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先例を破る「国葬」強行、手続きに疑義~「閣議決定」と政治利用、在京紙報道の記録

 岸田文雄政権は7月22日の閣議で、安倍晋三元首相の国葬を9月27日に行うことを決めました。野党からは反対の声が上がっています。戦前は「国葬令」がありましたが、1947年限りで失効。以後は日本の法令に「国葬」は存在していません。吉田茂元首相の国葬(1967年)については、その後は国葬が行われていないこと自体が先例と考えた方がいいように思います。佐藤栄作元首相のように、検討しながら断念した例もあったからです。その先例を破って再び国葬を行うというのであれば、その重大さに見合う手続きが不可欠です。国会で立法措置を経るのが筋であり、少なくとも与野党の間で一定の合意形成が必要なはずです。今回の国葬への反対理由として、安倍元首相の評価が功罪半ばしていることの指摘が目に付きます。しかしその以前に、対象がだれであれ、閣議決定だけで国葬を行っていいのかどうか、わたしは手続き面について大きな疑義を持っています。

 閣議決定で国葬を行うことができるとの政府見解について、朝日新聞は23日付朝刊1面トップの記事「安倍元首相国葬 閣議決定/9月27日 国費で全額負担」の中で、以下のように伝えています。

 政府は今回の国葬を、内閣府設置法で内閣府の所掌事務とされている国の儀式として実施するとしている。戦前は、「国民は喪に服す」と記した国葬令があったが、47年に失効。対象や形式を定めた法令はなく、吉田氏の国葬も今回と同様、当時の佐藤栄作内閣が総理府設置法に基づいて、国の儀式として国葬を閣議決定している。
 一方、安倍氏に次ぐ7年8カ月首相を務め、ノーベル平和賞を受賞した佐藤元首相は、政府、自民党、国民有志の主催で一部国費負担の「国民葬」だった。国葬でなかったのは、明確な法的根拠がないことや野党への配慮、吉田氏と比較し、歴史的な評価が定着していなかったことなどが理由とされる。80年に死去した大平正芳元首相以降は「内閣・自民党合同葬」が慣例になっていた。

 また総合面の時時刻刻「首相指示 国葬こだわり」の中には、以下のような記述があります。

 内閣府設置法は、あくまで国の儀式は政府だけの判断で実施できると定めたものだ。今回、岸田政権は国葬を「国の儀式」と定義。「閣議決定を根拠に開催できる」と解釈した。時の政権の政治判断で、国葬が実施できるのが現状だ。

 毎日新聞も23日付朝刊2面掲載の焦点「安倍氏『国葬』首相が主導」の中で、以下のように報じています。

 ネックは法的根拠の脆弱さだった。戦後に「国葬令」が廃止されて以降、新たな国葬開催の基準などを定める法律がないためだ。
 首相の意向を受けた政府は、安倍氏の死の直後から水面下で国葬開催が可能かどうかの検討を進めた。その結果示されたのは、内閣府設置法の内閣府の所掌事務として記される「国の儀式」として閣議決定により開催できる、との法的解釈だった。これを受けて首相と松野氏ら政権中枢で開催を決断した。
 松野氏は会見で「国葬を含む国の儀式の執行は行政権に属することが法律上明確になっている」と強調。同様の判断で2019年の「即位礼正殿の儀」など皇室の代替わりの関連行事を行った実績を上げた。

 政府が法的な手続きの根拠に挙げている内閣府設置法の関係条文を見てみました。「所掌事務」を定めた第4条第3項33号に、以下のような規定があります。

三十三 国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)。

 内閣府の所掌事項として「国の儀式」が定められているのだから、何を「国の儀式」とするかは内閣が閣議で決めればよい、との理屈のようです。しかし、わたしは疑問を持っています。
 条文では「国の儀式」と「内閣の行う儀式及び行事」が並列で記されています。内閣が決めることができるのは、内閣が自ら行う儀式や行事に限定されると解釈できるように思います。「他省の所掌に属するものを除く」と丸かっこで補足されているのも、「国の儀式」については別の法令に記載があるものが想定されているからではないかと感じます。
 松野官房長官は会見で、同様の事例として2019年の「即位礼正殿の儀」など皇室の代替わりの関連行事を挙げて、この解釈の正当性を主張したようです。皇室の代替わりに伴う儀式については、皇室典範の第24条に「皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う」と規定されています。皇室の代替わりの儀式のことは法令に書かれているのです。しかし国葬のことはどの法令にも書かれていません。それなのに閣議決定で決めるだけで良いとするのは、いわば「無から有を生む」ようなものではないか。あまりに乱暴であり、法の拡大解釈が過ぎるように思います。
 内閣府設置法の目的は、第1条で次のように規定されています。

第一条 この法律は、内閣府の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織に関する事項を定めることを目的とする。

 この法律は「内閣」の権限ではなく、「内閣府」の任務と所掌事務を定めたものです。普通に考えれば、「内閣の権限」はこの法律の上位にあるはずです。この法律に内閣の権限の根拠を求めるのは順序が逆で無理がある、というのが普通の感覚ではないでしょうか。
 もとより、「普通の感覚=素人考え」のわたしの疑問は当を得ていないかもしれません。しかし、疑義や異論に対して「いや、そうではない。この解釈で正しい」と言うのであれば、国権の最高機関である国会で説明を尽くし、合意形成を図るのが筋です。手続きを厳格に行うなら、法案を政府が提出して立法措置を取るべきです。「その時間はない」ということなら、議会制民主主義に悪い先例を残さないために国葬は断念し、内閣葬や自民党葬とすればいい。故人を追悼する場にふさわしくない、ということにはならないと思います。
 なぜそんなに国葬にこだわるのか。23日付朝日新聞の時時刻刻には、以下のような記述もあります。

 首相が急いだ背景には、安倍氏が長期政権で外交関係を築いた外国要人への対応もあった。要人来日の準備には時間がかかる。政府高官は「要人を招待するためには早めに決めなければいけなかった」と明かす。
「国葬という高い評価をすることで、日本に派遣される要人のレベルも高くなり、『弔問外交』につながる。合同葬だったらそうはいかない」。首相は周囲にそう説明した。
 国葬発表後、安倍氏に近い自民党議員は「首相らに『保守派はみんな国葬にするべきだと言っている』と働きかけた。首相はよく判断した」と語った。首相は、党内外の保守派からの評価も手に入れた。

 「なるほど」と思います。こうしたインサイドストーリーは新聞の政治報道の真骨頂の部分です。安倍元首相の暗殺事件が岸田首相によって“政治利用”されていることがよく分かります。

 全国紙5紙のうち、23日付朝刊で政府見解についてある程度掘り下げて触れているのは朝日新聞と毎日新聞だけで、ほかの3紙(読売新聞、日経新聞、産経新聞)にはこうした記述は見当たりません。
 東京新聞は社説面の「ぎろんの森」に「『国葬』閣議決定の問題点」の見出しの記事を掲載。以下のように疑義を示しているのが目を引きました。

 「国葬令」は戦後、新憲法施行に伴って効力を失っており、首相は国葬の根拠を、国の儀式に関する事務を内閣府の所掌とする「内閣府設置法」に求めています。
 同法を根拠に、閣議決定に基づいて国葬を行うことは可能だとする論法ですが、国葬を行う対象人物や功績の基準に関して、法律に明確な規定があるわけではありません。
 閣議決定のみによる国葬実施は唯一の立法府である国会が定めた法律に従って行政を行う法治主義に反します。費用は全額国費を充て、一般予備費から拠出するとしていますから、国会の議決を経ず財政民主主義にも反します。

 なお、朝日新聞、毎日新聞がそれぞれ7月16、17日の週末に実施した世論調査では、いずれもこの国葬に関する質問がありませんでした。16~18日のNHK調査では「国葬の方針を評価するか」との質問がありました。結果は「評価する」49%、「評価しない」38%でした。
 安倍元首相の国葬を民意はどのように見ているのかは、社会で共有すべき重要な情報です。これからでも世論調査の都度、賛否を尋ねてほしいと思います。

 以下に、22日の閣議決定を東京発行の新聞各紙がどのように報じたかを書きとめておきます。1面トップは朝日新聞のみ。ほかに1面に掲載したのは読売新聞だけでした。全文で29行の短い本記です。国葬がはらむ問題の深刻さに比べると、総じてここまでの報道は淡泊であるように感じます。
 16日付で早々に国葬を容認する社説を掲載していた毎日新聞は、2回目の社説であらためて疑問や懸念を表明しています。日経新聞も社説を掲載。「今回の国葬が世論の分断をさらに広げないように努めるのも政府・与党の役割である」と指摘しています。

【7月23日付朝刊】
■朝日新聞
1面トップ「安倍元首相国葬 閣議決定/9月27日 国費で全額負担」
2面・時時刻刻「首相指示 国葬こだわり」「内閣府設置法を理由『できるならいこう』」「野党は批判『なし崩し』『内心の自由侵害』」/「吉田氏国葬も是非巡り議論/サイレン鳴り各地で黙祷・ハチ公前で反対演説」
 9面(国際)「国葬 海外では/遺族の意向・限定的・細かく規定」米国、英国、南アフリカ、韓国
 第2社会面「安倍氏『国葬』街は/費用は 是非は 弔いのあり方に意見様々」

■毎日新聞
・2面・焦点「安倍氏『国葬』首相が主導/明確な法令基準なく/9月27日正式決定/戦前の国葬令『国家に偉功ある者』」/「文科相、国葬日『休校想定せず』」
・社説「安倍氏『国葬』を決定 なぜ国会説明しないのか」

■読売新聞
・1面「安倍元首相国葬決定/9月27日、日本武道館」(見出し3段、全文29行)
・4面(政治)「国葬 担当部局を設置/内閣府、外務省、警察庁に/政府、準備本格化」/「プーチン氏出席認めず 政府調整」

■日経新聞
・4面(総合)「『無宗教形式、簡素に』/安倍氏国葬、休日にはせず」/「立民・泉代表が国葬に反対表明」/「プーチン氏の出席認めず 政府調整」
・社説「広く国民の理解を得る国葬に」

■産経新聞
・2面(総合)「安倍氏国葬 閣議決定/9月27日、日本武道館」/「吉田茂氏踏襲 準備を加速」/「プーチン氏出席 政府認めぬ方針」
・5面(総合)「国葬 海外要人の対応課題/トランプ氏来日? 台湾の参列者は?」/「『説明ない』泉氏、反対明言」

■東京新聞
・3面(総合)「安倍氏国葬9月27日と決定/全額国費負担、戦後2例目」/「反対・容認 野党割れる」/「被爆者ら抗議/『税金使用は疑問』『改憲向け意図?』」
・5面(社説・発言)ぎろんの森「『国葬』閣議決定の問題点」

 

※追記 2022年7月24日15時50分

 閣議決定で国葬の実施を決める手続きの適法性についてあれこれ考えていて、憲法が規定する「天皇の国事行為」の問題に思い至りました。国葬を天皇の国事行為と位置付ければ、今回の手続きは適法と言えるように思います。それ以外に適法性は見いだしがたいようにも。別の記事をアップしました。よろしければ、お読みください。 

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