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民意は早急な改憲を求めていない~「安倍元首相の悲願」強調に危惧

 7月10日の参院選後にマスメディアが実施した世論調査の結果が報じられています。憲法改正について、岸田文雄首相が前のめりの姿勢をあらわにしていますが、各調査の結果からは、民意は早急な改憲を求めていないことが明確に読み取れます。参院選で自民党は大勝しましたが、有権者から白紙委任を得たのではありません。

 対象の調査は、7月11、12日実施の読売新聞、共同通信の2件と、16、17日実施の毎日新聞、朝日新聞の2件、16~18日実施のNHKの計5件です。
 共同通信調査を除く4件の調査はいずれも、岸田文雄内閣に優先して取り組んでほしいこと、力を入れて取り組むべきだと考えていることを、選択肢を上げて尋ねています。共同通信調査も、参院選で何を重視したかを尋ねていますので、同趣旨の質問とみなしていいと思います。
 各調査の回答状況に共通しているのは、「憲法改正」に対する関心の低さです。NHKの調査では、選択肢6項目のうち最多は「経済対策」38%で、以下「社会保障」16%、「外交・安全保障」14%と続き、「憲法改正」は最下位の6%です。朝日新聞調査でも、選択肢5項目のうち最多は「物価対策」30%で、「憲法改正」はやはり最下位の6%です。毎日新聞調査では、6項目のうち5番目で10%、共同通信調査では9項目のうちの5番目ですが、割合は5.6%と、NHKや朝日新聞調査とほぼ同じ水準です。
 興味深いのは読売新聞調査です。優先して取り組んでほしい課題として10項目もの選択肢を並べて、「いくつでも選んでください」としています。トップは「景気や雇用」の91%で、以下「物価高対策」80%、「外交や安全保障」76%と続きます。6位の「原発などエネルギー対策」63%からは、7位「地方の活性化」62%、8位「財政再建」61%、9位「新型コロナウイルス対策」57%と差はわずか。しかし、最下位の「憲法改正」は9位と20ポイントもの差がついて37%でした。「いくつ選んでもよい」との条件でも、3分の1余りの人しか選んでいません。
 以上の結果だけでも、民意が早急に憲法改正を求めているとは言えない状況であることは明らかだと思います。
 共同通信の調査は、参院選では憲法改正に前向きな「改憲勢力」が3分の2以上の議席を維持したことに触れた上で、憲法改正を急ぐべきだと思うかどうかを尋ねています。回答は「急ぐべきだ」37.5%、「急ぐ必要はない」58.4%でした。「急ぐべきだ」の37.5%が、読売新聞調査で優先事項に「憲法改正」を上げた37%と同水準という点も興味深く感じます。

 参院選前から岸田文雄首相は早期の憲法改正に向け、前のめりと言ってもいいほどの積極姿勢を示すようになっています。選挙直後の11日の記者会見では、できる限り早く憲法改正の発議ができるように取り組むと表明。安倍晋三元首相が銃撃され殺害された事件に触れながら「思いを受け継ぎ、拉致問題や憲法改正など、ご自身の手で果たすことができなかった難題に取り組む」(産経新聞)と語っています。しかし、憲法改正に対する民意は上記の通りです。
 懸念されるのは安倍元首相の国葬です。功罪の「功」だけが強調されるような雰囲気の中で、憲法改正が安倍元首相の悲願だったことがことさらに強調され、民意に反してでも、なし崩し的に改憲を進めようとする機運が国会の中で醸し出されるような恐れはないでしょうか。

 憲法改正を巡って安倍元首相には、96条改変のようなフェアとは言い難い策謀を試みる側面があったことを忘れずにいたいと思います。
 ※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 以下、読売新聞、共同通信、毎日新聞、朝日新聞、NHKの5件の調査のうち、憲法改正にかかわる部分の質問と問いを書きとめておきます。

■読売新聞 7月11、12日実施
「今後、岸田内閣に、優先して取り組んでほしい課題を、次の中から、いくつでも選んでください」
 景気や雇用 91%
 物価高対策 80%
 財政再建 61%
 新型コロナウイルス対策 57%
 年金など社会保障 73%
 少子化対策 71%
 外交や安全保障 76%
 原発などエネルギー政策 63%
 地方の活性化 62%
 憲法改正 37%

「あなたは、今後、国会の憲法審査会で、憲法改正に向けた議論が活発に行われることを、期待しますか、期待しませんか」
 期待する 58%
 期待しない 37%

■共同通信 7月11、12日実施
「この選挙で、あなたは何を最も重視しましたか」
 新型コロナウイルス対策 5.6%
 物価高対策・経済政策 42.6%
 原発・エネルギー政策 5.5%
 年金・医療・介護 12.3%
 子育て・少子化対策 10.4%
 外交や安全保障 9.6%
 政治とカネ 2.2%
 憲法改正 5.6%
 地域活性化 3.4%

「参院選では、憲法改正に前向きな『改憲勢力』が3分の2以上の議席を維持しました。あなたは、憲法改正を急ぐべきだと思いますか、急ぐ必要はないと思いますか」
 急ぐべきだ 37.5%
 急ぐ必要はない 58.4%

■毎日新聞 7月16、17日実施、社会調査研究センターと合同
「参院選では与党が勝利し、これからしばらく大きな国政選挙の予定はありません。岸田政権に最優先で取り組んでほしいと思う政策を一つ選んでください」
 景気対策 31%
 物価対策 24%
 少子化対策 10%
 社会保障 9%
 外交・安全保障 11%
 憲法改正 10%
 その他 5%

「参院選では、憲法改正に前向きな政党が議席を伸ばしました。憲法改正の議論を進めてほしいと思いますか」
 進めてほしいと思う 53%
 進めてほしいとは思わない 30%
 わからない 16%

■朝日新聞 7月16、17日実施
「あなたは、岸田首相に一番力を入れてほしい政策は何ですか。(択一)」
 物価対策 30%
 景気・雇用 22%
 社会保障 23%
 憲法改正 6%
 外交・安全保障 15%
その他・答えない 4%

■NHK 7月16~18日実施
「岸田政権が、今後、最も力を入れて取り組むべきだと思うことは何か」
経済対策 38%
社会保障 16%
外交・安全保障 14%
新型コロナ対策 9%
エネルギー・環境 9%
憲法改正 6%

「国会で、憲法改正に向けた議論を進める必要があるか」
進める必要がある 45%
進める必要はない 13%
どちらともいえない 33%