コロナ特措法「罰則、強制力」議論は菅政権の失政隠しではないのか

 新型コロナウイルス特別措置法に基づく2度目の緊急事態宣言が1月7日、東京、千葉、埼玉、神奈川の4都県を対象に発出されました。期間は1月8日から2月7日まで。感染拡大防止の急所である飲食に対策の重点を置くとのことで、飲食店の営業を午後8時までとすることを要請し、応じない飲食店は業者名を公表できるとしています。菅義偉首相は7日の記者会見で「1カ月後には必ず事態を改善させる」として、国民への協力を要請しました。
 緊急事態宣言を発出することの当否はともかく置くとして、年末年始に東京の感染者が爆発的と言ってもいいほどに急増するまで、菅政権に宣言に備えた準備が何もなかったことについては、このブログの一つ前の記事で触れました。加えて、年末以降の感染者の急増がどうして起きているのか、その要因を菅政権はどうとらえているのかもよく分かりません。急ごしらえの対策で感染拡大を抑え込めるのか、疑問です。
 菅首相は会見で、特措法を改正し罰則などによって強制力を付与する方向性も明言しましたが、これもこのタイミングには違和感があります。現在の爆発的な感染拡大の要因ははっきり示されておらず、強制力によって収束に持ち込めるかどうかは分かりません。
 ここ1カ月ほどを振り返ると、感染症の専門家や医師会が警告していたにもかかわらず、菅政権はGoToキャンペーンを強行し、ようやく年末年始に限って停止しました。飲食店を対象にした「GoToイート」もありました。首相自身はと言えば連夜の会合出席。自民党の二階俊博幹事長もステーキ店で会合を主催していました。党内の各派閥も忘年会を予定していたものの、さすがに相次いで中止。これも立ち消えになったようですが、つい先日は国会議員の会食のルールを与野党で取り決める、という動きもありました。
 感染が収束せず、行動変容が必要と指摘されているさなかのGoToキャンペーンと、政治の側の緊張感を欠いた振る舞いとが相まって、社会に「実は今まで通りでも大丈夫」との誤ったメッセージが拡散されたのではないでしょうか。それが最近の爆発的な感染者の増加につながっていると考えるのは、さほど不合理ではないように思います。
 それなのにここで罰則、強制力の議論が持ち出されると、現在の感染拡大の原因が、あたかも要請に従わずに深夜営業を続ける飲食店にあるかのような雰囲気が醸成されることを危惧します。飲食店の側に立って考えてみれば、GoToイートで政府が需要をあおっていたのに、わずか1カ月足らずの間に、午後8時閉店の要請に従わなければ店名をさらす、となったのです。あまりの急激な、しかも一方的な変化に困惑するばかりでしょう。
 感染者が入院を拒否したりした場合にも刑事罰を科すことも政府内で検討されているとも伝えられています。菅政権が自らの失政を目立たなくするために、意図的にこのタイミングで罰則や強制力の必要性を強調し始めた、と考えるのはうがち過ぎでしょうか。
 どうしても罰則、強制力の議論が必要だとしても、それは現在の状況が収束した後のことでしょう。そもそも、特措法改正を国会で審議する機会は昨年秋にありました。今、このタイミングで性急に立法化を進めようとする動きには警戒が必要です。マスメディアにとっても大きな課題です。

 宣言発出翌日の1月8日付の東京発行新聞各紙の朝刊は、そろって1面トップの扱いでした。7日の東京都の感染者は2447人でした。

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緊急事態宣言になぜこんなに時間がかかる

 新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため、東京都と千葉、埼玉、神奈川3県を対象に、特措法に基づく緊急事態宣言が発出される見通しとなりました。昨年4月7日以来、2度目になります。菅義偉首相が1月4日、年頭の記者会見で、発出の検討に入ることを表明しました。報道によると、7日にも発出とのことです。菅首相はかねて緊急事態宣言には消極的でした。経済活動を継続させることを重視しているようです。しかし年末年始の期間中にも感染者数は拡大傾向で、昨年12月31日には東京都でこれまで最多の1337人に上りました。1月2日には小池百合子・東京都知事と千葉、埼玉、神奈川3県の知事が政府に緊急事態宣言発出の検討を要請していました。
 政府の方針転換の内幕を、5日付の東京発行新聞各紙はそれぞれ、総合面の大型のサイド記事で伝えています。大筋で共通している経緯は、菅政権としては緊急事態宣言を出さずとも感染拡大の“急所”である飲食の場に一層の対応を取れば効果が見込めると考えていた→しかし東京都の小池知事は、飲食店の協力を得られる見通しがないとして、これを受け入れなかった→政府も東京都も手をこまねている中で年末年始に感染がさらに拡大→内閣支持率の低下もあって首相は4知事の要請を受け入れざるを得なくなった―との流れです。
 興味深いのは、与党や政府の中に、感染拡大が止まらない主な要因は小池知事が強い飲食店対策を取らなかったことなのに、小池知事が宣言発出を政府に迫ったことで、政府が後手に回ったとの印象が強まってしまった、との見方があることです。読売新聞は「政府高官は『国が泥をかぶり、都は責任を回避する流れをうまく作られてしまった』と唇をかんだ」と描写しています。朝日新聞も「政権内では、4知事の要請を主導した東京都の小池百合子知事への『うらみ節』も噴き出す」として、「自民党幹部」の「小池さんはさらなる時短に応じなかった。だから東京都で感染者が増えた」との「不快感」を紹介しています。
 新型コロナウイルスは感染が拡大しているばかりでなく、昨年12月以降は死者も急増していました。いわば、人命を間に置いて菅首相と小池都知事が互いに相手への責任転嫁に腐心しているような構図が見て取れます。しかし、それ以上にわたしが危ういと感じるのは、菅政権の危機管理態勢です。知事4人が政府に緊急事態宣言の検討を要請したのは1月2日でした。7日の発出までに5日もかかるとは、どうしたことでしょうか。何も準備をしていなかったと疑わざるを得ません。
 昨年4月の前回は、安倍晋三首相(当時)が発出を決めたと一斉に報じられたのが4月6日。翌7日に宣言は出ました。その直前の数日間、じりじりした状態が続いていたので、準備に要した時間が数日程度はあったのだろうと思います。今回も即日の発出は無理かもしれませんが、前回から得た教訓を生かすなりして、もう少し早くすることはできないのでしょうか。出す、出さないは最後の判断だとして、仮に今、出すならどんな内容にするのか、それを日々検討して、情勢の変化に応じてその都度、上書きして備えておくのが危機管理の常道のはずです。危機は突然再来したわけではなく、継続中なのです。仮に首相が緊急事態宣言は出したくないと考えていたとしても、出さざるを得ない場合に備えて準備をしておくかどうかは別の問題です。あらゆる手立てを尽くすということには、そうしたことも含まれるはずです。特措法の改正にしても、昨年の秋に国会で審議する時間は十分にあったはずです。
 人の命を守る、ということへの政権の姿勢、本気さに根本的な疑問を感じます。菅首相の言葉が心に響かないのは、原稿を棒読みするからだけではないように感じます。

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 以下に、東京発行各紙の5日付朝刊のうち、総合面の大型サイド記事の見出しと、社説の見出しを書きとめておきます。

▼朝日新聞
2面・時時刻刻「緊急事態 後手の末」「首相一転 都知事らに押し切られ」「宣言の効果 疑問視も」
社説「宣言再発出へ 対策の全体像速やかに」

▼毎日新聞
2面・焦点「政権 窮余の一手」「支持率減『外圧』屈し」「4都県 支援取り付け」「医療逼迫 専門家『後手』」
社説「首相が緊急額宣言へ もっと明確なメッセージを」/目立つ責任転嫁の姿勢/国会は直ちに召集を

▼読売新聞
3面・スキャナー「熟慮ギリギリまで/首相、知事要請受け『切り札』」「特措法改正 改めて意欲/罰則 根強い慎重論」
社説「緊急事態宣言へ 危機感の共有で感染症抑えよ/雇用や生活を守る施策が必要だ」/医療提供体制の充実を/事業者支援を手厚く/国のメッセージが大切

▼産経新聞
3面「首相一転 発令やむなし/回避腐心 都の協力得られず」「厳しい規制の大阪 減少傾向」
社説(「主張」)「緊急宣言発令へ 『一点突破』では不十分だ」

▼東京新聞
2面・核心「首相 後追いの再宣言」「知事や視界に押され転換 発令へ」「特措法改正は来月か 対応迷走」
社説「緊急事態再宣言へ 心に響く誠実な言葉で」/政府の判断に後手の印象/強いメッセージでなく/民主主義再生のために

「弱い立場の人が取り残される脆弱性を放置しない政治を」(沖縄タイムス)「民主政治に命を吹き込めるのは主権者」(中国新聞)~コロナ禍の新年、新聞各紙の社説、論説の記録

 元日付の新聞各紙の社説、論説を、それぞれのネット上のサイトで見てみました。新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない中で、コロナ禍によってあぶり出された課題をどう克服し、どのような社会を目指すのかを探る内容のものが目立ちます。
 中でも目を引いたのは、次代を担う世代の困難な状況に焦点を当てたいくつかの社説(信濃毎日新聞「コロナ禍の若者たち 新たな進路へかじを共に」、沖縄タイムス「『コロナ後』見据え つながり 支え合う年に」など)です。親の失業やアルバイト先の休業で学費が払えない高校生や大学生らはその典型です。
 コロナによるわたしたちの社会の変化は一過性のものではないでしょう。対応も5年、10年、さらにその先をも見据えることが必要です。特に家庭環境の違いなど、本人の努力ではどうしようもない要因で若者の間の格差が広っていくような事態は放置できません。「弱い立場にある人が最も大きな影響を受け、取り残されるという、脆弱性を放置しない政治を今こそ実現したい」(沖縄タイムス)との指摘は同感です。
 多くの社説、論説が菅義偉首相の「まず自助」との政治姿勢に疑問を投げかけています。コロナ下で窮状に置かれた人を誰一人として取り残さないためには、やはり今は「まず公助」が必要ではないかと思います。
 折しもことしは衆院選が予定されています。中国新聞の社説(「コロナ禍の年初に 足元から政治変えよう」)は「衆愚や専制に陥りやすい民主主義に、命を吹き込めるのは、主権者である私たちだけである」と、毎日新聞の社説(「コロナ下の民主政治 再生の可能性にかける時」)は「民主政治は間違える。けれども、自分たちで修正できるのも民主政治のメリットだ。手間はかかっても、その難しさを乗り越えていく1年にしたい」と説いています。その通りだと感じます。為政者が事態に対応できない時には、批判して終わりなのではなく、取って代わることができる政治勢力を育てるのも、有権者、主権者の責任であるように思います。
 このほか地方紙の社説、論説では、コロナ禍で東京一極集中の脆弱さが露呈したことを指摘し、その是正と地方創生への取り組みを求める内容のものも目に付きました。
 単一の個別テーマに絞ったものの中では、産経新聞の論説委員長の署名評論「中国共産党をもう助けるな」や、東京五輪を開催すべきだと強調する北國新聞の「コロナ乗り越え五輪に夢を」を興味深く読みました。

 以下に各紙の社説、論説の見出しを書きとめておきます。サイト上で全文が読めるものはリンクも張りました。

【全国紙5紙】
▼朝日新聞「核・気候・コロナ 文明への問いの波頭に立つ」/牙をむく巨大リスク/世界は覚醒できるか/未来の当事者が動く
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14750259.html

▼毎日新聞「臨む’21 コロナ下の民主政治 再生の可能性にかける時」/危機強める「再封建化」/気づきを変革に生かす
 https://mainichi.jp/articles/20210101/ddm/002/070/041000c

▼読売新聞「平和で活力ある社会築きたい 英知と勇気で苦難乗り越える」/感染抑止が最優先課題/世界は変動期に入った/国力の充実を目指せ/人材の流出を防ごう/政治の信頼は国の礎だ
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210101-OYT1T50040/

▼日経新聞「2021年を再起動の年にしよう」 ※会員限定
▼産経新聞「【年のはじめに】中国共産党をもう助けるな 論説委員長・乾正人」/私は「親中派」だった/歴史は繰り返すのか
 https://www.sankei.com/column/news/210101/clm2101010001-n1.html

【地方紙・ブロック紙】
▼北海道新聞「コロナの先へ1 人と人の連帯を強めたい」/文明脅かすウイルス/民主主義見つめ直す/無関係ではいられぬ
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/497315?rct=c_editorial

▼河北新報「コロナ禍の新年/共助広げ、苦難克服しよう」
 https://kahoku.news/articles/20201231khn000015.html

▼東奥日報「前向きに活路見いだそう/コロナ禍の新年」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/457914

▼秋田魁新報「新年を迎えて コロナ乗り越える年に」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20210101AK0011/

▼山形新聞「コロナ下で迎えた『選択の年』 暮らし再構築の契機に」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/?par1=20210101.inc

▼福島民報「【2021年を迎えて】新しい社会の構築を」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/2021010182318

▼福島民友新聞「新年を迎えて/難局克服し次代につなごう」
 https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20210101-572704.php

▼茨城新聞「新年を迎えて 『コロナ後』を見据えて」 ※公開は当日のみ
▼神奈川新聞「新年に寄せて 『ウィズ』の先を描こう」 ※会員限定
▼信濃毎日新聞「コロナ禍の若者たち 新たな針路へかじを共に」/次の世代にツケが/10年後を仮想する/きっかけは足元で
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021010100089

▼新潟日報「2021年を迎えて 新しい日常 支え合い力に」/スペイン風邪の教訓/上から目線ではなく/弱さでつながる社会
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210101590700.html

▼中日新聞・東京新聞「コロナ港から船が出る 年のはじめに考える」/分断、対立の時を超え/人間性を心にとどめよ/流れに取り残されるな
 https://www.chunichi.co.jp/article/179205?rct=editorial

▼北日本新聞「新たな年に/災い絶つ社会の実現を」 ※会員限定
▼北國新聞「新たな年に コロナ乗り越え五輪に夢を」 ※公開は当日のみ

https://www.hokkoku.co.jp/_syasetu/syasetu.htm

▼福井新聞「2021年展望 協調、共助で乗り越えねば」/「重要性増す」提言/ワクチン接種本格化/一義的「公助」急務
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1235149

▼京都新聞「新しい年に 分断と憎悪を乗り越えねば<展望2021>」/恐怖をあおる手法も/批判だけでは済まぬ/権力の監視が切実に
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/460004

▼神戸新聞「明日への道しるべ/持続可能な未来への分かれ道」/AIが予測する未来/兵庫に適した分散型
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202101/0013977772.shtml

▼山陽新聞「一極集中解消へ 地方創生に魂を吹き込め」/田中角栄氏の時代/流れ変えたコロナ/国、地方がともに
 https://www.sanyonews.jp/article/1086688?rct=shasetsu

▼中国新聞「コロナ禍の年初に 足元から政治変えよう」/揺らぐ民主主義/けじめないまま/ツケが私たちに
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=714289&comment_sub_id=0&category_id=142

▼愛媛新聞「コロナに向き合う 多様性を尊重し他者への寛容を」 ※公開は当日のみ
▼徳島新聞「新年を迎えて わが事主義で課題解決を 地域再生の主体となろう」 ※会員限定
▼高知新聞「【年初に 展望】不確実性に立ち向かおう」
 https://www.kochinews.co.jp/article/425537/

▼西日本新聞「コロナ禍を越えて 一隅にも光が届く社会に」/不公平をあぶり出す/守り伝えるべきもの/ゆがみを正す機会に
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/678371/

▼大分合同新聞「2021年の始めに 逆境を変化への足がかりに」
 https://www.oita-press.co.jp/1042000000/2042002000/2021/01/JD0059879172

▼宮崎日日新聞「コロナ禍の新年 心と社会に幸せの種まこう」/大きな「天秤」/本県の追い風にも
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_50135.html

▼佐賀新聞「コロナ禍の新年 解なき事態に耐える力を」
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/617907

▼熊本日日新聞「新しい年を迎えて 市民感覚を研ぎ澄まそう」/分断された超大国/かすむ一国二制度/継承された危うさ
 https://kumanichi.com/opinion/syasetsu/id48079

▼南日本新聞「[新年を迎えて] 多様性受容する社会に」/停滞する女性登用/コロナと腸内環境
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=130751

▼沖縄タイムス「[「コロナ後」見据え] つながり 支え合う年に」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/686784

▼琉球新報「新年を迎えて 自立へ共に踏み出そう」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1250111.html

凡庸な人間と「一粒の麦」の生き方~新たなスタートの年に

 新しい年、2021年を迎えました。本年もよろしくお願いいたします。

 昨年10月に還暦を迎え、勤務先の通信社を定年退職しました。もうしばらくは雇用延長で同じ会社で働くとは言え、組織ジャーナリズムの一端に身を置いて過ごした現役の時間は終わりました。
 大学を卒業して通信社に入社し、記者として働き始めたのは1983年のことでした。この37年余を振り返って思うのは、凡庸としか言いようのない記者人生だったな、ということです。特ダネを取るわけでもなく、鋭い視点で社会に問題提起するような記事を書けるわけでもない。多少は要領がいいところはあったかもしれません。ちょっとしたまとめ仕事(例えば、他の記者が手分けして取材した結果を手元に集めて、1本の記事にまとめる作業)などは、デスクの指示通りにそつなくこなしていました。しかし、ただそれだけのことです。それなのに、自分では仕事ができるつもりでいました。今だから分かることですが、何より不幸だったのは、自分の生き方が会社と一体化していたこと、いわば人生を所属組織の中に埋め込んでいるかのような働き方をし、そのことに対して何ら疑問を感じていなかったことです。

 転機は30代の終わりでした。初めてデスクになり、仕切りを任されていた持ち場で、競合他社にその部署ではこれ以上の特ダネはない、というほどの大きな特ダネを連続して抜かれました。気が重い後追い取材ばかりの日々の中で、所属組織の中枢部からは当然のごとく、叱咤が飛んできます。自信を失って、果ては精神状態の危機を自覚するまでになりました。そうなって初めて、自分の凡庸さと弱さに気付きました。そのままでは、人としての存在自体すら危うくなっていたかもしれません。しかし同時に、それまでは考えたこともなかった想念のようなものが、ふっと頭に浮かびました。「ダメなら会社を辞めればいい」「自分には会社を辞める自由がある」。そのことを自覚できた時に、精神の安定を取り戻せたように思います。
 その後、社内の労働組合の役選(役員選考)で委員長職への打診を受けました。迷わず引き受けることにしました。あの時の苦しさ、つらさを思い出しながら、組織の中で働くことの意味、組織と個人の関係を自分なりにとらえ直すことができるかもしれないと思いました。「組織と個人」の問題意識はその後、新聞産業の産別労組である新聞労連(日本新聞労働組合連合)の委員長を務める中で、いよいよ強まりました。労組専従の任期を終えて復職し、やがて管理職となって労組を離脱した後も、この「組織と個人」は変わらぬ問題意識として、わたしの中にありました。

 新聞労連の委員長当時、海外の労働組合と交流する機会が何度かありました。日本のように、企業ごとに労働組合が組織されているのは珍しく、多くは業種ごと、職種ごとに、所属企業の枠を超えて労組が結成されています。日本の企業内労組のメンバーシップは同じ企業の従業員であることですが、海外では同じ仕事をしている労働者であることです。基本は個人です。一人ひとりはとても弱い存在ですが、だからこそ団結することが重要で、その権利も手厚く保護されているのだということを、海外の労組との交流の中で学びました。
 ジャーナリズムにしても、記者一人ひとりの力には限りがあるとしても、組織で動くことで強さが生まれるのだと、今は考えています。では仮に、その組織ジャーナリズムないしはジャーナリズム組織がうまく機能しなくなったときには、どうすればいいのか。その中で働く個々人の頑張りが問われるにしても、一人ひとりは弱い存在です。その一人ひとりが強くあるためには何が必要か―。引き続き、そのことをわたし自身の考察テーマとして、具体的なことを考えていきたいと思っています。

 あらためて思うのは「一粒の麦」の生き方、元警察官僚の故松橋忠光さんのことです。11年前、わたしが50歳になる年の初めに、このブログで紹介しました。
※「『わが罪はつねにわが前にあり』故松橋忠光さんのこと~『一粒の麦』の生き方」=2010年1月4日 

news-worker.hatenablog.com

 20代の駆け出し記者の当時に、様々な教えをいただきました。凡庸な上に自分自身を勘違いしていたこともあって、当時は理解できていなかったことも少なくありません。今は松橋さんの言葉の一つ一つがよく分かります。
 松橋さんの著書「わが罪はつねにわが前にあり」の最初のページに引用されている聖書の二つの言葉を再録しておきます。 

 われはわが愆(とが)を知る、わが罪はつねにわが前にあり
 なんじの救のよろこびを我にかへし自由の霊をあたへて我をたもちたまへ
 詩篇 第五一篇第三節・第一二節

 一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、いつまでも一粒のままである。しかし、死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者はそれを失うが、この世で自分の命を顧みない人は、それを保って永遠の生命に至る。
 共同訳ヨハンネスによる福音第一二章第二四節・第二五節

  凡庸な人間なりに「一粒の麦」の生き方にならってみたい。ことしをその改めてのスタートとしたいと思います。

「桜」疑惑の本質は安倍前首相による公権力の私物化~検察の捜査への根本的な疑問とマスメディアの課題

 安倍晋三首相当時の「桜を見る会」前夜祭(夕食会)の経費補填問題で、東京地検特捜部は12月24日午前、安倍前首相を嫌疑不十分で不起訴とし、公設第1秘書を政治資金規正法の不記載罪で略式起訴としました。東京簡裁は秘書に罰金100万円の略式命令を出し、秘書はただちに納付。これで検察の捜査と刑事処分は終結しました。安倍前首相は24日夕、自民党担当記者に限定して記者会見し、翌25日には衆参両院の議院運営委員会に出席しましたが、既に報じられている通り、議員辞職は否定。夕食会の経費補填についても詳細は明かされないままです。首相在任時から、「責任はわたしにある」と言いながら、一度として責任を取らなかった言葉の軽さ、無責任ぶりをまたも目にしている思いがしています。
 しかし、こうなることは十分に予想できたことでした。だからこそ、検察の捜査が安倍前首相本人に切り込むことが何よりも重要でした。それが言い逃れを許さない、もっとも現実的で有効な方策であり、だからこそ世論にも検察への期待があったはずです。結果的に、安倍前首相は自身が不起訴になったこと(「嫌疑なし」ではないにもかかわらず)を最大限に使って、国会議員の地位にとどまろうとしています。検察は世論の期待を裏切ったばかりでなく、前首相の“居直り”に手を貸したのも同然の状態になってしまっています。

 ▽「権力犯罪」に金額の多寡は問題ではない
 わたしは、安倍前首相を不起訴とした検察の対応の焦点は二つあるととらえています。一つは捜査と不起訴の結論そのものへの疑問、もう一つはその判断の説明のありようです。
 最初の捜査と不起訴の結論についてです。この点については法曹の専門家からも様々に批判が出ていますので、わたしが多くを書くまでもありません。一つだけ書きとめておくとすれば、この「桜を見る会」を巡っては様々な疑惑が指摘されており、夕食会の経費補填はその一部に過ぎない、ということです。疑惑の本質は、「内閣総理大臣が各界において功績、功労のあった方々を招き、日頃の御苦労を慰労するとともに、親しく懇談する内閣の公的行事」(安倍内閣の答弁書)である「桜を見る会」に、恣意的、組織的に首相の後援会会員を招いていたこと、つまりは自らの選挙区の有権者を、自分を選挙で支持しているというだけの理由で、内閣の公的行事に大量に招待していたということであり、首相の職務と権限の私物化に等しい、という点にあります。いわば現職の首相による「権力犯罪」の性格を帯びています。
 夕食会の経費補填の捜査も、そういう事情を重視するなら、おのずと前首相の関与が最大の焦点になるはずです。仮に前首相の関与があったとすれば、政治家と秘書の関係に鑑みれば、処罰されるべきは前首相本人であって、秘書の立件はその立場に照らして酷に過ぎるとさえ感じます。そのような大きな意味を持つ事件を、形式的な単純ミスを含めたほかの規正法違反の事例と同列に置く必要はないはずですし、同列に論じるべきではないと思います。
 不記載の額の多寡にかかわらず、家宅捜索などの強制捜査を含めて捜査を尽くし、社会一般の常識にかなった結論を得ることを、わたしは検察に期待していました。検察部内の議論として、不記載の額が少ないので本来は立件に値しないとの意見があったことが報じられていますが、それは意図的に問題を小さく収めようとする、ためにする議論であるようにしか思えません。報道によれば、検察内には、国民目線に立ってあえて秘書を略式起訴し、必ずしも必要がない前首相本人の事情聴取にも踏み切った、との自画自賛があるようですが、世論とは大きな乖離、落差があります。
 同じ24日、新聞記者との賭けマージャンで辞職した黒川弘務・元東京高検検事長を「起訴相当」とする検察審査会の議決が報じられました。元検事長を起訴しなかった検察の判断と社会一般の常識との乖離がこういう形で表れたと言うべきでしょう。
 付言すると、あっさりと罰金刑を言い渡した東京簡裁の判断にも疑問を感じます。罰則に罰金しかなく、刑罰の選択ができないのならともかく、不記載罪には禁固刑の規定もあります。正式裁判を開いて違法行為の全容や情状のすべてを審理し、刑罰を決めるべきではなかったか。その過程で、前首相と安倍事務所スタッフとのやり取りも明らかになったかもしれません。
 罰金刑を受けた第1秘書のことなのかどうか、判然としませんが、前首相から補填の有無を尋ねられた秘書は、確信的に虚偽を伝えた上、果ては「国会でも虚偽の答弁を貫いてもらうしかないと思った」との趣旨のことを周辺に話していると報じられていました。第1秘書もその意思を共有していたとすれば、犯情は極めて悪質であり、略式起訴で済ませていい事例ではないように思います。

 ▽不誠実な検察の説明
 もう一つの、検察による説明の問題です。
 安倍前首相を不起訴とし、第1秘書だけを略式起訴した検察の判断には疑問と批判があります。検察はそれらの批判に応え、疑問を解消するように努めることが必要です。私人同士の間の、例えば痴情のもつれのような事件ならいざ知らず、この事件の本質は「公権力の私物化」「権力犯罪」です。社会の信頼を得られる検察であるには、社会の人々の目に見える、耳に届く形で、検察自らが説明を尽くすことが必要です。
 そのような考えとともに、東京地検が前首相の不起訴を報道陣に対してどのように説明したのか、東京発行の新聞各紙の報道を見てみましたが、意味のある説明は見当たりません。わたし自身の多少の取材経験も加味すると、公式にはろくな説明がなかったと考えざるを得ません。
 報道によると、処分の発表は24日午後2時から東京地検の山元裕史・次席検事が行いました。安倍前首相を不起訴としたことの説明を、読売新聞は社会面の記事の中で以下のように伝えています。

 また、山元次席検事は、「嫌疑不十分」で不起訴とした安倍氏についても「容疑者」として扱い、黙秘権を告知して事情聴取を行ったと説明。その上で「(不記載の)共謀を認めるに足りる証拠がなかった」と述べた。

 「捜査したが証拠がないので不起訴にした」ということのようですが、前述のとおり、「権力犯罪」の性格を帯びている事例なのに、その重大さ、深刻さに見合うだけの捜査を尽くしたのか、はなはだ疑問です。そもそも「証拠がない」との説明は不誠実です。例えて言うなら、医師が患者の死因を聞かれて「呼吸が止まったこと」と答えるようなものです。
 夕食会の費用について、ホテルが出した明細書にはどんな記載があったのか、補填の原資はだれがどうやって用意したのか、といった事実関係を検察は押さえているはずです。それらの事実関係を踏まえて、安倍前首相の関与をどう判断したのか。捜査を尽くしたというのなら、説明して然るべきです。繰り返しになりますが、「公権力の私物化」の性格を帯びた事件です。
 一般的に検察は、容疑者を訴追した段階では「公判に差し支える」ことを理由に、捜査結果の詳しい説明は避けようとしますが、それも今回は当てはまりません。検察自身が、公判は不要と判断しているからこその略式起訴だからです。仮に、次席検事の発表の時点では、簡裁の略式命令が出ておらず、正式裁判の可能性もあったというのなら、第1秘書の罰金納付が終わった今からでも、説明をやり直してもいいと思います。

 ▽説明責任を問うのはマスメディアの役割
 この検察による説明の問題は、マスメディアの検察取材と表裏一体です。公権力のありようを巡る事件で、それ自体が公権力である検察に、自身の権限行使である捜査をきちんと説明させることも、今やマスメディアの役割、課題であるように思います。
 かつてのわたし自身の記者経験を振り返ってみると、検察幹部の発言を直接引用できるオンレコの記者会見は機会自体が少なく、しかも何を聞いても検察幹部からは「捜査に支障がある」「公判で明らかにしていく(この場では答えない)」との答えしか返ってこないのが常でした。しかしわたし自身は、そのことを本気で「おかしい」と思うでもなく、検察幹部の間を個別に、記者会見だけでは分からない背景事情などを取材して回っていました。
 検察内部への食い込み取材に意味がないわけではありません。むしろ「権力の監視」のためには今もなお必要なことだろうと思います。しかし、オンレコで検察が発信する情報が絞られている状況では、オフレコ取材や匿名でしか書けない取材ばかりになると、検察にとって都合のいい情報しか社会に流れないことになりかねません。これまでの流儀を改めて、検察幹部にカメラの前で話させることは容易ではありませんが、マスメディアの今日的な課題だと考えています。検察も公権力である以上、説明責任があります。
 元検事長のマージャン問題では、同席していた新聞記者らは「不起訴不当」でした。記者たちの行為も、社会一般の常識からは理解を得られなかったとわたしは受け止めています。密室での違法行為は、元検事長と記者らの「秘密の共有」です。どんな人間関係でも、そうした秘密を共有する関係になってしまえば最強ですが、そこに緊張関係はなくなります。こうした「すり寄り型」の取材は、記者に対するハラスメントの土壌にもなっています。記者の働き方の観点からも見直しが必要です。記者の一人ひとりが心身ともに健康で働き続けることができなければ、組織ジャーナリズムは成り立ち得ません。

「桜を見る会」検察捜査への疑問とマスメディアの報道に思うこと ※追記 あれよという間に略式命令、罰金100万円

※12月23日までの動きを踏まえて書きました

 安倍晋三首相当時の「桜を見る会」前夜祭(夕食会)の経費補填問題で、東京地検特捜部が12月21日に安倍前首相を事情聴取したと報じられました。新聞、テレビの各メディアは一斉に「第一秘書を略式起訴」「前首相は不起訴」と報じており、検察の捜査の着地点が明確になっています。検察の捜査に対して、あるいはマスメディアの検察取材に対して、個人的に思うところをいくつか、書きとめておきます。

 ▽「秘書にだまされた」で捜査は終わるのか
 安倍前首相の聴取は、捜査の実務上は必ずしも必要なかったが、国民の視線を意識してあえて行った、との解説が報道では目に付きます。このブログの以前の記事でも触れましたが、かつて佐川急便事件では、5億円のヤミ献金を受け取っていた金丸信・元自民党副総裁を聴取なしの略式起訴とし、罰金20万円で終結したことが世論の批判を招き、東京・霞が関にある検察合同庁舎の「検察庁」の石碑にペンキがかけられました。安倍前首相の聴取は、検察にしてみれば「国民の皆さん、ここまでやりましたからね、分かってくださいね(ペンキ投げないでくださいね)」ということなのでしょう。安倍前首相を不起訴とした場合、告発人が検察審査会に審査を申し立てる可能性もあります。その際、捜査は尽くしたと主張する材料にもなります。

 しかし「国民の視線」を意識するというなら、安倍前首相が国会で繰り返し、何度も虚偽の事実を答弁しておきながら、今になって「秘書にだまされました」では通らないのではないか、との疑問に答える結果を出すことが必要ではないでしょうか。前首相には、途中で再度、秘書に事実関係をただすなりして、答弁を訂正する機会はいくらでもあったのです。最後まで秘書にだまされ通した、という主張は、ごく一般的な社会通念に照らしても信じがたいことです。
 捜査を尽くして秘書の供述を突き崩し、真相に迫ってこそ、検察への信頼は維持されるはずです。秘書は前首相に虚偽の内容を報告したと供述しているとされています。その供述自体が虚偽ではないと判断する理由が分かりません。前首相をだましたとの秘書の供述そのままに、前首相にも「秘書にだまされた」と、その確認を求めたのに過ぎないのであれば子どもの使い同然です。見せかけの形だけの聴取、もっと言えば、前首相側と検察の手打ちの儀式だったことになります。前首相は「わたしの関与がなかったことは検察当局に証明していただいた」と開き直ることができます。
 前首相が秘書にだまされていたと判断する理由を「当事者たちがそう供述しているから」という以上に、明瞭に社会に提示しない限り、「検察は捜査を尽くしたのか」との批判は免れ得ません。

 ただし、供述を突き崩すとなると、密室での強迫的で強引な取り調べを容認することになりかねない、との危惧もあるでしょう。ならばどうすればいいのか。政治資金規正法の改正が一つの方向だと思います。なぜ秘書の立件にとどまり、前首相の罪を問えないのかは、法律の仕組みで言えば、規正法に収支報告書への不記載罪の処罰対象として明記されているのが会計責任者らであって、政治家本人が含まれていないからです。政治家本人は、会計責任者と共謀が認められた場合にしか立件できないということになっています。ならば、会計責任者とともに政治家本人も処罰の対象になるように法改正をするのが、一つの方法だろうと思います。自民党がそんな法改正を容認しないだろうと思いますが、世論次第ではないでしょうか。それこそ「身を切る覚悟の改革」のはずです。

 ▽「周辺関係者」を実名で報じる
 これまでの経緯を振り返ると、読売新聞が「安倍前首相秘書ら聴取」と報じたのが11月23日でした。翌24日夜に「安倍前首相の周辺関係者」が、「経費の補填と収支報告書への不記載は秘書が独断で行った」「前首相には虚偽の報告をしていた」「前首相は経費の補填を知らなかった」との趣旨のことをメディアの取材に対して話しました。この情報の出方を振り返ると、最も速くネット上のサイトに記事をアップしたのはNHKと毎日新聞で、NHK19時24分、毎日新聞19時26分でほぼ同時でした。その後、同じ人物かどうかは分かりませんが、安倍前首相サイドの関係者の話として、他社も次々に報じ、このストーリーは一夜のうちに流布しました。
 「安倍前首相の周辺関係者」が意図していなければ(意図的に複数のマスメディアに同時に情報を流していなければ)、同時に同内容の詳細な記事が流れる、というようなことは起こり得ません。その意図とは「全部秘書がやったこと」「安倍本人は何も知らなかった」との印象を広めることでしょう。マスメディアはまんまとその印象操作に使われてしまった観があります。
 しかし、だからと言って、この情報をまったく報じないわけにもいかなかったことも確かです。ではどうするべきだったのか。わたしは「安倍前首相周辺関係者」を実名にする報じ方があったのではないかと考えています。本当にこの通りなら、本来は安倍前首相自身が記者会見を開くなりして、自身が公の場で説明しなければならない内容です。前首相サイドの「関係者」を匿名で保護しなければならない公益性はありません。仮にあったとしても、相当に低いはずです。犯罪被害者を実名で報じることへの批判がある「実名報道原則」ともかかわってくる論点です。

 ▽捜査の着地点
 この「安倍前首相周辺関係者」による情報操作は、実は検察にとっても渡りに船だったのではないかと、わたしは疑いを持って見ています。黒川・高検検事長の定年延長問題があった当時、検察は広島の河井元法相夫妻の選挙違反事件の捜査を精力的に進めていました。しかし、黒川氏が記者との賭けマージャンで辞職し、検事総長人事が法務検察内の既定方針に復したとたんに、捜査は元法相夫妻の立件のみに収れんしていきました。巨額資金を提供していた自民党本部に対しても、元法相夫妻から現金を受け取った広島の地元政界に対しても、捜査は中途半端なままだったとの印象があります。仮に、検事総長人事を政治から法務検察の手に取り戻したことで、以後は政治との間になるべく摩擦を生みたくないと考えているのだとしたら、「桜」の経費補填も秘書の立件で止めておきたい、と考えたとしても不思議はありません。立件しない理由はいくらでも並べることができます。
 それがあまりにうがった見方だとしても、元法相夫妻への捜査の過程で、大手鶏卵業者から政界への資金提供が判明し、現在は吉川貴盛・元農相への捜査が進んでいます。検察にとっては、前首相の関与の立証は極めて困難である上に、不記載の金額からみても略式起訴しか望めない「桜」前夜祭の経費補填はさっさと手じまいして、独自捜査が大きく“育った”元農相の事件を優先して進めたい、との意向なのかもしれません。
 検察は、捜査中の事件について当事者がマスメディアの取材に応じることを極端に嫌います。しかし、この「安倍前首相周辺関係者」の動きについて、検察が激怒した、という形跡は見当たりません。検察が捜査の着地点を探っていたのだとすれば、このストーリーはうってつけのものだったのではないかと思います。

 ▽「なぜ」の姿勢
 わたし自身、30代の前半の時期に、検察事件の取材を担当していました。30年近くも前のことです。そのときの反省も込めて言えば、マスメディアは検察の代弁者で終わってはいけません。なぜ検察は安倍前首相本人を起訴しないのか、マスメディアは様々に解説していますが、その大方は検察の立場を説明して終わっているように感じます。確かに社会面には、関係地の反応や街の声も取材して紹介しているかもしれませんが、それは本質ではないと思います。
 ジャーナリズムとは、まず問いを立てること、とは、わたしが故原寿雄さんから受けた教えの一つですが、それに習うなら、検察取材も検察の説明のひとつひとつに対して「なぜ」「なぜ」「なぜ」と疑いを持つ、その姿勢が問われるのだと思います。30年近く前のわたし自身はと言えば、検察の見解をしたり顔で解説して仕事をしたつもりになっていました。周囲に「お前の仕事はその程度のことなのか」と問うてくる人もいませんでした。知らずのうちに、発想が検察と同化してしまっていたのだと思います。恥ずべきことだと考えています。
 23日付の東京発行新聞各紙の中で、東京新聞が1面に「秘書の『独断』でいいのか」との見出しの解説記事を掲載しているのを目にして、検察の代弁ばかりではないことに少し希望を感じました。筆者は池田悌一記者。結びの段落は以下の通りです。
 「不記載は秘書の独断だったという趣旨の安倍氏らの説明こそ、真に受けていいのか。真相解明に向けた安倍氏の消極姿勢への疑問も残る。特捜部は最後まで捜査を尽くし、何が真実なのか見極めなければいけない」
 検察の最終的な刑事処分がどうなるか、検察がどんな説明をするのか、マスメディアはどう伝えるのか、注視しようと思います。

 ▽人間の煩悩より多い虚偽答弁
 さて、安倍前首相が不起訴になっても、政治上の責任は別です。前首相が行った虚偽の可能性がある国会答弁は118回に上ることが報じられています。秘書のウソを見抜けず、だまされたまま国会で、人間の煩悩の数よりも多く虚偽の事実を答弁し続けていた、ということだけで、首相はおろか国会議員の適性さえ欠いていることは明らかです。議員辞職に値すると思います。

【追記】2020年12月24日10時50分
 東京地検が24日午前、安倍前首相を不起訴、公設第一秘書を略式起訴とする刑事処分を出しました。社会に対して、どのような説明をするのか、あるいは説明しないのか、注視します。
※共同通信「安倍前首相を不起訴に、特捜部/『桜』公設第1秘書は略式起訴」=2020年12月24日

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【追記】2020年12月24日17時40分
 あれよという間に略式命令まで出ました。罰金100万円の納付で終わりです。
 簡裁の裁判官の判断次第で、正式裁判の選択肢もあったのに、極めて残念です。

 ※共同通信「安倍氏の秘書に罰金100万円/東京簡裁、夕食会費の不記載で」=2020年12月24日

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菅首相は、なぜこんなにも感染リスクに無頓着なのか~「生活感」との大きな乖離、落差

 菅義偉政権が新型コロナウイルスの感染拡大防止のために掲げた「勝負の3週間」は、感染者が日を追って増大する一方のうちに過ぎました。今、明らかになっているのは、対策が後手後手に回っている政権の実状だけではありません。信じがたいほどの、菅首相自身の、あるいは政権与党の感染リスクへの鈍感さ、緊張感の欠如です。

 菅首相は「GoToトラベル」事業を年末年始、全国で一時停止することを表明した12月14日当日、東京都内のホテル宴会場と銀座のステーキ店で、立て続けに会食に出席していました。「勝負の3週間」と意気込んでいたその最終盤、社会に対しては「会食は5人以内で」と要請していたさなかのことです。
 以下は時事通信配信の「首相動静」の関連部分です。

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 ※時事通信「首相動静(12月14日)」
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2020121400137&g=pol

 言っていることと、やっていることの乖離が余りにも大きいことに加えて、ステーキ店では自民党の二階幹事長とも同席するとは、首相や政権党の幹部として、感染防止(自分が感染しないことはもちろん、他人に感染させないことも含めて)への緊張感がまるで感じられません。
 さすがにまずいと思ったのか、菅首相は16日には報道陣の前で「国民の誤解を招くという意味においては真摯に反省している」と述べましたが、国民が何をどう誤解するというのか、分かりません。しかも「反省」を口にした直後に、この日も2件の会食に出席しました。それぞれ出席者は首相を含めて3人、4人だったと伝えられています。「5人以下なので問題はない」ということなのでしょうか。普通に考えれば、1回当たりのリスクは低くても、同じ行為を頻繁に繰り返せばリスクが高まるのは簡単な道理です。さらに、自民党では16日、大人数での会食の中止が続々と決まり、二階、岸田両派は17日に予定していた忘年会をそれぞれ中止した、との報道も目にしました。首相の「反省」がなければ、いずれの会合も開催されていたのかもしれません。緊張感のなさは驚くばかりです。
 ※時事通信「自民、夜会合を続々中止 大人数会食批判を考慮か」=2020年12月16日
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2020121601057&g=pol

 ※共同通信「自民、夜の会食中止相次ぐ 首相への批判念頭か」=2020年12月16日

https://this.kiji.is/711904433039343616?c

 一方では、感染の拡大に一向に歯止めがかからず、東京でも医療提供体制は逼迫の度合いを増しています。緊迫し、疲弊する医療現場と、首相、自民党幹事長、議員たちの緊張感のなさとの落差はとてつもなく大きいように感じます。

 菅首相の「反省」について、17日付の東京発行の新聞各紙朝刊はいずれも総合面からさらにページをめくった政治面での扱い。わずかに東京新聞が総合面(2面)に掲載しました。新聞制作上のニュースバリュー判断としては、「政治」をめぐる話題の一つにとどまるのかもしれません。与党内からも批判がある、と伝える新聞もあります。菅首相は自民党内に確固とした基盤を持っておらず、政権党内のパワーゲームとして見る視点も政治報道にはあるかもしれません。
 わたしがこのニュースに感じるのは、社会一般の人たちの「生活感」との乖離です。その意味で「生活」に極めて身近なニュースだととらえています。菅首相や二階幹事長、自民党の議員たちは、自らの感染リスクについてはあまりに無頓着、鈍感にしか見えません。それはなぜなのでしょうか。まさか根拠なく自分だけは感染しないと考えているのか。仮に感染しても、自分たちのような国家の中枢にいる人間なら、最優先で最高の治療を受けられるはずだ、との思いがどこかにあるのではないか。そうとでも考えない限り、この無頓着さや鈍感さは理解できません。
 医療現場は言うに及ばず、社会には自分が感染することも、自分が他人に感染させることも避けなければと、自制に努めている人が大勢います。それがコロナ禍の下での社会一般の「生活感」だと思います。その生活感の目線で首相や政権党の要人らの立ち居振る舞いを見たとき、一体、この政権に何事かを期待しようという人が、どれぐらいいるだろうかと思います。菅政権は今、信頼失墜の坂を転げ落ちているのではないかと思います。

※追記 2020年12月18日8時50分
 副題「『生活感』との大きな乖離、落差」を追加しました。

内閣支持率の急落と「GoToトラベル」停止~世論が動けば状況は変わる

 歴史的と言ってもいい内閣支持率の急落ぶりではないでしょうか。NHKが12月11~13日に実施した世論調査によると、菅義偉内閣の支持率は前月調査から14ポイント下がって42%でした。毎日新聞と社会調査研究センターが12月12日に実施した調査では、菅内閣の支持率は前月調査から17ポイント減の40%。不支持率はNHK調査では17ポイント増の36%、毎日新聞調査では13ポイント増の49%で、毎日新聞調査では不支持が支持を上回りました。9月の菅内閣発足時の支持率は、NHK調査では62%、毎日新聞調査では64%でした。
 支持率急落の要因は新型コロナウイルス対策、その中でも「GoToトラベル」事業とみていいようです。NHKの調査では「続けるべき」が12%なのに対し、「いったん停止すべき」が79%に上りました。毎日新聞の調査でも「中止すべきだ」が67%でした。1週間前の共同通信の世論調査でも、菅内閣支持率は前月調査から12.7ポイント減の50.3%、不支持率は13.6ポイント増の32.8%でした。
 さすがにこの厳しい世論を無視できなくなったのでしょう。菅首相は14日夕、年末年始期間に「GoToトラベル」事業を全国で一時停止することを表明しました。東京発行の新聞各紙も15日付朝刊はそろって1面トップでした。各紙の総合面には「GoTo転換 世論に押され/後手の政府 支持率も低下」(朝日新聞・時時刻刻)などの見出しが並び、方針の急転換の最大の要因が「世論」だったことを紹介しています。世論が動けば状況は変わる、その実例のように感じます。
 各紙の記事を読んでいて興味深く感じたことがあります。「GoToトラベル」の一時停止は急に決まったらしく、政府から自民党には事前に十分な説明がなかったようです。そのことに、自民党内には「勝手なことをしやがって」と毒づく幹部もいることが、複数の紙面で紹介されていました。毎日新聞によると、このセリフの主は二階派の幹部とのことです。
 二階俊博・自民党幹事長は全国旅行業協会の会長で、「GoToトラベル」事業の恩恵を直接受ける業界の利益代表者です。同時に、安倍晋三前首相の退陣表明後に、いち早く「後継は菅」の流れを作った、いわば菅首相の恩人です。党内に自前の強固な地盤を持たない菅首相が、世論の批判に直面し、恩義のある有力者の不興を買ってまで「GoToトラベル」の一時停止に踏み切らざるを得なかったのだとしたら、菅首相は大変な苦境に立たされているのかもしれません。今後、菅首相が安定的に政権を運営できるのか、先が見通せなくなってきたのではないでしょうか。

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「遂に宣戦布告」79年前の見出し/真珠湾攻撃「死後の選別」に迫った神戸新聞

 太平洋戦争開戦の日の12月8日前後には、新聞各紙にも関連の記事が目につきました。8月の敗戦の日だけでなく、戦争が始まった日のことも語り継ぐことが、戦争体験を風化させず継承していくことにつながるのだと思います。目にした記事の中で、特に印象に残った毎日新聞の記事と神戸新聞の記事を紹介します。いずれもネット上のサイトで読みました。

▼「太平洋戦争開戦当日の大阪毎日新聞夕刊、北九州で見つかる」毎日新聞:12月7日
  https://mainichi.jp/articles/20201207/k00/00m/040/161000c

mainichi.jp

 太平洋戦争開戦を伝える1941年12月8日の毎日新聞夕刊紙面が、北九州市八幡西区で見つかった、との記事です。大阪毎日新聞社西部支社が発行。毎日新聞社に現存している当日の夕刊は3版とのことですが、見つかったのはそれよりも締め切りが遅く、新しいニュースを掲載した6版。特別紙面で通常の倍の4ページ。宣戦布告の昭和天皇の詔書が掲載され、布哇(ハワイ)、比島(フィリピン)、新嘉坡(シンガポール)、マレー半島と、日本軍の作戦地域を見出しで列挙しています。
 わたしは「帝国遂に対米英宣戦布告」の主見出しに「遂に」のひと言が入っていることに目を引かれました。米国と英国は開戦と同時に突然敵国になったわけではなく、その以前から日本の“国益”と衝突する存在でした。日本は我慢を重ねてきたが、とうとうその我慢も限界に達して、やむなく開戦に至ったと言いたかったのであろう、そのニュアンスがとてもよく表現されているように思います。
 このブログの一つ前の記事で、ナチスの大立者の1人、ヘルマン・ゲーリングが残した言葉を紹介しました。国民は戦争を望まないものだが、その国民を戦争に向かわせるのは簡単だ、攻撃されつつあるとあおり、平和主義者のことは愛国心が欠けていると批判すればよい―。1941年12月8日当時の日本は、まさにそうであったのだろうと、この見出しを見ながらあらためて思います。
 わたしは北九州市の生まれで、父の実家も北九州市内でした。1960年生まれのわたしにとって第2次世界大戦は、父母が子どもの頃の、祖父母が壮年の当時の出来事です。父の実家は古くから毎日新聞を購読していました。もしかしたら、祖父母や父が目にしたかもしれない紙面です。そう考えると、日本が戦争をする国であったのは、そんなに昔のことではないと感じます。

▼「真珠湾攻撃で戦死『死後の選別』 太平洋戦争開戦79年」神戸新聞NEXT:12月8日
 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202012/0013922347.shtml

www.kobe-np.co.jp

 太平洋戦争は日本陸軍のマレー半島侵攻、海軍の真珠湾攻撃によって始まりました。真珠湾攻撃では空母6隻から発進した攻撃隊の搭乗員のうち55人が戦死認定を受けています。戦意高揚のため、55人は死後、階級が上がりましたが、49人は2階級特進だったのに6人は1階級の昇進にとどまっていました。記事はその事実を明らかにし、「死後の選別」の理由に迫っています。
 戦史研究の専門家の間でも必ずしも知られていなかった事実であり、これだけでも大変な労作だと思うのですが、神戸新聞はネット専用コンテンツで取材の経緯も詳しく明かしています。息もつかず一気に読みました。

「真珠湾攻撃で戦死、『2階級特進』から漏れた6人の真実 史実追求の先にあったもの」神戸新聞NEXT:12月7日
 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202012/0013921580.shtml

www.kobe-np.co.jp

 筆者は小川晶さん。明らかになった事実の重みもさることながら、新聞のジャーナリズムとはどんなものか、何ができるのかをも伝えていると感じました。長文のリポートですが、一読をお奨めします。ここでは結びの部分を引用します。 

国家のさじ加減一つで、国民の命が駒のように扱われる時代があったこと。20歳の一人の青年が、遠い遠い太平洋の片隅で、家族の誰もが知らないままに命を落としたこと。その死を、家族が「誉れ」と思い込もうとしたこと。新聞が、そんな時代に同調し、あおりさえしていたこと。その全てを含んだうえで、記者として何ができるのだろうか。
 たった1枚だけ残った写真の中で、正面を見据える岩槻國夫さん。その真っすぐな視線が、射抜くように私に突き刺さる。

 

為政者は国民をたやすく戦争に駆り立てることができる~ニーメラー、ゲーリングと今日の日本社会

 今から79年前、1941年の12月8日、日本は米国や英国との「太平洋戦争」に踏み切りました。その以前から中国との戦争が続いていました。それから3年8カ月、最後は自国に加え、アジア諸国にもおびただしい住民の犠牲を生んで、1945年8月に日本の敗戦で戦争は終わりました。戦後しばらくは、戦争の悲惨な体験の共有が日本の社会にありました。しかし、時間の経過とともに、戦争体験の継承が課題として指摘されるようになっています。そうであるなら、8月の敗戦の日と同じく、あるいはそれ以上に、かつての日本が戦争を始めた日のことを忘れないようにしなければ、との思いが年々強まっています。
 ことしは折しも、日本学術会議の会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかった問題が起きている中で、この日を迎えました。広く指摘されているように、戦前は政府が学問に介入し、研究者が大学から追放されたりしていました。自由な研究・教育はできず、戦争の激化につれて科学は兵器開発が最優先となりました。そうした歴史から教訓を得るなら、学問の領域に政治が介入することはあってはならないはずです。
 菅首相は今もって、6人を任命しなかった理由を明らかにしませんが、政権内から漏れ伝わり、報じられていることからすれば、安倍政権当時に安保法制など政府の施策に反対の意見を表明していたことが、その一因であることは否定できないように思います。呼応するように、学術会議が科学の軍事利用を否定した声明を継承していることへの批判が自民党国会議員らから公然と出ています。戦前の歴史に鑑みて、憂慮すべき状況です。

 ここで思い起こすのは、ナチス期のドイツにまつわる二つの言葉です。一つは、ルター派牧師であり反ナチス運動の指導者マルティン・ニーメラーの「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」の警句、もう一つはナチスの大立者の1人、ヘルマン・ゲーリングの「国民はつねに、指導者のいいなりにできる」との言葉です。
 ニーメラーの警句は、以下の通りです(ウイキペディア「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」から)

 ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから
 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
 そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 6人を任命しなかったことに対しては、数多くの学会や研究者団体が抗議声明を発表しています。このニーメラーの警句はそうした声明でも引用されています(例えばイタリア学会の声明)。仮に日本学術会議のありように疑問があったとしても、そのことと、学問の領域に政治が介入することの是非は別の問題です。ここで菅首相による6人の非任命を見過ごしてしまったら、次はどこで同じ事が起こるか分かりません。
 しかし、科学者の世界は、一般の人にはどこか縁遠く感じられるのでしょうか。あるいは、日本学術会議の会員人事は公務員一般の人事と変わりがない、との菅政権の主張はよほど耳障りがいいのでしょうか。11月中に実施された世論調査の結果を見ても、この問題への批判が高まる、という状況ではありませんでした。
 ヒトラー率いるナチスが政権を手にしたのは1933年。以後、ナチスへの反対運動は徹底的に弾圧されました。その一方で、ナチスとヒトラーは国民の熱狂的な支持を得ていました。そして1939年、ドイツのポーランド侵攻で第2次世界大戦が勃発します。
 ヘルマン・ゲーリングが残した言葉とは、以下のような内容です。

 「もちろん、国民は戦争を望みませんよ」ゲーリングが言った。「運がよくてもせいぜい無傷で帰ってくるぐらいしかない戦争に、貧しい農民が命を懸けようなんて思うはずがありません。一般国民は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツでも、同じことです。政策を決めるのはその国の指導者です。……そして国民はつねに、その指導者のいいなりになるよう仕向けられます。国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやり方はどんな国でも有効ですよ」

 戦争を望んでいない国民を戦争に駆り立てるのは簡単だ、「攻撃されかかっている」と言い、平和主義者のことは「愛国心が欠けている」と言えばいい―。この言葉のことをこのブログで最初に紹介したのは約5年前でした。 

news-worker.hatenablog.com

 ゲーリングは第1次大戦ではドイツ空軍のエースパイロット。戦後、ヒトラーの盟友となり、第2次大戦ではドイツ軍国家元帥でした。ニュルンベルグ軍事裁判では、ヒトラー不在の法廷で本来はヒトラーに向けられるべきだった訴追を一身に受け、ナチスドイツの正当性を果断に論じ、絞首刑の判決後は、敵の手にかかるのは屈辱だということか、密かに持ち込んでいたのであろう青酸化合物によって自殺を遂げたとされています。
 ニュルンベルグの獄中にあったゲーリングを、米軍の心理分析官がしばしば訪ねていました。「国民はつねに、指導者のいいなりにできる」との上記の言葉は、この心理分析官との会話の中で発せられた言葉とのことです。心理分析官(グスタフ・ギルバート大尉)は裁判の全被告の独房に立ち入る許可を得ており、被告たちと接したその体験を著書として発表する計画を抱いていました。会話は密室で行われていることもあって、ゲーリングのこの言葉は、心理分析官の創作である可能性も皆無ではないかもしれません。しかし、仮にそうだとしても、政治指導者が「攻撃を受けつつある」とあおり、平和主義者を「愛国心が欠けている」と非難すれば、意のままに国民を戦争に向かわせることができるというこの言説にはリアリティを感じます。79年前の12月8日当時の日本社会がまさにそうだったと思います。

 ナチス時代のドイツではニーメラーが言うように、ナチスに反対する勢力が弾圧されていても、自分には関係がないことと感じる国民は黙っていたのでしょう。その一方では、ゲーリングが言うように、国民は為政者の意のままに、戦争へと駆り立てられていました。
 さて、今日の日本社会です。日本学術会議の会員非任命問題で、ニーメラーの警句が抗議声明などに引用されるほど、ナチス期のドイツに今の日本社会は似ているのだと、多くの人が感じ取っています。加えて、軍事研究を否定する学術会議の方針が批判されている、その背景にあるのは中国や北朝鮮の軍事的脅威の強調です。今や敵基地攻撃能力の保持論まで、政治課題として公然と持ち出されています。まさに「敵から攻撃されかかっている」とのゲーリングの言説の通りです。そして、ヘイトスピーチと表裏一体で、ちまたにはゆがんだ愛国心や「反日」のレッテル張りがあふれています。ネット上に目を向ければ、街頭以上にこうした言説はあふれかえっています。
 このまま、目の前の出来事を見て見ぬふりをしてやり過ごしてしまえば、やがては、わたしたちの社会はいともたやすく戦争へと流されてしまうのではないか。そうならないために、わたしたちは為政者の言動を冷徹に判断し、後で「だまされた」と後悔することがないようにしなければならないと思います。それはこの国の主権者としての責任でもあると考えています。