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那覇市長選の本土メディアの報道に危惧~自公系勝利は辺野古移設容認ではない

 沖縄県の県庁所在地、那覇市の市長選が10月23日に行われ、国政与党の自民、公明両党が推薦した前副市長の知念覚氏が、玉城デニー知事が支持する元県議の翁長雄治氏を破って初当選しました。この選挙結果を伝えた日本本土のマスメディアの報道ぶりに危惧を覚える点があります。選挙から日がたっていますが、記録の意味でも書きとめておくことにします。
 沖縄には「オール沖縄」という枠組みがあります。故翁長雄志元知事が、米軍普天間飛行場の辺野古移転への反対を掲げ、保守、革新の違いを超えて「イデオロギーよりアイデンティティー」の理念の元に結集を呼びかけました。現在の玉城デニー知事は、翁長元知事の急逝を受けて衆院議員から転じた後継者です。那覇市長選に出馬した翁長雄治氏は翁長元知事の次男で、やはり「オール沖縄」勢力に支えられました。
 当選した知念氏も、もとは「オール沖縄」の流れにいました。那覇市役所の生え抜き職員で、翁長元知事が那覇市長だった当時の側近。翁長氏の後継市長だった城間幹子現市長の下で副市長を務めました。報道によると、その城間氏が市長選の告示直前に「オール沖縄」から離脱し、自公の推薦を受けた知念氏の支援に回ったことが、知念氏優位を決定づけたようです。
 日本本土復帰から50年のことし、沖縄では七つの市長選と知事選がありました。市長選では「オール沖縄」は全敗です。しかし、知事は玉城氏が再選を果たし、もう一つの全県選挙である参院選の沖縄選挙区でも、「オール沖縄」の候補が勝利しました。「オール沖縄」が前面に掲げる普天間飛行場の辺野古移設反対は、全県選挙では支持を得た、と言えます。
 一方、那覇市長選では翁長武治氏が辺野古移設反対を訴えたのに対し、知念氏は「国と県の係争を見守る」との立場でした。那覇市長選では、普天間飛行場の辺野古移設は、双方の主張がかみ合う争点ではありませんでした。
 この那覇市長選の結果をどう考えればいいのか。その一助として、地元紙の沖縄タイムス、琉球新報の翌24日付の社説を読んでみました。一部を紹介します。

■沖縄タイムス「[那覇市長に知念氏]経済再生へ経験を重視」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1045682

 知念氏は、那覇市に38年間勤務した行政経験を基に「蓄積のある即戦力」をアピールした。
 新型コロナウイルス禍や物価高で影響を受ける市民や事業者への直接補助、水道料金の引き下げは「那覇市ができること」として市民の生活第一を前面に訴えた。
 コロナ禍で、国際通りをはじめとする市の中心市街地の風景は一変した。
 政府の全国旅行支援や水際対策の緩和を受けて戻りつつある街の活気を、市経済の「V字回復」につなげたいと考える有権者は多い。長年にわたり市政運営に携わってきた知念氏の行政手腕に期待した形だ。
 (中略)
 知念氏は、名護市辺野古の新基地建設に対しては「県民投票の結果を尊重する」としながらも、「名護のことは名護で」と賛否を示さず争点化を避けた。
 一方で、習い事や資格取得などに活用できるクーポン発行を掲げるなど、市民生活に身近な政策を強調。地域の課題解決を重点的に訴えることで、幅広い支持拡大につながった。
 (中略)
 オール沖縄の支援を受け2期連続当選した城間氏が、自公が推薦する知念氏の支持に回ったことで、市民にとって分かりにくい選挙となった。投票率の低さは政治不信を表していないか。
 自身は新基地建設に「反対」としながらオール沖縄と決別し、知念氏を支援したことについて、城間氏は説明責任を果たすべきだ。

■琉球新報「那覇市長に知念氏 市民の暮らし守る施策を」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1604336.html

 両氏の政策が異なったのは辺野古新基地への対応だ。知念氏は県民投票の結果を受け入れた上で「国と県の係争を見守る」との立場で、反対を明確にした翁長氏と差があった。あえて争点にしなかった。
 ただ候補者が「辺野古容認」を明言した参院選、県知事選で自公は敗れている。各市長選は那覇と同様に経済や福祉が主要争点だった。那覇市長選の結果をもって辺野古容認の流れに傾いたとみるのは早計だ。国と県の法廷闘争は続いており、基地の過重負担に対する国民の異議は根強い。直近の世論調査(9月17、18日・共同通信)でも辺野古を「支持しない」が57%で過半数であることがその証しだ。
 今回の市長選は、翁長氏の父である雄志前知事が提唱した政治的枠組み「オール沖縄」の在り方に一石を投じた。
 この枠組みは雄志氏がイデオロギーよりアイデンティティーの重要性を喚起し、具体的政治課題として辺野古新基地建設反対を掲げて中道、一部保守、革新勢力を統合した。しかし雄志氏の後継である城間幹子市長が、辺野古の争点をぼかした知念氏を支持したことで、枠組みが揺らいでいることが明らかになった。オール沖縄勢が推す玉城県政を含めた再構築が課題となる。

 知事選や国政選挙である参院選と比べ、市長選では市民生活に身近な政策が問われます。七つの市長選で「オール沖縄」が全敗したからと言って、沖縄の民意が辺野古移設を事実上容認した、などということになるわけではないのは当然のことです。

 さて、日本本土のマスメディアが那覇市長選の結果をどう報じたか、です。東京発行の新聞各紙の24日付朝刊の扱いと、記事の見出しを以下に書きとめておきます。1面に掲載したのは産経新聞だけ。事実関係を中心にした「本記」のほかに、関連記事を掲載したのも産経新聞だけでした。朝日新聞は翌25日付朝刊に、「オール沖縄」に焦点を当てた長文の記事を掲載しましたが、他紙のそうした報道は目にしません。

【10月24日付朝刊】
▽朝日新聞:3面「那覇市長選 知念氏初当選/『オール沖縄』翁長氏破る」見出し3段・顔写真
▽毎日新聞:2面「那覇市長に自公系/知念氏、反辺野古派破る」見出し2段・顔写真
▽読売新聞:2面「那覇市長に自公系 知念氏」見出し2段・顔写真
▽日経新聞:2面「那覇市長に知念氏初当選」1段・本文11行
▽産経新聞:1面「那覇市長に自公系・知念氏/『オール沖縄』に打撃」見出し3段・顔写真/5面「揺らぐ沖縄 玉城県政に波及/那覇市長選 自公系が勝利」見出し3段・写真(花束を受け取る知念氏)
▽東京新聞:2面「那覇市長に自公系/知念氏が翁長氏破り初当選」

【25日付朝刊】
▽朝日新聞:第3社会面「オール沖縄敗北『対政権』岐路/那覇市長選『辺野古ノー』でまとまれず」/「今年7市長選 自公に全敗/『新たな軸』求める声」

 24日付の朝刊で最も報道量が多かったのは産経新聞です。1面に本記のほか、5面に関連記事も掲載しています。見出しからもうかがえるように、「オール沖縄」勢力の退潮と、玉城知事の県政の揺らぎを強調するトーンです。知事選と参院選ではオール沖縄勢力が勝利していることには、本記の終わりで触れてはいますが、5面の関連記事では那覇市長選後の見通しについて「米軍基地問題などをめぐる県と市のスタンスにずれが生じ、9月に2期目をスタートさせた玉城デニー知事の県政運営に影響をおよぼすのは必至だ」と、基地問題にも言及しています。産経新聞は社論として、辺野古移設を進める日本政府の方針を強く支持しています。
 朝日新聞は24日付では本記のみでしたが、25日付の記事では、選挙戦の舞台裏や今後の展望を丁寧に伝えました。「オール沖縄」の枠組みで日本政府に対抗していくのは限界だとの指摘が強いことや、辺野古移設強行に象徴される政府・政権とどう対抗していくのかが課題として指摘されていることなどです。「オール沖縄」の退潮は、辺野古移設に反対の沖縄の民意が後退していることを意味してはいないことが分かります。
 産経、朝日に比べると、他紙の報道は随分とコンパクトです。国政与党系の候補が勝ったこと、敗れた「オール沖縄系」が辺野古移設反対を掲げていたことは伝わります。しかし、この情報量では伝わらないことも少なくないのではないか。この記事の冒頭に「危惧する点があります」と書いたのは、この点です。
 当選した知念氏も「オール沖縄」の流れにいたこと、「オール沖縄」も当初は知念氏の擁立を模索していたことなど、今回の市長選の構図は複雑です。沖縄の地元メディアの報道を日々フォローしてきた人ならともかく、日本本土の住民がそうした背景事情を踏まえて、選挙結果の意味を理解するには、やはり事情を丁寧に解きほぐして伝えることが必要です。しかし、多くの本土メディアの報道の情報量は、他地域の県庁所在地の市長選と同じ程度のレベルでした。
 例えば、敗れた翁長武治氏が辺野古移設反対を前面に掲げていたのは事実です。その意味で毎日新聞の見出しにある「知念氏、反辺野古派破る」は間違いではありません。ただ、勝利した知念氏が辺野古移設を容認しているわけではありません。毎日新聞も記事の後半に「辺野古移設の賛否は明言しなかった」と書いてはいますが、読み手が見出しと記事の全体の印象から、辺野古移設反対はどうやら沖縄の総意ではない、と受け取る恐れはないのか。あるいはこうした報道を元に、辺野古反対派の候補が敗れたことと、「オール沖縄」勢力の退潮とがことさらに強調されてネット上などに広がれば、「沖縄でも辺野古移設は容認の空気が強まっている」というような受け止め方が広がることにならないか。そうしたことを危惧します。辺野古移設への賛否を表明しなかった別の市長選の当選者について、SNS上で多くのフォロワーを持つ著名人が「辺野古移設を黙認」と強弁するような言説も目にします。「市長は黙認」から「地元は黙認」へ飛躍を重ねた受け止めが広がることを危惧します。
 このブログで繰り返し書いてきていることですが、沖縄に過剰な基地負担を強いている歴代の政権は、選挙による民主主義の手続きを経て正当に成り立っています。沖縄の過剰な基地負担は、主権者である日本国民の選択ということになります。その意味で、日本国の主権者は等しく、沖縄に過剰な基地負担を強いている当事者です。当事者として、選挙を通じて示される沖縄の人たちの意思はきちんと受け止めなければなりません。沖縄の選挙を丁寧に伝えるのは、本土メディアの責務だと考えています。