これでも「何があっても五輪開催」なのか~本土決戦(76年前の「オリンピック作戦」)を回避した歴史の教訓に目を

 新型コロナウイルス対策として、東京都、大阪府、京都府、兵庫県に5月11日を期限に出されていた緊急事態宣言が、5月末まで延長されることが7日、決まりました。12日から愛知、福岡両県も加わり、計6都府県となります。変異株の拡大によって大阪は医療のひっ迫が深刻な状況と伝えられており、東京もその後を追う、との指摘もあります。一方でワクチン接種のペースは上がらず、感染の収束は見通せない状況です。そういう中で開かれた菅義偉首相の7日夜の記者会見では、内閣記者会の幹事社から、このコロナ禍でも東京五輪・パラリンピック大会が開催できるのかや、国民の安全を守る決意や責任を問う質問がありました。菅首相は①各国選手らにワクチンが無償で供与される②各国選手らと一般国民が交わらないよう滞在先や移動手段を限定する③選手は毎日検査を行うなど厳格な感染対策を検討する-と列挙した上で、「こうした対策を徹底することで、国民の命や健康を守り安全、安心の大会を実現する、そのことは可能と考えており、しっかり準備をする」と答えました。東京五輪開催の見直しはまったく考えていない、ということです。
 このブログの以前の記事でも紹介しましたが、マスメディア各社の世論調査では、東京五輪を予定通り今夏に開催するべきだ、とする回答は20%台で、中止や再延期を求める回答の合計に比べ圧倒的に少数です。五輪の開催強行は、それ自体が新型コロナウイルスによる災禍を激化させる恐れがあるだけでなく、日本社会の民意に反するという点でも、見直すべき段階に来ているのではないか、とわたしは考えています。
 以前の記事では、菅首相や大会組織委の「何があっても開催する」との強硬な姿勢を、第二次世界大戦末期に本土決戦論を主張した日本の旧軍部になぞらえました。連合軍に一撃を加えた後でなければ講和はできない、との主張には、その本土決戦後の日本の惨状への想像力が明らかに欠けていました。本土決戦が自己目的化していました。同じように、五輪大会開催を強行した後に日本社会がどうなるのか、とりわけ医療がどうなるのか、菅首相や大会組織委の言動からはその確固としたイメージを持っている様子はうかがえません。やはり想像力を欠いているのではないかと感じます。無観客もいとわず、日本社会と各国の選手との交流も断ち切った状況で大会を開催して、それが五輪精神の実現と言えるのか。開催が自己目的化しているのではないでしょうか。76年前、本土決戦が回避され、そこから日本が復興を遂げたことは歴史の教訓です。

※参考過去記事 

news-worker.hatenablog.com

 最近、「この状況でも、あくまでも開催なのか。中止の選択肢は考えないのか」との疑問がいっそう強まるニュースがマスメディアでもいくつも報じられています。後世への記録の意味もあると考え、いくつか書きとめておきます。

 ▼「ぼったくり男爵」来日見送り
 米紙ワシントンポスト電子版が5月5日、日本政府に対し五輪大会中止を促すコラムを掲載しました。
 ※共同通信「米有力紙、日本に五輪中止促す IOC批判『開催国を食い物』」=2021年5月6日
 https://this.kiji.is/762850499815833600?c=39546741839462401

this.kiji.is


 目を引いたのは以下のくだりです。

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長を「ぼったくり男爵」と呼び、新型コロナウイルス禍で開催を強要していると主張。「地方行脚で食料を食い尽くす王族」に例え、「開催国を食い物にする悪癖がある」と非難した。

 特に「ぼったくり男爵」の訳語を充てた共同通信の翻訳に対して、ネット上でも共感の声があるのを目にしました。
※「ワシントンポスト バッハ会長を『ぼったくり男爵』呼ばわり 『ぼったくり男爵の語呂の良さよ』」
 https://matomedane.jp/page/76575?

matomedane.jp

 ワシントンポストの原文を見てみました。
 https://www.washingtonpost.com/sports/2021/05/05/japan-ioc-olympic-contract

www.washingtonpost.com

 書き出しに「Baron Von Ripper-off」があり、「Von Ripper-off, a.k.a. IOC President Thomas Bach」とも書かれています。「rip off」は「法外な金を取る」の意、「von」はドイツ語圏で王侯や貴族の称号に使われる前置詞とのことです。バッハ会長がドイツ出身であることを意識した強烈な皮肉のようです。「a.k.a」は「also known as」の略で「~としても知られる」の意味ですので、直訳すると「ぼったくり男爵、またの名をIOCのトーマス・バッハ会長」といった感じでしょうか。
 この呼び方が強烈で目を引くのですが、コラム全体の論旨はひと言で言えば、新型コロナウイルスの世界的な大流行、パンデミックの最中に五輪大会のような巨大イベントを強行することの不合理性を指摘するものです。そして日本が開催を中止できないのは、IOCに有利な契約に縛られているためだとして、IOCとバッハ会長を痛烈に批判しています。
 筆者はサリー・ジェンキンスというスポーツコラムニスト。日本の新聞にここまで書く、書ける人は、スポーツ紙を含めても稀有ではないかと思います。
 この少し前、5月3日にも米紙サンフランシスコ・クロニクル電子版がやはり「東京大会は開催されるべきではない」とするコラムを掲載した、とのニュースもありました。
 ※共同通信「米紙、東京五輪開催すべきでない コロナ禍長期化『時間足りない』」=2021年5月4日
 https://this.kiji.is/762126983589183488?c=39550187727945729

this.kiji.is

 そのバッハ会長は5月17日からの来日が調整されていましたが、緊急事態宣言の延長で見送りとなりました。4月21日の記者会見では、東京の3度目の緊急事態宣言への見解を問われ「ゴールデンウイークに向けて、政府がまん延防止のために行う事前の対策だと理解している。東京五輪とは関係がない」(共同通信)と述べたと報じられました。日本社会の民意、世論とあまりにかけ離れた感覚です。

※参考過去記事 

news-worker.hatenablog.com

 バッハ会長の来日見送りの背景には、開催強行への疑念が高まっている世論をさらに刺激することを避ける判断もある、との指摘も報じられています。大会まで残り2カ月余りとなっているのに、IOC会長が開催地で最終的な準備状況を確認できないというのは、それ自体が極めて異常なことのように思います。

 ▼医師ボランティア募集にうかがえる「思い上がり」
 五輪大会を開催するとなると、そのために医師や看護師らの医療従事者を確保しなければなりません。既に海外からの観客は入国させないことが決まり、さらに無観客で実施するとなれば、必要とされる医療従事者はその分だけ減らすことができますが、それでも滞在する各国の選手や役員らのケアのために、相当数の要因を手当てする必要があります。東京でも大阪のような医療態勢のひっ迫が懸念されているというのに、いったいどこにそんな医師や看護師がいるのか、はなはだ疑問です。
 大会組織委員会はスポーツ医の資格を持つ医師からボランティア200人を募っている、と報じられました。
 ※毎日新聞「スポーツドクター200人『無償で』 募集した五輪組織委に批判」=2021年5月3日
  https://mainichi.jp/articles/20210503/k00/00m/050/065000c

mainichi.jp

 しかし、NHKによると、希望者は半分以下にとどまっているとのことです。
 ※NHK「『スポーツ医』の五輪ボランティア希望者 募集の半分以下に」=2021年5月8日
  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210508/k10013018371000.html

www3.nhk.or.jp

 調査を受けた30代の医師は「新型コロナウイルスで経験したことがない非常事態になっているのに、オリンピック第一で現場を見てくれていないと感じました。内科も外科もさらに忙しくなっている中で同僚を残して現場を離れることは難しい」と話しています。

 募集要項を見た会員の医師は、「勤務先の病院や医師への報酬もなく、感染症が流行している地域で活動するのか、いつ検査を受けられるのか、すぐに職場に戻れるのかといった情報も示されないことに憤りを感じます」と話しています。

 NHKが紹介している医療現場の医師のコメントからは、大会組織委と医療現場の意識の乖離は埋めようがないほどに大きいことがうかがえますし、組織委はこと五輪に限ってはすべてに優先する特別の扱いを受けて当然だと考えているのではないか、と感じます。そうだとすれば、それは思い上がりですし、日本社会の民意や世論と遊離するのも仕方がないのかもしれません。そんな状態のまま大会開催を強行して、後に何がレガシーとして残るのでしょうか。

 ▼自衛隊の政治利用
 五輪開催のためには、日本国内で新型コロナウイルスのワクチン接種が進むことが必要です。そのための対応として、菅政権は国の直轄で東京・大手町に大規模な接種センターを設置し、首都圏1都3県の高齢者を中心に、1日1万人のペースでワクチン接種を進める計画を表明しました。運営に当たるのは自衛隊です。
 計画の正式な表明は4月27日。参院広島選挙区の再選挙と参院長野選挙区補欠選挙、衆院北海道2区補選の3選挙で自民党が全敗した25日の2日後です。3選挙で示された菅政権批判を何とかかわそうと、事前に十分な検討がないまま、唐突に打ち出された計画ではないか、とわたしは感じました。

※参考過去記事 

news-worker.hatenablog.com

 夏に向かって暑くなる時期に、都心のビル街に連日、1万人もの高齢者を集めること自体、ふつうに考えて実現可能なのか疑問です。高齢者を広域で移動させること自体、新型コロナウイルス対策の基本から外れています。より感染力を強めていると指摘される変異株が広がっている中では、なおさらです。また、自衛隊にそれだけの接種をまかなえる医官や看護官はいるのでしょうか。
 そんなことを考えていたら,アエラドットに次の記事がアップされているのが目に止まりました。
 ※AERAdot.「『1日1万人接種は自衛隊次第』河野大臣の”丸投げ”発言に自衛隊から怒りの声」=2021年5月7日
 https://dot.asahi.com/dot/2021050600077.html?page=1

dot.asahi.com

 河野太郎ワクチン担当相がテレビ番組の中で、本当に1日1万人の接種が可能かを問われ「自衛隊が検討している」「自衛隊に任せたい」などと発言したことへの波紋を紹介する記事ですが、大規模接種センターの設置自体への疑問の声も紹介しています。

 官邸周辺関係者がこう語る
「官邸のトップダウンの指示に何とか対応しようと現場が奔走している中、河野大臣の丸投げ発言はあまりに酷い、と防衛省幹部は嘆いています。防衛省では現在、全国にどれだけの医官、看護官をセンターへ派遣できるか、聞き取り調査を行っているのですが、地域医療をも支える自衛隊病院から引き抜くわけにもいかず、部隊の医務室に医官や防衛医大の大学院生を何とかかき集めようとしています。実はそれでも人員が全く足りず、1日1万人と大々的にぶち上げたものの、実際は非現実的で無理という声が出始めています」

 前出の自衛隊OBはこう語気を強めた。
「自衛隊は有事に国を、人命を救うのが仕事だと自負しています。昨年の2月にコロナ感染が集団発生した大型クルーズ船『ダイヤモンドプリンセス号』で約2700人の自衛隊員が動員されて医療支援を行ないました。ただ今回のワクチン接種が自衛隊の任務と言われることには疑問を感じます。もし、大規模接種センターでの接種がうまく機能しなかった時に自衛隊に責任を押し付けるのはやめてもらいたい」

 やっぱりそうか、との感想を持ちました。菅政権による自衛隊の政治利用ではないでしょうか。

 ▼「もはや『詰んだ』状況ではないのか」(東京新聞)
 コロナ禍のこの状況で、菅政権も組織委も、あるいは東京都も、何があっても五輪は開催する、との姿勢を貫くつもりなのでしょうか。ただちに中止を決めるかどうかは別としても、少なくとも中止を選択肢に含めて検討すべきなのではないでしょうか。それが民意、世論にも沿うことです。
 第2次世界大戦の末期、昭和天皇の敗戦受け入れの表明で本土決戦は回避されました。現代の日本社会では、そのような絶対権力はありませんし、あってはならないでしょう。重要なのは民意、世論の高まりです。そのためには、今、何が起きているのか、何が問題なのかが社会で広く共有されることが必要です。マスメディアの組織ジャーナリズムの役割がここにあります。
 このブログでも何度か触れてきましたが、東京五輪大会には全国紙5社と北海道新聞社が公式スポンサーに名前を連ねています。各社それぞれに、大会の開催の是非についても社説で触れています。公式スポンサーだからこそ、意義も大きいと思います。

 一方で、公式スポンサーではない東京新聞(中日新聞東京本社の発行)の、そのものずばりの見出しを掲げた記事が目に止まりました。
 ※東京新聞「東京五輪、もはや『詰んだ』状況ではないのか 高まる一方の中止論『早く目を覚まして』『即刻決断を』」=2021年5月8日
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/102934

www.tokyo-np.co.jp

 今夏の東京五輪開催をめぐり、中止を求める声がさらに強まっている。元日弁連会長の宇都宮健児氏が立ち上げたインターネット上の中止要望の署名は、開設から2日で22万筆(7日午後6時現在)を超え、まだ増加中だ。米有力紙は国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長を「ぼったくり男爵」と痛烈に批判した。緊急事態宣言も5月末まで延長。もはや「詰んだ」状況ではないのか。

 長文の記事の小見出しを拾っただけでも「『救える命が救えていない』」/「バッハ会長の来日も暗雲」/「遅れが目立つ国内のワクチン接種」と、確かに「詰んだ」状況です。最後の段落は「中止のシナリオも政局を念頭?」の小見出しです。

 これだけマイナス材料がそろう中、政治ジャーナリストの泉宏氏は「菅首相も小池知事も中止のシナリオを考えているだろう」と語る。ただそれは「ポスト五輪の政局を念頭に置いたもの。『中止を切り出すと世論が自分になびくか』『中止しても権勢を保てるか』が焦点になっているはず。機を見るにたけた小池知事の場合、6月の都議選告示を前に五輪中止と知事辞職を打ち出した上、世論の関心を引きつけて国政復帰という道筋まで思い描いているかもしれない」とみる。

 菅首相も小池知事も、なぜこんなにもかたくなに五輪中止の選択肢を受け入れないのか、多くの人が疑問に感じていると思います。マスメディアの大きな取材課題、報道テーマだろうと思います。

 ▼76年前の日本本土進攻計画「オリンピック作戦」
 前述の通り、菅政権も組織委も東京都も、開催一辺倒で中止を選択肢にすら入れようとしない状況は、わたしには第二次世界大戦末期に旧軍部が本土決戦論を主張していたことと重なってみえます。米軍を中心とする連合軍が計画していた日本本土進攻は、まず南九州に上陸し、次いで相模湾、九十九里浜から関東地方に上陸するという2段構えだったとされます。そのうちの南九州上陸は「オリンピック作戦」という名称が付いていました。何という符合か、と思います。
 76年前のオリンピック作戦は回避され、多くの人命が救われました。そこから戦後の復興がありました。新型コロナウイルスへの対応はしばしば戦争に例えられます。東京五輪についても、人類がウイルスに打ち勝った証しとして開催するのだと、安倍晋三前首相も菅首相も繰り返し口にしてきました。ならば実際の戦争の歴史的な教訓にもしっかりと目を向けるべきだろうと思います。今は、社会資源を新型コロナウイルス対策に注ぎ、救える命を救うべき時です。コロナ禍からの“復興”は、そこからしか始まりません
 ※参考 ウイキペディア「ダウンフォール作戦」 地図の出典も

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【追記】2021年5月10日8時30分
 読売新聞とJNNの2件の定例世論調査の結果が報じられています。東京五輪開催の是非に対しては以下の通りです。

■JNN世論調査(5月8、9日)
「通常通り開催すべきだ」  2%
「観客数を制限して開催すべきだ」 13%
「無観客で開催すべきだ」  20%
「延期すべきだ」  28%
「中止すべきだ」  37%

■読売新聞調査(5月7~9日)
「中止する」 59%
「観客数を制限して開催」 16%
「観客を入れずに開催」 23%

 選択肢に「延期」がない読売新聞調査では「中止」が59%にも上っています。JNN調査でも「延期」と「中止」の合計は65%。民意、世論の大勢は、やはりこの夏開催の見送りを求めています。

もはや「改憲」「護憲」の二項対立ではない~世論調査結果からうかがえる民意

 5月3日の憲法記念日に合わせて、マスメディア各社の憲法に関する世論調査の結果が報じられています。目に付いたところでは朝日新聞、毎日新聞、読売新聞が3日付朝刊に掲載。共同通信は1日付朝刊用に配信し、NHKは2日夜、公式サイトにアップしています。朝日、読売、共同は郵送方式で実施。NHKは4月23日から3日間、電話で実施しています。毎日新聞は4月18日に実施した電話調査の中で、憲法についても尋ねたようです。
 憲法改正への賛否について、各調査結果は以下の通りです。
▼朝日新聞
「必要」45% 「必要ない」44%
▼毎日新聞
「賛成」48% 「反対」31%
▼読売新聞
「する方がよい」56% 「しない方がよい」40%
▼共同通信
「必要」24% 「どちらかといえば必要」42%
「どちらかといえば必要ない」21% 「必要ない」9%
▼NHK
「改正する必要があると思う」33%、
「改正する必要はないと思う」20%
「どちらともいえない」42%

 朝日新聞調査だけは賛否が拮抗し、ほかは改憲を是とする回答が、否とする回答を上回っています。朝日新聞と読売新聞は、3日付朝刊に質問と回答の詳細も掲載しているので比較してみました。

 朝日新聞の調査は質問が30以上あり、「いまの憲法を変える必要があると思いますか」は28番目です。その前に、菅義偉政権の支持・不支持に始まって、次の総選挙では投票の際に何を重視するかや、意見が対立する問題は多数決で決めるべきだと思うか、親族や友人など身近な人が政府を批判することにどの程度抵抗があるか、など、実に広範な質問を重ねています。そして、憲法9条の条文を紹介して9条改正の是非を尋ね、自衛隊が憲法に違反しているか否か、現憲法は全体としてよい憲法と思うかどうかの質問に続いて、改憲への賛否を聞いています。ちなみに9条については「変えるほうがよい」30%、「変えないほうがよい」61%、自衛隊と憲法では「違反している」16%、「違反していない」73%、憲法の評価は「よい憲法」57%、「そうは思わない」30%でした。
 読売新聞の調査は、1問目に現憲法のどのような点に関心を持っているかを尋ね、次いで改憲への賛否を聞いています。1問目は19の選択肢を用意し、いくつでも選んで可としています。回答が多かったのは「戦争放棄、自衛隊の問題」(48%)、「環境問題」(43%)、「緊急事態への対応の問題」(43%)、「教育の問題」(33%)、「平等と差別の問題」(32%)などです。
 共同通信の調査結果は、「どちらかといえば」を合わせて改憲が「必要」が計66%に上り、「必要ない」の計30%を大幅に上回っています。質問は、最初に改憲が必要か否かを尋ねています。
 以上のことから、これらの調査結果を踏まえて言えるのは、質問の組み立て方によって回答状況は大きく異なる、ということにとどまるのではないかと思います。
 前振りなしに「憲法改正」と聞いて思い描くイメージがほぼ9条改憲と同義だったのは昔のこと。今は憲法を巡る社会的な関心も、9条と自衛隊以外にジェンダーや多様性の尊重、生存権、環境など広がりを見せ、関心のありようも人それぞれではないでしょうか。わたしは安倍晋三政権時代の衆院解散のありようを見てきて、内閣総理大臣の“解散権”の根拠になっている天皇の国事行為(7条)についての改正議論が必要ではないかと考えるに至っています。
 今や憲法を巡っては、大ざっぱな「改憲派」「護憲派」の二項対立のくくりや、「改憲ありき」あるいはその逆の「改憲絶対反対」の姿勢にとらわれていては、民意が見えなくなるように思います。憲法の何を、どういう理由で、どういう風に変える必要があるのか、あるいはその必要はないのかを、社会の実態に即して、個々に丁寧に見ながら議論していく必要があると感じます。
 ただし、強調しておきたいのは憲法99条の規定です。

 第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 政府、政権は憲法を尊重し、その精神を政治によって実現させなければいけません。国会で改憲を発議できる規定があっても、憲法の基本原理、原則に反するような改正は認められないと言うべきです。

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 以下は東京発行新聞各紙の5月3日付朝刊に掲載された、憲法関連の主な記事の記録です。
 菅義偉首相が産経新聞の単独インタビューに応じ、改憲にあまり関心がないとされる評価を打ち消そうとでもするかのように、積極的に発言しているのが目を引きました。主見出しは自衛隊の9条への明記ですが、先に紹介したように朝日新聞の世論調査では、自衛隊は違憲かどうかを尋ねています。「違反している」の回答が16%なのに対し、「違反していない」は73%に上ります。憲法に明記せずとも、自衛隊は十分に国民の支持を得ている実態があります。

▼朝日新聞
1面トップ「男女平等の理念 遠い日本/『女性の自立 応援しなかった社会』」ワッペン・憲法を考える
1面準トップ「改憲『必要』45%『必要ない』44%/9条『変えない』61%」※世論調査本記
社会面トップ「緊急事態下 感じた憲法」「国境を越える異動 米国人の婚約者 入国できぬまま婚姻届」「法の下の平等 風俗店 休業要請に従ったのに」「休業・時短要請 『過剰な制約』応じぬ店も」
社説「コロナ下の憲法記念日 憲法の価値 生かす努力こそ」/『強制型』対策へ一歩/説明責任の持つ意味/首相に課された責務
※世論調査関連記事
3面「権利制限する『緊急事態条項』 『改憲せず対応』54%」」
6~7面詳報・特集「憲法観 安定感と移ろいと」「選択の年 政治への視線は」
9面・記者解説「改憲 拮抗する世論/関心や意識に差 年代でもばらつき」

▼毎日新聞
1面準トップ「改憲賛成48%、反対31%/自衛隊明記 賛成51%、反対30%」※世論調査本記
3面・クローズアップ「漂流する『安倍改憲』/自民党内に司令塔不在」「野党共闘 足並み乱れ警戒」「菅首相 関心低く党任せ」
8~9面・特集「家族の形 年々多様化」「『夫婦別姓』議論 行方は」
社説「コロナ下の自由と安全 民主社会の力を示したい」/憲法で保障される権利/市民参加で両立の道を

▼読売新聞
1面「憲法改正 賛成56%/緊急事態 対応『明記を』6割」※世論調査本記
7面・特集「新たな論点 検討急務」※各党インタビュー
社説「憲法記念日 新たな時代へ課題を直視せよ 緊急事態やデジタルも論点だ」/現実との乖離ないか/各党は具体案を明確に/審査会は本格討議を
※世論調査関連記事
2面「国会オンライン出席 賛成83%」
6面・詳報「危機を意識 改憲派増」

▼日経新聞
2面「コロナ・安保 憲法議論迫る/緊急事態、尖閣対処も想定/個人の権利制限 論点に」
8~9面・特集「私の考える憲法」「憲法のかたち 世界と比較」
社説「人権と公共の福祉をどう均衡させるのか」

▼産経新聞
1面トップ「自衛隊『9条に位置づける』/首相、改憲を衆院選公約/党是実現へ指導力不可欠」※菅義偉首相の単独インタビュー
5面「現状そぐわぬ憲法 衆院選で問う」※菅首相インタビュー詳報
社説(「主張」)「憲法施行74年 抑止力阻む9条は不要だ 菅首相は改正論議を加速せよ」/『同盟拡大』も許さない/コロナ禍が欠陥示した

▼東京新聞
1面トップ「憲法24条 軽視の1年/ジェンダー平等の要請 実現は遠く/政府コロナ対策」
2面・核心「自粛頼み 立憲主義に反する/法整備怠り 個人に責任転換/新型コロナ 政府対応の問題点」※江藤祥平・一橋大准教授インタビュー
13面「木村草太さんおすすめ 憲法を考える4冊」
22面(第2社会)「コロナ禍 侵される生存権/砕米食べる男性『10年後なんて』想像できない」※憲法25条・健康で文化的な最低限度の生活を営む権利
社説(中日新聞と共通)「憲法記念日に考える 人類の英知の結晶ゆえ」/戦争は社会契約を攻撃/平和を道徳だけにせぬ/国民の支持あってこそ

朝日新聞阪神支局の記者殺傷事件を風化させない~テロであり、異論を認めない社会を是としていた二重の意味で許すことができない

 34年前の1987年5月3日夕、兵庫県西宮市の朝日新聞社阪神支局が散弾銃を持った男に襲われ、勤務中だった小尻知博記者が撃たれて亡くなりました。29歳でした。ほかに記者1人が重傷。共同通信などに届いた犯行声明は「日本民族独立義勇軍 別動 赤報隊 一同」と名乗り、「反日世論を育成してきたマスコミには厳罰を加えなければならない。特に朝日は悪質である」などと書かれていました。前後して朝日新聞東京本社なども襲撃され、当時首相だった竹下登氏や元首相中曽根康弘氏への脅迫、江副浩正元リクルート会長宅襲撃と、赤報隊を名乗った犯行が続きました。警察庁広域指定116号事件、いわゆる「赤報隊事件」です。犯人を突き止められないまま2003年3月にすべての事件の時効が成立しました。
 ことしも朝日新聞は5月2日付の社説でこの事件を取り上げました。
 ※朝日新聞デジタル「支局襲撃34年 SNSを凶器にしない」
  https://www.asahi.com/articles/DA3S14891475.html

 犯行声明を出した「赤報隊」は、朝日新聞を「反日」と批判した。そして今、ネット上には「反日サヨク」「非国民」といった言葉があふれる。標的にされるのは、広く社会・労働運動に取り組んだり、政権に批判的な発言をしたりする人たちだ。

 「赤報隊」は一連の犯行声明の中で「反日朝日は五十年前にかえれ」と要求していました。当時から50年さかのぼれば1937年。7月7日の盧溝橋事件で日中戦争が勃発した年です。1931年の満州事変から45年の敗戦まで「15年戦争」とも呼ばれる長い戦争の時代。異論を許さず社会が次第に戦争遂行一色になっていく、それにすべての新聞が加担していく、そういう時代でした。赤報隊事件は言論テロであると同時に、犯行グループが歴史に学ぶことなく異論を認めない社会を是としていた点で、二重の意味で決して許すことができません。
 事件から34年がたって今日、朝日新聞の社説が指摘するように「反日」という言葉はネット上にあふれかえっています。現実社会のヘイトスピーチでも見られます。そこには、異論を認め、対話を試みようとする意思は感じられません。

 朝日新聞社の阪神支局は、事件当時の社屋は改築されたものの場所はそのままです。わたしは10年前、2011年5月3日に初めて訪ねました(同年3月に、東京から大阪に転勤になっていました)。その日のことはこのブログにも書きとめています。あらためて読み返してみました。

※「『憲法記念日ペンを折られし息子の忌』~朝日阪神支局事件から24年」

news-worker.hatenablog.com

 憲法記念日の3日、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局を訪ねました。一階の入り口に24年前のこの日、散弾銃で襲われ殺害された小尻知博記者(当時29歳)の遺影が花に包まれるように飾られていました。記帳、焼香して、支局3階の「朝日新聞襲撃事件資料室」を見学しました。壁にかけられていたご遺族の句が強く印象に残りました。「憲法記念日ペンを折られし息子の忌」。
 (中略)
 現在の支局は事件当時と場所は変わらないものの、建物は改築されています。3階の資料室には事件当日、小尻さんらが座っていたソファー、散弾を受けてつぶれたボールペン、体内の散弾を写し出したエックス線写真など、凶行を今に伝える数々の品が置かれています。若い記者、記者を志す若い人たちには、所属組織・企業の違いを越えてぜひ見てほしい資料だと感じました。同時に、若い記者を育てる立場の世代、さらにはその上の立場の人たちにも。

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 冒頭に紹介したご遺族の句は、旧支局に小尻さんの遺影が飾られていた様子のパネル写真と並んで、壁にかけられていました。遺影の小尻さんは当時のままの姿ですが、わたしを含めこの24年の歳月を生きた者はみなそれぞれに年齢を重ねました。事件を風化させることがないよう次の世代に語り継いでいくことは、記者の仕事を続けてきた者の義務だろうと考えています。

 さらに10年がたって、「反日」という言葉があふれている今日、事件が社会に語り継がれていくことの重要さは、いよいよ増しているように思います。わたしは勤務先で定年を迎えて、マスメディアのジャーナリズムにかかわる現役の時間を終えましたが、小尻さんと同世代の記者だった一人として、わたしなりに後続世代に事件のことを繰り返し伝えていきたいと思います。

「昭和」の戦争とコロナ禍での東京五輪開催強行

 4月29日は「昭和の日」の祝日です。昭和のころは天皇誕生日でした。1989年1月に昭和天皇が亡くなり「平成」に改元されると、しばらくは「みどりの日」でした。2007年に現在の呼び名に変わりました。「国民の祝日に関する法律」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」としています。
 2021年の今日この日に、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み」ながら思うのは、新型コロナウイルスの感染拡大と7月に予定されている東京五輪のことです。ウイルスは変異して感染力を強め、重症化する率も高まっているとの指摘の下、医療体制はひっ迫の度を強めています。東京や大阪などでは3度目の緊急事態宣言が発令されました。他の地域でも感染者は増加傾向。一方でワクチン接種はスローペースです。こんな状況で本当にあと3カ月で五輪が開催できるのか、開催していいのか。マスメディア各社の世論調査でも、予定通り7月に五輪を開催すべきだ、との回答は、例えば共同通信の今年4月の調査では24.5%と少数です。
 もう五輪の中止を検討すべき時期ではないかと思うのですが、見直しの動きは一向になく、各地で聖火リレーは続き、菅義偉首相は「五輪開催はIOCが決めている」と他人ごとのような口ぶり。大会組織委の橋本聖子会長も28日の記者会見で「無観客の覚悟は持っている」と話し、何があっても開催する、とのかたくなな姿勢は変わっていません。
 この組織委や菅政権の姿を見るにつけ、昭和の第二次世界大戦末期、敗色は濃厚だったのに戦争を続け、やがて日本中の主要都市が空襲で焼け野が原になり、沖縄戦、広島、長崎への原爆投下、ソ連参戦があってもなお、本土決戦を主張していた旧軍部のことが重なって見えます。仮に連合軍に本土決戦で一撃を加えるのは良しとして、その後の国のありように、いったいどんな展望があったでしょうか。
 今日の東京五輪も、では無観客で開催にこぎつけたとして、そのことにどんな意義があるというのでしょうか。例え選手や役員だけの参加でも、もともと酷暑が予想される時期の開催であり、一定数の医療関係者の手当ては必須です。それだけ、東京の医療態勢がひっ迫の度を増すのは明らかです。ひとたび東京で医療崩壊が起これば、どんな事態に見舞われるのか。組織委や菅政権は今や、事後のことへの想像力を欠いたまま開催が自己目的化しているように思えます。とても危うい。
 昭和の戦争では、最終的に日本は本土決戦を回避し降伏しました。凄惨な戦争であり、日本だけでなくアジア諸国にもおびただしい犠牲を生みましたが、それでも日本の降伏によって救われた人命がありました。そこから復興が始まりました。

 昭和の戦争のころと今日とで異なっているのは、曲がりなりにも今は表現の自由が保障されていることです。昭和の戦争では、新聞は自由な報道は許されず、戦争遂行に加担した歴史があります。現代の組織ジャーナリズムはその歴史の教訓を忘れることなく、今ある表現の自由を行使し、社会に必要な情報を届けていかなければなりません。

広島再選挙は候補一本化と争点の明確化で野党勝利~自民全敗 直後に出てきたワクチン大規模接種計画

 4月25日に投開票された参院広島選挙区の再選挙と参院長野選挙区補欠選挙、衆院北海道2区補選の3選挙で自民党は、候補者擁立を見送った北海道2区補選を含めて全敗でした。菅義偉首相にとっては初めての国政選挙だっただけに、26日付の東京発行新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)はいずれも1面トップの扱い。「菅政権に大打撃」(毎日)など、「打撃」の見出しが目を引きました。
 わたしが注視していたのは、大規模な買収事件で河井案里議員が当選無効となった広島の再選挙です。野党が一本化した候補が自民党公認、公明党推薦の候補との事実上の一騎打ちに勝ちました。票数は37万860票と33万6924票の激戦。投票率は33.61%でした。

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 ▽野党共闘と争点の明確化
 もともと広島は自民党が強く、この再選挙でも自民党は勝つつもりで3選挙のうち一つは勝ちを確保できると見込んでいたとも報じられています。一般的に、投票率が低ければ組織力に優る自民、公明の候補が有利ともされます。しかし、結果は野党共闘の勝利でした。朝日新聞の投票所出口調査結果の分析によれば、広島では投票した有権者の関心は新型コロナウイルス対策よりも「政治とカネ」の方が高く、しかもいちばんの関心に「政治とカネ」を挙げた人のうち76%が野党統一候補に投票していたとのことです。野党が結集して候補を一本化し、争点を明確にすれば、自民党の地盤地域でも勝てることが立証されたのではないかと感じます。遅くとも今年秋には任期満了で必ず実施される次期衆院選を前に、広島の経験は大きな意味があるように思います。与党にとっても、「政治とカネ」の問題、安倍晋三前首相の「桜を見る会」の問題などをこのままにしておいていいのかが問われるはずです。
 広島の再選挙をめぐるもう一つのわたしの関心は、河井陣営による買収事件の「被買収」の側の地元政治家らのことです。このブログの以前の記事でも触れましたが、現金を受け取った地元議員や首長は起訴されていません。不起訴にもなっていないので、有権者が検察審査会に申し立てることもできません。買収は金を出す側と受け取る側がそろって成立します。片方が罪に問われないのは、一般の市民感覚から言えば納得しがたいものです。

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 ▽検察の不作為が民主主義を危うくするおそれはあった

 「被買収」の議員らは公民権停止にならず、今回の再選挙では自民党候補を大っぴらに応援できる立場でした。これはやはり釈然としません。仮に、自民党候補が勝利していたら、検察の不作為により選挙の公正さがゆがめられた結果であるとの批判を招いていたかもしれません。
 東京発行の新聞各紙で、朝日、毎日、読売3紙は、これらの「被買収」議員らが今回は、有権者の批判を浴びるために表立って活動するわけにいかず動きを封じられたと、ごく簡単に報じています。それでも読売新聞によれば、電話で投票依頼を行っていた議員はいたようです。やはり、検察の不作為が民主主義を危うくするおそれはあったと言うべきです。マスメディアは、公訴権を独占し、起訴便宜主義で起訴、不起訴の広範な裁量を持つ検察の権限行使もまたジャーナリズムの監視対象であることをあらためて確認するべきだと思います。

 この3選挙の完敗に対して、菅首相からは「ただすべきはただす」といった程度のコメントしか聞かれません。「政治とカネ」が問われた広島の選挙では、自身が官房長官として河井案里氏を直接応援していた立場なのに、何が敗因なのか理解できていないのではとも感じます。

 ▽ワクチン大規模接種、混乱招かないか
 少なからず驚いたのは、選挙直後のタイミングで27日、新型コロナウイルス対策として、ワクチンの大規模接種を国が直接、東京で行うことを表明したことです。報道によると、場所は東京・大手町に国が所有する合同庁舎。自衛隊が運営し、自衛隊の医官、看護官が接種に当たります。東京、千葉、埼玉、神奈川の65歳以上の高齢者が中心で、1日に1万人に接種。期間は5月24日から3カ月間、つまり東京五輪閉幕後まで、とのことです。
 ワクチンの接種はそれ自体、極めて重要なテーマです。しかし、選挙で完敗した直後に、その要因についてろくに認識も示さないまま、スケジュール的に五輪とリンクするような、しかも自衛隊が「国民を守る」組織であることを強調しながらの唐突な大規模接種計画を公表したことは、やはり政権への批判をかわすのが最大の狙いではないかと感じます。
 この大規模接種計画には、東京の大手町というビル街に広域から高齢者を毎日1万人集めることが妥当なのか、接種計画を苦労して策定している自治体との調整はスムーズに進むのか、かえって混乱を招くことにならないかなど、素人考えでも疑問が次々に浮かんできます。コロナ対策がそれだけ喫緊で重要の課題であるなら、まずは五輪の7月開催を見直し、コロナ対策に全力を挙げるべきではないかと思いますし、民意にかなったことでもあると思います。

【追記】誤記を2カ所訂正しました。×「5月24日から3週間」→○「5月24日から3カ月間」/×「東京五輪の開幕まで」→○「東京五輪閉幕まで」

バッハ会長の暴言、五輪開催の強行と新聞各紙の報道~公式スポンサーだからこそ批判に意義

 新型コロナウイルス対策で東京、京都、大阪、兵庫の4府県は4月25日、3回目の緊急事態宣言に入りました。期間は5月11日までですが、感染力が強まっている変異株の感染が拡大しているとの指摘があるのに、17日間という期間は、これまでの2回の緊急事態宣言の経験からみても「短いのではないか」との疑問が消えません。東京五輪の開幕を7月23日に控え、5月中旬にはIOCのバッハ会長が来日するとのことです。菅義偉政権がこの五輪日程と緊急事態宣言とのかかわりを否定したとしても、客観的にみて、バッハ会長が東京に滞在中も緊急事態宣言が続いていれば、開催強行への疑問の声が増大するのは確実です。既にマスメディア各社の世論調査では、東京五輪を予定通り7月に開催すべきだ、との回答は少数になっています。日本社会の民意は明らかだと言うべきなのに、それでも日本政府、大会組織委、東京都は大会開催を強行するのか―。この一点で、日本の政治が民意にかなっているのかが問われる事態になっている、とさえ感じます。
 そのバッハ会長は4月21日の記者会見で、東京に緊急事態宣言がまたも発令される見通しになったことへの見解を問われ「ゴールデンウイークに向けて、政府がまん延防止のために行う事前の対策だと理解している。東京五輪とは関係がない」(共同通信)と述べたと報じられました。一読して、目を疑いました。大会開催のためには、見たくないものは見ない、都合のいいことだけに目を向けるというのか。では、大会によってウイルス感染が拡大し拡散する危険はどう認識しているのか、大会後の東京のことをどう考えるのか。暴言です。

※共同通信「緊急宣言は『五輪と無関係』 IOC会長、影響を否定」=2021年4月22日
 https://this.kiji.is/757727872655048704?c=39546741839462401

this.kiji.is

 さすがに聞き捨てならない発言だと受け止めたのでしょう。23日付の東京発行新聞各紙の中には、批判、疑問視するトーンの長文の記事がいくつか目に付きました。各紙のこの発言の取り上げ方を書きとめておきます。
 ※見出しは紙面のものです。自社サイトでは異なった見出しになっている場合があります

▼朝日新聞
社会面準トップ
「五輪開催ありき?波紋/IOC会長『緊急事態と無関係』」「『選手検査は毎日』提案」/「『影響ないわけない』『矛盾』/都民ら困惑」
 https://www.asahi.com/articles/ASP4Q6HXKP4QUTIL016.html ※有料会員記事

www.asahi.com

▼毎日新聞
4面・焦点
「IOC 世論軽視/バッハ会長『緊急事態 世論と無関係』」「開催懐疑論との溝拡大」「北京『人権』で視界不良」
 https://mainichi.jp/articles/20210422/k00/00m/050/377000c ※有料記事

mainichi.jp

▼読売新聞
第2社会面
「バッハ氏 宣言『五輪に関連せず』」※ジュネーブ特派員、事実関係のみ

▼産経新聞
2面
「IOC会長『宣言と五輪は無関係』」※ジュネーブ共同通信配信記事、事実関係のみ

▼東京新聞
第2社会面
「緊急事態『五輪と無関係』/IOC会長、影響を否定」※ジュネーブ共同通信配信記事、事実関係のみ
 ※特報面では、バッハ発言にも触れながら、五輪大会がコロナ対策を左右していると指摘し批判する記事を見開きで載せています。
「五輪が『対策』左右 おかしい/『バッハ会長来日前の解除狙い』世間はお見通し/わずか2週間?3度目緊急事態宣言へ」「『感染状況に応じて決めるべき』」「1回目発出 延期決定直後/2回目解除 聖火出発直前」
「『5月半ば解除なら6月再び増加/東大チームなど試算」「開催強行 取り返しつかぬ事態招く恐れ」

 朝日新聞は23日付社説でも、現状で東京五輪が開催できるのかと、疑問を投げかけています。
「五輪とコロナ これで開催できるのか」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14880848.html

 どんな条件の下で、いかなる大会像を描いているのか。そのために何をしなければならないのか。無理を押してでも開催することによって、社会はどんな利益を享受し、逆に負担を引き受けることになるのか。
 朝日新聞の社説は繰り返し、その説明と、国民が判断するために必要な情報の開示、現実を踏まえたオープンな議論を求めてきた。しかし聞こえてくるのは「安全で安心できる大会を実現する」「宣言の影響はない」といった根拠不明の強気の発言ばかりだ。菅首相以下、リーダーに期待される使命を果たしているとは到底いえない。

 朝日新聞は20日付の1面コラム天声人語が「開催の中止を検討すべきときではないか」とまで踏み込んでいました。
「(天声人語)コンコルドの誤り」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14877133.html?iref=pc_rensai_long_61_article ※有料会員記事

 これまでも紹介してきましたが、五輪東京大会には全国紙各社と北海道新聞社が公式スポンサーに名を連ねています。朝日新聞社が社説で開催強行に疑問を提示したこと、朝日新聞や毎日新聞が報道としてバッハ会長の発言への批判を取り上げていることは、公式スポンサーだからこその意義もあると思います。新聞社以外のスポンサー企業の動向にも注目しています。
※北海道新聞も4月20日付で以下の社説を掲載しています。
「菅政権と五輪 思惑排し冷静に判断を」
  https://www.hokkaido-np.co.jp/article/535020?rct=c_editorial

 自民党の二階俊博幹事長が先週、新型コロナウイルスの感染拡大が続く場合、今夏の東京五輪・パラリンピックを「すぱっとやめなきゃいけない」と述べた。
 開幕まで100日を切り、聖火リレーの真っ最中に政府・与党幹部が初めて中止の可能性に言及した発言は世界に波紋を広げた。
 菅義偉政権は火消しに躍起だが、国内の感染状況を見れば、二階氏の発言は多くの国民にとってさほど違和感はなかろう。開催ありきで進んでいるかに見える政権の姿勢の方がおかしくないか。
 首相は五輪後の衆院解散を想定しているとされる。祝祭ムードを追い風に、選挙に勝利して政権続投を狙う戦略が透ける。
 二階氏は「開催することでたくさん感染をまん延させたなら、何のための五輪か分からない」とも語った。その通りだろう。
 政府には、政治的な思惑を排し、国民の生命と健康を守る観点から五輪開催の可否について冷静に判断することが求められる。

 前述のように、大会開催を強行するのかどうかは、今や日本の政治が民意にかなっているのかが問われることに等しいと感じています。その中でマスメディアはどんな情報を社会に提供していくのか。その役割が問われると思います。

北角裕樹さんの即時解放求め、新聞労連、メディア総研が声明

 ミャンマー在住の日本人ジャーナリスト・北角裕樹さんが4月18日夜、自宅で治安当局に拘束されました。虚偽の情報を拡散させたとの疑いをかけられ、刑務所に収容されていると報じられています。ミャンマーでは軍事クーデター後、軍当局が抗議行動を激しく弾圧し、市民の殺害が相次いでいます。その実態を伝えるのはジャーナリズムの当然の役割です。軍当局が権力掌握の正当性を主張するなら、ジャーナリストの活動は保護されなければなりません。ジャーナリストを弾圧することは、市民の殺害を続けている軍当局に正統も理もないことを、軍当局自らが認めるに等しいことです。
 北角さんの即時解放を求めて、新聞労連とメディア総合研究所が4月20日、それぞれ声明を公表しましたので紹介します。


 ※新聞労連声明「ジャーナリスト北角裕樹さんの拘束に抗議し、 即時解放と日本政府に救出を強く求める」
 ※メディア総合研究所声明「ミャンマーで拘束されたジャーナリスト北角宏樹さんの即時解放を求める」  

 ◎ジャーナリスト北角裕樹さんの拘束に抗議し、 即時解放と日本政府に救出を強く求める

 軍事クーデターが起きたミャンマーで、同国在住の日本人ジャーナリスト・北角裕樹さんが4月18日夜、自宅で治安当局に拘束され、刑務所に移送される事件が起きました。
 ヤンゴン在住の北角さんは、クーデターに抗議し民主主義を求める市民の活動や、それを弾圧するミャンマー国軍の実態を取材し、S N Sや動画配信を通じて世界に発信してきました。今年2月26日にも抗議デモを取材中に拘束され、解放されています。
 ミャンマー国軍は2月1日のクーデター以降、外国人記者を含むジャーナリストを相次いで拘束。批判的なメディアの免許取り消しや記者の拘束が相次いでいます。ネット遮断など情報通信の妨害も続いています。
 北角さんはこのような弾圧に屈せず、「世界の人にミャンマーで酷いことが起きていることをぜひ知ってほしいという声が非常に強い」「『国際社会に助けてほしい』『軍の残虐行為を平和的なデモだけでは止めることはできないのではないか』『自分たちの力だけではどうにもならないのではないか』と言う気持ちが彼らの中にあって、ぜひ国際社会から圧力をかけてほしいと思っている」と語り、現地での取材や発信を続けてきました。
 これに対し、ミャンマーの軍事政権側は日本大使館に対して「虚偽ニュースを拡散させた疑いで取り調べている」と主張しています。
 市民に寄り添ったジャーナリズム活動が、政府によって違法行為とされて逮捕される事態は、私たち報道機関で働く者に脅威を与え威嚇するものであり、表現・言論の自由への弾圧です。もはや、国際的に保護されるべき報道の自由への蹂躙です。
 ミャンマー治安当局に対して、北角さんやジャーナリストたちの拘束に抗議し、即時解放を求めます。
 また、ミャンマーでは、2007年に日本人ジャーナリストの長井健司さんが軍事政権に対する僧侶や市民の反政府デモを取材中、軍政府から射殺されたとされています。ジャーナリストを狙った同様の悲劇が、二度と繰り返されてはなりません。
 日本政府は「ミャンマー側に対して早期解放を求めている」という姿勢を明らかにし、菅義偉首相も「邦人保護に万全を尽くす」と記者団に語っています。 
 日本政府には北角さんを一刻も早く救出するとともに、軍事政権によるミャンマーの市民に対する弾圧をやめさせるよう、強く働きかけることを求めます。

2021年4月20日
日本新聞労働組合連合(新聞労連)
中央執行委員長 吉永磨美

 

◎ミャンマーで拘束されたジャーナリスト北角宏樹さんの即時解放を求める

2021年4月20日
メディア総合研究所 所長 砂川 浩慶

クーデターによる軍事政権が支配するミャンマーで4月18日夜、日本人ジャーナリスト北角裕樹さんが身柄を拘束された。ヤンゴン在住の北角さんは、2月1日にミャンマー国軍が政権を掌握した直後から、クーデターに抗議するミャンマー市民の様子などを取材し、世界に向けて発信してきた。今回、国軍は北角さん拘束の理由として虚偽のニュースを拡散した疑いを挙げているというが、北角さんが危険を冒して伝えてきたのはミャンマー市民の真実の声であり、国軍が市民に銃口を向けている弾圧の事実だ。
軍事政権は国内の報道機関を次々と閉鎖に追い込み、インターネットの遮断も繰り返すなど市民の言論・表現活動を厳しく抑え込もうとしている。そうした中で、事実を報じようとするジャーナリストの存在そのものが標的にされている。
 ミャンマーでは2007年、反政府デモを取材中の映像ジャーナリスト長井健司さんが政府軍兵士に射殺され、最期の瞬間まで手にしていたビデオカメラは未だに行方不明のままとなっている。この悲劇を繰り返すようなことは絶対にあってはならない。
 私たちはミャンマー国軍に対し、北角さんを一刻も早く解放することを求めるとともに、日本政府に対しては、邦人保護及び言論・報道の自由の観点から、北角さんの身の安全を守るために可能な限りの努力を尽くすよう強く求める。

以 上

 

バイデン米大統領が菅首相を呼んで確認を求めたこと~対中国の抑止破綻まで織り込んだ共同声明

 菅義偉首相が訪米し、バイデン大統領と4月16日午後(日本時間17日未明)にホワイトハウスで会談しました。会談後に発表した共同声明には「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」として、「台湾」が明記されたことが大きなニュースとして報じられました。バイデン大統領が就任後初の対面での首脳会談に菅首相を選んだことも、米国が中国と対峙していく上で、地理的に中国と近い日本を重視していることの表れだと指摘されています。台湾について「両岸問題の平和的解決を目指す」としてはいるものの、やはり気になるのは軍事面のことです。米国の中国に対する軍事作戦に日本が加わる恐れがあるのではないか。今回の日米首脳会談によって、日本はどのような位置に組み込まれたと理解すればいいのか。そのようなことを考えながら、新聞各紙の報道を読みました。
 東京発行の新聞各紙は、18日付の朝刊で大型の読み物記事や社説などで、今回の日米首脳会談を掘り下げています。他紙には見かけない視点で参考になったと感じたのは、産経新聞が総合面に掲載した「日米同盟 新ステージ/変わる戦略艦橋 役割見直し」の見出しのサイド記事です。
 共同声明には「(菅総理とバイデン大統領は)日米同盟を一層強化することにコミットする」「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」などの表現で、日米の軍事面での結びつきの強化と、日本の軍事力自体の強化が盛り込まれています。産経新聞の記事はこうした点について、「日米双方が抑止力とともに、抑止が破綻した場合の対処力を強化することで合意した」と指摘しています。また、「最近では米インド太平洋軍司令官が台湾有事の可能性に言及している」とした上で、「日本政府当局者」の「司令官は台湾有事を抑止する責任者であるにもかかわらず、抑止の失敗に言及したのはそれだけ危機感が強いということだ」との受けとめ方も紹介しています。
 一方で各紙とも指摘するのは日本と中国の経済面での関係です。この側面を無視して日本経済は立ち行かず、従って日本には米中の対立の間で果たすべき非軍事の独自の役割があるはず、ということにもなります。しかし、菅-バイデンの共同声明が、軍事的抑止の失敗まで織り込んで軍事同盟の強化と日本の軍事力強化を定めたものだとすれば、事実上、対中国を想定した軍事力行使の準備、もっと言えば戦争の準備(抑止を基調としながらも)を日米が共同で進めることを宣言しているように思います。バイデン大統領が、新型コロナウイルスがまん延しているにもかかわらず、「初の首脳会談の相手」という“栄誉”をもって菅首相をわざわざワシントンに呼びながら、ハンバーガーだけのランチという慌ただしさの中で確認を求めたのは、まさにこの点だったのかもしれません。密室の20分間のやり取りで、菅首相はバイデン大統領に何を伝えたのでしょうか。

 以下は、18日付の東京発行新聞各紙の朝刊のうち、日米首脳会談に関係する1面、総合面、社説の主な記事の見出しの記録です。

▼朝日新聞
1面トップ「日米、声明に台湾明記/中国との競争 連携強調/首脳会談」
1面「日本『受け身外交』転換を」佐藤武嗣編集委員
2面・時時刻刻「台湾海峡 踏み込む日本」「日本 中国に対抗 強硬米国と歩調」「米国 有事想定し 協力迫る可能性」「中国 譲れぬ統一 日本の変化不満」
社説「日米首脳会談 対中、主体的な戦略を」

▼毎日新聞
1面トップ「日米52年ぶり台湾言及/『海峡の平和重要』/首脳会談声明/首相『米国は五輪支持』」/「中国『強烈な不満』」
2、3面・クローズアップ「対中 けん制と配慮」「協調 一部すれ違い」「安全保障 海洋進出懸念 対話にも重き」「経済 半導体供給網構築へ」「気候変動 迫られる2030年新目標」「東京五輪 『コロナに勝利』使わず」
社説「菅・バイデン会談 問われる日本の対中戦略」

▼読売新聞
1面トップ「日米、対中へ同盟深化/台湾の平和 重要性強調 香港・ウイグル人権懸念/スノウ会談 共同声明/経済安保も連携」
1面「温室ガス『30年までに行動』明記/首相、週内に削減目標」
1面・企画・新冷戦の日米同盟(上)「首相 防衛力強化へ決意」
3面・スキャナー「日本慎重 米強硬」「『台湾』文言難航 『平和』強調で折衷」「『人権』対応でも曲折」
社説「日米首脳会談 強固な同盟で平和と繁栄導け/対中戦略すり合わせ責任共有を/台湾情勢明記は適切だ/人権弾圧に深刻な懸念/気候変動と五輪で協力

▼日経新聞
1面トップ「『中国』『脱炭素』米が問う覚悟/『台湾』52年ぶり共同声明に」
3面「日米、中国と対峙鮮明/日本『防衛力を強化』/共同声明を『羅針盤』に」
社説「日米同盟の進化で安定と発展を」/中国は行動を改めよ/日本は主体的に貢献を

▼産経新聞
1面トップ「日米声明『台湾』を明記/対中国 結束で一致/香港・ウイグル人権に懸念/拉致・尖閣にも言及/初の対面首脳会談」
1面「同盟新時代『言葉を行う国』に」渡辺浩生外信部長
2、3面「日米同盟 新ステージ」「対中シフト鮮明に」「変わる戦略環境 役割見直し」「人権侵害に対処 メッセージ」「中国反発『干渉許されず』」
社説(「主張」)「日米首脳会談 『台湾』明記の意義は重い/同盟の抑止力高める行動を」/もっと人権問題を語れ/経済安保に本腰入れよ

▼東京新聞
1面トップ「気候変動へ『確固たる行動』/共同声明に『台湾』明記/日米首脳会談 対中国で協調」
1面「日本、再エネ軽視で出遅れ」
2面・核心「台湾緊張 巻き込まれる懸念/日米首脳 中国にらみ同盟誇示」
社説(中日新聞と共通)①「日米首脳会談 米中との間合いを測れ」②「首相『防衛強化』 軍拡競争を危惧する」

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【各紙18日付朝刊1面】

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【各紙17日夕刊1面】

弱い立場の者が団結する、その象徴のような生き方~火野葦平「花と龍」の玉井金五郎(故中村哲さんの祖父)

 このブログの以前の記事で、アフガニスタンで2019年12月に銃撃を受け亡くなったペシャワール会の中村哲さんが幼少時、福岡県の若松(現・北九州市若松区)で過ごしたこと、母方の祖父が若松で港湾荷役請負を営んでいた玉井金五郎であることを紹介しました。金五郎の長男であり、中村哲さんにとっては伯父に当たる人物に、作家の火野葦平(本名・玉井勝則)がいることにも触れました。 

news-worker.hatenablog.com

 その火野葦平が、両親の玉井金五郎と妻のマンを実名で描いた小説が「花と龍」です。岩波現代文庫に上下巻で収録されており、購入して読んでみました。
 主な舞台は明治から昭和初期にかけての若松。「花と龍」といえば、高倉健さん主演の任侠映画のイメージがものすごく強かったのですが、原作は違います。確かに当時の若松はヤクザ者が幅を利かせて暴力がはびこっており、切った張ったの描写もふんだんにあることはあるのですが、金五郎は一貫して暴力を否定。ただ一度だけ、荷役作業の機械化を進める石炭資本を相手に港湾労働者の生活を守るための闘争の中で、ヤクザ者を束ねる仇敵に暴力を用います。そして事後、そのことをひどく後悔し、自己嫌悪しています。長どすを手に、方肌脱いで龍の入れ墨を見せびらかす、などというシーンは皆無です。終生、刺青を入れたことを恥じ、決して人前では見せなかったとか。任侠というより、荒くれの街で弱い立場の者が団結する、その象徴のような生き方だったのだと思います。
 全編、登場人物は実名で、火野葦平も本名・玉井勝則で登場します。港湾労働者を組合に組織化し、自らも書記長に就いていました。その後は転向して陸軍に入り、「麦と兵隊」などのベストセラーは軍の宣伝に利用されました。
 「花と龍」は戦後の1952年から53年にかけて読売新聞で連載されました。あとがきで火野葦平は、かつて参加した労働運動をイデオロギーではなく市井の生活者の視点でとらえ直してみたい、というようなことを書いています。自らの生き方に、思うところがいろいろあったのではないかと思います。1960年に53歳で死去。自死であったことが後に明らかにされています。
 死後、「花と龍」はさかんに映画化されているようですが、火野葦平が存命であったら「任侠もの」に仕立てられていったことをどう思ったでしょうか。
 ウイキペディア「花と竜」に玉井金五郎の写真(1936年ごろ)があります。中村哲さんにそっくり。写真の著作権は失効しているとのことですので、貼り付けておきます。

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花と龍 上 (岩波現代文庫)

花と龍 上 (岩波現代文庫)

  • 作者:火野 葦平
  • 発売日: 2006/02/16
  • メディア: 文庫
 

 

花と龍 下 (岩波現代文庫)

花と龍 下 (岩波現代文庫)

  • 作者:火野 葦平
  • 発売日: 2006/03/16
  • メディア: 文庫
 

 

 

「即時閉鎖こそ負担軽減だ」(琉球新報)、「辺野古にしがみつく愚」(沖縄タイムス)~普天間返還合意から25年、主権者一人ひとりが当事者

 沖縄県嘉手納市の米軍普天間飛行場の返還に日米両国が合意したのは1996年4月12日。ことしで25年がたちました。しかし、いまだ返還も閉鎖もされず、周囲の市街地を米軍機が飛び交う危険な状態が続いています。同じ沖縄県内、名護市辺野古では普天間飛行場の移転施設とされる新基地用地の埋め立て工事が、日本政府によって続いています。軟弱な地盤の存在などで工期は大幅に伸び、建設費も増えます。「辺野古移転」にこだわる限り、普天間飛行場の閉鎖も返還も、いつのことになるのか見通しは立たないのが実情です。仮に安全保障上、沖縄の米軍基地の維持が必要との前提に立っても、政治的な要因ではなく技術的な理由でできないことは、どうしようもありません。
 沖縄への基地集中は、沖縄の人たちが自ら選び取った結果ではありません。地域のことは地域で決める、という自己決定権を沖縄の人たちが望んでいるのに、その民意を一顧だにすることもなく辺野古沿岸部の埋め立てを強行してきたのが安倍晋三政権であり、後継の菅義偉政権です。そして、その政権は民主主義の手続きで、主権者の選択の結果として合法的に成立しています。そうである以上、沖縄の人たちに過剰な基地負担を強いていることに、日本国の主権者の一人ひとりは責任を免れ得ません。主権者の一人ひとりが当事者です。
 返還合意の前段には、米海兵隊員による少女への性暴力事件がありました。1995年当時、日本本土にいた同時代の大人の一人としてわたし自身、沖縄の人たちの怒りをどこまで理解できていたのか。正直に言えば忸怩たる思いがあります。だからこそなのですが、沖縄のこの25年の経緯と、その時間の積み重ねの果てに今、沖縄で何が起きているかが、日本本土に住む日本国の主権者に知られなければならないと考えています。そのためにマスメディアが果たすべき大きな役割と責任があります。この数日、関連の報道を目にしながら、その思いを一層強くしています。

 以下は返還合意25年の琉球新報と沖縄タイムスの社説です。一部を引用して書きとめておきます。

▼琉球新報「普天間返還合意25年 即時閉鎖こそ負担軽減だ」=2021年4月11日
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1302633.html

 「辺野古が唯一の選択肢」とする日米政府の方針には大きな問題が主に二つある。
 一つは、辺野古の新基地は普天間飛行場より機能が強化されることだ。強襲揚陸艦が着岸できる岸壁を整備し、弾薬庫も整備される。政府は「抑止力を維持しながら沖縄の負担軽減を図る」と繰り返す。
 しかし実際は、県民の命や人権、財産よりも抑止力を優先させていると言わざるを得ない。米海兵隊と陸自が共同使用する案も浮上した。機能強化により、有事の際に標的にされる可能性が高まるなど、危険性への県民負担はむしろ増す一方だ。
 もう一つは、沖縄の民意無視だ。県知事選をはじめ国政選挙など県内の主な選挙で新基地建設に反対する候補が当選し、有権者は反対の意思を示してきた。極め付きは辺野古埋め立ての是非を問う県民投票だ。投票者の約7割が反対票を投じた。日米が民主主義国家なら、これらの結果を無視できないはずだ。
 辺野古移設を疑問視する意見は米側にもある。米会計検査院は「沖縄のような地域での反対の程度を考えると、(新基地建設は)政治的に持続可能ではない」と指摘した。米シンクタンクの戦略国際問題研究所の報告書も「代替施設が完成する可能性は低そうだ」と困難視している。

▼沖縄タイムス「[遠のく普天間返還]辺野古にしがみつく愚」=2021年4月13日
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/737024

 5~7年以内に返還する、と当時の橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使がそろって発表したにもかかわらず、いまだ実現していない。県民の声を無視し、県内へ代替施設を造ることに両政府が固執しているためである。
 紆(う)余(よ)曲折の末に政府が進める現行計画は、名護市辺野古の沿岸部を埋め立て、軍港機能を備えた新基地を建設する、というものだ。
 辺野古側では土砂投入が進むものの、軟弱地盤が確認された大浦湾側は大がかりな地盤改良が必要となり、手付かずのままとなっている。
 「2022年度またはその後」としていた返還時期は30年代へと大幅にずれ込んだ。それでも完成するかどうかは見通せない。
 一方で普天間の周辺住民は危険にさらされ続ける。隣接する沖縄国際大学構内には04年8月、CH53D大型輸送ヘリが墜落・炎上した。17年12月にはヘリの窓が普天間第二小学校の運動場に落下した。
 騒音被害も深刻だ。宜野湾市には20年度、「心身共におかしくなりそう」などの苦情が600件以上寄せられた。
 普天間から山口県の岩国基地へ移駐したKC130空中給油機は、年間千回程度、訓練のため普天間や嘉手納基地で離着陸している。「沖縄の負担軽減のため」という移駐はまやかしだった。

 以下は東京発行の新聞各紙の11日付朝刊と13日付朝刊に掲載された関連記事の主な見出しです。毎日新聞、産経新聞は13日付の社説でも取り上げ、読売新聞は13日付1面に編集委員の署名評論を載せました。ちなみに12日付朝刊は新聞休刊日で発行がありませんでした。

【朝日新聞】
▼11日付
1面トップ「普天間戻らず 苦渋25年/日米合意喜んだ父 県内移設に絶句/続く事故・爆音『なぜ沖縄ばかり』」※当時の宜野湾市長の息子の思い
2面(1面続き)「辺野古移設 日米かたくな/中国意識 同盟強化を優先」「沖縄 基地負担増を懸念」/「在沖海兵隊 戦略的意味に変化」/視点「『仕方がない』は思考停止」
▼13日付
29面(第3社会)「普天間の負担軽減 逆行も/日米返還合意から25年」
 ※「ひめゆりの歴史 未来に継ぐ/資料館2回目のリニューアル」の記事も

【毎日新聞】
▼11日付
3面(総合)クローズアップ「普天間 返還遠く/津ずく爆音 市民あきらめ」「辺野古移設 大幅遅れ」「対中 重要性増す沖縄」
▼13日付
24面(総合・社会)「国と県 なお闘争/普天間返還 日米合意25年/知事『対話応じて』」
 ※「ひめゆりの記憶 若い世代へ/資料館 17年ぶり展示刷新」の記事も
社説「普天間合意から25年 沖縄に寄り添ってきたか」
 https://mainichi.jp/articles/20210413/ddm/005/070/177000c

 かつての自民党には、沖縄の苦難の歴史や過重な負担に思いをはせ、その軽減に熱意を持って取り組んだ政治家がいた。だが、沖縄に寄り添い、問題解決に取り組む覚悟が、今はあるのだろうか。
 「最低でも県外移設」と言いながら、迷走の末に辺野古案に回帰した旧民主党政権の責任も重い。
 菅首相は今週訪米し、バイデン大統領と会談する。国会で表明してきた「沖縄の心に寄り添う」という姿勢を行動で表してほしい。
 見通しの立たない工事を漫然と続けることは許されない。普天間の危険性を取り除くという合意の原点に立ち返り、米国と向き合うべきだ。

【読売新聞】
▼13日付
1面「普天間合意25年」/「沖縄米軍 増した重み」飯塚恵子編集委員
4面(政治)「辺野古移設へ工事急ぐ/高まる中国の脅威 飛行場の危険除去」/「鳩山内閣迷走 政府に不信感」

【日経新聞】
▼13日付
4面(政治)「普天間返還、見通し立たず/対中抑止力にほころび/日米合意25年 辺野古移設は膠着」/「解決遠のけば米政府は失望」中林美恵子・早大教授/「戦略的な重要性 合意時より高く」神保謙・慶大教授

【産経新聞】
▼11日付
3面(総合)「普天間 中国脅威で民意変化も/合意から25年 進まぬ移設」
▼13日付
5面(総合)「普天間合意25年『辺野古移設が解決策』」※官房長官会見
社説(「主張」)「普天間合意25年 辺野古移設の実現を急げ」
 https://www.sankei.com/column/news/210413/clm2104130002-n1.html

 市街地に囲まれた普天間飛行場の危険性は明らかである。だが玉城デニー知事は辺野古移設に反対している。普天間周辺に暮らす県民の安全のためにも、玉城氏は移設協力へと転じ、早期の返還実現を図ってもらいたい。
 玉城氏は会見で返還が実現しないのは「(政府が)県民の頭越しに、日米で合意した計画に固執している」からだと指摘した。
 思い出すべきは、普天間飛行場の返還に熱心に取り組んだのは、平成8年当時の橋本龍太郎首相だったという点である。その前年に起きた米兵による少女暴行事件を受け、自ら駐日米大使らとの交渉に臨み、8年4月、移設を条件とする返還合意にこぎつけた。
 政府は県、地元自治体との協議の場を設け、具体策を何度も検討し直した。民主党の鳩山由紀夫首相は21年に「県外移設」を掲げた。無責任な思い付きで、結局は断念して県民の政治不信を高め、日米関係を悪化させた。
 26年に辺野古反対の「オール沖縄」勢力が県政与党の座についた。玉城氏は政府と県との対話の場を求めるが、移設反対一辺倒では建設的な協議は難しい。
 返還合意時と比べ、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している点を忘れてはならない。

【東京新聞】
▼13日付
3面(総合)「軟弱地盤判明で状況変わった/日本自身の戦略が必要/普天間返還合意25年 識者に聞く」※宮城大蔵・上智大教授

 

■付記:沖縄国際大米軍ヘリ墜落事件
 2004年8月13日、普天間飛行場に隣接する沖縄国際大キャンパスに、米軍の大型輸送ヘリが墜落、炎上しました。近隣の住宅にも破損したヘリの部品が飛び散りましたが、大学構内も含めて奇跡的に民間人の負傷者はいませんでした。
 翌05年1月、新聞労連委員長だったわたしは、現場を訪ねる機会がありました。ヘリが接触した同大1号館の壁は黒く焼け焦げ、ヘリの回転翼にえぐられた跡が幾条もありました。そばには真っ黒に焼け焦げた立ち木の痛ましい姿がありました。当時撮影した写真をアップします(撮影日はいずれも05年1月31日)。

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【宜野湾市の市街地に囲まれる普天間飛行場】

 沖縄タイムス労組、琉球新報労組の方々の説明では、事故直後に駆け付けた米兵たちは、基地の敷地外であるにもかかわらず記者やカメラマンの取材を妨害したとのことです。米軍は現場を封鎖して沖縄県警の現場検証も拒否し、ヘリの残骸を持ち帰りました。基地の問題は、物理的な危険だけではありません。
 ※ 沖国大米軍ヘリ墜落事件 - Wikipedia