「『ノーモア戦争』の声を」(沖縄タイムス)、「『前夜』を拒絶する日に」(琉球新報)~沖縄慰霊の日の地元紙社説

 参院選公示の翌日、6月23日は沖縄の慰霊の日でした。第二次世界大戦末期の沖縄戦で、日本軍の組織的戦闘が終わったとされる日です。ロシアによるウクライナ侵攻のさなか、23日付の沖縄タイムス、琉球新報の社説は、新たな戦争への危惧と、歴史から学ぼうとしない日本への不信を突き付けています。

 5月15日には日本復帰から50年を迎えましたが、基地の過重な集中は解消されず、むしろ台湾有事をにらんだ最前線として自衛隊の展開も進んでいます。そうした中で、生活の場が戦場になっているウクライナの人々の辛酸は、沖縄戦を経験し、あるいはその経験を語り継ぐ沖縄の人たちにとっては他人事ではないのだと思います。そして、沖縄戦で軍は住民を守らなかった歴史の事実があるからこそ、「台湾有事」の想定に軍事力の増強で対応しようとする日本に、いざとなれば再び沖縄を切り捨てようとする危うさを見て取っているのだと思います。その視線は日本政府だけでなく、政府を成り立たせている日本国の主権者一人ひとりに向けられていることを、あらためて自覚しておこうと思います。

 両紙の社説の一部をそれぞれ書きとめておきます。

■沖縄タイムス「[慰霊の日に]『ノーモア戦争』の声を」
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/979509

 私たちはいま、過去・現在・未来にまたがる三つの戦争に直面している。
 77年前の沖縄戦と、現在進行中のウクライナ侵攻と、米中対立を背景にした台湾有事という名の未来の戦争の三つである。
 このような事態はこれまでなかった。現在を「戦前」と呼ぶ人もいる。
 人は「平和」という抽象的な言葉よりも「安全」という言葉に敏感だ。
 「まことに『安全の脅威』ほど平和を掘り崩すキャンペーンに使われやすいものはない」と著名な精神医学者の中井久夫さんは指摘する(「戦争と平和 ある観察」)。
 ロシアもそうだった。「安全の脅威」を前面に押し立てて戦争準備を始め、侵攻を開始したのである。
 南西諸島の軍事要塞(ようさい)化や軍事費の増大、敵基地攻撃能力の保有などが、矢継ぎ早に打ち出されているのも「安全の脅威」を根拠にしている。
 空気によって流され、気が付いたら後戻りのできない地点にいた、というのが一番怖い。
 戦争が引き起こされるときは、言論が統制され、戦争を正当化するプロパガンダが繰り返されることが多い。
 二度と同じ過ちを繰り返してはならない。
 緊張をつくり出すのではなく、緊張を緩和する取り組みが必要だ。

■琉球新報「慰霊の日 『前夜』を拒絶する日に」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1537645.html

 1944年の初頭まで沖縄には本格的な軍事施設はなかった。ワシントン軍縮条約によって、沖縄本島および離島沿岸部の要塞基地計画が廃止されたからだ。多国間による外交努力によって軍縮を実現させ、沖縄が戦場になる危険性が回避されたわけだ。
 やがて日本はこの条約を破棄して沖縄と台湾方面の軍備強化に乗り出す。44年3月、沖縄に第32軍を創設した。沖縄戦を目前にした同年12月、長勇参謀長は県に対し、軍は作戦に従い戦をするが、島民は邪魔なので、全部山岳地方(北部)に退去させ自活するように伝えた。
 軍の方針について泉守紀知事が県幹部にこう漏らした。「中央政府では、日本の本土に比べたら沖縄など小の虫である。大の虫のために小の虫は殺すのが原則だ。だから今、どうすればいいのか。私の悩みはここにある」
 (中略)
安倍晋三元首相は昨年、「台湾有事は日本有事」と述べた。ロシアのウクライナ侵攻後は核共有議論を提起した。岸田文雄首相も台湾を念頭に「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と発言し、防衛費大幅増を目指す。
 台湾や尖閣諸島で不測の事態が発生した場合、沖縄が戦場になる可能性が高まる。しかし、島しょ県である沖縄では、有事の際の島外避難に大量の航空機や船舶が必要で、全住民の避難は不可能だ。
 なぜ日本は歴史から学ばないのか。私たちは、再び国家にとって「小の虫」とされることを拒否する。

 

参院選の争点は「物価高」「安保」「改憲」、根底で問われるのは「非戦の国是」

 参議院議員選挙が6月22日、公示されました。
 折しも、2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は終わりが見えず、ロシアへの経済制裁は原油の高騰、物価高となって日本の社会にも跳ね返ってきています。ロシアは日本の隣国でもあり、不安を感じる人は少なくないだろうことは想像に難くありません。繰り返される北朝鮮のミサイル実験や、中国が台湾へ武力侵攻するのではないかとの臆測が流れていることも相まって、自民党からは軍事費予算の倍増や敵基地攻撃能力の保有などの軍拡路線の主張が声高に聞こえます。
 そういうさなかで迎えた参院選です。試みに東京発行の新聞各紙の23日付朝刊と前日22日夕刊の1面の見出しからキーワードを拾ってみました。

■23日付朝刊
朝日新聞「物価高・円安・安保」
毎日新聞「物価高・安全保障」「改憲」
読売新聞「物価高・安保」
日経新聞「物価高・安保」
産経新聞「安保・物価高」「改憲」
東京新聞「物価高」

 

■22日夕刊 ※産経新聞は夕刊発行なし
朝日新聞「物価高・コロナ対策」
毎日新聞「物価高・安保」「改憲」
読売新聞「物価高・安保」
日経新聞「物価高・安保」
東京新聞「物価高」

 

 新聞各紙がこの参院選の争点と位置づけたのは第一に「物価高」、次いで「安全保障」「憲法改正」ということです。
 物価高の大元はロシアのウクライナ侵攻です。だから、物価高をこの選挙の争点として考えることは、この戦争をどう考えるのかということと無関係ではありません。安全保障については、この戦争との関係は一層明白です。報道で「防衛費」と呼ぶ軍事費の倍増も、政府や与党が「反撃能力」と呼び方を変えた敵基地攻撃能力も、ロシアのウクライナ侵攻後にいっそう声高に叫ばれるようになった観があります。ロシアに不安をかきたてられたのか、あるいはこの機に乗じてと考えてのことなのか。いずれにしても、熟慮の末に出てきたものではありません。安倍晋三元首相が言い始めた米軍の核兵器の共有などは、思いつきのレベルでしかないでしょう。「憲法改正」も、ここにきて岸田文雄首相が強い意気込みを見せています。自民党案の内容は「改憲のための改憲」であって、この時期に無理を重ねて急がなければいけないようなものではありません。
 物価高にしても、安全保障や憲法改正にしても、ロシアのウクライナ侵攻と直接的、間接的に結びついています。そうした視点で見ていけば、根底にあるのは、非戦と戦力不保持を国是と定める憲法9条をどうするのか、という問いであることに気付きます。明示され、可視化された争点にはなっていないかもしれませんが、この選挙に際して、日本国の主権者、有権者として考えなければならないのは、憲法9条をどうするのか、との問いにどう答えるか、だろうと思います。ロシアのウクライナ侵攻や、北朝鮮、中国の軍拡はわたしも不安です。だからと言って、熟慮、熟議を欠いたまま一時のムードで憲法をいじり、非戦の国是を変えてしまうようなことは避けねばなりません。
 憲法9条で国を守れるのか、との疑問形の言説があります。では軍事力で国を守れるのか。守れなかった歴史の事実が日本には厳然とあります。つい77年前のことです。きょう6月23日は沖縄慰霊の日。沖縄の地上戦で、どれだけの住民が犠牲になったか。軍は住民を守りませんでした。そうした歴史の事実から目をそらすべきではありません。
 この参院選では、そういうことも考えながら投票先を選ぶようにしたいと思います。そして、そうした有権者に対して幅広く判断材料を提供することも、マスメディアの役割のはずです。各党の主張をそのまま報じるだけで、ことが足りるわけではないだろうと思います。

 

※追記 2022年6月24日0時40分

 沖縄の地元紙の沖縄タイムスと琉球新報は6月23日付で、新たな戦争を危惧し、歴史に学ばない日本に不信を突き付ける社説を、それぞれ掲載しています。新しい記事をアップしました。

news-worker.hatenablog.com

東京の空は沖縄の空につながっている~米大統領の横田基地、都心ヘリポート利用の意味を報じなかった在京各紙

 米国のバイデン大統領が5月22日に来日し、24日に帰国の途に就くまで東京に滞在しました。この間、日米首脳会談と、日米両国にオーストラリア、インドを加えた4カ国の協力枠組み「クアッド」の首脳会合が東京で開かれました。ウクライナ侵攻を続けるロシアや、台湾への武力行使の懸念が取りざたされている中国への対応が主要テーマであり、大きな軍事同盟の会合だった観があります。日本が軍事費を大幅に増やし、敵基地攻撃能力をも保有して、北東アジアの軍事的緊張に当事者としていよいよ深く関与しようとしている、今はその動きのまっただ中であることを、否応なく感じざるを得ません。
 日本のマスメディアもバイデン大統領と岸田文雄首相の発言を軸に、これらの動きを大きく報じました。その中にあって、取り上げ方、報じ方次第で、日本社会がどうなっているのかを考えるうえで意義のあるニュースになったのに、と感じる出来事がありました。バイデン大統領がとった移動ルートです。

 バイデン大統領は22日、訪問先の韓国から米空軍の大統領専用機で、東京・多摩地域の米空軍横田基地に到着しました。米海兵隊の大統領専用ヘリに乗り換え、向かった先は東京都港区の都心にある米陸軍赤坂プレスセンターのヘリポート。ここで大統領専用車に乗り換え、宿泊先のホテルに向かったとのことです。
 海外の要人が専用機で来日する例は米国以外にもありますが、利用するのは羽田空港です。米国の大統領でも羽田空港の利用が通例と言っていいようで、手元で検索した限りですが、横田基地を利用した例はトランプ大統領(当時)が2017年11月に来日した際以外に見当たりません。今回、バイデン大統領が横田基地を使ったことは、それ自体が異例のことです。
 2017年当時、トランプ氏は横田基地の滑走路脇の格納庫で、米兵や自衛隊員ら計約2千人を前に演説しました。共同通信は以下のように報じています。

 「かつて戦争した国同士が、今は共により良い世界を追求するパートナーだ」と日米の緊密な関係をアピール。「われわれは空、海、陸、宇宙を支配する」と米軍の力を誇示し、喝采を浴びた。
 「独裁者は、われわれの決意を過小評価しない方がいい」と述べ、名指しを避けながらも核実験やミサイル発射など軍事的挑発を繰り返す北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長をけん制した。

 トランプ氏には、軍事的なパフォーマンスの狙いがあったのでしょう。バイデン大統領も、あえて軍事基地から日本に入ることで、ロシアや中国にメッセージを送る意図があったようにも思えます。

 大統領専用ヘリで向かった赤坂プレスセンターは、東京23区内にある唯一の在日米軍基地です。都心のど真ん中に建つ高層ビル、六本木ヒルズのすぐそば。そんな場所に米軍基地があること自体が、一般にはあまり知られていないと思います。東京都港区によると、近隣住民は、米軍へリコプターの騒音に悩まされ事故発生の不安を抱えており、区は基地の早期撤去を求め、国、東京都、米国に対して要請行動を行っているとのことです。
 区の取り組みをまとめた「港区の米軍基地」というリーフレットが、港区のホームページからダウンロードできます。
 https://www.city.minato.tokyo.jp/jinken/kurashi/hewa/torikumi/begunkichi.html

 横田基地、赤坂プレスセンターとも米軍が管理する基地です。バイデン大統領は日本に到着後も、米国内を移動するのと同じように、自由に東京の空を飛んで都心に入ったわけです。

【写真】米軍赤坂プレスセンター(出典:ウイキペディア、パブリックドメイン)
 折しも1週間前の5月15日は、沖縄の施政権返還、日本復帰から50年の日でした。沖縄では基地の過重な負担が続き、自由に飛び交う米軍機の存在が住民の生活に脅威となっています。東京の空は、その沖縄の空とつながっている―。バイデン大統領の移動ルートに、そのことを実感しました。

 報道でも、移動ルートのそうした意味に焦点を当てる報じ方も可能だと思うのですが、ルートの紹介自体、わたしが目にした範囲に限定してのことですが、極めて薄かったように思います。
 東京発行の新聞各紙は、バイデン大統領の日本到着を23日付朝刊で報じました。5W1Hの事実関係を中心にする「本記」で、各紙が大統領の移動ルートどの程度触れているか、記事の見出しとともに書き出してみます。

【朝日新聞】
◎安保・経済 日米連携確認へ/きょう首脳会談 バイデン氏来日
「バイデン氏は22日夕、大統領専用機で米軍横田基地(東京都福生市など)に到着した。」
【毎日新聞】
◎バイデン氏 就任後初来日/きょう日米首脳会談
「バイデン米大統領は22日、大統領専用機で米軍横田基地(東京都福生市など)に到着し、就任後初めて日本を訪問した。」
【読売新聞】
◎バイデン大統領来日/就任後初 きょう首脳会談
「米国のバイデン大統領は22日夕、大統領専用機「エアフォース・ワン」で米軍横田基地(東京都福生市など)に到着した。」
【日経新聞】
◎日米首脳きょう会談/バイデン氏初来日/対中抑止を協議
「日本に先立ち20~22日に訪れていた韓国を離れ、米大統領専用機で米軍横田基地に到着した。」
「その後、大統領専用ヘリコプターに乗り換えて都心に向かった。」
【産経新聞】
◎対中露 安保戦略を緊密化/米大統領来日 きょう首脳会談
「バイデン米大統領は22日夕、訪問先の韓国から、東京都内の米軍横田基地に到着した。」
【東京新聞】
◎バイデン大統領初来日/きょう岸田首相と会談 都心警戒
「バイデン米大統領は二十二日夕、韓国訪問を終え専用機で東京に到着した。」

 もっとも詳しいのは日経新聞ですが、横田基地から大統領専用ヘリコプターに乗り換えて都心に向かったことまで。都心の米軍基地には触れていません。他紙は横田基地に到着したところまでで、東京新聞は「東京に到着した」とだけで、横田基地にも触れていません。
 各紙ともこの本記は政治部の出稿とみられます。見出しを見れば、やはり翌日の日米首脳会談が関心の中心であることが分かります。米国大統領の来日は、そこにこそニュースバリューがあり、移動ルートは些末なこと、との各紙の政治部なりの判断が透けて見えるように思います。
 23日付朝刊でバイデン大統領の移動ルートを一定程度、具体的に紹介していたのは産経新聞の第2社会面の記事です。「『戦時』の会合、都内厳戒」の見出しで、警備面に主に焦点を当てた記事ですが、米軍横田基地に到着→「ヘリコプターで港区の米軍施設へ移動」→「専用車両『ビースト』に乗り」宿泊先のホテルへ―とのルートを紹介しています。他紙は社会面にも、この移動ルートに触れた記事は見当たりませんでした。
 少なからず違和感を覚えたのは、朝日新聞デジタルでの扱いです。来日した22日当日、政治部記者が一眼レフカメラを手に羽田からヘリに乗り込み、横田上空で大統領専用機を待ち受ける様子を動画にして、アップしました。見出しは「エアフォース・ワン、3年ぶり日本飛来/山を背に独特のフォルム」。「エアフォース・ワン」は米国大統領が搭乗している際の米空軍機のコールサインとのことです(ウイキペディア「エアフォースワン」)。転じてということか、大統領専用機の機体そのものを指した用法も目に付きます。朝日新聞のこの動画もそのようです。

【写真】朝日新聞デジタルの動画のひとコマ。動画掲載のページは以下 

digital.asahi.com

 動画には、バイデン大統領が専用ヘリに乗り換えたことや、六本木ヘリポートで専用車に乗り換えるシーンなども写っているのですが、記事でさらりと触れているだけで、詳しい解説や記述はありません。ニュースの焦点は完全に「エアフォース・ワン」です。朝日新聞デジタルには5月20日にも、同じ政治部記者の署名で「エアフォース・ワンがやってくる/空色の機体、東京では見納め?」との記事が掲載されていました。まるで航空機ファン向け専門サイトのようなリポート。「政治記者の関心がそこなのか?それでいいのか?」というのがわたしの率直な感想です。

 バイデン大統領が東京滞在中の5月23、24日、東京都心の上空を軍用とおぼしきヘリが爆音とともに周回飛行をしているのが、わたしの勤務先のビルからも見えました。目視での印象ですが、飛行高度は高さ333メートルの東京タワーより少し上ぐらいのようでした。同形機は陸上自衛隊にもあるのですが、機体の塗装は白っぽく、米軍機のように感じました。大統領の警護の支援なのでしょうか。報道とおぼしきヘリははるか上空でした。やはり、東京の空は沖縄の空とつながっていると感じました。手持ちのスマホで写真を撮りましたが、わたしの腕では、これが精いっぱいです(下は丸部分の拡大)。 

 

沖縄の過重な基地負担を「自分ごと」に~「後ろめたさ」も、復帰50年 地方紙の社説、論説の記録

 沖縄の日本復帰50年を地方紙の社説、論説はどのように論じたのか。5月15日当日前後の掲載について、主な地方紙各紙を調べてみました。いつもはネット上の各紙サイトで内容が読めるものを対象にしているのですが、今回はそれ以外の新聞についても可能な限り、紙面に当たりました。確認できたのは36紙(同一の社説である中日新聞と東京新聞は1紙とカウント)。沖縄の地元紙である沖縄タイムスと琉球新報は含んでいません。
 36紙のうち1紙を除いては、沖縄の過重な基地負担を一地域の問題ではなく全国の問題として、「自分ごと」として受け止めよう、との論調が大勢です。それぞれの地域に立脚している地方紙のまなざしは、全国紙と異なっていると感じます。
 印象に残るのは、長野県を発行エリアとする信濃毎日新聞の15日付の社説です。見出しと、書き出しを引用します。

・信濃毎日新聞5月15日付
「沖縄の終わらぬ戦禍 現状を動かす鍵は本土に」/踏みにじられた民意/復帰後も解消せず/訴えを警鐘として
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022051500072

 沖縄の人たちに会う時に抱く気後れに似た感情は、どこから来るのか。時折、自問する。
 基地のない平和な島で人権や自治権を取り戻す―。50年前の復帰に県民が託した願いを、裏切ってきた本土の一員であるためか。
 米軍機が引き起こす騒音、頻発する不時着や部品落下、軍人・軍属の犯罪や事故…。重荷を押し付ける政治を、結果的に許している後ろめたさがもたげる。
 戦後の米軍政下で「一切の制約なき軍事行動の自由」の地に塗り替えられた沖縄は、いまも戦禍にさいなまれている。

 「気おくれに似た感情」「後ろめたさ」などの主観的な感情を吐露する社説、論説は異例と言っていいと思います。
 このブログの以前の記事で書きましたが、わたしは2006年2月に作家の目取真俊さんが日本本土のマスメディアに対して指摘した次の言葉を、本土メディアで働く自身への戒めとしています。普天間飛行場の辺野古沖移設がいったんとん挫した後、あらためて現在の沿岸部埋め立て計画が浮上し、日米政府の再合意へ、と進んでいったころです。「今度こそ、移設を実現させねばならない」―。東京発行の新聞各紙はこんな論調一色でした。

 沖縄の人びとがヤマトの新聞にどれだけ絶望したか考えてほしい。10年前までは、それでもヤマトのマスコミには沖縄への負い目があった。この10年でそれすら消えてしまった。

 https://news-worker.hatenablog.com/entry/2022/05/16/081315

news-worker.hatenablog.com

 「負い目」をわたしが自覚したあの目取真さんの指摘から16年余。日本本土のマスメディアにも「後ろめたさ」の表明が見られるようになりました。

 それぞれの地域の問題と沖縄の基地の過重負担とを重ね合わせた視点も目につきます。
 福島県を発行エリアとする福島民報の社説は、「本県は原発政策に協力していながら、東京電力福島第一原発事故発生後は国の対応に翻弄されてきた。復興を巡り、基地移設問題と同じような懸念もある。沖縄県への関心を深め、本県の今後とも向き合いたい」と書いています。東北が発行エリアの河北新報(河北新報社の本社は仙台市)の社説も「国策のしわ寄せは経済格差によって固定化され、国のさじ加減で決まる財政支援によって合理化される。同時に進むのが他の地域との分断だ」「構図は、原子力施設が立地する東北にも共通する。基地によって、あるいは原発によって地域が潤っているといったステレオタイプが国策の矛盾を見えにくくしてしまう」と指摘しています。
 九州が発行エリアの西日本新聞(西日本新聞社の本社は福岡市)は「東アジアの安定に必要な抑止力と、沖縄の基地負担軽減を両立させるためには、抑止に伴う備えや負担を日本社会全体で引き受けることが不可欠だ。九州もその論議に加わることができる」と、「自分ごと」として受け止める姿勢を示しています。
 岸田文雄首相の地元の広島市で発行する中国新聞は「被爆地の首相として沖縄に寄り添ってもらいたい。それが日本という平和国家を率いる指導者にはふさわしい」と書いています。

 36紙の中で異なった論調の1紙は、石川県を発行エリアにする北國新聞です。沖縄の基地負担の軽減や経済振興への努力を掲げた衆院の決議について、政府、国会に具体化へ全力を挙げるよう求めつつ、基地負担自体は「沖縄の地政学的な宿命として受け入れてもらうほかないのではなかろうか」としています。
 見出しと本文の一部を引用します。同紙のサイトでは、社説は有料域のコンテンツです。

・北國新聞5月15日付「沖縄復帰50年 『守りの要』の重圧に耐え」

 政府は無論、米軍基地縮小に手をこまねいてきたわけではなく、沖縄の米軍専用施設面積は復帰直前から48%減少した。ただ、本土の施設も大幅に減ったため、沖縄の占める割合は復帰時の58.8%から70.3%に増加し、沖縄に米軍施設が集中する形となった。
 こうした状況に対し「沖縄に基地を押し付け、置き去りにした」といった批判がなされる。が、沖縄がそれだけ重要な防衛戦略拠点であることを理解したい。日本列島から台湾に至るラインは、米国と中国の海洋覇権争いの最前線である。その中間に位置する沖縄は本土では代替できない要衝にならざるを得ない。沖縄県民にはつらいことだが、沖縄の地政学的な宿命として受け入れてもらうほかないのではなかろうか。

 地政学的な要因の当否はさておいても、本土の米軍施設が大幅に減った背景には、各地で基地の撤去を求めた住民らの闘争がありました。石川県では内灘闘争が知られています。

内灘闘争の概要
 昭和24年から32年にかけて、現在の内灘砂丘の向粟崎地区から宮坂地区の海岸線がアメリカ軍の砲弾試射場に供用されることになりました。
 しかし、計画当初から内灘全村で接収反対運動が起こり、国への陳情も行われるなど、政治的な思惑もからんで全国的な運動へと展開して行きました。この闘争は文学や映画などでも取り上げられ、内灘の名を広く全国に知らしめる出来事となりました。政府は期限付きで試射場としての使用を許可しましたが、村を二分する反対運動の末、試射場は撤収され、騒ぎも収束していきました。現在、当時を偲ぶことが出来る監視棟の建物が内灘海岸浜茶屋軒のそばに、また着弾地観測棟の建物が権現森海岸に建っています。
参考:内灘闘争資料集/内灘闘争資料集刊行委員会より

※内灘町ホームページ「内灘闘争」より
https://www.town.uchinada.lg.jp/soshiki/soumu/2701.html

 駐留米軍を巡っては、山梨県では「富士を撃つな」をスローガンに県を挙げての反対運動があり、米軍は同県を離れました。移駐先は沖縄でした。基地があった北富士演習場周辺では米軍による事件や事故が相次いでいた、と山梨日日新聞の論説は指摘し、以下のように書いています。

・山梨日日新聞5月15日付「本土復帰50年 『沖縄への借り』忘れぬよう」

 本土の私たちは復帰に込められた沖縄の思いを、この機会に再確認したい。山梨でもあった米軍絡みの事件・事故は、沖縄で発生し続けているのだ。基地周辺の環境汚染もある。「沖縄は基地のおかげで潤っている」という言説はかなり古めかしい。返還された基地の跡地活用で大きな経済効果を生み出すことが明らかになっている。
 (中略)
 基地の整理・縮小は簡単な政治課題ではない。しかし基地問題が日本全体の問題であることは認識しなければいけない。「自分ごと」として想像力を働かせ、「平和の島」実現へ真摯に取り組みたい。

 以下に地方紙各紙の社説、論説を、北から順に見出しと、一部は本文の印象的な部分を書きとめておきます。ネットで全文が読めるものはリンクも張っておきます。

・北海道新聞5月15日付「沖縄復帰50年 『基地なき平和』が基本だ」/「本土並み」はどこへ/辺野古では解決せぬ/見えぬ寄り添う姿勢
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/680870

 この50年、沖縄は県民の期待とは裏腹の苦難の道を歩み続けたと言わざるを得ない。
 日本政府の責任は大きい。沖縄の過重な基地負担を解消できずにいるばかりか、安全保障政策などで対米追従を続け、そのしわ寄せをさらに沖縄に課してきた。
 沖縄の人々が平和のうちに生きる権利を侵害し続けることは許されない。
 国民全体の課題として沖縄の痛みに真剣に向き合っていかなければならない。

・河北新報5月15日付「沖縄日本復帰50年 『痛み』への感度取り戻そう」
 https://kahoku.news/articles/20220515khn000005.html

 国策のしわ寄せは経済格差によって固定化され、国のさじ加減で決まる財政支援によって合理化される。同時に進むのが他の地域との分断だ。
 構図は、原子力施設が立地する東北にも共通する。基地によって、あるいは原発によって地域が潤っているといったステレオタイプが国策の矛盾を見えにくくしてしまう。
 全国調査では、年齢が下がるにつれて、沖縄の基地負担を問題視する人が減る傾向も明らかになった。
 県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦や、本土から米国統治下の沖縄へ基地の移転が進んだ経過など、歴史認識の溝は地域間のみならず、世代間でも深まっている。
 まずは沖縄の歴史と現状を知り、その「痛み」に想像を巡らせよう。これ以上、負担の押し付けと不平等の放置を傍観していてはなるまい。

・東奥日報5月14日付「『主権』は返還されたのか/沖縄復帰50年」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1057943
・秋田魁新報5月15日付「沖縄復帰50年 過重な基地負担解消を」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20220515AK0004/
・山形新聞5月14日付「沖縄復帰50年 主権は返還されたのか」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20220514.inc
・岩手日報5月15日付「沖縄復帰50年 不平等から目を背けず」
・福島民報5月14日付「【沖縄あす復帰50年】福島から思い寄せて」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/2022051497041

 米軍基地など国策の下で重い負担や苦痛を強いられたままの人々にとって、節目はあるのだろうか。本県は原発政策に協力していながら、東京電力福島第一原発事故発生後は国の対応に翻弄[ほんろう]されてきた。復興を巡り、基地移設問題と同じような懸念もある。沖縄県への関心を深め、本県の今後とも向き合いたい。
(中略)
 共同通信社の全国世論調査で、沖縄の負担が他と比べて不平等だとの回答が八割に達した。基地の一部を県外で引き取るべきと五割強が答えたものの、自分の地域への移設には七割近くが反対した。沖縄の現状は理解しつつも、負担軽減に向けた移設は受け入れ難いという国民感情が大勢なのも、基地問題を沖縄県に固定化させてしまった背景の一つにあるのだろう。
 原発事故に伴う放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出について、風評の上積みになるとの強い反発がある中で政府は、本県沖での実施を最終的に決定した。安全性に対する周知不足への不満や不信感は消えていない。
 除染廃棄物は、中間貯蔵施設への搬入から三十年以内の県外最終処分が法律で定められている。処分先が結局確保できず、本県に固定化されるような事態は許されない。沖縄県に思いを寄せ、基地問題を注視しながら、政府の動向を厳しく見ていく必要があるだろう。

・福島民友新聞「沖縄復帰50年/本土が苦難に向き合うとき」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20220515-703872.php

 一方、米統治下で社会インフラの復旧や産業復興が進まず、基地関連の収入が経済の柱だった状況は、50年で変わった。国や県の振興計画で、観光が主力産業に成長し、基地への依存度は下がった。
 若い世代が直面しているのは、観光業や公共事業頼みで他の産業が育たず、1人当たりの県民所得が全国最下位にある状況だ。完全失業率や母子世帯の割合は全国で最も高く、子どもらが貧困の連鎖にあえいでいる。
 南国のリゾートという明るいイメージは沖縄の一面に過ぎない。観光や農産物流通で縁を築いた福島は、現実を見つめ、さらなる相互理解へ交流を深めるべきだ。
基地への認識や復帰後の評価は、沖縄でも立場や世代で異なる。50年で複雑化した沖縄の問題を私たちは一地域のものに矮小(わいしょう)化せず、平和で豊かな生活の実現をともに目指す姿勢が求められる。

・茨城新聞5月14日付「沖縄復帰50年 主権は返還されたのか」
・上毛新聞5月14日付「沖縄復帰50年 主権は返還されたのか」
・神奈川新聞5月15日付「沖縄復帰50年 苦難の歴史を、ともに」
・山梨日日新聞5月15日付「本土復帰50年 『沖縄への借り』忘れぬよう」

 本土の私たちは復帰に込められた沖縄の思いを、この機会に再確認したい。山梨でもあった米軍絡みの事件・事故は、沖縄で発生し続けているのだ。基地周辺の環境汚染もある。「沖縄は基地のおかげで潤っている」という言説はかなり古めかしい。返還された基地の跡地活用で大きな経済効果を生み出すことが明らかになっている。
 (中略)
 基地の整理・縮小は簡単な政治課題ではない。しかし基地問題が日本全体の問題であることは認識しなければいけない。「自分ごと」として想像力を働かせ、「平和の島」実現へ真摯に取り組みたい。

・信濃毎日新聞5月15日付「沖縄の終わらぬ戦禍 現状を動かす鍵は本土に」/踏みにじられた民意/復帰後も解消せず/訴えを警鐘として
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022051500072

 沖縄の人たちに会う時に抱く気後れに似た感情は、どこから来るのか。時折、自問する。
 基地のない平和な島で人権や自治権を取り戻す―。50年前の復帰に県民が託した願いを、裏切ってきた本土の一員であるためか。
 米軍機が引き起こす騒音、頻発する不時着や部品落下、軍人・軍属の犯罪や事故…。重荷を押し付ける政治を、結果的に許している後ろめたさがもたげる。
(中略)
 ウクライナ戦争で高まった危機感から、軍備拡張を必然とし、米軍の「制約なき自由」を是認する先に、国民の暮らしに何が起きるのか。身をもって知る沖縄の「基地なき島」の叫びは、全国への警鐘として捉えたい。
 その沖縄は、東アジアの中心に位置する地理的特性を生かし、各国の人々が行き交う「共生の島」を構想している。
 沖縄戦で十数万の県民が犠牲となり、軍政下で人権も自治も蹂躙(じゅうりん)された人々の希求は、絵空事ではない。米国と中国のはざまにある日本が、軍事偏重の潮流にあらがう術として、真剣に追求すべき外交上の命題であろう。
 県民が幾度も示した反対の意思を無視し、日米が一体となり、沖縄を「軍事の島」に固定化している。戦後77年を経て、新たな「戦前」を準備するのか。岐路に立つのは、本土の側と言っていい。

・新潟日報5月15日付「沖縄復帰50年 『平和の島』実現させねば」/危険と隣り合う県民/治外法権の地位協定
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/61731
・中日新聞・東京新聞
5月15日付「週のはじめに考える 基地存続に無念の涙雨」/沖縄の願望届かぬ復帰/建議書無視の強行採決/
 https://www.chunichi.co.jp/article/470389
5月16日付「『うちなー世』はまだか 沖縄復帰50年に」/閉ざされた独立への道/自己決定権も奪われて
 https://www.chunichi.co.jp/article/470880

 講和条約、返還協定、名護市辺野古での米軍新基地建設。すべてが当事者である沖縄抜きで決められてきました。故・翁長雄志前知事はそうした状況を「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている」と指摘しています。
 国の沖縄振興予算も、新基地を巡り国と対立した翁長氏と玉城デニー現県政下で減少が続きます。新基地を踏み絵に予算を増減させる政府の非民主的振る舞いが極まっています。十日に決定した今後十年間の沖縄振興基本方針からは前方針にあった沖縄の「自主性を尊重」との文言すら消えました。
 民主主義の時代に、沖縄の人々がなぜ「自己決定権」に言及しなければならないのか。本土に住む私たちは、その背景にあるものから目を背けてはなりません。
 沖縄の地に「うちなー世」が訪れるとき、日本が本当の意味での民主主義国家になれるのです。

・静岡新聞5月15日付「沖縄復帰50年 思い共感することから」
・岐阜新聞5月15日付「沖縄復帰50年 声を踏みにじり続けるな」
・北日本新聞5月15日付「沖縄復帰50年 負担の一極集中改めよ」
・北國新聞5月15日付「沖縄復帰50年 『守りの要』の重圧に耐え」

 政府は無論、米軍基地縮小に手をこまねいてきたわけではなく、沖縄の米軍専用施設面積は復帰直前から48%減少した。ただ、本土の施設も大幅に減ったため、沖縄の占める割合は復帰時の58.8%から70.3%に増加し、沖縄に米軍施設が集中する形となった。
 こうした状況に対し「沖縄に基地を押し付け、置き去りにした」といった批判がなされる。が、沖縄がそれだけ重要な防衛戦略拠点であることを理解したい。日本列島から台湾に至るラインは、米国と中国の海洋覇権争いの最前線である。その中間に位置する沖縄は本土では代替できない要衝にならざるを得ない。沖縄県民にはつらいことだが、沖縄の地政学的な宿命として受け入れてもらうほかないのではなかろうか。

・福井新聞5月14日付「沖縄復帰50年 『平和の島』実現してこそ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1550072
・京都新聞5月15日付「沖縄復帰50年 基地負担軽減へ対話深めよ」/「不平等」県民の8割/日米地位協定が壁に/高い貧困率に対策を
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/792344

 一方、県民所得は全国最下位で、子どもの貧困率は平均の2倍だ。格差解消に向けて、政府が実施する沖縄振興政策でしっかり支援してもらいたい。
 太平洋戦争中、大規模な地上戦が繰り広げられた沖縄では、子どもや女性を含めて県民の4人に1人が犠牲になった。ウクライナ侵攻の惨状に沖縄戦を重ねる人がいることにも思いを寄せたい。
 だからこそ、新たな建議書は、「平和で豊かな島」の実現を第一に掲げている。沖縄をアジア太平洋地域の軍事的要衝として捉えるだけでなく、平和的な外交・対話の場として位置付けられるかが問われている。

・神戸新聞5月15日付「沖縄本土復帰50年/『平和の島』への具体的道筋を」/踏みにじられた思い/負担の代償ではなく
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202205/0015301524.shtml

 今月、政府は今後10年間の沖縄振興基本方針を決定し、持続可能性のある「強い経済」を掲げた。観光以外の産業育成や、本土との所得格差の解消を図る実効性ある振興策が必要である。ただ、それは基地負担の代償であってはならない。自立した経済の実現には、米軍基地の返還と跡地の活用が欠かせない。
 政府は「辺野古移設が唯一の解決策」とする強権的な姿勢を改め、沖縄県と真摯(しんし)に対話すべきだ。その上で、基地問題解決への具体的な道筋を提示する責務がある。
 沖縄の地元紙は、辺野古での新基地建設の強行を「琉球処分」と重ねて論じている。本土でもその怒りを理解し、共有したい。沖縄だけが「アメリカ世」から抜け出しきれない不平等は決して許されない。

・山陽新聞5月15日付「沖縄復帰50年 歴史と現状の理解必要だ」
 https://www.sanyonews.jp/article/1261761

 そもそも沖縄に米軍基地が集まったのは、1952年のサンフランシスコ平和条約発効で本土の基地反対運動が本格化したため、米統治下の沖縄に移ったからだ。基地負担は決して地域問題ではない。
 子どもの貧困率が全国の2倍に上る経済格差の大きさも県外ではあまり知られていない。「本土並み」の実現に向け、私たちは沖縄の歴史と現状を理解し、県民との認識のずれを埋める必要がある。

・中国新聞5月15日付「沖縄復帰50年 『本土並み』実現せねば」/「平和の島」願う/新基地反対72%/目立つ強権姿勢
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/165002

 安全保障は国家間の取り決めである。本来ならば政府が米国に地位協定改定や基地機能の縮小を求めていくのが筋だ。しかし最近の基地問題は日本政府と沖縄県の対立の構図にしかなっていないのはなぜだろう。
 復帰について協議した1972年1月の日米首脳会談で日本側は沖縄の基地縮小を繰り返し求めた。佐藤は復帰直後の首相退任時、屋良朝苗知事(当時)に「整理縮小の姿勢と方向性は示されたが具体的に実現できなかった」とわびてもいる。
 先の戦争だけではない。琉球王国だった沖縄は1879年、明治政府により強制的に日本に統合された歴史もある。いつまでも沖縄に本土側の都合を押しつけ続けることは許されない。
(中略)
 岸田首相は原爆に見舞われた広島県選出である。沖縄と痛みを共有できると思う―。玉城知事は何度も期待感を口にしてきた。被爆地の首相として沖縄に寄り添ってもらいたい。それが日本という平和国家を率いる指導者にはふさわしい。

・日本海新聞5月14日付「沖縄復帰50年 主権は返還されたのか」
・山陰中央新報5月15日付「沖縄復帰50年 主権は返還されたのか」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/207694
・愛媛新聞5月15日付「沖縄復帰50年 重い基地負担 置き去りにできぬ」
・徳島新聞
 5月14日付「沖縄復帰50年(上) 『本土並み』実現目指せ」
 5月15日付「沖縄復帰50年(下) 徳島との交流深めよう」
・高知新聞「【沖縄復帰50年】問題意識を共有したい」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/564046

 共同通信の世論調査では、沖縄の負担が他の都道府県と比べ「不平等」とした人が79%に上った。ただ、自分の住む地域への移設は「反対」が69%を占めた。
 沖縄の過重な負担は認識しながらも、危険を伴う施設の地元受け入れには抵抗感を抱く。以前から指摘される「総論賛成、各論反対」の本土と、沖縄の温度差だろう。
 ウクライナ情勢や中国の海洋進出で国防への関心が高い今こそ、沖縄の現状を議論すべきだという見方がある。そして「無残な50年だった」と実現しない平和の島を嘆く元琉球政府職員の声も重く受け止めたい。
 まずは、沖縄県が提案する日米両政府との真摯(しんし)な話し合いの実現を求める。それとともに、国民全体で沖縄との問題意識の温度差を解消し、共有しなければなるまい。

・西日本新聞5月15日付「沖縄復帰50年 『祖国』は期待に応えたか」/建議書の願いはどこへ/「平和の島」の理想遠く
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/923092/

 日本政府は沖縄や南西諸島の防衛拠点としての重要性を強調し、米軍基地や自衛隊の機能強化に乗り出す。ただウクライナでも明らかになったように、戦時に最初に攻撃されるのは軍事拠点だ。沖縄戦を経験した県民の不安は強い。
 これまで本土の住民は沖縄への基地集中を黙認してきた。どこか「人ごと」と見ていたのではないか。だが東アジアで危機が現実化すれば、軍事施設の集中は「負担の押しつけ」どころではなく「戦場の押しつけ」になりかねない。
 時計の秒針を見ながら復帰の瞬間を待った沖縄の人々。本土はこの50年間、「祖国」として、その期待に応えただろうか。私たちも本土の住民として自問したい。
 東アジアの安定に必要な抑止力と、沖縄の基地負担軽減を両立させるためには、抑止に伴う備えや負担を日本社会全体で引き受けることが不可欠だ。九州もその論議に加わることができる。危機を回避する外交も必須である。まずは沖縄県民が強く望む日米地位協定の改定から取りかかるべきだ。
 沖縄を「平和の島」の理想に近づけるにはどのような努力が必要か。「自分ごと」として考えたい。

・大分合同新聞5月15日付「沖縄復帰50年 『平和の島』にはほど遠い」
・宮崎日日新聞5月14日付「沖縄復帰50年 『平和の島』への願い実現を」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_62708.html
・長崎新聞5月14日付「沖縄復帰50年 『平和の島』真摯に実現を」
・佐賀新聞5月16日付「沖縄復帰50年 主権は返還されたのか」 ※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/854624
・熊本日日新聞5月15日付「沖縄復帰50年 対話進め基地負担軽減を」
・南日本新聞5月16日付「[沖縄復帰50年] 『平和の島』実現したい」/意識の違い際立つ/魅力生かし振興を
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=156127 

 最大の課題は、沖縄の抱える懸案が日本全体で解決すべき問題として認識されていないことではないか。
 共同通信社の全国世論調査では、沖縄県の基地負担が他の都道府県と比べて「不平等」と答えた人は、「どちらかといえば」を含めて79%に上った。米軍基地の一部を県外で引き取るべきだとの意見に58%が賛成したが、自分が住む地域への移設となると反対が69%を占めた。
 過重な基地負担を理解しつつ、地元での受け入れには抵抗を示す意識がうかがえる。
 沖縄と本土の対立の構図にしてはならない。現状を知る努力を怠ることなく、関心を寄せ続け、ともに考える姿勢が欠かせない。

 

「『平和の島』達成されず」(玉城知事) 「強い経済実現」(岸田首相)~沖縄復帰50年式典、在京紙の報道の記録

 沖縄の日本復帰50年の日だった5月15日、記念の式典が東京と沖縄で開催されました。東京発行の新聞各紙も、翌16日付の朝刊で報じています。日経新聞以外は1面トップでした。
 各紙の1面本記の見出しを並べてみます。
【朝日】「50年『平和の島』達成されず/続く過重な基地負担 沖縄知事、式典で訴え」
【毎日】「沖縄の平和 目標遠く/復帰50周年式典 知事『負担軽減を』」
【読売】「沖縄復帰50年/首相『強い経済実現』/基地負担減へ決意 記念式典/知事『平和の島 達成されず』」
【日経】「首相『強い経済を実現』 沖縄復帰50年/記念式典 基地負担減を強調」
【産経】「国と沖縄 歩み寄る未来へ/復帰50年 陛下『努力に敬意』」/視点(解説)「基地負担軽減へ協力不可欠」
【東京】「『平和の島 達成されず』/東京と同時式典で知事/米軍施設なお7割集中」

 朝日、毎日、東京の3紙は、式典で沖縄県の玉城デニー知事が「『沖縄を平和の島とする』という目標が、復帰から50年経ってなお達成されていない」と述べたことを主見出しに取り、沖縄の過重な基地負担が今なお続いていることを強調しています。これに対して読売、日経が見出しで強調するのは「『強い沖縄経済』を実現していく」との岸田文雄首相の式辞の言葉です。産経新聞は天皇の言葉を見出しに取りました。
 1面に掲載した式典の写真を見ると、読売、産経、日経は天皇です。朝日は玉城知事、毎日は玉城知事と岸田首相らによるセレモニーの様子。東京新聞は式典の写真は1面にはなく、2面に玉城知事と岸田首相が並んで座っている写真を掲載しました。
 式典で天皇は「沖縄には、今なお様々な課題が残されています」「広く国民の沖縄に対する理解が更に深まることを希望するとともに、今後とも、これまでの人々の思いと努力が確実に受け継がれ、豊かな未来が沖縄に築かれることを心から願っています」と述べました。「今なお様々な課題」が何を指すのか、具体的には触れていません。政治的な発言を控えるべき立場として、考え抜かれたギリギリの表現なのかもしれません。立場上の制約があっても、課題があること自体に触れずにはいられなかったのかもしれない、とも感じます。沖縄の現状に対する心痛の吐露だとわたしは受け止めました。
 この天皇の「様々な課題」との言葉を、朝日、毎日、日経の3紙は社会面や総合面の関連記事で見出しに取っています。一方で、読売、産経、東京の3紙では見出しになく、読売、東京には関連記事でもこの部分を紹介していません。「おことば」全文を掲載しているので、丹念に読み進めて行けば、そうした発言があったことは分かります。見出しに取って目立たせるほどのことではない、との判断でしょうか。しかし、読売について言えば、1面トップの本記の併用に天皇の写真を使うほど、式典へ天皇が出席したことのニュースバリューを大きくとらえていることが読み取れます。そうであれば、日本国民統合の象徴と憲法で規定されている天皇が「今なお様々な課題」と述べたことにもニュース性を見出してもよさそうなのですが、記事で触れないことには「ことさら感」があります。

 以下に、各紙の主な記事の見出しを書きとめておきます。
【朝日新聞】
1面トップ「50年『平和の島』達成されず/続く過重な基地負担 沖縄知事、式典で訴え」※式典の写真は玉城知事
1面「『普天間の県外移設』初明記/県の振興計画 10年で所得3割増 目標」
2面「対話 失ったまま」「首相、『見える成果』路線踏襲」/「基地も経済も 知事苦慮」/「参院選・知事選 『正念場』の1年」
社会面トップ「強く願う 沖縄の心/基地・子どもの貧困…『今』を知って」ほか
第2社会面「沖縄の『様々な課題』に言及/陛下『豊かな未来が築かれることを願う』」

【毎日新聞】
1面トップ「沖縄の平和 目標遠く/復帰50周年式典 知事『負担軽減を』」※式典の写真はレセプション・セレモニーでの岸田首相と玉城知事ら
3面・クローズアップ「首相、知事 辺野古触れず」「政府、経済振興前面に」/「国との距離 悩む沖縄」/「参院選に知事選 対立必至」
社会面トップ「復帰50年 晴れぬ沖縄/続く不条理 憲法番外地」/「天皇陛下『課題』に言及/『基地問題を表現か』」ほか
第2社会面「天皇陛下おことば」岸田首相、玉城知事それぞれの式辞要旨

【読売新聞】
1面トップ「沖縄復帰50年/首相『強い経済実現』/基地負担減へ決意 記念式典/知事『平和の島 達成されず』」/「県、新振興計画提出」
2面「辺野古 隔たり大きく/普天間移設 知事 反対姿勢崩さず」ほか
3面・スキャナー「沖縄知事選 動き加速へ/玉城氏 態勢作り・自民 絞り込み急ぐ/選挙イヤー天王山」
6面 式辞、あいさつ
12面 読者の思い出(投書)
社会面トップ「3世代 笑顔で照らす/戦禍が原点『喜劇の女王』」ほか
第2社会面「沖縄の未来 若者の誓い/子供の貧困立ち向かう/記念式典で20歳学生」/「陛下『命こそ宝』」など

【日経新聞】
1面「首相『強い経済を実現』 沖縄復帰50年/記念式典 基地負担減を強調」
2面「沖縄経済、自立なお遠く/頼みの観光、コロナ禍で試練/問われる『振興』の先」/「負担軽減へ『成果積む』/首相 軍施設の一部共同使用へ」など
※「天皇陛下お言葉全文」「苦難の道…深い感慨/今も課題、国民理解望む」
社会面トップ「学ぶ歴史 ひらく未来/戦禍の絵画、問い続ける/文化の融合、豊かさ育む」(基地隣接の美術館長、統治下開業の施設社長)ほか
第2社会面「節目の日 平和願う/残る基地 思い複雑/50年前と同じ、雨中に祈り」

【産経新聞】
1面トップ「国と沖縄 歩み寄る未来へ/復帰50年 陛下『努力に敬意』」/視点(解説)「基地負担軽減へ協力不可欠」
3面「『沖縄は同胞』改めて確認/首相式辞『寄り添う』使わず」/「陛下、次世代へ続く理解願われ」/「歌姫たちが与えた夢と誇り」
5面「沖縄知事『50年』を政治利用/県民の声装う自説 政権困惑」
社会面「琉球の心 後世に伝える/経済発展 風習・文化は希薄に」/「県外で深まった郷土愛」(川崎沖縄県人会の会長)
第2社会面「540億円輸送 日銀の苦闘/本土復帰へ ドル⇒円通貨交換」

【東京新聞】
1面トップ「『平和の島 達成されず』/東京と同時式典で知事/米軍施設なお7割集中」
2面・核心「『基地なき島』道筋遠く/増える負担、経済格差もなお」
6面 沖縄2紙 編集局長寄稿
特報面(24、25面)「沖縄の激情 脈々と息づく 東京の街角にて/復帰50年 ゆかりの地をゆく」式典会場、狛江の学生寮、杉並の商店街、中野の料理店
社会面見開き「『命どぅ宝』私たち日本の問題」「痛む沖縄 あの日と変わらぬ雨」
名護出身の女性(74)、東京出身の男性(20)、基地撤去求め都内でデモ、玉城知事切実に訴え、50年前と同じ見出し・琉球新報 ほか

問われているのは「沖縄の自己決定権」と「本土のわたしたち」~施政権返還、日本復帰50年の在京紙報道の記録

 沖縄の施政権が日本に返還されて、5月15日で50年を迎えました。東京発行の新聞各紙はいずれも、15日付朝刊紙面で関連の記事を大きく扱っています。日経新聞以外の5紙(朝日、毎日、読売、産経、東京)はいずれも1面トップ。日経も本記は1面です。社説も全6紙がそろって掲載。ほかに総合面から社会面まで、2ページの特集記事なども含めて、関連の記事を掲載したページは、最多の朝日新聞では9ページに、もっとも少ない産経新聞でも3ページにわたります。
 沖縄を巡る焦点は、名護市辺野古への新基地建設をはじめとした在日米軍基地の過重な負担です。近年は自衛隊基地の展開も進んでいます。仮に軍事基地による安全保障上の恩恵があるとしても、それを享受するのは日本全体であるのに、沖縄の過重な負担は一向に解消されないことをどう考えるのか。根源的な問題は、沖縄の住民に地域のことに対する自己決定権がないことです。そう指摘されるようになって久しい中で、わたし自身を含めて、日本本土の住民が自己とのかかわりをどう考えるのかもまた問われています。日本本土のマスメディアの視点は一様ではなく、東京発行各紙の報道からは、その違いがよく分かるように思います。
 備忘、記録の意味も兼ねて、各紙の報道と、わたしなりに感じたことを書きとめておきます。

 ■「基地のない島」への思い
 1面トップの各記事では、朝日新聞と毎日新聞は「人」に焦点を当てた長文の記事を掲載しました。見出しは以下の通りです。
【朝日】「基地負担 続く50年/72年5月15日 沖縄復帰『先生はうれしくない』」
【毎日】「辺野古に基地 造らせぬ/安心な環境 次世代に」迫る 抗議続ける前名護市長

 朝日が取り上げたのは、1972年5月15日当時、静岡市で小学2年生だった女性と、那覇市で中学教員だった男性の2人。女性が覚えている沖縄出身の先生の言葉が見出しになっています。毎日新聞は、稲嶺進・前名護市長を1面と3面の2ページを使って紹介しています。
 読売、日経、産経の3紙は「きょう復帰50年」のオーソドックスなスタイル。読売は経済振興に焦点を合わせ、産経は沖縄入りした岸田文雄首相の発言を中心にしています。
【読売】「沖縄きょう復帰50年/新振興計画 自立型経済目指す/基地負担の軽減課題」
【日経】「沖縄、きょう復帰50年」
【産経】「首相 沖縄に『尽力』/所得向上や基地負担軽減/きょう復帰50年」

 東京新聞は、米軍基地の負担の解消を求めて14日に沖縄県内で実施された「平和行進」に1千人が参加したことを写真とともに大きく伝えました。2020年と21年は新型コロナ禍のため中止されており、3年ぶりの実施でした。
【東京】「沖縄きょう復帰50年/『一日も早く基地なき島に』」※平和行進の写真も

 平和行進は朝日新聞も第2社会面で写真とともに報道。他紙も社会面の記事の中で扱っています。読売新聞は平和行進に触れた記事が見当たりませんでした。
 この平和行進には、20年近く前になりますが、わたしも新聞労連委員長の当時に、沖縄のマスメディア労組の皆さんとともに参加したことがあります。デモの隊列の一人として歩き、時にシュプレヒコールを上げながら、米軍施設のフェンスが延々と続いていた情景は今もよく覚えています。「基地のない島」を願う思いをそのまま1面トップに据えた東京新聞の紙面づくりは、他紙と一線を画しているように感じました。

 ■「負担軽減」と「負担の平準化」
 各紙の社説の見出しは以下の通りです。これだけでも論調、主張の違いがよく分かると思います。
【朝日】「沖縄復帰50年 いったい日本とは何なのか」/日米両国のはざまで/「ひめゆり」の懸念/首相の言、果たす責任
【毎日】「沖縄復帰から50年 続く不条理を放置できぬ」/固定化される基地集中/本土含め負担の議論を
【読売】「沖縄復帰50年 自立と安定の未来を築きたい 国と県が協力し基地負担減らせ」/半世紀の努力が結実/安保上の重要性高まる/魅力的な文化を大切に
【日経】「沖縄の重み 再確認する復帰50年に」/新たな負担軽減策を/人材交流の要石めざす
【産経】「沖縄復帰50年 協調と発展の道を進め 県は抑止力の大切さ認識を」/祖国への思いが実った/「普天間」移設は急務だ
【東京】「週のはじめに考える 基地存続に無念の涙雨」/沖縄の願望届かぬ復帰/建議書無視の強行採決

 新基地建設のための辺野古沖の埋め立てを巡っては、軟弱地盤の存在で実現性を危ぶむ指摘もある中で、読売新聞や産経新聞は従来から推進を主張しています。復帰50年に際して両紙の社説は、それぞれに沖縄の苦難の現代史に触れ、また基地負担を軽減する必要性を認めながらも、日本の安全保障上の必要性を強調して、やはり建設推進を唱えています。これまでの県民投票や選挙結果で示された沖縄の民意は反対が多数ですが、読売や産経の論調に、そうした民意を考慮する姿勢は感じられず、安全保障上の事情が優先する、との考えが強固のようです。沖縄の負担の軽減には言及していますが、本土との負担の平準化の観点は感じられません。読売は、基地負担軽減のために日本政府と沖縄県は協力すべきだ、との第三者的な言辞を使ったりもするのですが、やはり日本政府寄りの視点に終始していると感じます。
 「おや」と感じたのは日経の社説です。以下のようなくだりがあります。

 沖縄戦の惨禍は決して忘れてはならない。ただ安全保障上、米軍基地の存在はある程度理解してほしい。これが私たちの思いだ。
 沖縄の人の多くは国際情勢に敏感で基地の必要性も認めている。ただ安全保障は日本全体の問題であり基地負担を本土も分担してほしいと訴えている。沖縄では自衛隊も増強されている。本土はもっと基地負担を引き受けたい。

 主張の内容の当否はともかくとして、論を説く立場として、沖縄の民意に向き合おうとする姿勢は感じました。

 ■「日本社会の私たち」
 各紙の1面で目を引いたのは、朝日、毎日、読売の3紙が署名入りの評論記事を掲載したことです。
【朝日】「沖縄の歴史と現実 見つめ直して」木村司・那覇総局長
【毎日】「もっと『沖縄病』を」前田浩智・主筆
【読売】「沖縄を知る再出発の日に」飯塚恵子・編集委員

 筆者それぞれの見解が含まれているのだとしても、社説以上にそれぞれのメディアとしての考え、アプローチの違いも明確であるように感じられ、興味深く読みました。
 朝日の木村総局長は「日本本土と沖縄で多くの人たちは、違う景色をさまざまに見続けているのではないか」との書き出しで、「日本社会の私たち」が持つべき視点へのこだわりを書いています。対照的に、読売の飯塚編集委員の視点は国家的です。見出しの「沖縄を知る再出発」とは誰にとっての再出発なのか。本文には日本の政治家たちだと明記されています。沖縄が基地負担を抱えつつ、発展を目指すには政府の支援が欠かせない、だから沖縄を知れ、との論旨だと読み取りました。言葉の選び方はともかく、沖縄に基地を負担させるために国家が見返りを用意せよ、との主張だと感じます。
 毎日の前田主筆の「沖縄病」は、本文を最後まで読んで、やっと意味が分かりました。分かってみれば、その論旨は同意できる部分が多いです。最後の部分は以下の通りです。

 東大学長だった茅誠司氏は沖縄訪問を契機にしょく罪の意識を強め、今からでもできるだけの手を打とうと考えるようになった。その心の状態を『沖縄病』と名付け、『沖縄病第1号』を自ら名乗ったという。
 岸田文雄政権にはぜひとも沖縄病を勧めたい。

 ■メディアで働く者の「負い目」
 わたし自身は40代の前半、新聞労連委員長として繰り返し沖縄に行き、現地で沖縄の過酷な現代史に触れる中で、自分の無知を思い知りました。薩摩・島津の琉球侵攻にさかのぼる歴史なども、自分なりに必死で勉強もしました。そんな中で、わたし自身を含む日本本土のメディアに向かって発せられた、忘れられない言葉があります。
 2005~06年当時、普天間飛行場の辺野古沖移設がいったんとん挫した後、あらためて現在の沿岸部埋め立て計画が浮上し、日米政府の再合意へ、と進んでいったころです。「今度こそ、移設を実現させねばならない」―。当時、東京発行の新聞各紙はこんな論調一色でした。06年2月に新聞労連が辺野古で開いた新聞研究活動の集会で、作家の目取真俊さんが、以下のような言葉を発しました。
 「沖縄の人びとがヤマトの新聞にどれだけ絶望したか考えてほしい。10年前までは、それでもヤマトのマスコミには沖縄への負い目があった。この10年でそれすら消えてしまった」
 あれから20年近くがたちますが、この目取真さんの言葉を忘れたことはありません。この記事の最初に書きましたが、沖縄の過大な基地負担の根源的な問題は、住民に地域のことに対する自己決定権がないことだと、わたしは考えています。わたし自身はマスメディアのジャーナリズムを長く仕事にしてきて、現役の時間は終えてしまいました。しかし、沖縄の人たちが自己決定権を手にするまで、この「負い目」からわたしは逃れてはいけないと思っています。
 ※2006年当時にわたしが運営していたブログ「ニュース・ワーカー」の記事です。

newsworker.exblog.jp

 ※この「負い目」のことは2年前、現役の時間を終えた際に、このブログでも書きました。

news-worker.hatenablog.com

 

 以下、沖縄の日本復帰50年を東京発行の新聞各紙が15日付朝刊紙面でどのように報じたか、その概要を書きとめておきます。

【朝日新聞】
・1面トップ「基地負担 続く50年/72年5月15日 沖縄復帰『先生はうれしくない』」
 ※当時小学2年生だった静岡市の女性が覚えている沖縄出身の先生の言葉と、中学教員だった那覇市の男性の想い
・1面評論「沖縄の歴史と現実 見つめ直して」木村司・那覇総局長
・社説「沖縄復帰50年 いったい日本とは何なのか」/日米両国のはざまで/「ひめゆり」の懸念/首相の言、果たす責任

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・2面「米軍 沖縄に遠ざけた」 ※在日米軍は本土から沖縄へ
・5面「5・15 あの日の沖縄」 ※写真7枚
・6、7面「沖縄 進んだ基地集中」
・10、11面 フォーラム「沖縄 復帰50年に考える」 ※オピニオン、投書
・29面(文化)「復帰後の沖縄に生まれた表現者」
・社会面トップ「問い続ける あの日に決めたけれど/結婚祝いの『憲法手帳』いまは怒りとともに」 ※第2社会面に平和行進「基地ない島 願って」

【毎日新聞】
・1面トップ「辺野古に基地 造らせぬ/安心な環境 次世代に」迫る 抗議続ける前名護市長
 ※辺野古への新基地建設に抗議を続ける稲嶺進・前名護市長
・1面評論「もっと『沖縄病』を」前田浩智・主筆
・社説「沖縄復帰から50年 続く不条理を放置できぬ」/固定化される基地集中/本土含め負担の議論を

▽関連記事 6ページ
・2面 みんなの広場 日曜版「人間の現実 沖縄に学んで」 ※投書
・3面「自然、暮らし守りたい」「『国策に翻弄 寂しい』」 ※1面の続き
・16、17面「復帰50年の歩み」 ※年表とデータ比較
社会面見開き「島の歴史 語り継ぐ」「平和な未来目指し」 ※「普天間から行進」も

【読売新聞】
・1面トップ「沖縄きょう復帰50年/新振興計画 自立型経済目指す/基地負担の軽減課題」
・1面評論「沖縄を知る再出発の日に」飯塚恵子・編集委員
・社説「沖縄復帰50年 自立と安定の未来を築きたい 国と県が協力し基地負担減らせ」/半世紀の努力が結実/安保上の重要性高まる/魅力的な文化を大切に

▽関連記事 5ページ
・2面 ※「首里城再建『11月着工』」の記事1本
・4面 ※企画3回目「研究拠点 経済にも影響」と与野党声明・談話
・18、19面 シンポジウム「半世紀の沖縄と日本の未来」
・社会面「自立誓った あの日から」 ※男性2人の人モノ ※平和行進の記事なし

【日経新聞】
・1面「沖縄、きょう復帰50年」
・社説「沖縄の重み 再確認する復帰50年に」/新たな負担軽減策を/人材交流の要石めざす

▽関連記事 4ページ
・5面 ※米識者2人の大型談話、各党談話、首里城復元着工
・22、23面 特集「国際リゾート 荒波に挑む」「消えぬ危機 基地負担なお」
・社会面トップ「平和 自ら調べる重み増す」 ※沖縄県内の平和教育 ※平和行進も

【産経新聞】
 ・1面トップ「首相 沖縄に『尽力』/所得向上や基地負担軽減/きょう復帰50年」
 ・1面 企画「沖縄復帰50年の軌跡」2 「尖閣 激化する中国の挑発/阻まれた都有化構想」
 ・社説(「主張」)「沖縄復帰50年 協調と発展の道を進め 県は抑止力の大切さ認識を」/祖国への思いが実った/「普天間」移設は急務だ

▽関連記事 3ページ
 ・3面 ※「沖縄 対中安保の『最前線』」と、岸田首相と沖縄の2本
 ・6面 ※各党談話の要旨
 ・社会面 ※集団就職で本土に渡った若者たちの記事と県内の復帰50年イベント(平和行進含む)の記事

【東京新聞】
 ・1面トップ「沖縄きょう復帰50年/『一日も早く基地なき島に』」 ※平和行進の写真も
 ・1面「米軍関連収入30%→5%/依存脱却 跡地活用効果大きく/知事『基地が振興阻害』」
 ・社説「週のはじめに考える 基地存続に無念の涙雨」/沖縄の願望届かぬ復帰/建議書無視の強行採決

▽関連記事 4ページ
 ・2面 ※沖縄の基地負担(Q&A)、各党談話、首里城復元11月着工
 ・5面 「沖縄本土復帰50年に思う」田中優子・法政大学名誉教授・前総長
 ・20面(特報)※基地引き取り運動
 ・社会面トップ「『若者の参加ないと廃れる』/辺野古デモ 高齢化に危機感/オンラインで対話模索」 ※ほか元小学校教員の人もの1本

平和の理念尊重の論調が圧倒~憲法記念日の地方紙、ブロック紙の社説

 5月3日付の地方紙、ブロック紙各紙に掲載された憲法記念日の社説、論説を、ネット上の各紙のサイトで読める範囲でチェックしました。ロシアのプーチン政権によるウクライナ侵攻の真っただ中であり、やはり日本国憲法の平和主義の理念を堅持し、現実の外交に生かすことや、性急な憲法改正を疑問視し、慎重に対応すべきだとする論調が圧倒しています。わたしが目にした限りですが、少なくとも、憲法改正によって軍事力を整備し、国家と国民を守るべきだとする論調は、明示的にも暗示的にもありません。
 以下に、各紙の社説、論説の見出しと、一部は本文の抜粋を書きとめておきます。リンクも張っておきます。

【北海道新聞】「きょう憲法記念日 平和の理念今こそ大切に」/紛争解決導く外交を/危機への便乗は禁物/国民の命が最優先だ
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/676707

 憲法は前文で「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」とうたう。
 専制的なプーチン政権がウクライナを従わせようとする侵略行為は、日本の憲法の趣旨とは全く相いれない。
 第2次世界大戦で日本は2度にわたる原爆投下などで激しい惨禍にさいなまれた。その教訓を踏まえ掲げたのが平和憲法である。
 国家権力が戦争を起こすことを許さない。他国と信頼関係を築くことで国民の安全を保持する。こうした決意を胸に、今こそ日本は平和の理念を伝え広げるべきだ。

【河北新報】「平和憲法と安全保障 『同盟の恐怖』克服する力に」
 https://kahoku.news/articles/20220503khn000004.html

 巻き込まれる恐怖と見捨てられる恐怖。同盟につきまとう二つの恐怖のうち、米国が「世界の警察官」の役割を降りて巻き込まれる恐怖が後景に退くと、日本は見捨てられる恐怖におびえ、米国への追従を深化させるようになった。
 台湾有事の際、核大国の中国を相手に軍事介入するかどうか。ウクライナ危機が深刻化する中にあっても、米国は態度を明らかにしない「あいまい戦略」を続けている。
 にもかかわらずなのか、だからこそなのか、与党有力者からはウクライナを例に「米国が自衛のために戦わない国を助けることはない」といった発言も目立ちだした。
 かつてなく対米追従の動きを強める中で、指導者たちが国を守る「正義の戦争」を前面に打ち出している。この現実もまた、中国の海洋進出や北朝鮮のミサイル発射に並ぶ平和への脅威ではないか。ここは努めて冷静に考えたい。

【東奥日報】「危機にこそ理念再確認を/憲法施行75年」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1037480

 国際情勢の緊迫化や感染症のまん延は国民の不安を募らせる。だが、敗戦の反省に基づいて国際平和の追求を先導していくこと、人権が抑圧された時代を忘れずに権利と自由を守っていくことは、時代の変化に左右されない普遍的な理念ではないか。危機の時にこそ、不安に乗じた議論ではなく、憲法の理念を再確認する議論を尽くし、その実現に努めるべきだ。
(中略)
 憲法前文は恒久平和と国際協調を掲げ、ロシアのような専制支配を否定している。民主主義国としての崇高な宣言だ。紛争を拡大させないために憲法の理念に基づく外交こそが求められている。

【秋田魁新報】「憲法施行75年 平和主義後退させるな」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20220503AK0013/

 ロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢は厳しさを増す。自民党は防衛力の大幅な増強を提言。岸田文雄首相は9条への自衛隊明記など改憲議論進展を期待する。平和憲法が岐路に立たされている。国民の危機感に乗じた拙速な防衛力増強や改憲論議は避けなければならない。
 ウクライナ危機ばかりではない。北朝鮮の弾道ミサイル開発、中国による台湾周辺での軍事活動の活発化が進む。いずれも到底容認できない動きだ。
 日本を取り巻く状況が緊張を高めていることは確かだ。だが平和憲法を持つ日本がまず取り組むべきなのは、防衛力増強よりも、積極的な平和外交で緊張緩和に努めることではないか。

【山形新聞】「憲法施行75年 危機にこそ理念再確認」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20220503.inc

【福島民報】「【憲法施行75年】原則は守られているか」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/2022050396704

 繰り返し訴えねばならないのは、東京電力福島第一原発事故の発生から十一年が過ぎても、三万二千人を超える避難者がいることだ。居住環境がある程度は改善されたり、避難先に居を構えて新しい生活を始めたりしたとしても、古里に戻れぬつらさは癒えはしまい。仮に憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」は満たされても、「幸福追求権」はどれほど享受できているだろう。

【信濃毎日新聞】「憲法記念日に 物言う自由を手放さない」/力ずくでの排除/統制の強力な手段/自分の声を発する
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022050200739

 憲法に緊急事態条項を置く改憲論が、ウクライナの危機にも乗じて勢いづいている。例外状況の下で政府に緊急権限の発動を認める規定は、言論の自由を封じて全体主義に道を開いてきた。参院選後をにらんだ改憲の動きを厳しく見ていかなくてはならない。
 かつて日本は、報道・言論の統制を徹底し、戦時体制に人々を総動員して破滅へ突き進んだ。物言えぬ社会を再来させないために、自由をどう守り抜くか。それぞれが働き暮らす場で、自分の声を発したい。黙り込むうちに、強まる圧迫を押し返しきれなくなる。

【新潟日報】「憲法施行75年 戦争放棄の理念を今こそ」/専守防衛守れるのか/改正機運に世論冷静
 https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/57891

 ロシアだけではない。軍事的圧力を強める中国、北朝鮮の相次ぐミサイル発射など隣国情勢は近年になく緊迫している。
 戦後続いてきた平和はかつてなく危うい状況にある。
 新潟日報社が、県内大学生に憲法観を聞いたアンケートでは、「ロシアのウクライナ侵攻で日本も戦争をするのではないかと不安がある」と答えた人が6割近くを占めた。
 憲法の理念である国際平和を求める動きを強めていかねばならない時にある。
 しかし、脅威を背景に防衛力強化への動きが顕著になっていることに、憂慮の念を禁じ得ない。憲法9条に基づく専守防衛の原則が揺らいではならない。

【中日新聞・東京新聞】「良心のバトンをつなぐ 憲法記念日に考える」/血塗られた20世紀/愚かな為政者が戦争を
 https://www.chunichi.co.jp/article/463787

 しばしば憲法は法人である国家と国民との間で結ばれた社会契約だと説明されます。契約の第一は基本的人権の保障でしょう。九七条は次のように記しています。
 <日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである>
 私たちが自由に生き、権利を行使できるのも、人類の多年にわたる努力の成果に他なりません。戦争はとりわけ厳しい試練でした。「信託」という難しい言葉が書かれていますが、憲法をつくった人々が、未来の人々に託したバトンであるに違いありません。
 (中略)
 もっともらしい脅威や危機をあおり、「軍事」の掛け声が聞こえたら危険信号です。歴史の教えです。明治維新から昭和の敗戦に至る戦争の七十七年。敗戦から今日までの平和の七十七年。未来の分水嶺(れい)のような年です。
 静かに死者たちの声を聞き、次の時代に良心のバトンをつなぎたいものです。

【福井新聞】「日本国憲法施行75年 危機にこそ理念踏まえよ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1543525

 憲法前文では恒久平和と国際協調を掲げ、ロシアのような専制支配を真っ向から否定している。敗戦の反省から国際平和の追求をリードしていくこと、さらには人権抑圧時代を忘れずに権利と自由を守っていくことは時代がどんなに変わろうと普遍的な価値であるのは論をまたない。危機の時にこそ不安に乗じた議論ではなく、憲法の理念を踏まえた議論を尽くしその実現に努めるべきではないか。

【京都新聞】「憲法記念日に 浮足立たず、向き合う時だ」/「反撃能力」の保有明記/一足飛びの軍事力増強/改憲ありき 冷める国民
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/783180

 ロシアの暴挙や北朝鮮の弾道ミサイル発射、中国の香港弾圧など近隣情勢が激変する中、日本の安全保障が問われているのは確かだ。だが危機に乗じ、根底となる憲法や日米安保の在り方の議論を飛び越して「反撃」を口実に軍事の力を強める姿勢は容認できない。東アジアの軍拡競争を誘発し、日本の戦争リスクを高めることにもなりかねない。
 岸田首相は「検討する」としているが、政府与党の浮足立った議論を抑え、外交と防衛のバランスの中で有事に日本がどう動くのかを冷静に考える必要がある。

【神戸新聞】「憲法施行75年/9条の意義語る言葉を探して」/世界を先導する理想/防衛力の正当性問う
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202205/0015269582.shtml

 安倍元首相ら自民党保守派が、ロシアの「核の威嚇」を受けて米との核共有論を議論すべきと声を上げた。続いて自民党安保調査会が、相手領域内でミサイル発射を阻止する敵基地攻撃能力を「反撃能力」に改称し、保有を求める提言を岸田文雄首相に提出した。
 ミサイル基地だけでなく「指揮統制機能等」を攻撃目標に加え、国内総生産の1%程度を維持してきた防衛費の倍増や、武器輸出の制限緩和なども盛り込んだ。なし崩し的に日本の攻撃力が拡大すると見なされれば軍拡を助長しかねない。
 専守防衛は、武力攻撃を受けたときに初めて自衛権を行使し、必要最小限にとどめる「憲法の精神に則(のっと)った受動的な防衛戦略の姿勢」(防衛白書)とされる。だが、岸田首相はあらゆる選択肢を排除しないという。政策の大転換を目指すなら、正面から国民に説明すべきだ。

【山陽新聞】「憲法記念日 合意得ながら議論深めよ」
 https://www.sanyonews.jp/article/1257815

 現行憲法は施行から一度も改正されていない。条文や内容が時代にそぐわなくなっているとも指摘されている。国内外の情勢が変わる中で、実態に合うように与野党が議論を深める環境が整うことは評価したい。
 議論を主導する自民には、憲法審の開催頻度を高め、9条への自衛隊明記を含めた党改憲案4項目の実現に向けた流れをつくる思惑もあろう。ただ、数に任せた「改憲ありき」の考えがあるのなら危ういと言わざるを得ない。他党と対立点があるのなら説明を尽くし、丁寧に互いの合意を得ながら議論を進めていかねばならない。
 岸田文雄首相は「国会の議論と国民の理解は車の両輪になる」と衆参両院の憲法審での議論進展を促している。自身の自民党総裁任期中の改憲に意欲を示すが、民意とは距離があるのが実情だ。

【中国新聞社】「緊急事態条項 憲法の改正まで必要か」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/161500

 もし今、任期延長の規定を設けるとしても、憲法改正まで必要なのか。国会法や公選法の改正で対応できるのではないか。
 任期延長の先には、さらに危うい動きが控えている。緊急時の人権制限に加え、法律と同様の効力を持つ緊急政令を内閣が制定できる権限を憲法に盛り込もうとしていることだ。
 政府への権限集中や権力乱用を招き、深刻な人権侵害をも引き起こしかねない。そもそも憲法は国民の自由や権利を守るため、政府に縛りをかけるのが役割だ。そうした立憲主義の「たが」を外すことは許されない。
 人権制限の規定は既に、有事法制や災害対策基本法に盛り込まれている。なぜ、どんな場合に、さらなる制限が必要か。十分な国民の理解が求められる。

【山陰中央新報】「憲法施行75年理念再確認の議論を」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/202283

【高知新聞】「【憲法施行75年】『なし崩し』を危惧する」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/561374

 むろん、憲法は「不磨の大典」ではない。共同通信の世論調査では、デジタル社会の人権保障など新たな課題の議論を求める声も多かった。社会との深刻な乖離(かいり)があれば、見直すのは当然だろう。
 一方で、世論調査では改憲の機運は「高まっていない」とする回答が7割を占めた。「危機」に乗じるかのような憲法論議には、拙速に陥る危うさがある。主権者の声を十分に踏まえた冷静な議論を求める。

【西日本新聞】「憲法施行75年  広く、深く論じなければ」/ウクライナが問うもの/二つの77年見つめ直し
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/917183/

 平成、令和と時代が過ぎても日本社会は、旧憲法を是正した現憲法という「対の関係」で憲法を捉え続けた。それは75年に及ぶ日本の平和の実現に貢献した。半面、憲法論議はともすれば「戦力放棄」をうたう9条を巡る改憲、護憲に陥りがちで深まりを欠く。
 今こそ、憲法を大いに論じるべきである。コロナ禍とウクライナ情勢が突き付ける、不確実で不条理にあふれる世界の現実からは目を背けられない。
 大規模災害や感染症拡大に加え中国や北朝鮮による武力紛争を含む緊急事態に、今の憲法では十分に対応できないかもしれない。そんな問題意識が国民の中にも静かに広がっているのではないか。
 私たちがここで心がけたいのは従来より、もっと広く、深く憲法を論じることである。

【宮崎日日新聞】「憲法施行75年 危機にこそ理念の再確認を」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_62441.html

【南日本新聞】本社:鹿児島市
「[憲法施行75年] 平和主義の理念堅持を」/専守防衛の転換か/参院選で争点化を
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=155555

 ロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢の緊迫化や新型コロナウイルス禍を契機に、憲法の改正や解釈を巡る論議が活発化している。施行から75年、国の柱となってきた理念をほごにしてはならない。

【沖縄タイムス】「[憲法施行75年] 今こそ平和主義を貫け」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/952445

 戦争を終わらせるには非常な痛みと困難を伴う。20世紀に2度の大戦を経験した世界だが、21世紀に入っても戦火が収まる気配はない。
 そんな国際社会で平和を維持するには、戦争を始めないことが最も重要だ。戦争違法化のうねりを背景に、過去の教訓を踏まえつくられたのが日本国憲法だった。
 (中略)
 戦争は現実に起こり、いったん起きれば甚大な犠牲と破壊で日常は奪われ、多くの命が失われる。
 国際社会を見れば、軍事力や抑止力の強化だけでは戦争を回避できないことは一目瞭然だ。緊張が高まる今こそ、平和主義に立った上での取り組みが最も重要だ。

【琉球新報】「施政権返還50年(3) 憲法と沖縄 地方自治規定が鍵握る」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1511268.html

 当時は戦争放棄を掲げる憲法9条が注目されたが、最近注目されているのは95条である。95条は特定の地方公共団体にのみ適用される法律は「その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ」制定できないと定めている。
 これまで沖縄の運命を決める重要な局面で、95条は適用されなかった。改憲勢力が勢いを増す中で、いまや形骸化が指摘される95条の地方自治規定は、沖縄問題解決の鍵を握る。95条を生かしたい。

 

課題は平和主義の実践と生かし方~改憲に民意は冷静、危機下の憲法記念日

 ことしの5月3日、憲法記念日を、ロシアのウクライナ侵攻が続く中で迎えました。東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の3日付朝刊紙面にも、そのことを意識した記事が目に付きました。特に全国紙5紙の社説では、日本国憲法の前文を巡り、そこに記された平和主義の理念を生かして、ロシアのウクライナ侵攻をどうやって止めさせるのかを問う論調と、前文に掲げられた理念は理想に過ぎないとして、憲法改正を主張する論調とに明確に分かれたように感じました。前者が朝日新聞、毎日新聞であり、日経新聞も近いように感じます。後者の読売新聞、産経新聞はもともと社論として憲法改正、とりわけ9条の改定を以前から主張しており、ロシアのウクライナ侵攻がその論調をいよいよ激しいものにしているようです。

 朝日、毎日、読売の3紙は、憲法をめぐる世論調査の結果を報じています。共同通信も5月1日に世論調査の結果を配信しています。この4件の調査のうち、朝日、読売、共同は郵送による詳細な調査です。一般に、郵送による調査は回答者が時間をかけて回答することが可能であり、精度が電話調査よりも高いと考えられます。憲法を変える必要があるかどうかについて、郵送で実施した3件の調査の結果を比較すると、以下の通りです。
・朝日新聞調査
 「変える必要がある」56%(昨年45%)
 「変える必要はない」37%(昨年45%)
・読売新聞調査
 「改正する方がよい」60%(昨年56%)
 「改正しない方がよい」38%(昨年40%)
・共同通信調査
 「ある」「どちらかといえばある」 計68%
 「ない」「どちらかといえばない」 計30%
 憲法改正が必要だと考えている人の割合が、そうは考えていない人を相当程度、上回っていることが共通しています。また昨年との比較では、前者が増え、後者が減っています。

 ただし、戦争放棄と戦力不保持を定めた9条の改定の必要性に絞ってみると、結果は以下の通りです。
・朝日新聞調査
 「変える方がよい」 33%(昨年30%)
 「変えない方がよい」59%(昨年61%)
・読売新聞調査
 9条2項(戦力不保持)を改正する必要
 「ある」50%(昨年46%) 「ない」47%(昨年47%)
 9条1項(戦争放棄)を改正する必要
 「ない」80%(昨年80%)
・共同通信調査
 「ある」50%(昨年51%)
 「ない」48%(昨年45%)
 9条の改定が必要とする考えは決して多数ではなく、昨年から大きく増えたわけでもありません。9条の条文を示した上で尋ねている朝日新聞の調査ではむしろ少数です。

 興味深い結果が朝日新聞の調査と共同通信の調査にありました。
 朝日新聞の調査で、ロシアのウクライナ侵攻により、日本と日本周辺にある国との間で戦争が起こるかもしれない不安を以前より感じるようになったかを尋ねたところ、「感じるようになった」が80%を占めました。「とくに変わらない」は19%でした。日本にいても戦争の不安を感じるようになったが、それでも憲法9条は変えるべきではない、との民意の大勢がうかがえます。
 共同通信の調査では、岸田文雄首相が自民党総裁の任期中に目指すとしている改憲の機運が高まっていると感じるかどうかを尋ねています。回答は「高まっていない」「どちらかといえば高まっていない」で計70%に上りました。
 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2カ月以上がたちました。自民党などからは、日本が置かれた外交環境や歴史的経緯とウクライナのそれとの差異を無視して、この機に乗じたとしか思えない現憲法への批判が続いています。にもかかわらず、世論調査の結果からは、日本の民意は冷静であることが読み取れます。

 ウクライナへの侵攻が始まった当時に、このブログでわたしは以下のように書きました。この考えは変わっていません。 

ここに至って思うのは日本国憲法の前文にある次の一文です。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 「平和を愛する諸国民の公正と信義」はロシア社会の中にもあります。そのことを日本社会に伝え、また日本社会にも平和を愛する人々の公正と信義が存在していることを国内外に伝えていくことが、この憲法を持つ国のマスメディアにできることであり、最大の責務でもあると思います。

 この戦争を止めるために何ができるのか―。まず「ロシア」という大きな主語で加害のすべてを考えることを控えることから始めてはどうでしょうか。

news-worker.hatenablog.com

※日本国憲法前文 

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 以下に全国紙5紙の5月3日付の社説の見出しと、本文の一部を書きとめておきます。

▼朝日新聞「揺らぐ世界秩序と憲法 今こそ平和主義を礎に」/受け継がれた理想/「専守防衛」堅持を/努力を続ける使命

 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」
 憲法の前文の一節だ。日本一国の安全にとどまらず、国際平和の実現をめざすのが憲法の根本的な精神である。
 ロシアの侵略を一刻も早く終わらせ、市民の犠牲はこれ以上出させない。そのうえで、このような事態が繰り返されることのないよう、ロシアを含めた国際秩序の再建に取り組む。国連の改革も必要だ。
 この困難な国際社会の取り組みに、日本は主体的に参加しなければならない。

▼毎日新聞「危機下の憲法記念日 平和主義の議論深めたい」/現実を理想に近づける/「人道」の視点を大切に

 いま日本に求められているのは、侵攻が浮き彫りにした現実を直視しつつ、それを「国際平和」という理想に少しでも近づけるための不断の営みだろう。
 まず、安全保障の総合力を高めることだ。ウクライナでも国際支援や指導者の発信力が戦局を左右している。防衛力だけでなく、外交、経済、文化、人的交流などソフトパワーの強化が欠かせない。
 次に、アジア安保対話の枠組みを作る努力だ。
 (中略)
 平和とルールを重視する国際世論を醸成する取り組みも必要だ。ロシアを含む各国の市民が反戦の声を上げている。憲法が前文に記す「平和を愛する諸国民の公正と信義」を再確認する時である。

▼読売新聞「憲法施行75年 激動期に対応する改正論議を 自衛隊明記を先延ばしするな」/前文の理想さらに遠く/緊急事態条項も重要だ/参院選で問われる各党

 憲法は終戦直後、連合国軍の占領下で制定された。前文では、日本国民は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とうたった。
 だが、戦争放棄の前提となった前文の理想は実現せず、「諸国民」を信頼するだけでは平和を維持できないことは明白となった。
 日本周辺では、軍事大国化した中国が尖閣諸島の領海への侵入を常態化させ、北朝鮮はミサイル発射を繰り返している。
 その現実を直視し、国民を守り、国際社会の平和に貢献する方策を考えるべき時にある。

▼日経新聞「人権守り危機に備える憲法論議深めよ」

 ロシアによるウクライナ侵攻は「法と正義」に基づく国際秩序を揺さぶっている。日本は中国、ロシア、北朝鮮という核保有国に囲まれ、国民の生命や財産、国土の安全への懸念が増している。
 憲法9条が定める戦争の放棄、戦力および交戦権の否認の考え方と、日本の安全を守るための防衛力強化の整合性が問われている。国会での冷静かつ丁寧な議論を通じ、国民のより幅広い理解を得ながら結論を導いていくべきだ。
 (中略)
 戦後日本の出発点である現憲法の理念や基本原則は、将来にわたって堅持すべきだ。各党は次の時代を見据えた国家像を精力的に議論し、改正の是非に関する考え方を有権者に示してほしい。

▼産経新聞「憲法施行75年 改正し国民守る態勢築け 『9条』こそ一丁目一番地だ」/前文は空論に過ぎない/改憲原案の策定着手を 

4分の3世紀を経て、改めてはっきりした点がある。それは、次に示す憲法前文の有名なくだりが空論に過ぎないということだ。
 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 平和を守らず、公正と信義を顧みない国が存在している。このどうしようもない現実に、どのように対処していくかを、現憲法は語っていない。欠陥憲法と呼ばれるゆえんである。

 

吉野家元常務の「シャブ漬け」発言は労働問題としてもアウト~実名、匿名に分かれた在京紙

 牛丼チェーン「吉野家」常務の早稲田大の社会人講座での発言が、新聞各紙でも19日付朝刊で報じられています。ジェンダー、人権、コンプライアンスなど、どの面からみても許容されない発言でしょう。以下、共同通信の配信記事から引用します。

 吉野家によると、伊東氏は若者を牛丼好きにする方法を受講生に提案させようとし、狙いを「地方から出てきた右も左も分からない生娘さんが、初めて(吉野家を)利用して、そのままシャブ漬けになるような企画」と表現した。「不適切な表現で不愉快な思いをする方がいたら申し訳ない」と前置きはしていたという。

 牛丼、牛めしはわたしもかつてはよく食べていました。事件担当記者だった当時、夜回りが日常の一部だったころは、忙しい日の夕食にさっと食べられて、それなりに食欲が満たされるので重宝していました。時に、無性に食べたくなることがありました。
 当時から、吉野家に限らず各チェーンの商品は、それぞれに味に特色があったと思います。後年、BSEの影響で米国産の輸入牛の流通が途絶えた際に、豪州産や中国産ではダメなのかとの疑問に、「脂身の多い米国産でなければ、吉野家のあの味にならない」との指摘をネットか何かで目にして、納得したことがあります。
 そのころ、いち早く「牛めし」の販売を再開したチェーンがありました。吉野家は豚丼を提供していました。ある休日、商店街を歩いていると、小学生の男の子2人を連れた夫婦の会話が耳に入りました。「おっ、牛めしがあるよ。お母さん、食べていこうよ」「だめよ。この子たち、吉野家しか食べないの」。
 さて、今回の発言です。例えとしての「中毒」の表現、「牛丼中毒」までなら、それ自体は許容の範囲内とわたしは考えます。しかし「シャブ漬け」とは「覚せい剤の乱用」です。さすがにありえない。そもそも自社商品を大事に思っていたら、覚せい剤などに例えるでしょうか。
 「かっぱえびせん」の言わずと知れたキャッチコピーは「やめられないとまらない」です。ユーモアとともに、商品への愛情がにじみ出ているように思います。「男性客が多い吉野家の牛丼ですが、女性にも一度食べてもらえたら、かっぱえびせんではありませんが『やめられないとまらない』となるような…」。こういう話法で十分だったろうと思います。
 共同通信の配信記事によると、この常務は講義の際に「不適切な表現で不愉快な思いをする方がいたら申し訳ない」とも話していました。また、他業界から4年前に吉野家常務に就いたとのことです。朝日新聞の記事は「生活用品大手プロテクター・アンド・ギャンブル(P&G)出身で、マーケティングの専門家として知られる」と紹介していますです。本人も発言が不適切だと自覚していたこと、外食産業とは別の世界から移って来ていたとの、そうした情報を知って、「ああ、なるほどな」と、感じるものがありました。
 この元常務(4月19日に解任されたと報じられていますので、以後は「元」を付けます)には「吉野家の牛丼」そのものへの愛着はない。どうやって売り上げを伸ばすか、その対象としての関心だけなのだろうと感じます。適切な表現を選ぶ意識が欠如していることから、ゲームに近い感覚なのかもしれないとも感じます。自社商品に愛着を持つ社員、従業員は、この元常務に「早く出ていけ」と思っているのではないでしょうか。この発言は社員、従業員への侮辱にも等しい。そういう意味では労働問題だろうと思いますし、やはりアウトです。

 東京発行の新聞各紙も4月19日付朝刊でこの出来事を報じましたが、日経新聞の紙面には記事が見当たりませんでした(見落としの可能性もあります)。他の5紙(朝日、毎日、読売、産経、東京)のうち東京新聞は共同通信の配信記事を掲載。産経新聞も共同稿が元になっています。
 5紙の報道を二分する明らかな違いがあります。元常務を実名で報じたのは朝日と共同(産経、東京)、匿名が毎日と読売でした。毎日、読売は経歴の記載がなく、外食産業とは無縁の他業界出身だったことは分かりません。
 5紙が紹介している発言の内容も同じではありません。吉野家への取材のほかに、SNSで講座の受講生が発信している情報を引用しているかどうかで違いがあるようです。講義の際に「不適切な表現で不愉快な思いをする方がいたら申し訳ない」と口にしていたことを紹介しているのは共同通信の配信記事だけです。
 実名と経歴が分かるかどうかで、この出来事に対する受け止め方にも違いが出てくるのではないでしょうか。
 以下に各紙の記事の扱い(掲載ページ)、見出し、紹介されている発言をそれぞれ書きとめておきます。

【朝日新聞】第3社会面「『若い女性に牛丼』巡り不適切発言/吉野家常務、早大での講座」
・発言内容
「生娘をシャブ(薬物)漬け戦略」
「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢、生娘なうちに牛丼中毒にする」
「男に高い飯をおごってもらえるようになれば、(牛丼は)絶対に食べない」※広報は「(詳細は)分かりかねる」

【毎日新聞】社会面「『若い娘を薬漬け』牛丼中毒に/吉野家常務が発言」
・発言内容
「生娘をシャブ漬け戦略」
「田舎から出てきたばかりの若い女の子を生娘なうちに牛丼中毒にする。男に高い飯をおごってもらえるようになれば絶対に食べない」

【読売新聞】第3社会面「吉野家の常務 女性蔑視発言/大学の講座で」
・発言内容
「田舎から出てきた若い女の子を牛丼中毒にする」
「男に高い飯をおごってもらえるようになれば、絶対に(牛丼を)食べない」といった趣旨

【産経新聞】社会面「『吉野家』常務 不適切な発言/社会人向け講座で」(共同通信配信記事を元に)
・発言内容
「地方から出てきた右も左も分からない生娘さんが、初めて(吉野家を)利用して、そのままシャブ漬けになるような企画」
「不適切な表現で不愉快な思いをする方がいたら申し訳ない」

【東京新聞】社会面「吉野家常務『若い女性を薬物漬け』講座で発言/会社が謝罪、処分検討」(共同通信配信記事)
・発言内容
「生娘がシャブ(薬物)漬けになるような企画」
「地方から出てきた右も左も分からない生娘さんが、初めて(吉野家を)利用して、そのままシャブ漬けになるような企画」
「不適切な表現で不愉快な思いをする方がいたら申し訳ない」

 

※追記 2022年4月20日21時15分
 吉野家元常務の発言について、日経新聞には記事が見当たらないと書きましたが、4月19日付朝刊の15面に掲載されていました。他紙のように社会面への掲載ではなく、企業関連の記事をまとめた「ビジネス」面です。わたしが見落としていました。
 見出しは「吉野家、不適切発言で発表会中止」。19日に予定していた親子丼の発表会を中止した、との書き出しです。「同社の常務取締役が16日に外部の社会人向け講座で女性蔑視の発言をしたことを受けた措置」としており、元常務は匿名です。発言の具体的な内容には触れていません。

新人の皆さんへ~組織ジャーナリズムの仕事と表現の自由

 この春、マスメディア企業に入社した新人たちと話す機会がありました。わたしが話したことの大意を書きとめておきます。将来の仕事として、組織ジャーナリズムが選択肢に入っている学生さんたちにも読んでもらえればうれしいです。

 マスメディアの仕事についたこの春のことを、10年後、20年後に振り返った時に、どんな風に思い出すだろうか。ロシアがウクライナに侵攻している、そのさなかに組織ジャーナリズムの仕事に就いた。そのことは必ず思うだろう。
 4月に入っても、この戦争をめぐっていろいろなニュースがあった。先日はロシア黒海艦隊の旗艦である巡洋艦モスクワの沈没が報じられた。ウクライナはミサイルで攻撃したと言い、ロシアは爆発、火災、沈没は認めたものの、ミサイル攻撃には触れていない。否定もしていないから、ミサイル攻撃はあったとわたしは思う。ウクライナのミサイルで、首都の名を冠した軍艦が沈没したとあっては士気にかかわるから、ロシアは伏せているのだと思う。「ニュースは歴史の第一稿」という言葉があるが、もう一つ「戦争で犠牲になるのは『真実』」という言葉も紹介したい。まさにその通りのことを今、わたしたちは目の前で見ている。
 同じことが日本でもあった。1945年8月に終わった戦争では、大本営発表に基づいた報道しかなかった。例えば1945年3月10日の東京大空襲。一晩で10万人以上の住民が犠牲になったことは今日ではよく知られている。しかし、3月11日付の当時の新聞に載った大本営発表は、全文でわずか120字ほど。今日のツイッターのツイート1回分だけだ。そして人的被害には一切触れていない。現場では死屍累々の惨状が広がっていたのに、そのことは一字も報じられなかった。その以前から、日本の社会で戦争の実相は報じられていなかった。報じたらとても戦争を続けることができなかっただろう。
 これが77年前に日本で起きていたことだ。「77年も前のことじゃないか」と考えるか。「77年しかたっていない」と受け止めるか。
 こんなニュースもあった。JR東日本が恵比寿駅に掲示していたロシア語の案内を紙で覆い隠していた。利用客から「不快だ」という声があったという。何とバカな、と思うが、今の日本社会で、実際に起きていることだ。
 マスメディアの組織ジャーナリズムの仕事は憲法が保障する「表現の自由」と不可分であり、「表現の自由」がなければ成り立たない。この表現の自由について、元共同通信社編集主幹の故原寿雄さんは「今ある自由をきちんと使わなければ、この自由を守ることなどできない」と話されていた。その通りだと思う。自分の持ち場で目を凝らし、耳を澄まし、何が起きているかを敏感に感じ取ってほしい。そして表現の自由を行使して、伝えてほしい。
 自分の頭で考える習慣をつけてほしい。教科書はないわけではないが、いつも正解がその中にあるわけではない。それから「なぜ」にこだわってほしい。原さんは「ジャーナリズムは、まずもって問いを立てること」とも言われていた。
 もう一つ、「大きな主語で考えない」ということをアドバイスしておきたい。例えばロシアのウクライナへの侵攻。ロシアの人たちすべてが、この戦争を支持しているわけではない。当たり前のことだ。しかし「ロシアは悪」と、「ロシア」という大きな主語で考えたとたんに、そうした当たり前のことが見えにくくなってしまう。
 「わが国」という言葉も使いたくない。わたしは先輩から「わが国」じゃなくて「日本」と書けばいいだろうと教わったし、後輩にもそう教えてきた。「国益」という言葉も、ジャーナリズムが主体的に使う言葉ではないだろうと思う。すべての価値観をいったん相対化するのがジャーナリズムだと、わたしは思っている。

 東京大空襲の大本営発表報道については、わたしは新聞労連の専従役員当時に少し調べたことがあり、このブログでも何度も紹介しています。例えば以下の過去記事では、大本営の発表全文や、それを受けて当時の朝日新聞がどんな記事を掲載していたかを書きとめています。

news-worker.hatenablog.com

 「ツイート1回分」のことは以下の記事に書きました。

news-worker.hatenablog.com

 わたしが組織ジャーナリズムを仕事にして間もなく40年ですが、いつのころだったか、自分自身の記者人生をとても空しく感じていた時期がありました。記者だといっても、自分の問題意識に従って取材し、記事を書ける時間はそんなに長いことではありません。最初の数年は支局で修行。本社に異動してもすぐにやりたい仕事ができるわけでもなく、わたしの場合は10年もいないうちにデスクとなって、以降は組織の中で他人の原稿ばかりを見てきました。誰かがやらなければいけない重要な仕事であることは理解していました。
 では編集委員にでもなって、自分で取材して書く仕事を定年まで続けられる身になっていれば満足できていたか。その立場だって、いつかは離れなければなりません。例えて言えば、10年間だった記者の立場がせいぜい20年になるだけのこと。自分の手で直接記録できるのは、連綿と続く人間社会の営みのほんのわずかでしかないことに、変わりはありません。
 40代の前半だったと思います。ある放送関係者の言葉に出会いました。その方は職場で臆せずモノを言うために、上層部から疎んじられ、まだまだこれから、という時に番組制作の現場から出されていました。現場に残るために、組織の中で折り合いをつけることは考えなかったのか、と問われた彼の答えは「組織の中に自分のDNAを残せばいいんですよ。彼らがやってくれる。後を託すことができる人たちがいればいいんです」というものでした。
 新人たちと話しながら、この言葉を思い出しました。わたしは組織ジャーナリズムの中で既に現役の時間は終わり、残っている時間はもうそんなにありません。その時間を、後を託す人たちのために使っていこうと思います。