軍事費大幅増の賛否逆転、増税は反対が圧倒~岸田軍拡への民意の評価は変わり始めている

 今年に入って実施されたNHKと読売新聞の2件の世論調査の結果が報じられています。岸田文雄政権が表明した軍事費の大幅増に対して、読売新聞の調査では賛成43%、反対49%と、反対が賛成を6ポイント上回りました。

■読売新聞 1月13~15日実施
・政府は、日本の防衛力を強化するため、これまでの5年間で総額約27兆5000億円だった防衛費を、今後5年間で総額43兆円に増やすことを決めました。このことに、賛成ですか、反対ですか。
賛成 43%
反対 49%

 昨年12月の読売新聞の調査では、ほぼ同じ質問(金額の表記が「今後5年間で総額40兆円を超える規模まで増やす方向です」でした)で賛成51%、反対42%でした。さらに1カ月さかのぼった昨年11月の調査では「あなたは、今後、日本が防衛力を強化することに、賛成ですか、反対ですか」との質問に賛成が68%、反対は23%と大差が付いていました。ほぼ同じ質問の前回調査との比較で、賛成は8ポイント減、反対は7ポイント増。賛成が反対を9ポイント上回っていたのが、今回は反対が賛成を6ポイント上回りました。ここにきて、賛否は逆転したと言っていいように思います。

 軍事費の大幅増を巡ってもう一点、その財源を増税で賄うとの方針に対しての賛否を読売新聞、NHKの両調査とも問うています。結果は、反対が6割に上っているのに対し、賛成は3割に達していません。両調査ともに反対が賛成を圧倒しています。

■読売新聞 1月13~15日実施
・政府は、防衛費を増やすための財源として、法人税、所得税、たばこ税の3つを段階的に増税し、2027年度に1兆円強を確保する方針です。この方針に、賛成ですか、反対ですか。
賛成 28%
反対 63%

■NHK 1月7~9日実施
・増額する防衛費の財源を確保するため、増税を実施する政府の方針に対する賛否
賛成 28%
反対 61%

 岸田内閣の支持率は、上向きに転じる気配はありません。

■読売新聞 支持 39%(前回と同じ)
      不支持47%(前回比5ポイント減)
■NHK  支持 33%(前回比3ポイント減)
      不支持45%(前回比1ポイント減)

 ロシアのウクライナ侵攻はやまず、北朝鮮のミサイル発射は続き、中国が台湾問題で強硬姿勢を崩さない中で、岸田政権の大幅な軍備拡大方針に対し、いったんは賛成が反対を上回ったものの、財源を始めとしてその実態が明らかになるにつれて、民意は冷静になってきているー。世論調査の結果から読み取れるのは、このような民意ではないかと思います。民意がどう動くのか、後続の調査の結果を待ちたいと思います。

 軍事費の大幅増に対する賛否の調査結果を伝える読売新聞の報道で気になることがあります。16日付朝刊1面に掲載された本記では、過去の調査結果には触れずに「今後5年間の防衛費を総額43兆円に増やすことについては『反対』49%と『賛成』43%で分かれた」とだけ書いています。総合面の関連記事(見出しは「防衛増税『反対』63%」)でも、一言だけ「防衛力強化については、昨年11月の調査で『賛成』が68%に上っていた」と触れてはいます。本記と読み合わせて考えてみれば「賛否逆転」になったことは分かるのですが、そうと明記はしていません。
 これらの表記の限りでは間違いはありません。あるいは「逆転」とは言っても反対は過半数に届いておらず、慎重な表現にとどめたのかもしれません。それならそれでいいと思います。ただし、読売新聞が社論として岸田政権の軍拡方針を支持していることを考え合わせると、有事とマスメディアの関係の観点からは、こうした伝え方には軽視できない論点があるように思います。うがった見方かもしれませんが、世論調査で示された民意が、自社の社論にそぐわなければ小さく扱う、というような思惑が働いているとすれば、結果として報道が政権を利することにもなりかねません。
 以前からこのブログで書いているように、岸田政権が「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と無理な呼び替えを押し通していることには、かつての日本軍が「撤退」を「転進」と、「全滅」を「玉砕」と呼んだことに通じるごまかしがあります。その先に想起せざるを得ないのは、戦時に虚偽で固められた報道一色になっていったかつての大本営発表報道です。読売新聞の今後の世論調査と、その結果の報道を注視しようと思います。

「地域」に立脚した確固とした視点~ブロック紙・地方紙39紙の年頭の社説、論説を読む

 非常勤講師を務める大学で先日、今年最初の授業がありました。手元にあった東京発行の新聞各紙の元日付け紙面を教室に持ち込み、それぞれの特徴などを解説しました。ロシアのウクライナ侵攻が続く中での新年であり、各紙の紙面を通じたキーワードが「戦争」「平和」「民主主義」であること、昨年の紙面と比べても重い雰囲気を感じることなど、このブログの記事で書いた通りのことを話しました。
 地方紙については、個々の紙面を紹介するのは数も多くて難しいため、年頭の社説、論説に絞りました。ふだんこのブログで地方紙の社説、論告を紹介する場合は、ネット上の各紙のサイトで公開されているものが中心なのですが、今回はブロック紙、県紙の紙面を網羅的に当たって、計39紙分を集めました。それぞれの見出しと、どういったことに触れているか、キーワードを書きとめて一覧にした資料を作成しました。その一覧は後掲します。
 ほとんどの社説、論説が、やはりロシアのウクライナ侵攻に何らかの形で言及しています。ほかに目立ったのは、コロナ禍、中国・台湾情勢や北朝鮮のミサイル発射、それに対抗する岸田文雄政権の軍事費増と敵基地攻撃能力の保有、原子力発電への回帰、国会での議論も経ずにそれらの政策を掲げる岸田政権への批判・疑問などです。ことし、統一地方選が予定されていることもあって、民主主義に触れている社説、論説も目につきました。「戦争」「平和」という大きなテーマであっても、「地域」に立脚したそれぞれの確固とした視点が感じられる社説、論説は、読みごたえがありました。
 印象に残ったいくつかの社説、論説は、本文の内容も引用しながら紹介しました。一部を挙げると、以下の通りです。

▽秋田魁新報「新年を迎えて 本物の安心醸成しよう」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20230101AK0009/
 国民を守るというのなら、軍事力に頼るだけでなく、食料自給まで視野に入れることが必要だと説き、以下のように指摘しています。地域から世界情勢を展望する視点を感じました。

 21年度の日本の食料自給率はカロリーベースで38%と低水準が続く。農業従事者は減少の一途だ。いざというときの食料確保は暮らしの安全の基本。自給率向上に本腰を入れたい。農業県である本県はその向上に寄与できよう。

 エネルギーについても、政府の原発政策転換を疑問として、以下のように結んでいます。

 能代港湾区域内で昨年末、国内初となる大規模な洋上風力発電所の商業運転がスタート。秋田港でも今月中に運転が始まる見込みだ。洋上風力の一大拠点へ第一歩を踏み出した本県が再生エネ生産を後押しする。

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から12年。福島の地元紙2紙はそれぞれに、政府への疑問、ないしは注文を書いています。

▽福島民報「【2023年を迎えて】国の針路見定めたい」
https://www.minpo.jp/news/moredetail/20230101103709

 かつてない世界の政情不安を受けた軍備増強は、戦後国家の大転換に通じる。エネルギー供給については、東京電力福島第1原発事故からの復興に向けた課題が山積し、使用済み核燃料の行き場もない中で、原発回帰の流れが政府主導で加速している。
 根本的な課題を積み残したまま、内外の動きに乗じて国の根幹に関わる判断が国民不在でなされていると思えてならない。増税による防衛費の財源確保を巡り、国民の信を問う局面も想定される。次世代に責任の持てる方向に進んでいくのか。主権者としての自覚も高め、見定めていく一年にしたい。

▽福島民友新聞「新年を迎えて/自ら未来を創りだす気概を」
https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20230101-749754.php

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から丸12年となる。昨年、全町避難が続いていた双葉町でようやく避難指示が一部解除された。住民が避難を余儀なくされた地域などでは、帰還や復興を進めるための試行錯誤が続く。国と県、自治体は、住民らの挑戦を後押しし、成果を上げてほしい。

 政府と東電は春以降、放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出の開始を計画していることに対しても、以下のように指摘しています。

 最も懸念されているのは風評である。この12年間で県民は風評の怖さ、根深さを身に染みて感じ、少しずつ克服してきた。国や東電は県民が培った経験や知見を生かし、痛みをわが事として風評防止の成果を示さなければならない。

 新潟日報は、「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録を目指す動きに関連して、歴史認識に触れています。

▽新潟日報「2023年を迎えて 局面打開へと飛躍したい」/新潟の魅力売り込め/生活者本位の政策を
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/158068

 背景には、戦時中に朝鮮人が鉱山で強制労働をさせられていたとして、韓国が登録に反発していることがある。
 戦後78年になろうとも歴史認識の溝が埋まらない。侵略された側には消えない痛みがあることを肝に銘じたい。
 政府は県や佐渡市と情報を共有しながら、もつれた糸をほぐすように課題を一つずつ、丁寧に解決していくしかない。

 韓国に対しては、ネット空間などでは時に憎悪の感情がむき出しに語られ、リアル社会でも在日コリアンの人たちへのヘイトクライムが後を絶ちません。私見ですが、日韓両国の間に、外交上の利害の相違があるとしても、侵略の歴史を踏まえるなら、加害の歴史を持つ側が居丈高に臨むのは控えた方がいいのではないかと思います。

 在京紙も含めた各紙の社説、論説の中でも、特に印象に残った一つは、被爆地であり、ことしG7の首脳会合が開催される広島の中国新聞の社説です。

▽中国新聞「展望’23/核なき世界 広島の訴え、さらに強く」/全人類を危機に/常にリスク存在/サミット生かせ
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/255467

 人間は間違いやすく、機械は故障する。薄氷の上に載った核抑止論は神話といえよう。仮に安全や平和が得られたとしても、つかの間に過ぎない。「核のボタン」を持つ指導者が理性を失うことも、あり得るし、今まさに起きていることかもしれない。揺るがぬ平和を築くには、どんなに困難でも、核兵器をなくすしかないのだ。

 核の抑止の危うさを指摘しています。ロシアのプーチン大統領が、核兵器を抑止ではなく威迫に使っていることだけでも、もはや核抑止論は機能していないことが明白になっているのではないかと思います。続いて中国新聞の社説は5月の広島サミットの意義を以下のように指摘しています。

 参加する先進7カ国のうち、米国、英国、フランスは核保有国だ。英仏首脳の被爆地訪問は初めてとなる。
 広島に来る以上、被爆証言を聞き原爆資料館を見学して、核兵器が人間や街に何をもたらすのか、知ってもらうことが必要だ。その上で、核廃絶に向けた道筋や具体的な行動を保有国に考えてもらうきっかけにすべきである。
 そうしなければ、広島開催の意義は失われる。単なる「貸座敷」にされることは許されない。政府の責任は重い。

 最後の「政府の責任は重い」の一言は、広島選出の岸田総理へ向けたものでしょう。まさに被爆地広島を「貸座敷」にして済ますことは許されないと思います。
 戦争、平和、そして民主主義を考える上で、目を向けるべきは沖縄の新聞の訴えです。昨年は日本復帰から50年の年でしたが、過重な基地負担は変わらないままです。岸田政権の軍拡によって、その負担はさらに高まることが予想される中で、沖縄タイムス、琉球新報はそれぞれ「平和の文化」と「自己決定権」を強調しています。

▽沖縄タイムス「[危機の時代に]もっと『平和の文化』を」
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1082269

 衆議院が本会議で復帰50年に関する決議案を賛成多数で可決したのは、昨年4月28日のことである。「平和創造の拠点としての沖縄をつくる」ことが決議案の表題に盛り込まれている。
 私たちは「平和創造の拠点としての沖縄をつくる」ことを歓迎する。けれども、それがどのような内容のものか、具体的なことは書かれていない。
 沖縄をミサイル要塞(ようさい)化し、日米の統合抑止力を強化することと、平和創造の拠点をつくることの間には、越えられない溝がある。明らかな矛盾というしかない。
  (中略)
 敵味方の別なく沖縄戦で亡くなった人たちの名を刻む「平和の礎」。そこには二度と戦争を起こしてはならないという沖縄の人々の祈念が刻み込まれている。
 昨年6月、市民グループが礎に刻まれた戦没者全員の名前を読み上げる取り組みを行った。そうやって一人一人のかけがえのない命、戦場で失われてしまった命に触れているのである。
 そのようなことの積み重ねを通して、沖縄に「平和の文化」を根付かせたい。
 私たちは今年を「非戦・平和創造元年」と位置付け、紙面を通して戦争を回避するための機運づくりを進めていきたい。

▽琉球新報「新年を迎えて 沖縄の独自性発揮しよう」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1640685.html

 沖縄で増大するのは、演習・訓練激化による騒音や事故など平時の負担だけではない。有事が起きれば、基地があるため攻撃される恐れが大きい。命に直結する負担は飛躍的に増す。県民や県はこの事態に向き合わねばならない。県民の多くが昨年の復帰50年で、沖縄の変わらない基地負担を再認識し、軍事力によらない「真の平和」への誓いを新たにしたはずだ。
 増大する負担にどう対抗するか。鍵は「人間の安全保障」と「自己決定権」だと考える。武力による安全保障ではなく、貧困や差別の解消、気候変動問題の解決や軍縮を図る「人間の安全保障」は一層追求されるべきだ。沖縄はその発信拠点にふさわしい。軍事の要石ではなく平和の要石となれるよう「命どぅ宝」の思想を誇りに声を上げていこう。そのためにも自分たちの未来は自分たちで決めるという自己決定権が大切になる。

 年頭の社説ではないのですが、1月5日付の信濃毎日新聞の社説も授業で紹介しました。その最後の部分を書きとめておきます。全文は同紙のサイトで読むことができます。日本の歴史を踏まえて、社会に軍事的な発想が増大してきたときに、マスメディアの報道はどうあればいいのかを深く問うています。今なおマスメディアで働く一人として、この論旨に同意します。

▽信濃毎日新聞1月5日付「国防と報道 『非常時』の歴史に学ぶ」/世論誘導の懸念/メディアの立ち位置/踏みとどまる力を
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2023010500105

 戦前の新聞は「非常時」に直面して変質した。ただ、その場面にいた新聞社や読者は、引き返せぬルビコン川をいつ渡ったのかさえ気づかなかっただろう。
 今、安保情勢の変化を理由に他国を攻撃できる武器を積み上げる抑止論を「専門家」が声高に叫んでいる。それは人が常に理性的な計算で行動するという幻想に基づく。説明のつかない偶然、判断、行動は起こり得る。
 予測を超えた事態が起きて、メディアも国民も川を渡らずに踏みとどまれるか。権力による誘導やウソを見抜き、圧力に流されず、はね返す報道の力が試される。平時に養ってこそ、非常時に生きる力だと肝に銘じたい。

【写真】授業で使ったスライドの一部

 以下に、ブロック紙・地方紙39紙の年頭の社説の見出しを列挙します。【】の中は言及されている主なキーワードですが、各紙を通じて統一の基準で書き出しているわけではありません。各紙のサイトで全文が読めるものは、リンクを張っています。

■北海道新聞「価値の揺らぎに① 人の命の尊さ共有したい」/平和踏みにじる横暴/針路誤ってはならぬ/国民の生存権保障を【ウクライナ、安部元首相銃撃、安保3文書、原発、コロナ】
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/782725/?rct=c_editorial
■河北新報(仙台市)「高揚感なき新年 難局打開へ危機感の共有を」【ウクライナ、少子化、防衛費増、中国、コロナ、原発・エネルギー】
■東奥日報(青森市、3日付)「2023政治展望 岸田政権の真価問われる」【防衛費増・反撃能力保有、原発回帰、次期衆院選、知事選、統一地方選】
■デーリー東北(青森県八戸市)「新年を迎えて 復活を実感できる一年に」【コロナ、選挙イヤー、防衛費増額、ウクライナ、円安、新ブランド米】
■秋田魁新報「新年を迎えて 本物の安心醸成しよう」【ウクライナ、反撃能力保有・防衛費増、G7、国連、物価高、食料自給、エネルギー、少子化、コロナ】
https://www.sakigake.jp/news/article/20230101AK0009/
■山形新聞「本県、新時代を見据えて 豊かな地域へDX活用」【ウクライナ、コロナ、DX活用、統一地方選】
https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20230101.inc
■岩手日報「結ぶ まちづくり 『風、土、水』が手携えて」【まちづくり】
■福島民報「【2023年を迎えて】国の針路見定めたい」【コロナ、物価高、軍備増強、原発回帰】
https://www.minpo.jp/news/moredetail/20230101103709
■福島民友新聞「新年を迎えて/自ら未来を創りだす気概を」【ウクライナ、エネルギー、物価高、コロナ、東電福島第1原発事故、県人口減、子ども家庭庁、処理水海洋放出】
https://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20230101-749754.php
■茨城新聞「2023年の幕開け 幸福に過ごせる一年に」【コロナ、ウクライナ、貧困、統一地方選、処理水海洋放出、G7】
■上毛新聞(前橋市)「混迷の時代に 前を向く上州人の本領」/戦争を映すSNS/変わらぬ郷土の姿【ウクライナ、物価高、コロナ、人口減少、郷土】
■神奈川新聞(3日付)「展望 国政 真価問われる『聞く力』」【元首相国葬、旧統一教会、閣僚更迭、防衛力強化、原発政策、「専制政治と変わらない」】
■山梨日日新聞(3日付)「新年を迎えて 平和への再構築を貫け」【ウクライナ、北朝鮮ミサイル、安保理・非常任理事国、安保政策の大転換、石橋湛山没後50年、知事選・甲府市長選・統一地方選、コロナ】
■信濃毎日新聞(長野市)「和平の明かり 国際社会はともせるか」/深刻化する被害/停戦遠のいたまま/協調路線へ回帰を【ウクライナ】
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022123100415
■新潟日報「2023年を迎えて 局面打開へと飛躍したい」/新潟の魅力売り込め/生活者本位の政策を【ウクライナ、コロナ、円安・訪日観光客、G7蔵相会合、新潟ブランド、世界文化遺産・佐渡金山・歴史認識、安保・原発政策転換、金融政策、少子化対策】
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/158068
■中日新聞・東京新聞「年のはじめに考える 我らに『視点』を与えよ」/大晦日と元日=昨日と今日/他者の「pov」を持つ男/今年は「違い」を楽しむぞ【ポイント・オブ・ビュー=視点、ウクライナ、ミャンマー】
https://www.chunichi.co.jp/article/610726?rct=editorial
■静岡新聞「年の初めに 対話して未来を開こう」【コロナ、防衛予算増・欧州情勢、憲法審査会、経済低迷】
■岐阜新聞「新年を迎えて 後退しない歴史を刻もう」【ウクライナ、ロシア、コロナ】
■北日本新聞(富山市)「新年に寄せて もう少し寛容になろう」【注文に時間がかかるカフェ、SNS・誹謗中傷、AC・寛容ラップ】
■北國新聞(金沢市)「創刊130年に 加賀前田家の役割担いたい」/桃山文化の香りまとう/石川の低迷期に産声【創刊130年、郷土、前田利家・まつ】
■福井新聞「2023年展望 国の行く末 確かなものに」/G7議長として/大転換論戦へ/子ども予算の行方【コロナ、ウクライナ、G7、防衛費増・反撃能力・増税、原発回帰、少子化対策、】
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1699449
■京都新聞「新しい年に この地に足をつけて、歩もう」/分断世界、国も経済も/幸福のローカリズム/言葉と協力を武器に【ウクライナ、防衛費増・反撃能力、ローカリズム】
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/949264
■神戸新聞「創造的過疎という希望/未来のために今できることを」/昆虫食で起こす循環/多様性を受け入れる【昆虫食、過疎】
https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202301/0015933716.shtml
■山陽新聞「世界危機の中で 地元での循環を高めよう」/エネルギーの森/生ごみを資源に/地域ファースト【コロナ、ウクライナ、エネルギー、バイオ堆肥、地元産品】
https://www.sanyonews.jp/article/1347610?rct=shasetsu
■中国新聞「展望’23/核なき世界 広島の訴え、さらに強く」/全人類を危機に/常にリスク存在/サミット生かせ【ウクライナ、ミャンマー、中国、北朝鮮、防衛力増強・敵基地攻撃能力、核兵器、広島サミット】
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/255467
■日本海新聞「2023年スタート コロナ禍を乗り越えよう」/インバウンドの再開/新しいまちづくり【コロナ、まちづくり、統一地方選】
■山陰中央新報「指揮官の采配 戦術磨き地域活性化を」【W杯、岸田政権、元首相国葬、原発、防衛費増、島根・鳥取知事選】
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/320275
■徳島新聞「新年を迎えて 足元の民主主義 再生を 統一選で主権行使しよう」/権威主義のひずみ/本県でも傷広がる【戦後77年、民主主義、元首相国葬、反撃能力、原発、コロナ、権威主義、ウクライナ、情報公開、統一地方選】
■愛媛新聞「愛媛県政150年 人口減に見合う社会をどう築く」【人口減、移住、男女平等】
■高知新聞「【年初に 展望】平和の在り方考える年に」【ウクライナ、防衛費増・反撃能力、原発政策、物価高】
https://www.kochinews.co.jp/article/detail/619467
■西日本新聞「新年に考える 日本社会の『神話』見直せ」/物差しは豊かさのみ/自己責任論を超えて【コロナ、ウクライナ、豊かさ、自己責任論】
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1035605/
■大分合同新聞「未来へ跳ねる 大きな夢へ種まきをしよう」【コロナ、宇宙開発、デジタル化、統一地方選】
■宮崎日日新聞「新しい地域像へ 確かな信頼築き平和と安定を」/「人と和す」行動重要【ウクライナ、コロナ、少子高齢化】
https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_68534.html
■佐賀新聞「2023年を迎えて 世論を形成する一人に」【ウクライナ、北朝鮮ミサイル、反撃能力・防衛費増・増税、原発、西九州新幹線、県立大学新設】
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/970353
■長崎新聞「新年を迎えて 国の進路を見定める年に」【ウクライナ、遠藤周作、防衛力強化・反撃能力、9条・平和主義、シーボルト、G7保健相会議】
■熊本日日新聞「新しい年を迎えて その先に何を掲げるのか」/維新は「緊急避難」/「国際道義」の抑止/「世界の世話やき」【横井小楠、富国、強兵、ウクライナ・北朝鮮・軍拡】
■南日本新聞「[日本の針路] 若者とともに考えよう」/努力が報われない/記憶と教訓どこへ【コロナ、親ガチャ、ヤングケアラー、地球温暖化、原発回帰、東電福島第1原発事故12年、反撃能力、馬毛島、原発回帰】
https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=168483
■沖縄タイムス「[危機の時代に]もっと『平和の文化』を」【コロナ、ウクライナ、反撃能力・南西諸島ミサイル配備、復帰50年の沖縄、憲法・「平和の礎」】
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1082269
■琉球新報「新年を迎えて 沖縄の独自性発揮しよう」【コロナ、観光、経済立て直し、反撃能力・基地負担増、復帰50年、平和、人間の安全保障、自己決定権】
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1640685.html

 

 久しぶりに足を運んだキャンパスは、すっかり冬景色でした。

「戦争」「平和」「民主主義」~在京各紙の元日付紙面

 近年、東京発行の新聞各紙の元日付朝刊1面トップには、その1年を展望する大きなテーマを取り上げた企画記事の初回を据える傾向が定着しています。ことしも各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京6紙)のうち、読売以外の5紙は企画記事でした。ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で迎えた新年です。国際社会がこの戦争を止めることができず、ロシアと同じように強権国家とされる中国や北朝鮮の軍事力拡大が喧伝されている折であってか、各紙の1面で目立つキーワードは「戦争」「平和」、そして「民主主義」です。「民主主義」を「強権政治」の対置用語ととらえるなら、各紙の紙面はやはり今という時代をよく表しているように感じます。
 読売新聞の1面トップは、北朝鮮のミサイル発射を即座に探知して、その情報を共有するために、米国を仲立ちに日本と韓国のレーダー情報を共有する方向で日韓両政府が検討を始めた、との独自ダネです。素人のうがった見方かもしれませんが、日韓両国だけではなく、米国が関与して、というところに意味があるように思います。日本の軍事力が上がることは、米国の負担軽減につながります。日本が敵基地攻撃能力を保有することも同じ構造の中でのことと考えれば、何かにつけ実行力が疑われる岸田文雄首相が、なぜ軍拡には敢然と突き進むのか、分かるような気がします。

 企画記事の5紙も、朝日、毎日、日経はそれぞれにウクライナ侵攻や台湾情勢を絡め、産経、東京は、それぞれの趣はかなり異なるものの、テーマは「民主主義」で同じです。この中では、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさん(74歳)にインタビューした朝日新聞の記事が、もっとも印象に残りました。第2次大戦の独ソ戦に従軍した旧ソ連の女性兵士への取材を重ねた「戦争は女の顔をしていない」の作者です。インタビューの詳報は2面に掲載されています。以下の言葉が、特に印象に残ります。

大事なのは、どんな独裁者も、時を止められないということです。どんなファシズムも、時を止めることはできない。彼らは勝てないでしょう。ただ、それまでにとても長い時間がかかるかもしれません。

 アレクシエービッチさんのインタビューは、紙面では元日付の1回だけのようですが、デジタル判の有料コンテンツとしては元日の初回に続き、2日、3日と全3回に分けての公開です。紙面と同じ内容ではなく、ボリューム、つまり情報量ではデジタル版が圧倒しています。新聞社のデジタル展開とはこういうことなのだろうと思いますが、一方で、情報の拡散力、伝播力という観点では、回し読みができ、図書館に足を運べばすぐに読める紙面はそれなりに優れた媒体であるとも感じます。あらためてそんなことも考える記事でした。

※ちょうど「戦争は女の顔をしていない」を読み進めているところです

 元日付の各紙の社説、論説も、「戦争」「平和」「民主主義」のキーワードが目につきます。
 目を引くのは、「年のはじめに 『国を守る日本』へ進もう」の見出しを論説委員長の署名入りで1面に掲載した産経新聞です。岸田政権の軍拡路線に対して、これでも足りないと言わんばかりに、中朝両国がロシアの非人道的な戦術を有事に真似ない保証はないとして、地下シェルター整備が急務だと説き、中朝露が核戦力増強に走っているとして、国民を守る核抑止態勢強化の具体策の取り組みを求めています。
 読売新聞も岸田政権の軍拡路線を支持している点は産経新聞と同じですが、外交や国際世論など、軍事以外の要因にも相当の記述を充てていて、それなりに緻密な論考との印象を持ちました。

 以下に、6紙の1面の記事の扱い(丸数字は順位です)と見出し、社説、論説の見出しを書きとめておきます。

■朝日新聞
▽1面
①【企画:灯 ともしび わたしのよりどころ】「誰もが孤独の時代 人間性失わないで/ノーベル賞作家 アレクシエービッチさん」=2面にインタビュー詳報
②「皇室ネット発信強化へ/活動内容手厚く『中傷』減らす狙い/HP刷新検討」
※ほかに「朝日賞4氏に決まる」の社告
▽社説「空襲と警報の街から 戦争を止める英知いまこそ」/不戦の理想 結実せず/無力感超えた構想を

■毎日新聞
▽1面
①【企画:「平和国家」はどこへ1】「日台に軍事連絡ルート/水面下で構築 現場同士通話/中国の台湾侵攻に備え」=3面に続く
②「卯年生まれ 997万人/18歳新成人 最小112万人」
③「『早く平和になって』/ウクライナ避難民 日本で年越し」
▽社説「探る23 危機下の民主主義 再生へ市民の力集めたい」/進行する「内なる専制」/地方の取り組みに期待

■読売新聞
▽1面
①「日韓レーダーを接続/北ミサイル 探知、即時共有へ/米を経由、迎撃能力向上」/「北、弾道ミサイル3発」
②「技能実習 派遣機関調査へ/厚労省各国で 来日前に多額借金」
③「初詣で にぎわい 浅草寺」
▽社説「平和な世界構築へ先頭に立て 防衛、外交、道義の力を高めよう」/独裁者の暴走を防げ/「備える力」が必要だ/国際世論は無力でない/途上国とのパイプ役に/政治の信頼が国力の礎

■日経新聞
▽1面
①【企画:Next World 分断の先に1】「グローバル化 止まらない/世界つなぐ『フェアネス』/企業・人 複眼で見極め」
②「日立37万人ジョブ型に/全グループで 海外から登用しやすく」
③「中国景況 低迷続く/12月も『50』割れ 感染拡大が打撃」
▽社説「分断を越える一歩を踏み出そう」/「2つの罠」のリスク/政治に変化の芽も

■産経新聞
▽1面
①【企画:民主主義の形 第1部 試される価値1】「民主主義守る闘いは続く/米議会襲撃で警官が得た『教訓』」=2、3面に続く
②「年のはじめに 『国を守る日本』へ進もう」/世論は防衛強化を支持/「シェルター」担当相を 榊原智・論説委員長
③「露攻撃か キーウで爆発/朝日新聞カメラマン負傷 ウクライナ」

■東京新聞
▽1面
①【企画:まちかどの民主主義1 協同労働】「話し合いを あきらめない/みんなが社長 みんなが従業員」=2面に続く
②「東京、小学生数が減少へ/23年、都推計 今後10年で18%減」
▽社説「我らに『視点』を与えよ 年のはじめに考える」/大晦日と元日=昨日と今日/他者の「pov」を持つ男/今年は「違い」を楽しむぞ

 昨年の元日付紙面と比べれば、ことしの雰囲気の重さのようなものが分かるのではないかと思います。

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「ニュース離れ」と組織ジャーナリズムの持続可能性

 新しい年、2023年になりました。
 昨年、英国のロイタージャーナリズム研究所が公表した「デジタルニュースリポート2022」が、ニュースそのものに触れることを意図的に避けようとする人たちが世界的に増加しているとの分析を示し、メディア関係者の間で話題になりました。「選択的ニュース回避」(selective News Avoidance)と呼ぶのだそうです。
 日本の状況を分析したNHK放送文化研究所のリポートによると、こうした層は2017年から2022年の5年間で、ブラジルでは27%から54%に、英国でも24%から46%と倍増。日本では、絶対数としては多くないものの、2017年の6%から2022年の14%と倍になりました。ニュースを避ける理由としては、「政治や新型コロナなどのテーマが多すぎる」と答える人が27%で最も多く、次いで、「信頼できない、偏向している」が18%、「気分に悪影響がある」と「時間がない」と答えた人はそれぞれ17%。またニュースを理解するのが難しいとの答えも8%あったとのことです。
 ※ロイタージャーナリズム研究所『デジタルニュースリポート』2022 
  世界で“ニュースへの信頼”低下 日本では信頼は上昇するも関心は低下
 https://www.nhk.or.jp/bunken/research/oversea/pdf/20220615_1.pdf

 日本では若い世代ほど新聞を読む習慣がない「新聞離れ」が指摘されて久しいのですが、事態はそれにとどまらないようです。「ニュース離れ」とも呼ぶべき状況がこのまま進んでいくと、社会で何が起きているか、何が問題になっているかについて、情報が共有されなくなります。だれにも関係がある重要な問題なのに社会的な議論が成り立たない状況に陥れば、民主主義の危機です。
 発行部数の減少が続く日本の新聞社にとって、デジタル展開は経営上の喫緊の課題ですが、ニュースがどう社会に受容されるかは、新聞社の経営だけではなく、社会のありようにもかかわる問題です。

 マスメディアの組織ジャーナリズムの将来に関連して、最近、もう一つ気付いたことがあります。どうやら、新聞社や通信社、放送局に入って記者として働きたい、という人が減っているようです。客観的な公開データはなかなか見当たらないのですが、わたし自身がこの1年ほど、大学で非常勤講師を務めたり、メディア志望の就職活動中の学生と接したりする中で間違いないと感じていることです。もともと志望者の減少は指摘されていましたが、この数年で「激減」ではないかと思います。
 考えてみれば、当たり前のことかもしれません。新聞を読む習慣がない人にとっては、日々の紙面がどんな風に作られているのか、そこに載っている記事の1本1本がどのような取材を経て、だれが書いているのかは、そもそも関心がないでしょう。スマホの画面上に映し出されるニュースも、アプリのデータとして次から次に消費されていけば、あたかもAI(人工知能)の作成のようで、そこに生身の記者の息吹を感じ取ることは難しいように思います。
 まして、「新聞離れ」はおろか「ニュース離れ」がこの先も進んでいくのだとすれば、組織ジャーナリズムも、それを支える「記者」という仕事も、存在感はどんどん薄れていくのは必然的なことのようにも思います。
 しかし、記者の仕事を志望する人がゼロになったわけではありません。むしろ、ジャーナリズムやマスメディアについてきちんと勉強し、記者として働きたいモチベーションを確固として持っている人が、相対的には目立つようになっているようにも感じます。そうした人たちを見出し、受け入れ、育てていくことが、組織ジャーナリズムの持続可能性には必要であり、重要なのだろうと思います。
 わたしの立場でできることとして、今年は職業としての「記者」、仕事としての組織ジャーナリズムについて、わたし自身の経験も踏まえながら、このブログで少しずつでも書いていきたいと思います。

 本年も、よろしくお願いいたします。

小林多喜二の拷問死から90年、その今日的な意味~容易ならざる時代と向き合う覚悟

 今年7月に書きかけて、どうにも進まずそのままになっていた記事がありました。今年最後の記事として、書き上げることにしました。

 今年6月に休みを取って札幌に行く機会がありました。最終日の帰京の飛行機を夜の最終便にして、小樽まで足を延ばし、「蟹工船」などのプロレタリア作家として知られる小林多喜二の墓所を訪ねました。まもなく死から90年です。
 1933(昭和8)年2月20日、共産党員であり地下活動中だった多喜二は東京で特別高等警察(特高警察)に捕まり、警視庁の築地警察署に連行された後、変調を来し、病院で死亡しました。29歳でした。遺族の元に戻った遺体は全身が異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていたとされます。警察で拷問を受け死に至ったことは、疑いのない事実となっています。
 その2年前の満州事変を機に、国際的に孤立を深めた日本が国際連盟を脱退したのは、多喜二の死の翌月、3月27日でした。ドイツでナチスが政権を獲得し、ヒトラーが首相に就いたのはこの年の1月。後年、戦時社会の思想統制に猛威を振るった治安維持法は、既に1925年に制定されていました。政治警察、思想警察である特別高等警察が最初に警視庁に設置されたのはさらに古く1911年。1928年には全国の警察に置かれていました。
 1933年当時の日本は、その後の無謀な世界大戦にはまだ時間があり、社会一般の人たちには平和な日常風景が広がっていました。しかし、目を凝らし、耳を澄ませば、戦争に至る変化は社会のあちこちにあったのでしょう。戦前も拷問は禁止されていました。にもかかわらず、多くの証言が残っているように、特高警察では拷問が繰り返されていました。部内で「こういう連中には何をしてもいい」との考えが支配的だったのだろうと考えざるを得ません。

【写真:小樽市立小樽文学館の小林多喜二の展示コーナー】
 多喜二の拷問死に引き寄せて思うのは、この10年ほどで深まった日本社会の分断です。象徴的なのは、2017年の東京都議選で、東京・秋葉原で街頭演説に立った当時の安倍晋三首相のひと言です。政権批判の声を挙げた聴衆に向かって「こんな人たちに私たちは負けるわけにはいかない」と言い放ちました。
 「こんな人たち」と「私たち」を対置して、自分を批判する人たちを明確に敵と位置付けました。首相であれば、仮に自らを批判する人であっても、国民として、あるいは社会の一員として守らなければならないはずです。「こんな人たち」を「私たち」と分断して敵視するその発想は、多喜二を死に至らしめた特高警察の発想と重なるのではないか。自らを批判する人たちを「敵」とみなした安倍政権、それを継承した菅義偉政権の時代を通じて深まった社会の分断を、どう埋めて行けばいいのか。多喜二の非業の死から10年余りで、日本は無謀な戦争の末に国家の破局に至りました。現代のわたしたちの社会には、どんな未来が待っているのか…。そんなことを考えているうちに、小林多喜二の墓に行ってみたい、という思いにかられました。

 そして小樽を訪ね、東京に戻り、考えを整理しながらここまでこの記事を書き進めていたさなかの7月8日、安倍晋三元首相が銃撃され死亡しました。社会の分断と亀裂を深めた安倍元首相自身が、非業の死を遂げました。銃撃した容疑者の男の供述を発端に、旧統一教会と安倍元首相のつながりの深さ、さらには教団と自民党との関係の深さが取り沙汰されるに至っています。
 この事件に対するわたし自身の考えはいまだ定まっていないのですが、ある種の戸惑い、混乱に似た感情を覚えたのは事実です。「敵」を名指しして対立をあおるような「安倍晋三的」なものに与せず生きてゆこうとすれば、なにがしかの覚悟が必要になるような、そんな予感すらしていた中で、まさか当の安倍元首相が暴力で命を奪われるようなことが起こるとは思ってもみませんでした。社会で生きていく上で何か困難を感じるとすれば、「こんな人たち」の方にたぶん含まれる私の方であって、「私たち」の頂点に立つ安倍元首相の身に何かあろうなどとは、考えもしませんでした。
 この事件後、ほかのだれかを「敵」とみなして味方に結束を求めるかのような動きは、岸田文雄政権によって、さらに大掛かりに仕掛けられているようにも感じます。このブログの以前の記事で紹介しましたが、岸田政権による敵基地攻撃能力の保有の進め方は、ヒトラーの盟友だったナチスの大立者、ヘルマン・ゲーリングがかつて喝破していたこと―それはざっくり言えば「国民を戦争に仕向けるには、我々は敵から攻撃されかかっていると煽り、平和主義者のことは愛国心が足りないと非難すればいい」ということですが―のロジックに通底しています。
 安倍晋三政権下でなら、こういうことも十分に起こりえただろうと思います。しかしその安倍元首相亡き後に、ある意味、安倍元首相でもできたかどうか、というスピードと規模で、軍拡が始まっています。そのことにも大きな不安を感じます。

 時間をいったん6月の小樽訪問時に戻します。なるべく、当時小樽で感じたままのことを思い出して書いてみます。
 1903(明治36)年秋田生まれの小林多喜二は、4歳の時に一家で小樽に移住。事業に成功していた伯父の援助を受け、小樽商業学校から小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)へ進み、1924年に小樽高商卒業後、北海道拓殖銀行(拓銀)小樽支店に就職しました。在職中から地元の労働争議を支援。プロレタリア文学の旗手として注目を集めますが、同時に特高警察のマークを受けるようになり、1929年に拓銀を諭旨退職。代表作「蟹工船」の発表はこの年でした。翌30年に上京。31年にプロレタリア作家同盟書記長に就き、日本共産党に入党。拷問死した当時は地下活動中でした。小樽は、文学者としての多喜二、共産主義者としての多喜二を育てた土地です。

 

【写真:JR小樽築港駅そばにある住居跡の碑】

 札幌から小樽までは日中、JRの快速電車が1時間に2本走っています。札幌から30分弱、終着の小樽駅の二つ手前、小樽築港駅で下車しました。駅前に「小林多喜二 住居跡」の碑が立っています。秋田から移り住んだ一家はここでパン屋を営んでいたとのことです。多喜二の墓所はここからタクシーで10分ほど。小樽市営の奥沢墓地の一角にあります。墓地の入り口から墓までは、坂道をたどって5分ほど。道順を収めた動画がネット上に公開されており、事前に見ていたおかげで迷わずに済みました。

 

【小林多喜二が眠る墓】
 墓碑銘は「小林家之墓」。背面に「昭和五年六月二日 小林多喜二建立」と刻まれています。死の3年前に、多喜二が建てていました。向かって左側の側面に彫られた戒名は、多喜二の父親のものとのことです。両親とともに、多喜二が眠っています。山の中腹にある墓地は、ほかに訪れる人もなく静かでした。

 多喜二の足跡をたどってみるために、待ってもらっていたタクシーで小樽商科大に行ってみました。市街地から伸びる「地獄坂」を登り切った高台にキャンパスはあります。今は札幌からでも学生は小樽市内には住まずに通ってくるそうです。JR小樽駅からバスで10分ほど。多喜二の時代は、この長い坂を歩いて通っていたのでしょうか。

 

【写真左:小樽商科大の地獄坂】【写真右:旧北海道拓殖銀行小樽支店】
 小樽商科大の近くの旭展望台には、多喜二の文学碑がありました。「小林多喜二祭実行委員会」の説明板によると、文学碑は1965年10月に建立されました。死後30年以上たってからのことです。当時の小樽市長、小樽商科大学長らを代表に、同じ小樽出身の文学者伊藤整のほか志賀直哉、宮本顕治ら120人以上が発起人に名を連ね、全国から募金が集まりました。高さ4メートル、横6メートルと、文学碑としては巨大です。書物を見開きにしたデザインで、左中央の男性の頭像は、「蟹工船」にちなんだ北洋の漁業労働者。頭上に北斗七星と北極星。右上に多喜二のレリーフがはめ込まれています。碑文は、生前の一時期、収監されていた豊多摩刑務所から、救援活動に奔走していた知人に当てた手紙の一節です。以下のように書かれていました。

 

【写真:小林多喜二の文学碑】

冬が近くなるとぼくはそのなつかしい国のことを考えて深い感動に捉えられている そこには運河と倉庫と税関と桟橋がある そこでは人は重っ苦しい空の下を どれも背をまげて歩いている ぼくは何処を歩いていようが どの人をも知っている 赤い断層を処々に見せている階段のように山にせり上がっている街を ぼくはどんなに愛しているか分からない

 小樽の市街地の一角には、廃校の旧校舎を使った市立小樽文学館があり、小林多喜二の資料を展示したコーナーもありました。北海道拓殖銀行小樽支店に勤務していた当時の賞罰の記録のコピーがありました。昭和4年11月16日に「依願退職(諭旨)」が発令されています。理由には「左傾思想を抱き『蟹工船』『一九二八年三月一五日』『不在地主』等ノ文芸書刊行 書中当行名明示等言語道断ノ所為アリシニ因ル」と書かれています。好ましくない思想を持ち、作中に銀行名まで明示したのは言語道断であるので退職を求めた、ということのようです。

【写真:多喜二の死を伝える新聞記事=市立小樽文学館】
 死を伝える新聞記事の切り抜きは、多喜二の母親が手元で保管していたとのことです。「小林氏」と敬称が使われているのを興味深く感じました。特高からマークされる身ではあっても、新聞は作家として敬意を払っていたことがうかがえます。見出しには「急死」「変死」の文字。どの記事も明示してはいないものの、多喜二の死に警察が深く介在していることを強く示唆する体裁でした。
 展示の中でひときわ目を引くのは、多喜二のデスマスクです。石膏ではないので複製のようですが、それでも死後まもない表情を今に伝えています。この虐殺が間違いなく、実際に起きた出来事であることを確信できた気がしました。

【写真:多喜二のデスマスク=市立小樽文学館】

 小樽を訪ねてから半年余りが過ぎました。
 この間、安倍元首相の国葬に対し、世論は日を追うごとに反対が増えていったのに岸田首相は強行しました。旧統一教会と自民党の関係もろくな調査は行われないままです。当然のごとく、内閣支持率は下落傾向が続いています。それなのに、岸田首相は安倍元首相に優るとも劣らない熱心さで軍拡路線をひた走っています。自民党の伝統的なハト派勢力だった宏池会の流れをくむ岸田首相のこの言動は何に根差すのか。
 なんとも気持ちがざわつくのは、岸田内閣の支持率は下がる一方で、軍拡路線、中でも敵基地攻撃能力の保有に対して世論は、肯定的な受け止めが決して少なくないことです。
 軍事を優先させる発想は、必ず社会を敵と味方とに二分する方向へと進みます。そうでなければ戦争はできません。たとえ「自衛」であろうとも。仮に敵を批判しない者がいるとして、それは「味方ではない」ということにとどまるかどうか。ゲーリングが喝破したように「平和主義者は愛国心が足りない」とみなされれば、あるいはレッテルが張られれば「味方ではないのだから、敵も同然だ」というところまではすぐに行き着くでしょう。そんな社会で何が起きるのか。「敵も同然の、そんな奴らには何をしてもいい」とならないか。多喜二の死の今日的な意味として、そんなことを考えています。容易ならざる時代に向き合う覚悟を、あらためて固めたいと思う年の瀬です。

 ことし2022年も多くの方にこのブログに訪問いただき、ありがとうございました。
 新年も、よろしくお願いいたします。

敵基地攻撃能力の保有、「世論調査で賛成多数」に疑問と危惧~政府主張への疑義に触れない質問であることに留意が必要

 先週末の12月17、18日に実施された3件の世論調査の結果が週明けに報じられました。敵基地攻撃能力の保有などを明記した安保3文書の改定が、16日に閣議決定された直後の調査です。世論調査の結果とその読み方は折に触れ、このブログで紹介してきましたが、今回は疑問を感じることがあります。特に、敵基地攻撃能力の保有容認に対する賛否が、いずれの調査でも賛成が反対を上回っていることについてです。質問は、「反撃能力」との呼び換えも含めて、政府の主張を前提に賛成か反対かを尋ねています。北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、ロシアがウクライナ侵攻を続けている中で、これでは、敵基地攻撃能力の何が問題か、何を巡って論議になっているのかを知らない人なら「賛成」と答えがちになるのではないでしょうか。政府の主張に疑義が多数示されていることを質問に加えるべきではないか、と感じます。「賛成が多数」との結果だけが広まっていくことを危惧します。
 少し時間がたってしまいましたが、備忘を兼ねて、これらの世論調査の結果について書きとめておきます。

 まず岸田文雄内閣の支持率は、朝日新聞、毎日新聞の2件の調査では前月比で6ポイントも低下しました。毎日新聞の調査では25%です。不支持率もそれぞれ6~7ポイント上昇しています。共同通信の調査では、支持率、不支持率とも横ばいですが、支持が回復しない、とは言えそうです。

【岸田内閣支持率】
▽朝日新聞
「支持」 31% 前月比6P減
「不支持」57% 同6P増
▽毎日新聞
「支持」 25% 前月比6P減
「不支持」69% 同7P増
▽共同通信
「支持」 33.1% 前月比±ゼロ
「不支持」51.5% 同0.1P減

 各社とも、岸田政権が軍事費(防衛費)の大幅増を打ち出したこと、財源として増税を挙げていることに対して、複数の質問を設けています。それぞれ、いくつか結果とともに書きとめておきます。

【軍事費の大幅増】
▽朝日新聞
 ・政府は、来年度から5年間の防衛費を、今の計画の約1.5倍の43兆円に増やす方針です。防衛費をこのように増やす方針に賛成ですか。
  賛成46% 反対48%
 ・岸田首相は、防衛費を増やすために、約1兆円を増税する方針を表明しています。この方針に賛成ですか。
  賛成29% 反対66%
▽毎日新聞
・防衛費を大幅に増やす政府の方針に賛成ですか。
  賛成48% 反対41%
 ・防衛費を増やす財源として増税することに賛成ですか。
  賛成23% 反対69%
▽共同通信
 ・岸田文雄首相は、来年度から5年間の防衛費を今の1.5倍に当たる約43兆円に増やすと決めました。あなたは、首相が表明した防衛費の増額に賛成ですか、反対ですか。
  賛成39.0% 反対53.6%
 ・岸田首相は、防衛費増額の財源として、2027年度以降は約1兆円の増税をすると表明しました。あなたは、防衛力強化のための増税を支持しますか、支持しませんか。
  支持する30.0% 支持しない64.9%
 ・防衛費増額に伴う増税について、あなたは岸田首相の説明は十分だと思いますか、不十分だと思いますか。
  十分だ7.2% 不十分だ87.1%

 軍事費の増大について、3件の調査結果は分かれました。朝日新聞調査では賛否はほぼ二分。毎日新聞調査は賛成が反対を上回りましたが、共同通信調査では逆に、反対が賛成を相当程度、上回りました。質問の文章を比べると、毎日新聞は「大幅に増やす」と簡素な表現なので賛成が増えた、と見ることも可能なように思えます。しかし、共同通信調査と朝日新聞調査では、ともに「1.5倍」「43兆円」という同じ数字を示しているのに、結果にこれだけの違いが出る理由が分かりません。結局、「よく分からない」というほかありません。
 これに対して、増税への賛否は反対多数で3件ともそろいました。分かりやすい結果だと思います。

 敵国の領土を直接攻撃できる「敵基地攻撃能力」の保有に対しては、以下のように3件とも賛成が反対を上回りました。

【敵基地攻撃能力】
▽朝日新聞
 外国が日本を攻撃しようとした場合に、その国のミサイル基地などに打撃を与える能力を自衛隊がもつことに賛成ですか。
 賛成56% 反対38%
▽毎日新聞
 ・政府は、敵のミサイル基地などを攻撃する「反撃能力」を自衛隊に保有させることに決めました。反撃能力の保有に賛成ですか。
 賛成59% 反対27%
▽共同通信
 ・政府は、防衛力を強化するため、巡航ミサイル「トマホーク」を購入し、自衛目的で他国のミサイル基地などを破壊する「反撃能力」を保有します。あなたは、日本がこうした能力を持つことに賛成ですか、反対ですか。
 賛成50.3%  反対42.6%
 ・日本が反撃能力を保有することで、日本と周辺国との緊張が高まると思いますか、和らぐと思いますか。
 緊張は高まる61.0% 変わらない33.9% 緊張は和らぐ3.0%

 質問の尋ね方にいくつか疑問を持ちました。一つは呼び方です。日本政府は「反撃能力」と呼び、毎日新聞と共同通信は質問文でこの呼び方を使っています。「敵基地攻撃能力」は丸かっこに入れることもしていません。朝日新聞は両方とも使わずに質問しています。「反撃」とは、ごくふつうの日本語の読解力で解釈するなら、敵から攻撃を受けた後にやり返すことです。しかし日本政府は、敵が日本への攻撃に着手した後、敵のミサイル発射基地を攻撃してミサイルを発射させないようにするケースも想定しています。つまり、攻撃を受けていないのに「反撃」するというわけです。これは言葉の使い方自体がまやかしですし、「反撃」と言いながら、実質は「先制攻撃」ではないのか、との疑念も生じます。朝日新聞調査の質問には「反撃能力」の用語はありませんが、「外国が日本を攻撃しようとした場合に」との前提は、政府の主張そのままです。共同通信調査の質問が「自衛目的で他国のミサイル基地などを破壊する」と説明しているのも、やはり政府の主張そのままです。「政府はこう主張しているが、それを支持するかしないか」という尋ね方をしてみれば、どんな結果になるでしょうか。
 そもそも、政府が言うような、敵が日本の攻撃に着手したことを察知し、ただちに敵基地を攻撃して、日本に向けてミサイルを発射させないようにする、といった技術は、今は存在していません。開発にはどれだけの時間と費用がかかるか、本当に開発できるのか、納得できる説明もされていません。
 質問文を少し変えて、「こうした技術は現在なく、開発にどれだけの時間と費用がかかるか明らかになっていません」と加えるだけでも、賛否の結果は変わるのではないかと思います。
 ほかにも、敵基地攻撃能力に対しては、さまざまな疑義が指摘されています。日本がその能力を保有すれば、相手もさらに攻撃力を強めようとして、結果として緊張を高めてしまう、いわゆる「安全保障のジレンマ」はその代表例です。世論調査で、そうした指摘があることにも触れながら賛否を尋ねてみればどんな結果になるか。後続の世論調査に期待したいと思います。

 敵基地攻撃能力を巡る尋ね方の問題はひとまず置くとして、3件の調査結果から読み取れることをざっくり並べると、以下の通りです

  •  敵基地攻撃能力は、政府の主張に対して賛成が反対を上回っている
  •  軍事費の大幅増への賛否は調査によってまちまちだが、増税で財源をまかなうことには反対が多数で共通している
  •  岸田内閣の支持率は低下。少なくとも回復傾向にはない

 もともと岸田首相が評価を落とし続けているところに、増税への拒否反応が、さらなる支持率の低下に結びついているようにも思えます。では、軍事費の大幅増の財源捻出を増税に求めない、となれば、軍事費増もそろって支持を受ける、ということになるのでしょうか。それはそれで、危惧を覚えます。

決め方も金の使い道としても疑問の「敵基地攻撃能力」保有~「我々は攻撃されかかっている」ゲーリングが喝破していたロジック

 岸田文雄政権は12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の安保関連3文書の改定を閣議決定しました。敵基地攻撃能力を「反撃能力」と呼び方を変えて保有を明記し、軍事(防衛)関連予算を2027年度に対国内総生産(GDP)比2%へ倍増させることなどを明記しています。自民、公明の与党は、財源を賄うための所得税増税などで合意しています。あまりにも問題が多いと考えています。
 まず、敵基地攻撃能力の保有です。いかに呼び方を変えようと、他国の領土を直接攻撃する兵器を持つことに変わりがなく、先制攻撃も可能であることは、このブログの以前の記事でも書きました。戦争放棄と戦力の不保持を定めた憲法9条に基づき、「専守防衛」を国是として守るというのであれば、このような攻撃的な兵器は持たないことが確実な方法です。今回の閣議決定が、例えば北朝鮮にミサイル開発、さらには核開発の格好の理由にされかねないほか、中国も含めて、周辺国と果てしない軍拡競争に陥ることを危惧します。そんなことになってしまって、「今なら勝てるかもしれない」と始めたのが、かつての太平洋戦争ではなかったでしょうか。

news-worker.hatenablog.com 日本への攻撃に対する抑止力の強化が必要なら、少なくとも外交と軍事の両軸がそろっていなければなりません。北朝鮮とは国家間で直接対話すらできていないのに、軍事面だけが突出していくのはあまりに危険です。
 次に手続き面です。敵国の領土を直接攻撃できる兵器を持つことは国是の大転換なのに、閣議決定だけで済まされたことに大きな疑問を感じます。16日の会見で岸田首相が、引き続き国民に丁寧に説明していくと話しました。安倍晋三元首相の国葬でも同様でしたが、そう言いながら、ろくに説明しなかったのが岸田首相です。
 そして、お金の使い道としての問題です。敵国が日本への攻撃に着手したのを確認し、「反撃能力」を行使して敵のミサイル発射を阻止する、というようなことが報じられていますが、そんな技術は今はありません。攻撃着手の探知は米国を当てにするのだとしても、「反撃能力」の保有までに、いったいどれだけの資金が必要なのか。少子高齢化や地方の空洞化が進む日本では、お金を投入しなければならない分野はほかにもっとたくさんあります。

 翌17日付の新聞各紙に目を通していて、「国家安全保障戦略」の中で、中国、北朝鮮、ロシアをどう位置付けているかを読売新聞が一覧表にまとめているのを目にしました。中国は「我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦」と表記されています。簡単に言えば「最大の戦略的な挑戦」です。2013年の旧文書では「我が国を含む国際社会の懸念事項」だったとのことです。北朝鮮は旧文書の「我が国を含む地域の安保に対する脅威」が今回は「北朝鮮の軍事動向は、我が国の安保にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」となりました。ロシアは旧文書では協力を進める相手だと記されていたのに、今回は欧州方面では「脅威」、インド太平洋地域では「強い懸念」です。
 中国、北朝鮮、ロシアに対する記述の変化を目にして思うのは、ドイツのナチス草創期からの大立者だったヘルマンゲーリングが残した言葉です。
 このブログでも何度か触れてきました。第1次大戦ではドイツ空軍のエースパイロット、第2次大戦ではドイツ軍国家元帥だったゲーリングはドイツ降伏後、被告として臨んでいたニュルンベルグ軍事裁判の間に、アメリカ軍の心理分析官と何度も面会していました。そこで語ったという言葉があります。ごく簡単に言えば「国民を戦争に仕向けるには、我々は敵から攻撃されかかっていると煽り、平和主義者のことは愛国心が足りないと非難すればいい」ということです。ゲーリングは「これはどんな国でも有効だ」と語ったとされます。
 ※このゲーリングの言葉を知ったのは7年前でした。以下は最初にブログに書いた2016年の年明けの記事です。

news-worker.hatenablog.com

 北朝鮮がミサイル発射を繰り返していることや、中国の軍拡、ロシアのウクライナ侵攻を強調して、敵地を直接攻撃できる兵器を保有するために、「反撃能力」などという言葉を使うロジックは、「我々は敵から攻撃されかかっている」と煽ることと本質的に変わりはないように感じます。「愛国心」については、しばらく前からネット上を中心に氾濫しています。「国民を戦争に仕向ける」を、戦争の悲惨な体験の上に築いてきた平和国家の理念を手放す、と読み替えれば、まさにゲーリングが喝破していた通りのことが、戦後78年もたった日本で起こっているように思えます。7年前には、まさか現代の日本でそんなことは起きないだろうと考えていました。あれよという間に、ここまで来てしまったことに戦慄を覚えます。

 16日の閣議決定について、東京発行の新聞各紙は17日付の朝刊でそろって1面トップで伝えました。関連記事も多数載せました。閣議決定と3文書の内容に対して、各紙のスタンスは二分です。批判的、懐疑的なのは朝日新聞、毎日新聞、東京新聞です。支持は読売新聞、産経新聞、日経新聞です。

 1面の本記の見出しは以下の通りです。
【批判、懐疑的】
・朝日新聞「戦後日本の安保 転換/敵基地攻撃能力保有 防衛費1.5倍/首相、増税時期『来年に決定』/3文書決定」
・毎日新聞「反撃能力保有 閣議決定/安保3文書 政策大転換」
・東京新聞「専守防衛 形骸化/敵基地防衛能力を閣議決定/防衛増税 年1兆円強/安保3文書改定」

【支持】
・読売新聞「『反撃能力』保有 明記/安保3文書 閣議決定/戦後政策を転換」
・産経新聞「反撃能力保有 歴史的転換/安保3文書 閣議決定/中国は『最大の挑戦』明記/長射程ミサイル 8年度配備」
・日経新聞「反撃能力保有を閣議決定/防衛3文書 日米で統合抑止/戦後安保を転換」

 「敵基地攻撃能力」「反撃能力」の用語の使い分けは以下の通りでした。
【批判、懐疑的】
朝日新聞 敵基地攻撃能力(反撃能力)
毎日新聞 反撃能力(敵基地攻撃能力)
東京新聞 敵基地攻撃能力(反撃能力)

【支持】
読売新聞 反撃能力
産経新聞 反撃能力(敵基地攻撃能力) 
日経新聞 反撃能力

 この用語の使い方について、朝日新聞が1面に「おことわり」を掲載しているのが目を引きました。

 おことわり 閣議決定した安保関連3文書で、政府は敵基地攻撃能力を「反撃能力」と表記しています。「反撃」とは攻撃を受けた側が逆に攻撃に転ずる意味ですが、実際には攻撃を受けていなくても、相手が攻撃に着手した段階で、その領域内のミサイル発射拠点などを攻撃することも想定しています。このため、朝日新聞では引き続き、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」と表記します。

 東京新聞も総合面に「『敵基地攻撃能力』→『反撃能力』/批判かわす狙い?名称変更/『印象操作』指摘する声」との見出しの記事を掲載しています。
 かつて旧日本軍は「撤退」を「転進」と、「全滅」を「玉砕」などと言い換えていました。新聞もそのまま報じました。その教訓を忘れないようにするためには、政府と同じように主として「反撃能力」を使うにしても「敵基地攻撃能力」にも触れておいた方がいいと思います。
 ほかに、17日付各紙朝刊の社説の見出しと、各紙編集幹部らの署名評論の見出しも書きとめておきます。各紙の相違を比べることで、どんなところがこの問題の焦点なのかが浮き彫りになると思います。

■社説
・朝日新聞「安保政策の大転換 『平和構築』欠く力への傾斜」/攻撃でも日米一体化/中国にどう向き合う/説明と同意なきまま
・毎日新聞「安保政策の閣議決定 国民的議論なき大転換だ」/揺らぐ専守防衛の原則/緊張緩和する外交こそ」
・東京新聞(中日新聞)「安保3文書を決定 平和国家と言えるのか」/「専守」堅持という詭弁/「非軍事」のパワー軽視

・読売新聞「安保3文書改定 国力を結集し防衛体制強めよ/反撃能力で抑止効果を高めたい」/硬直的な予算を改めた/サイバー対策が急務/将来の財源は決着せず
・産経新聞(「主張」)「安保3文書の改定 平和守る歴史的大転換だ/安定財源確保し抑止力高めよ」/行動した首相評価する/国民は改革の後押しを
・日経新聞「防衛力強化の効率的実行と説明を」/戦後安保の歴史的転換/安定財源の確保進めよ

■署名評論
・朝日新聞1面「熟議・説明なし 将来に禍根」佐藤武嗣編集委員(外交・安全保障担当)
・毎日新聞1面「岸田流つじつま合わせ」中田卓二政治部長
・読売新聞1面「戦争回避『国防の本義』」村尾新一政治部長
・日経新聞3面「自立防衛への一歩」丸谷浩史ニュース・エディター

戦争の教訓の継承は、今こそ大きな意味がある~破局を“予言”していた桐生悠々、井上成美

 今年春から大学で「文章作法」の非常勤講師を務めていることは、以前の記事に書きました。授業では日々の新聞報道の比較、解説も行っています。先日の授業では、12月8日の太平洋戦争開戦81年の報道を取り上げました。
 日本の新聞は戦前の統制で、いくつかの全国紙と1県1紙の地方紙に再編され、戦争遂行の国家体制に組み込まれました。一足先には、新聞社に記事を配信する通信社が、同盟通信社1社の体制になっていました。
 1945年8月の敗戦を機に、新聞各社は再出発を期します。もう20年近く前になりますが、わたしは新聞労連委員長だった当時、敗戦直後や、1947年5月の日本国憲法施行前後の時期の各紙の社説を調べたことがあります。戦争遂行に加担したことへの反省に立ち、国民主権の下で戦争放棄と戦力不保持を明記した憲法を尊重する姿勢の内容が共通していました。同盟通信社も1945年10月いっぱいで解散し、11月1日に共同通信社と時事通信社が発足しました。共同通信社は編集綱領の最初の項で「世界の平和と民主主義の確立および人類の幸福を念願して、ニュース活動を行う」と掲げています。
 敗戦を経験した新聞にはそうした「戦後の原点」があるからだと思います。あの太平洋戦争の節目の出来事の日には、今も関連の記事を載せます。特に8月は、6日の広島原爆の日、9日の長崎原爆の日、15日の敗戦の日と続くこともあって、多くの記事が載ります。時に、平和を考えるのはこの時期だけなのか、と揶揄するように「8月ジャーナリズム」と呼ばれることもあります。仮にそうだとしても、戦争の教訓を忘れず、社会で共有することの意味は小さくなく、そうした報道の継続は必要だと考えています。
 太平洋戦争開戦の12月8日も、そういう日の一つです。
 81年前の1941年のこの日、日本軍は陸軍がマレー半島上陸作戦を開始し、英軍と交戦状態に入りました。その1時間後、米国ハワイ・真珠湾では、日本海軍の航空母艦から飛来した攻撃部隊が米海軍の太平洋艦隊に第1弾を投下しました。奇襲が成功したこと、戦果が大きかったこと、空母機動部隊の有効性を実証したことなどから、「12月8日」と言えばどうしても日本海軍の真珠湾攻撃に目が行きがちですが、それだけではこの戦争の全体像が見えにくくなってしまうことは、昨年、このブログに書いた通りです。
 https://news-worker.hatenablog.com/entry/2021/12/11/101914

news-worker.hatenablog.com

 さて、昨年は開戦80年の節目とあって、新聞各紙も多くの記事を載せました。それに比べると今年は記事自体は少ないのですが、いくつか目を引く記事がありました。
 読売新聞は12月8日付朝刊の社会面トップで、太平洋戦争に出征し軍人恩給を受けている元兵士らの平均年齢が100歳を超えたことを報じました。直接、戦争を体験した人の証言を記録に残せる時間は、いよいよ少なくなっていることを実感するデータです。読売新聞は「戦争体験者が次々に世を去る中で、記憶を語り継ぐ努力は今なお続く」として、陸軍のインパール作戦に参加した103歳の男性と、フィリピン・レイテ島へ戦後、戦友の遺骨収集のため29回訪ねた102歳の男性の証言を紹介しています。
 毎日新聞は8日付朝刊に、鹿児島県の知覧特攻平和会館が、米国立公文書館から入手した映像を展示していることを伝えました。映像は日本軍の特攻機の攻撃には四つのパターンがあることを紹介し、それぞれへの対抗策を解説する内容です。米軍がいかに日本軍の特攻を研究していたかが分かります。同館は特攻による戦死者の遺書を収蔵していることで知られます。記事は「特攻の史実を、特攻隊員の視点だけでなく米軍の視点でも知ることで、より多角的に考えることができるのではないでしょうか」との同館の学芸員の言葉を紹介しています。
 翌9日付のいくつかの新聞の朝刊では、ハワイで開かれた真珠湾攻撃の犠牲者の追悼式典の様子が報じられました。朝日新聞は、ロシアによるウクライナ侵攻で戦争が再び起きていることへの懸念を口にした92歳の男性を紹介しています。
 授業では、これらの記事を一つひとつ取り上げて解説するとともに、この戦争の結末を開戦前に予言していた2人の人物のことも紹介しました。一人は「抵抗の新聞人」桐生悠々、もう一人は「最後の海軍大将」(戦争末期に中将から大将に昇進しました)として知られる井上成美です。

【写真:授業で使ったスライド】

 桐生悠々は長野県の地方紙、信濃毎日新聞の主筆だった1933年8月、陸軍が東京周辺で行った大規模な防空演習、つまり敵機の襲来に対する訓練を痛切に批判する社説を書きました。「関東防空大演習を嗤ふ」です。東京の空に敵機を迎え撃つような事態になれば、撃ちもらした敵機に爆弾を落とされ、木造家屋が密集する東京は一挙に焦土になるだろうと説き、「敵機を関東の空に、帝都の空に、迎え撃つということは、我軍の敗北そのものである」と喝破しました。それから12年後の1945年、東京は米軍機の空襲で焦土と化しました。
 この社説の結びは、以下の通りです。

 要するに、航空戦は、ヨーロッパ戦争に於て、ツェペリンのロンドン空撃が示した如く、空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である。だから、この空撃に先だって、これを撃退すること、これが防空戦の第一義でなくてはならない。

 敵機の侵入を許さないよう迎撃態勢を固める必要を説いているのですが、実は真骨頂は「空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である」の部分だと思います。桐生悠々が生きた時代、日本は戦争をする国でした。首都を空撃されないために、その手前で敵機を撃滅する発想は当然だったかもしれません。しかし81年前に始まり、日本中が焦土と化して終わったあの戦争を教訓にすれば、今日の日本に必要なことは、軍事力ではなく外交によって攻撃を未然に防ぐことだろうと思います。
 折しも岸田文雄政権は、軍事費を大幅に増やし、敵地を直接攻撃できる兵器の保有に踏み切ろうとしています。危うさを感じることの一つは、軍拡が先行していて、外交が追い付いていないことです。北朝鮮とは長らく、直接の対話すらできない状況が続いています。
 桐生悠々のことを知ったのは、岩波新書の「抵抗の新聞人 桐生悠々」(井出孫六著)によってです。大学生の時に読みました。久しぶりに本棚から引っ張り出してみました。1980年8月発行の2刷。40年以上もたっていたとは、少し驚きました。今は岩波現代文庫で入手可能です。桐生悠々のことは今日、もっと知られていいと思います。

 「関東防空大演習を嗤ふ」は著作権フリーの「青空文庫」に収蔵されています。 

https://www.aozora.gr.jp/cards/000535/files/4621_15669.html

 井上成美は海軍航空本部長当時の1941年1月、及川古志郎・海軍大臣宛てに「新軍備計画論」(建白書)を提出しました。その中の「日米戦争の形態」の一節で、仮に日米が戦った場合のこととして「日本が米国を破り、彼を屈服することは不可能なり」「米国は、日本国全土の占領も可能。首都の占領も可能。作戦軍の殲滅も可能なり。又、海上封鎖による海上交通制圧による物資窮乏に導き得る可能性大」と述べていました。ことごとく、現実のこととなりました。

【写真:授業で使ったスライド】

 戦争の結末を見通していた卓見が軍部の中にもありながら、なぜ無謀な戦争を始めてしまい、途中でやめることもできずに、国家の破局へと突き進んだのか。井上成美のこの逸話は、歴史の大きな教訓のはずです。岸田政権の軍事費の大幅増によって何が起こるのか。果てしない軍拡競争に陥り、その先に何が待っているのか。現代の日本政府や防衛省、与党に、井上成美のような慧眼を持った人材はいないのでしょうか。

 井上成美は戦前、海軍大臣米内光政、海軍次官山本五十六のもとで海軍省軍務局長を務めました。このトリオはドイツ、イタリアとの三国同盟締結に反対を貫き通したことでも知られます。戦後は表舞台に出ることなく、生活は困窮を極めました。その実直で壮絶な生き方は、阿川弘之さんの評伝小説「井上成美」に詳しいです。

 週に一度通っている大学のキャンパスにはイチョウ並木があります。秋になって、毎週訪れるたびに黄葉が深まるのが楽しみでした。

「反撃能力」と呼んでも攻撃的な軍事力の保有に変わりはない~自公合意、在京紙の報道の記録

 自民、公明両党が12月2日、「敵基地攻撃能力」を日本が保有することを認めることで合意しました。敵国のミサイル発射拠点などを攻撃する能力のことです。政府、与党は、国際法に反する先制攻撃ではなく、専守防衛の基本方針に変わりはないと強調しているようですが、戦後の日本の安全保障政策の大転換であるのは間違いがありません。その内容ばかりでなく、手続きに対しても、わたしは疑問を持っています。取り急ぎ、書きとめておきます。

 ■そんな技術は存在しない
 まず、内容を巡ってです。報道によれば、政府は米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の取得や、国産のミサイル開発などを想定しているようです。ひとたび保有すれば、日本から他国への先制攻撃も可能です。政府は、先制攻撃はしないことを強調し、誤解を受けるのを避けるとして、敵基地攻撃能力の呼び方を「反撃能力」に変えています。しかし、先制攻撃にも使用することができる攻撃的な軍事力を保有することには変わりはありません。
 先制攻撃ではない、ということを担保するためか、敵基地攻撃能力を使用するのは敵が日本に対する攻撃に着手した後であることも強調されているようです。しかし、現状では北朝鮮のミサイルにしても、実際に発射されないと分からないのが実情です。仮に何らかの兆候を把握できたとしても、日本への攻撃の着手なのかどうか、客観的に判断できる方法はないはずです。つまり、敵国が日本への攻撃に着手したことをつかみ、日本に向けてミサイルが発射される前に敵基地攻撃能力を発揮して、ミサイル発射基地をたたいて無力化する、というような技術は存在していないのです。その技術がないのに、それが可能であるかのように、話が進んでいることに危うさを感じます。
 日本政府と与党のこうした動きは、外からは、特に敵国と想定されている国の側にはどんなふうに見えるでしょうか。攻撃着手の探知などできるかどうかも分からないのに、「専守防衛」の一線を越えて、ただただ、自分たちを直接攻撃しうる軍事力を日本が持とうとしている-。そんな風に映るでしょうし、そう主張するのも目に見えています。敵国も日本とまったく同じ理屈で、さらにミサイル攻撃技術を向上させようとするはずです。その先にあるのは果てしない軍拡競争であり、結果として日本の安全保障上のリスクが高まることにならないでしょうか。
 専守防衛の基本方針に変わりがないことに国際的にも理解を得ようとするなら、敵基地攻撃能力のような攻撃的な軍事力は持たず、防御的な軍事力にとどめておくことがもっとも確実です。これまで、憲法上は保有が可能との政府見解がありながら、保有してこなかったことで日本が築いてきた国際的な信用があったはずです。その信用をやすやすと崩してしまうのは、あまりに大きな損失だと感じます。

 ■一つウソが始まれば
 手続き面でも、国策の根本の大転換だというのに、攻撃目標一つとっても抽象的な説明しかなく、明らかにされていないことが多すぎます。軍事だから当然のことなのだとしたら、それは同時に、軍事偏重の発想が、情報の開示と社会的な議論の上で物事を決めていく民主主義の理念といかに遠いかをおのずと示しています。
 政府は今月中に「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」の3文書を改定することにしており、その中に敵基地攻撃能力の保有が盛り込まれます。これだけの大転換が、国会での説明や審議を経ることなく、閣議決定で決まってしまいます。
 「反撃能力」への呼び変えにも疑問を感じます。かつて第二次大戦で日本軍は、「撤退」を「転進」と、「全滅」を「玉砕」と呼び変えました。戦意高揚というか、戦争指導層は国内の戦意の低下を防ぐのに必死だったのだろうと思います。戦況もウソで固めた発表(大本営発表)になっていきました。一つウソが始まれば、次々にウソを重ねていかざるを得なくなります。日本とアジア諸国におびただしい犠牲を生んだ教訓から、戦後の日本は日本国憲法を選び取りました。非戦と戦力不保持を定めた憲法9条に基づく「専守防衛」は、深い反省に立って戦後の時間を歩んだ先人の知恵です。
 普通の国語力で受け止めれば、「反撃能力」と「敵基地攻撃能力」には大きな乖離があると感じざるを得ません。ウソの始まりになることを危惧します。

 敵基地攻撃能力の保有に対し、現時点では世論は容認意見が反対意見を上回っています。
 11月25~27日に日経新聞とテレビ東京が実施した世論調査では、「『反撃能力』保有」の賛否について、賛成65%、反対24%でした。11月26、27日の共同通信調査でも「反撃能力」保有に賛成60.8%、反対35.0%と差が付きました。今年に入って、北朝鮮がミサイル発射を繰り返していることなどの要因もあると思います。ただし、詳しい内容が明らかにされていない中での調査です。多様な論点が明らかになっていけば、民意の状況は変わる可能性があります。マスメディアが何をどう報じるかに、大きな意味があります。

 自民、公明両党の合意は、新聞では12月3日付の朝刊に掲載されましたが、東京発行の6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の扱いは分かれました。
 2日早朝(日本時間)、サッカーのワールドカップで日本代表がスペインに勝ち、決勝トーナメントに進むという出来事がありました。毎日新聞と読売新聞は、こちらのサッカーのニュースが1面トップでした。敵基地攻撃能力の自公合意を1面トップにしたのは朝日、産経、東京の3紙です。読売新聞は敵基地攻撃能力を単独で扱った記事ではなく、政府が改定予定の国家安全保障戦略に盛り込む内容を自民党に説明した、との内容です。その中で自公合意にも触れています。批判や疑問のニュアンスは感じられません。従来の社論から見ても、政府方針を支持しているとみていいのではないかと感じます。
 自公合意を社説で取り上げたのは産経(「主張」)と東京(中日新聞と共通)。朝日も前日2日付の社説で取り上げています。産経は政府方針を全面的に支持。朝日と東京は批判、反対のトーンです。毎日新聞は総合面に「揺らぐ専守防衛」「『抑止力強化』に疑問」「『巻き込まれ』懸念も」の見出しを並べており、批判的、疑問視のトーンです。
 産経新聞が社説で政府方針の支持にとどまらず、慎重意見や反対意見に対して「反国民的謬論(びゅうろん)」との激しい言葉で強く批判しているのが特に目を引きます。
※産経新聞「主張」:「自公の反撃力合意 国民を守る歴史的転換だ」=2022年12月3日
 https://www.sankei.com/article/20221203-YSLO72WGQZMGTORZRURRKSMIBI/

 専守防衛違反として保有反対論が一部にあるが、国民を守らない無責任な主張である。そもそも保有は、専守防衛の範囲内である。また、日本が保有を断念して抑止力向上に失敗して喜ぶのは、対日攻撃の可能性を考える侵略国の政府と軍ではないか。
 専守防衛を盾に保有に反対したり、「歯止め」ばかりに着目したりするのは、厳しい安全保障環境を直視せず、自衛隊を羽交い締めする反国民的謬論(びゅうろん)だ。能力行使のタイミングや対象の詳細な公表は侵略軍を利する禁じ手であり、与党合意が避けたのは妥当だ。国際法に沿って、先制攻撃を避け、「軍事目標」が対象となるという説明で十分である。

 朝日新聞の社説は、敵基地攻撃能力の保有の問題点を一通り押さえ、国民に説明がないままになっていることも指摘しています。
 ※朝日新聞・社説「『敵基地攻撃』合意へ 専守防衛の空洞化は許せぬ」/歯止め策は示されず/失われる「安心供与」/国民への説明欠く=2022年12月2日
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15490792.html

 「敵基地攻撃能力」と「反撃能力」の用語の使い方は以下の通りです。同じ紙面でもカギカッコが付いたり付かなかったりなどはありますが、政府方針を支持するかどうかで用語の使い方が分かれていることはないようです。
・朝日新聞「『敵基地攻撃能力』」「『敵基地攻撃能力(反撃能力)』」
・毎日新聞「反撃能力(敵基地攻撃能力)」
・読売新聞「『反撃能力』」
・日経新聞「『反撃能力』」「反撃能力」
・産経新聞「『反撃能力(敵基地攻撃能力)』」「反撃能力(敵基地攻撃能力)」
・東京新聞「敵基地攻撃能力(反撃能力)」
 「敵基地攻撃能力」は別に間違った言い方ではなく、政府・自民党の側も以前は使っていた用語です。「反撃能力」と呼ぶには無理があるにもかかわらず政府・自民党が呼び方を変えた、その恣意性には小さくない意味があります。その意味を見えづらくしないために、私見ですが、報道ではやはり「敵基地攻撃能力」を用いた方がいいと考えています。「撤退」を「転進」と呼ぶような時代を再来させないためにもです。

 以下は、自公合意についての東京発行各紙3日付朝刊の扱いと主な記事の見出しです。

▼朝日新聞
1面トップ「敵基地攻撃能力 保有へ/防衛政策 大きく転換/自公合意」
3面「敵基地攻撃 あっさり容認/公明『安保法制のような騒ぎはない』」/「攻撃『着手』どう認定」
33(第3社会)面「敵基地攻撃能力 揺れる漁師町/『不安抱え操業』『反撃すればエスカレート』/北朝鮮ミサイル 今年2回沖合に」
※1面準トップ「日本 劇的16強/スペインを逆転 首位通貨」
※2日付社説「『敵基地攻撃』合意へ 専守防衛の空洞化は許せぬ」/歯止め策は示されず/失われる「安心供与」/国民への説明欠く

▼毎日新聞
1面準トップ「『反撃能力』保有 自公合意」
3面・クローズアップ「揺らぐ専守防衛」「『抑止力強化』に疑問」「『巻き込まれ』懸念も」/ミニ論点:「迎撃困難『懲罰』重要」元海将 伊藤俊幸氏/「外交で戦争回避を」元内閣官房副長官補 柳沢協二氏
※1面トップ「日本 2大会連続決勝T/スペインに逆転2-1」/「29年前の悪夢 脳裏に」

▼読売新聞
1面準トップ「『能動的サイバー防御』/安保戦略案 反撃能力 自公合意」
4面「防衛費財源 明示時期焦点/安保戦略 安倍派『年内』に反発」
※1面トップ「日本逆転 決勝T/スペインに2-1首位通過」/「『新時代』初の8強へ」

▼日経新聞
1面3番手「自公 反撃能力の保有合意/必要最小限度の自衛措置」
4面「反撃能力 60年経て転換/中朝ロ、ミサイル技術向上/迎撃難しく抑止急務」/「『指揮統制機能』明示せず/反撃対象、個別具体に判断」/「『アジアの平和 深刻に脅かす』/中国・環境時報」
※2面「日本、スペイン破り16強/『欧州組』快進撃導く」

▼産経新聞
1面トップ「反撃能力の保有 自公合意/戦後安保政策を転換」
3面「『反撃能力』与党合意へ腐心/3文書『先制攻撃許さず』強調」/「公明代表『専守防衛の範囲内』」
社説(「主張」)「自公の反撃力合意 国民を守る歴史的転換だ」
※1面準トップ「日本、決勝T進出/スペインに2-1」/「東京五輪組『借り返した』」

▼東京新聞
1面トップ「専守の歯止め失う/敵基地攻撃能力保有 自公が合意/続く安保政策大転換 自公『抑止力』強調」/「公明、曖昧な要件で容認/いろんなく自民追随」
2面・核心「攻撃兵器 増強へ加速/着手の判断・対象明示なく 政府任せ/国会議論素通り、野党が批判」
社説「敵基地攻撃能力 専守防衛の形骸化憂う」
※1面「強国再び撃破 日本16強」

安倍元首相の国葬と自衛隊~軍事組織が思い入れを持つことへの不安と危惧

 9月27日に行われた安倍晋三元首相の国葬で、気にかかっていることがあります。自衛隊の役割です。
 国葬当日、遺骨を載せた車は会場の日本武道館に向かう途中で、市谷の防衛省に立ち寄りました。庁舎前の広場を通ると、集まった約800人の自衛隊員らは敬礼して見送ったと産経新聞は報じています。国葬の会場では陸上自衛隊が弔意を表す大砲の空砲「弔砲」を19発撃ち、陸自中央音楽隊が「国の鎮め」を演奏。儀仗隊なども含めて、自衛官千数百人が参加したと伝えられています。見過ごせないのは、7月に行われた安倍家の葬儀の際にも、自衛隊の儀仗隊が派遣されていたことです。現職の首相ならともかく、一人の国会議員の私的な葬儀に対して、公私のけじめはないのでしょうか。当時の防衛相が安倍元首相の実弟だったとなれば、なおさらです。
 安倍元首相の生前、自衛隊への肩入れが目立ちました。自衛隊の存在が憲法に書かれていないから憲法学者が自衛隊は違憲だと言う、との自説を強調して、憲法改正が必要だとする理由にも持ち出していました。実際には安倍政権当時、現行の条文のままで、憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使の解禁にまで進みました。自衛隊が憲法に明記されていなくても、何の不都合もないことを、安倍元首相が自ら証明して見せました。憲法学者がうんぬんとの言説は、憲法改正のダシに自衛隊を使おうとしたようなものです。
 防衛省・自衛隊にとっては悪い首相ではなかったはずです。防衛省・自衛隊も国家の官僚機構の一部であり、そうである限りは自らの権益を守り、拡大することは本能みたいなものだからです。安倍元首相は頼りがいがあったのではないでしょうか。産経新聞は9月28日付の紙面に「安保法制で功績、自衛隊が儀仗/防衛省前 隊員ら800人見送り」の見出しの記事を掲載。防衛省で隊員らが礼を尽くして遺骨を見送ったことについて「こうした対応が取られたのも安倍氏が生前、安保強化に心を砕き、その成果を防衛省・自衛隊が認識しているからに他ならない」と書いています。当事者の発言の紹介、引用ではありませんので、いわば防衛省・自衛隊の意思を産経新聞が代弁しているのですが、安倍元首相への儀礼はやはり特別扱いだったのだな、と感じます。
 一方で、防衛省・自衛隊は軍事組織、実力組織です。そして自衛隊の本来任務には治安出動もあります。銃口を向ける先は外敵だけではない。自国民に向けることもありうる、ということです。
 安倍元首相の業績で忘れるわけにいかないのは、日本社会に深い亀裂と分断を残したことです。象徴的なのは、街頭演説で「アベ帰れ」のヤジに対して「わたしたちは、こんな人たちに負けるわけにいかないんです」と言い放った一件です。一国の首相であるなら、たとえ自分を批判する人であっても、国民である限り守り抜かなければならない対象です。しかし「わたしたち」と「こんな人たち」と敵味方に分けて「負けるわけにいかない」と、対立をあおりました。
 一部とはいえ自国民を敵視していた政治家が国葬で見送られ、その場に、場合によっては治安出動で自国民に銃口を向けるかもしれない軍事組織が、その政治家への強い思い入れとともに参加している-。その構図を思い描くと、わたしは不安と危惧を覚えます。

 11月3日付の朝日新聞朝刊4面(総合面)に、安倍元首相の国葬を巡る3人の識者の座談会の記事が掲載されていました。「戦後民主主義 崩した国葬/自衛隊の役割/骨抜きされた法制局」の見出しです。この中で日本近代史が専門の加藤陽子・東京大教授が、国葬と自衛隊に触れています。

 加藤 私が気になったのは、国葬における自衛隊の役割です。明治以降、国民が支持する国家の「物語」を生み出したのは軍事力で、その統帥権は天皇が持っていた。だからこそ、国家に偉勲があった者に対して、天皇の特別なおぼしめしによって行われた戦前の国葬では、軍が前面に出ていました。それが今回、変に矮小化され、国葬はもとより安倍さんの私的な葬儀にまで陸上自衛隊の儀仗隊を出した。遺骨を載せた車は、国葬会場に向かう途中に防衛省を回った。首相が文官として自衛隊の最高指揮権を持つとは言っても、戦前と現在とでは国家の成り立ちがまったく違うのだから、それでよかったのかという問題は残ります。「伝統」「慣例」といった言葉でうやむやにされるべきではないと思います。

 この加藤さんの言葉を受けて、杉田敦・法政大教授(政治理論)と長谷部恭男・早稲田大教授(憲法)も以下のように指摘しています。 

 杉田 国家に寄与したとされる人の葬儀に儀仗隊を出すということは、国家の本質的な部分は軍事である、というイデオロギーを広めることにつながるのでは?

 長谷部 これは憲法学者の樋口陽一さんが常々おっしゃっていることですが、日本国憲法は9条によって軍の正統性を否定し、それによって自由な公共空間を戦後の世界に生み出した。国葬で、安倍さんの偉大さを自衛隊に象徴させようとしたのだとすると、それは戦後の民主主義、立憲主義と真っ向から対立します。逆に言うと、安倍さんが戦後民主主義や戦後立憲主義と対立する政治家であったことを国葬での自衛隊の役割が物語っている。また、家族葬にまで儀仗隊を出したことは、防衛相が実弟だったことと相まって、典型的な縁故主義を物語ることになるでしょう。それで本当によかったのか。

 なるほど、と思いました。

▽「(考論 長谷部×杉田+加藤陽子)戦後民主主義、崩した国葬 自衛隊の役割/骨抜きされた法制局」=2022年11月3日
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15463693.html
 ※朝日新聞デジタルでは有料コンテンツです

 国葬当日の報道では、防衛省・自衛隊に焦点を当てたものは、前述の産経新聞の記事が目についただけで、ほかには弔砲などに簡単に触れただけのメディアが大半でした。自衛隊の参加の詳細を、批判的な視点で検証するような報道は目にしませんでした。
 今、岸田文雄政権の下で、軍事費の大幅な拡大が、なし崩しとも言えるような勢いで進みつつあります。日本の敗戦で終わった戦争の教訓を、たった77年で忘れてしまうのか、との思いがします。他国とは異なり、不戦と戦力不保持の憲法を持つ日本で、自衛隊という軍事組織はどんな意味を持つのか。マスメディアが伝えなければいけないテーマだろうと思います。