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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「飛行差し止め」を実現させるもの

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の周辺住民らが、米軍機の飛行差し止めと損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が7月29日、福岡地裁那覇支部(河辺義典裁判長)であり、飛行差し止めは一審判決に続いて退けられましたが、賠償額は2・5倍に引き上げられました。既に広く報道されていることですが、この判決の特徴は以下の各点にあると思います。

  • 海兵隊の航空基地であることによる普天間独特の問題として指摘されていたヘリの低周波音被害を認めた
  • 住民被害に対する日本政府の無策ぶりを厳しい言葉で批判した
  • 2005年には隣接する沖縄国際大にヘリが墜落する事故が起きるなど住民は騒音以外に事故の危険にもさらされていることを認め、「世界一危険な飛行場」と呼ばれていることに言及した
  • こうした各点を踏まえて、損害賠償の基準額を一審判決の倍に引き上げた

などです。

※「普天間爆音訴訟判決要旨」=47news(共同通信
 http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010072901000872.html
※サイトNPJ(http://www.news-pj.net/)には、より詳しい判決要旨のPDFファイルへのリンクがあります。

 飛行差し止め請求に対して「国は米軍による普天間飛行場の活動を制限できない。原告らの請求は国の支配の及ばない第三者の行為の差し止めであり、棄却を免れない。安保条約を廃棄したり、提供施設の返還要求をするか否かは、わが国の安全保障全般に直接影響し、国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ事柄。司法機関が差し止め命令を発することはできない」(共同通信の「要旨」より)として認めないこの論法は、既に各地の米軍をめぐる訴訟で一貫して示されてきたものです。しかし、その一方で今回の判決は住民被害の深刻さを踏み込んで検証、認定し、また「沖縄本島中部地域では騒音の影響を受けない地域は限られている。原告は地縁などの理由でやむを得ず、周辺に転居したもので、非難されるべき事情は認められない」として、住民のいわゆる「危険への接近」も明快に否定するなど、住民側の主張を十分に汲んでいるように思えます。そこまで住民被害の深刻さが分かっていながら、なぜ日本国の司法は抜本的な解決である「飛行差し止め」に踏み込めないのか。周辺住民ならずとも納得できないでしょう。昨年来の普天間飛行場移設問題と今回の判決の結論とを重ね合わせれば、司法もまた「沖縄差別」に与しているとの観すらあります。
 ただ、わたしは今回の判決が言葉を極めて日本政府の無策ぶりを批判したことに、今後司法が変化する可能性をわずかなりとも見出してもいいのではないかと考えています。日米安保在日米軍の問題が地域にきしみをもたらすたびに、政府・為政者の側は「外交と安全保障は国の専管事項」と口にしてきました。国家の3権の間でも、司法が行政に遠慮して外交や軍事に判断を示すことを避けてきました。そんなことが続いているうちに、個々人の個々の権利侵害が、とりわけ沖縄では積み重なってきました。そのことを、沖縄の地に身を置いて審理に当たってきた裁判官が、賠償の倍増という形で指摘せざるを得なかったのが今回の判決ではないかと思います。行政に遠慮していつまで司法が黙っているのか。今まで通してきた法理に「時間の経過」と「行政の無策と、それによる権利侵害の積み重ね」の要素を重ねて見直してみようとする裁判官が出てくる可能性を、最初から否定する必要もないと思います。
 普天間飛行場移設問題は、鳩山由紀夫前首相の退任と菅直人首相の消費税増税発言によって参院選では争点にならず、本土メディアの報道も減っています。しかし、以前のエントリーでも指摘したように、いったんは本土メディアの報道に、無自覚だとしても変化が起きていました。沖縄の人たちが「最低でも県外」を守らなかった鳩山前首相に怒り、あるいは落胆したとしても、それは鳩山前首相だけへの怒りや落胆ではなく、沖縄の人たちのまなざしの先には一人一人が日本国の主権者でもある本土の日本人全体があるのではないか、ということに気付いた本土の日本人も少なくないと思います。移設問題は決着したわけでも何でもありません。これから沖縄をめぐって何が起こるのかによっては、日本社会の中に大きな世論のうねりが生じることもあるかもしれません。仮にそうなったとき、裁判官たちは何を考えるのでしょうか。あるいは何も考えないのでしょうか。
 これから沖縄をめぐって起こることが、社会にどのように伝えられるのか。とりわけ本土の大手マスメディアの報道ぶりの意味は小さくないと思います。本土メディアで働く一人としての、わたし自身の課題でもあると考えています。

 ※写真は判決を伝える琉球新報の7月30日付紙面の社会面です

 ※参考過去エントリー
 「『なぜ沖縄』の疑問に応えていく報道を〜ヤマトメディアに起きた無自覚の変化」
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100530/1275180587