現憲法は語っていない。欠陥憲法と呼ばれるゆえんである。