ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

東京の空は沖縄の空につながっている~米大統領の横田基地、都心ヘリポート利用の意味を報じなかった在京各紙

 米国のバイデン大統領が5月22日に来日し、24日に帰国の途に就くまで東京に滞在しました。この間、日米首脳会談と、日米両国にオーストラリア、インドを加えた4カ国の協力枠組み「クアッド」の首脳会合が東京で開かれました。ウクライナ侵攻を続けるロシアや、台湾への武力行使の懸念が取りざたされている中国への対応が主要テーマであり、大きな軍事同盟の会合だった観があります。日本が軍事費を大幅に増やし、敵基地攻撃能力をも保有して、北東アジアの軍事的緊張に当事者としていよいよ深く関与しようとしている、今はその動きのまっただ中であることを、否応なく感じざるを得ません。
 日本のマスメディアもバイデン大統領と岸田文雄首相の発言を軸に、これらの動きを大きく報じました。その中にあって、取り上げ方、報じ方次第で、日本社会がどうなっているのかを考えるうえで意義のあるニュースになったのに、と感じる出来事がありました。バイデン大統領がとった移動ルートです。

 バイデン大統領は22日、訪問先の韓国から米空軍の大統領専用機で、東京・多摩地域の米空軍横田基地に到着しました。米海兵隊の大統領専用ヘリに乗り換え、向かった先は東京都港区の都心にある米陸軍赤坂プレスセンターのヘリポート。ここで大統領専用車に乗り換え、宿泊先のホテルに向かったとのことです。
 海外の要人が専用機で来日する例は米国以外にもありますが、利用するのは羽田空港です。米国の大統領でも羽田空港の利用が通例と言っていいようで、手元で検索した限りですが、横田基地を利用した例はトランプ大統領(当時)が2017年11月に来日した際以外に見当たりません。今回、バイデン大統領が横田基地を使ったことは、それ自体が異例のことです。
 2017年当時、トランプ氏は横田基地の滑走路脇の格納庫で、米兵や自衛隊員ら計約2千人を前に演説しました。共同通信は以下のように報じています。

 「かつて戦争した国同士が、今は共により良い世界を追求するパートナーだ」と日米の緊密な関係をアピール。「われわれは空、海、陸、宇宙を支配する」と米軍の力を誇示し、喝采を浴びた。
 「独裁者は、われわれの決意を過小評価しない方がいい」と述べ、名指しを避けながらも核実験やミサイル発射など軍事的挑発を繰り返す北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長をけん制した。

 トランプ氏には、軍事的なパフォーマンスの狙いがあったのでしょう。バイデン大統領も、あえて軍事基地から日本に入ることで、ロシアや中国にメッセージを送る意図があったようにも思えます。

 大統領専用ヘリで向かった赤坂プレスセンターは、東京23区内にある唯一の在日米軍基地です。都心のど真ん中に建つ高層ビル、六本木ヒルズのすぐそば。そんな場所に米軍基地があること自体が、一般にはあまり知られていないと思います。東京都港区によると、近隣住民は、米軍へリコプターの騒音に悩まされ事故発生の不安を抱えており、区は基地の早期撤去を求め、国、東京都、米国に対して要請行動を行っているとのことです。
 区の取り組みをまとめた「港区の米軍基地」というリーフレットが、港区のホームページからダウンロードできます。
 https://www.city.minato.tokyo.jp/jinken/kurashi/hewa/torikumi/begunkichi.html

 横田基地、赤坂プレスセンターとも米軍が管理する基地です。バイデン大統領は日本に到着後も、米国内を移動するのと同じように、自由に東京の空を飛んで都心に入ったわけです。

【写真】米軍赤坂プレスセンター(出典:ウイキペディア、パブリックドメイン)
 折しも1週間前の5月15日は、沖縄の施政権返還、日本復帰から50年の日でした。沖縄では基地の過重な負担が続き、自由に飛び交う米軍機の存在が住民の生活に脅威となっています。東京の空は、その沖縄の空とつながっている―。バイデン大統領の移動ルートに、そのことを実感しました。

 報道でも、移動ルートのそうした意味に焦点を当てる報じ方も可能だと思うのですが、ルートの紹介自体、わたしが目にした範囲に限定してのことですが、極めて薄かったように思います。
 東京発行の新聞各紙は、バイデン大統領の日本到着を23日付朝刊で報じました。5W1Hの事実関係を中心にする「本記」で、各紙が大統領の移動ルートどの程度触れているか、記事の見出しとともに書き出してみます。

【朝日新聞】
◎安保・経済 日米連携確認へ/きょう首脳会談 バイデン氏来日
「バイデン氏は22日夕、大統領専用機で米軍横田基地(東京都福生市など)に到着した。」
【毎日新聞】
◎バイデン氏 就任後初来日/きょう日米首脳会談
「バイデン米大統領は22日、大統領専用機で米軍横田基地(東京都福生市など)に到着し、就任後初めて日本を訪問した。」
【読売新聞】
◎バイデン大統領来日/就任後初 きょう首脳会談
「米国のバイデン大統領は22日夕、大統領専用機「エアフォース・ワン」で米軍横田基地(東京都福生市など)に到着した。」
【日経新聞】
◎日米首脳きょう会談/バイデン氏初来日/対中抑止を協議
「日本に先立ち20~22日に訪れていた韓国を離れ、米大統領専用機で米軍横田基地に到着した。」
「その後、大統領専用ヘリコプターに乗り換えて都心に向かった。」
【産経新聞】
◎対中露 安保戦略を緊密化/米大統領来日 きょう首脳会談
「バイデン米大統領は22日夕、訪問先の韓国から、東京都内の米軍横田基地に到着した。」
【東京新聞】
◎バイデン大統領初来日/きょう岸田首相と会談 都心警戒
「バイデン米大統領は二十二日夕、韓国訪問を終え専用機で東京に到着した。」

 もっとも詳しいのは日経新聞ですが、横田基地から大統領専用ヘリコプターに乗り換えて都心に向かったことまで。都心の米軍基地には触れていません。他紙は横田基地に到着したところまでで、東京新聞は「東京に到着した」とだけで、横田基地にも触れていません。
 各紙ともこの本記は政治部の出稿とみられます。見出しを見れば、やはり翌日の日米首脳会談が関心の中心であることが分かります。米国大統領の来日は、そこにこそニュースバリューがあり、移動ルートは些末なこと、との各紙の政治部なりの判断が透けて見えるように思います。
 23日付朝刊でバイデン大統領の移動ルートを一定程度、具体的に紹介していたのは産経新聞の第2社会面の記事です。「『戦時』の会合、都内厳戒」の見出しで、警備面に主に焦点を当てた記事ですが、米軍横田基地に到着→「ヘリコプターで港区の米軍施設へ移動」→「専用車両『ビースト』に乗り」宿泊先のホテルへ―とのルートを紹介しています。他紙は社会面にも、この移動ルートに触れた記事は見当たりませんでした。
 少なからず違和感を覚えたのは、朝日新聞デジタルでの扱いです。来日した22日当日、政治部記者が一眼レフカメラを手に羽田からヘリに乗り込み、横田上空で大統領専用機を待ち受ける様子を動画にして、アップしました。見出しは「エアフォース・ワン、3年ぶり日本飛来/山を背に独特のフォルム」。「エアフォース・ワン」は米国大統領が搭乗している際の米空軍機のコールサインとのことです(ウイキペディア「エアフォースワン」)。転じてということか、大統領専用機の機体そのものを指した用法も目に付きます。朝日新聞のこの動画もそのようです。

【写真】朝日新聞デジタルの動画のひとコマ。動画掲載のページは以下 

digital.asahi.com

 動画には、バイデン大統領が専用ヘリに乗り換えたことや、六本木ヘリポートで専用車に乗り換えるシーンなども写っているのですが、記事でさらりと触れているだけで、詳しい解説や記述はありません。ニュースの焦点は完全に「エアフォース・ワン」です。朝日新聞デジタルには5月20日にも、同じ政治部記者の署名で「エアフォース・ワンがやってくる/空色の機体、東京では見納め?」との記事が掲載されていました。まるで航空機ファン向け専門サイトのようなリポート。「政治記者の関心がそこなのか?それでいいのか?」というのがわたしの率直な感想です。

 バイデン大統領が東京滞在中の5月23、24日、東京都心の上空を軍用とおぼしきヘリが爆音とともに周回飛行をしているのが、わたしの勤務先のビルからも見えました。目視での印象ですが、飛行高度は高さ333メートルの東京タワーより少し上ぐらいのようでした。同形機は陸上自衛隊にもあるのですが、機体の塗装は白っぽく、米軍機のように感じました。大統領の警護の支援なのでしょうか。報道とおぼしきヘリははるか上空でした。やはり、東京の空は沖縄の空とつながっていると感じました。手持ちのスマホで写真を撮りましたが、わたしの腕では、これが精いっぱいです(下は丸部分の拡大)。