問われているのは「沖縄の自己決定権」と「本土のわたしたち」~施政権返還、日本復帰50年の在京紙報道の記録

 沖縄の施政権が日本に返還されて、5月15日で50年を迎えました。東京発行の新聞各紙はいずれも、15日付朝刊紙面で関連の記事を大きく扱っています。日経新聞以外の5紙(朝日、毎日、読売、産経、東京)はいずれも1面トップ。日経も本記は1面です。社説も全6紙がそろって掲載。ほかに総合面から社会面まで、2ページの特集記事なども含めて、関連の記事を掲載したページは、最多の朝日新聞では9ページに、もっとも少ない産経新聞でも3ページにわたります。
 沖縄を巡る焦点は、名護市辺野古への新基地建設をはじめとした在日米軍基地の過重な負担です。近年は自衛隊基地の展開も進んでいます。仮に軍事基地による安全保障上の恩恵があるとしても、それを享受するのは日本全体であるのに、沖縄の過重な負担は一向に解消されないことをどう考えるのか。根源的な問題は、沖縄の住民に地域のことに対する自己決定権がないことです。そう指摘されるようになって久しい中で、わたし自身を含めて、日本本土の住民が自己とのかかわりをどう考えるのかもまた問われています。日本本土のマスメディアの視点は一様ではなく、東京発行各紙の報道からは、その違いがよく分かるように思います。
 備忘、記録の意味も兼ねて、各紙の報道と、わたしなりに感じたことを書きとめておきます。

 ■「基地のない島」への思い
 1面トップの各記事では、朝日新聞と毎日新聞は「人」に焦点を当てた長文の記事を掲載しました。見出しは以下の通りです。
【朝日】「基地負担 続く50年/72年5月15日 沖縄復帰『先生はうれしくない』」
【毎日】「辺野古に基地 造らせぬ/安心な環境 次世代に」迫る 抗議続ける前名護市長

 朝日が取り上げたのは、1972年5月15日当時、静岡市で小学2年生だった女性と、那覇市で中学教員だった男性の2人。女性が覚えている沖縄出身の先生の言葉が見出しになっています。毎日新聞は、稲嶺進・前名護市長を1面と3面の2ページを使って紹介しています。
 読売、日経、産経の3紙は「きょう復帰50年」のオーソドックスなスタイル。読売は経済振興に焦点を合わせ、産経は沖縄入りした岸田文雄首相の発言を中心にしています。
【読売】「沖縄きょう復帰50年/新振興計画 自立型経済目指す/基地負担の軽減課題」
【日経】「沖縄、きょう復帰50年」
【産経】「首相 沖縄に『尽力』/所得向上や基地負担軽減/きょう復帰50年」

 東京新聞は、米軍基地の負担の解消を求めて14日に沖縄県内で実施された「平和行進」に1千人が参加したことを写真とともに大きく伝えました。2020年と21年は新型コロナ禍のため中止されており、3年ぶりの実施でした。
【東京】「沖縄きょう復帰50年/『一日も早く基地なき島に』」※平和行進の写真も

 平和行進は朝日新聞も第2社会面で写真とともに報道。他紙も社会面の記事の中で扱っています。読売新聞は平和行進に触れた記事が見当たりませんでした。
 この平和行進には、20年近く前になりますが、わたしも新聞労連委員長の当時に、沖縄のマスメディア労組の皆さんとともに参加したことがあります。デモの隊列の一人として歩き、時にシュプレヒコールを上げながら、米軍施設のフェンスが延々と続いていた情景は今もよく覚えています。「基地のない島」を願う思いをそのまま1面トップに据えた東京新聞の紙面づくりは、他紙と一線を画しているように感じました。

 ■「負担軽減」と「負担の平準化」
 各紙の社説の見出しは以下の通りです。これだけでも論調、主張の違いがよく分かると思います。
【朝日】「沖縄復帰50年 いったい日本とは何なのか」/日米両国のはざまで/「ひめゆり」の懸念/首相の言、果たす責任
【毎日】「沖縄復帰から50年 続く不条理を放置できぬ」/固定化される基地集中/本土含め負担の議論を
【読売】「沖縄復帰50年 自立と安定の未来を築きたい 国と県が協力し基地負担減らせ」/半世紀の努力が結実/安保上の重要性高まる/魅力的な文化を大切に
【日経】「沖縄の重み 再確認する復帰50年に」/新たな負担軽減策を/人材交流の要石めざす
【産経】「沖縄復帰50年 協調と発展の道を進め 県は抑止力の大切さ認識を」/祖国への思いが実った/「普天間」移設は急務だ
【東京】「週のはじめに考える 基地存続に無念の涙雨」/沖縄の願望届かぬ復帰/建議書無視の強行採決

 新基地建設のための辺野古沖の埋め立てを巡っては、軟弱地盤の存在で実現性を危ぶむ指摘もある中で、読売新聞や産経新聞は従来から推進を主張しています。復帰50年に際して両紙の社説は、それぞれに沖縄の苦難の現代史に触れ、また基地負担を軽減する必要性を認めながらも、日本の安全保障上の必要性を強調して、やはり建設推進を唱えています。これまでの県民投票や選挙結果で示された沖縄の民意は反対が多数ですが、読売や産経の論調に、そうした民意を考慮する姿勢は感じられず、安全保障上の事情が優先する、との考えが強固のようです。沖縄の負担の軽減には言及していますが、本土との負担の平準化の観点は感じられません。読売は、基地負担軽減のために日本政府と沖縄県は協力すべきだ、との第三者的な言辞を使ったりもするのですが、やはり日本政府寄りの視点に終始していると感じます。
 「おや」と感じたのは日経の社説です。以下のようなくだりがあります。

 沖縄戦の惨禍は決して忘れてはならない。ただ安全保障上、米軍基地の存在はある程度理解してほしい。これが私たちの思いだ。
 沖縄の人の多くは国際情勢に敏感で基地の必要性も認めている。ただ安全保障は日本全体の問題であり基地負担を本土も分担してほしいと訴えている。沖縄では自衛隊も増強されている。本土はもっと基地負担を引き受けたい。

 主張の内容の当否はともかくとして、論を説く立場として、沖縄の民意に向き合おうとする姿勢は感じました。

 ■「日本社会の私たち」
 各紙の1面で目を引いたのは、朝日、毎日、読売の3紙が署名入りの評論記事を掲載したことです。
【朝日】「沖縄の歴史と現実 見つめ直して」木村司・那覇総局長
【毎日】「もっと『沖縄病』を」前田浩智・主筆
【読売】「沖縄を知る再出発の日に」飯塚恵子・編集委員

 筆者それぞれの見解が含まれているのだとしても、社説以上にそれぞれのメディアとしての考え、アプローチの違いも明確であるように感じられ、興味深く読みました。
 朝日の木村総局長は「日本本土と沖縄で多くの人たちは、違う景色をさまざまに見続けているのではないか」との書き出しで、「日本社会の私たち」が持つべき視点へのこだわりを書いています。対照的に、読売の飯塚編集委員の視点は国家的です。見出しの「沖縄を知る再出発」とは誰にとっての再出発なのか。本文には日本の政治家たちだと明記されています。沖縄が基地負担を抱えつつ、発展を目指すには政府の支援が欠かせない、だから沖縄を知れ、との論旨だと読み取りました。言葉の選び方はともかく、沖縄に基地を負担させるために国家が見返りを用意せよ、との主張だと感じます。
 毎日の前田主筆の「沖縄病」は、本文を最後まで読んで、やっと意味が分かりました。分かってみれば、その論旨は同意できる部分が多いです。最後の部分は以下の通りです。

 東大学長だった茅誠司氏は沖縄訪問を契機にしょく罪の意識を強め、今からでもできるだけの手を打とうと考えるようになった。その心の状態を『沖縄病』と名付け、『沖縄病第1号』を自ら名乗ったという。
 岸田文雄政権にはぜひとも沖縄病を勧めたい。

 ■メディアで働く者の「負い目」
 わたし自身は40代の前半、新聞労連委員長として繰り返し沖縄に行き、現地で沖縄の過酷な現代史に触れる中で、自分の無知を思い知りました。薩摩・島津の琉球侵攻にさかのぼる歴史なども、自分なりに必死で勉強もしました。そんな中で、わたし自身を含む日本本土のメディアに向かって発せられた、忘れられない言葉があります。
 2005~06年当時、普天間飛行場の辺野古沖移設がいったんとん挫した後、あらためて現在の沿岸部埋め立て計画が浮上し、日米政府の再合意へ、と進んでいったころです。「今度こそ、移設を実現させねばならない」―。当時、東京発行の新聞各紙はこんな論調一色でした。06年2月に新聞労連が辺野古で開いた新聞研究活動の集会で、作家の目取真俊さんが、以下のような言葉を発しました。
 「沖縄の人びとがヤマトの新聞にどれだけ絶望したか考えてほしい。10年前までは、それでもヤマトのマスコミには沖縄への負い目があった。この10年でそれすら消えてしまった」
 あれから20年近くがたちますが、この目取真さんの言葉を忘れたことはありません。この記事の最初に書きましたが、沖縄の過大な基地負担の根源的な問題は、住民に地域のことに対する自己決定権がないことだと、わたしは考えています。わたし自身はマスメディアのジャーナリズムを長く仕事にしてきて、現役の時間は終えてしまいました。しかし、沖縄の人たちが自己決定権を手にするまで、この「負い目」からわたしは逃れてはいけないと思っています。
 ※2006年当時にわたしが運営していたブログ「ニュース・ワーカー」の記事です。

newsworker.exblog.jp

 ※この「負い目」のことは2年前、現役の時間を終えた際に、このブログでも書きました。

news-worker.hatenablog.com

 

 以下、沖縄の日本復帰50年を東京発行の新聞各紙が15日付朝刊紙面でどのように報じたか、その概要を書きとめておきます。

【朝日新聞】
・1面トップ「基地負担 続く50年/72年5月15日 沖縄復帰『先生はうれしくない』」
 ※当時小学2年生だった静岡市の女性が覚えている沖縄出身の先生の言葉と、中学教員だった那覇市の男性の想い
・1面評論「沖縄の歴史と現実 見つめ直して」木村司・那覇総局長
・社説「沖縄復帰50年 いったい日本とは何なのか」/日米両国のはざまで/「ひめゆり」の懸念/首相の言、果たす責任

▽関連記事9ページ
・2面「米軍 沖縄に遠ざけた」 ※在日米軍は本土から沖縄へ
・5面「5・15 あの日の沖縄」 ※写真7枚
・6、7面「沖縄 進んだ基地集中」
・10、11面 フォーラム「沖縄 復帰50年に考える」 ※オピニオン、投書
・29面(文化)「復帰後の沖縄に生まれた表現者」
・社会面トップ「問い続ける あの日に決めたけれど/結婚祝いの『憲法手帳』いまは怒りとともに」 ※第2社会面に平和行進「基地ない島 願って」

【毎日新聞】
・1面トップ「辺野古に基地 造らせぬ/安心な環境 次世代に」迫る 抗議続ける前名護市長
 ※辺野古への新基地建設に抗議を続ける稲嶺進・前名護市長
・1面評論「もっと『沖縄病』を」前田浩智・主筆
・社説「沖縄復帰から50年 続く不条理を放置できぬ」/固定化される基地集中/本土含め負担の議論を

▽関連記事 6ページ
・2面 みんなの広場 日曜版「人間の現実 沖縄に学んで」 ※投書
・3面「自然、暮らし守りたい」「『国策に翻弄 寂しい』」 ※1面の続き
・16、17面「復帰50年の歩み」 ※年表とデータ比較
社会面見開き「島の歴史 語り継ぐ」「平和な未来目指し」 ※「普天間から行進」も

【読売新聞】
・1面トップ「沖縄きょう復帰50年/新振興計画 自立型経済目指す/基地負担の軽減課題」
・1面評論「沖縄を知る再出発の日に」飯塚恵子・編集委員
・社説「沖縄復帰50年 自立と安定の未来を築きたい 国と県が協力し基地負担減らせ」/半世紀の努力が結実/安保上の重要性高まる/魅力的な文化を大切に

▽関連記事 5ページ
・2面 ※「首里城再建『11月着工』」の記事1本
・4面 ※企画3回目「研究拠点 経済にも影響」と与野党声明・談話
・18、19面 シンポジウム「半世紀の沖縄と日本の未来」
・社会面「自立誓った あの日から」 ※男性2人の人モノ ※平和行進の記事なし

【日経新聞】
・1面「沖縄、きょう復帰50年」
・社説「沖縄の重み 再確認する復帰50年に」/新たな負担軽減策を/人材交流の要石めざす

▽関連記事 4ページ
・5面 ※米識者2人の大型談話、各党談話、首里城復元着工
・22、23面 特集「国際リゾート 荒波に挑む」「消えぬ危機 基地負担なお」
・社会面トップ「平和 自ら調べる重み増す」 ※沖縄県内の平和教育 ※平和行進も

【産経新聞】
 ・1面トップ「首相 沖縄に『尽力』/所得向上や基地負担軽減/きょう復帰50年」
 ・1面 企画「沖縄復帰50年の軌跡」2 「尖閣 激化する中国の挑発/阻まれた都有化構想」
 ・社説(「主張」)「沖縄復帰50年 協調と発展の道を進め 県は抑止力の大切さ認識を」/祖国への思いが実った/「普天間」移設は急務だ

▽関連記事 3ページ
 ・3面 ※「沖縄 対中安保の『最前線』」と、岸田首相と沖縄の2本
 ・6面 ※各党談話の要旨
 ・社会面 ※集団就職で本土に渡った若者たちの記事と県内の復帰50年イベント(平和行進含む)の記事

【東京新聞】
 ・1面トップ「沖縄きょう復帰50年/『一日も早く基地なき島に』」 ※平和行進の写真も
 ・1面「米軍関連収入30%→5%/依存脱却 跡地活用効果大きく/知事『基地が振興阻害』」
 ・社説「週のはじめに考える 基地存続に無念の涙雨」/沖縄の願望届かぬ復帰/建議書無視の強行採決

▽関連記事 4ページ
 ・2面 ※沖縄の基地負担(Q&A)、各党談話、首里城復元11月着工
 ・5面 「沖縄本土復帰50年に思う」田中優子・法政大学名誉教授・前総長
 ・20面(特報)※基地引き取り運動
 ・社会面トップ「『若者の参加ないと廃れる』/辺野古デモ 高齢化に危機感/オンラインで対話模索」 ※ほか元小学校教員の人もの1本