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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

自衛隊の“逮捕隠し”が常態化していないか~潜水手当不正受給、実は4人逮捕 ※追記:大臣にすら隠蔽8カ月

 一つ前の記事にも関連する内容なのですが、防衛省の「隠蔽体質」の根深さを示しているように思えますので、別の記事にして書きとめておきます。
 防衛省が7月12日に発表した4種の不祥事処分の一つは、海自隊員の潜水手当の不正受給でした。免職11人、停職48人、減給6人で懲戒処分は計65人。ほかに訓戒5人、注意4人で、処分者は計74人に上りました。以上は人事上の処分です。実は刑事手続きで逮捕者が出ていたことが18日、明らかになりました。防衛省は12日の発表では触れていませんでした。
 ※共同通信「海自、潜水手当不正で4人逮捕 一斉処分時公表せず、批判必至」
  https://www.47news.jp/11214517.html

 海上自衛隊による潜水手当不正受給で、海自は18日、海自の捜査機関である警務隊が昨年11月に虚偽有印公文書作成・同行使と詐欺容疑で隊員4人を逮捕していたと明らかにした。いずれも同12月に起訴猶予処分となった。4人のうち3人は懲戒免職となり、残る1人は依願退職した。
(中略)失墜した信頼の回復が急務となる中、逮捕者が出ていた事実に言及しなかった姿勢に批判の声が上がるのは必至だ。

 NHKの報道によると、立憲民主党の18日の会合で防衛省が明らかにしたとのことです。
 ※NHK「防衛省“去年 元自衛官4人を逮捕” 海自で潜水手当 不正受給」
  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240718/k10014515491000.html

 これについて防衛省の担当者は、18日開かれた立憲民主党の会合で、自衛隊内部の捜査機関である警務隊が元自衛官4人を逮捕していたことを明らかにしました。
 会合のあと担当者は記者団に対し、いずれも去年11月に逮捕し、その時点で現職の自衛官ではなかったと説明しましたが、所属や刑事処分については捜査情報だとして明らかにしませんでした。

 批判されて当然の“逮捕隠し”ですが、自衛隊では初めてではありません。わたしの報道の実務経験の中で、陸上自衛隊でも同様のケースがありました。一つ前の記事に「【追記】」として紹介しています。再録します。

 報道の実務で印象に残っている事例です。支社局から提稿された記事を一元的に最終チェックする担当だった当時のことです。
 ある陸自の駐屯地内で、尉官の隊員が、部下から金を脅し取っていたとして隊内の警察組織である警務隊に逮捕され、送検されました。その後、起訴猶予処分になりました。自衛隊の発表はその後、懲戒免職になった時です。しかも匿名でした。
 なぜ「逮捕」という重大な権力行使をすぐに発表しなかったのか、なぜ今になって匿名で発表なのか。恣意的な広報の運用だと感じ、デスクと相談して自衛隊側の弁明を記事に盛り込みました。発表のタイミングは「部隊内で起きた上、逮捕時点では詳細も調査中だったため、発表を差し控えた」と、匿名については「すでに処分を受けており、個人に不利益を及ぼす可能性がある」とのことでした。
 今も全国で似たようなことが行われているのではないかと思います。

news-worker.hatenablog.com

 「今も全国で似たようなことが行われているのではないかと思います」と書いた直後に、まさに同じことを行っていたことが発覚しました。一つ前の記事で紹介した事例は十数年前のことです。こうなると、ほかにもあるのではないかと考えるのが自然です。“逮捕隠し”が常態化していることを疑わざるを得ません。マスメディアの取材の課題です。
 一般に、官公庁の不祥事で職員が逮捕となれば、警察や検察はすみやかに実名で発表するのが常です。報道も特段の事情がない限り実名が原則です。職務に絡んでの不正行為であればなおさらです。公務員の逮捕は、社会で共有すべき情報です。
 しかし自衛隊では、警務隊が隊員、元隊員を逮捕しても「詳細は調査中」との理由で伏せてしまう。懲戒処分の発表では「既に処分を受けている」「個人に不利益を及ぼす」として匿名にしてしまう。不祥事の多発に加えて、「隠蔽体質」も問われるべきです。
 この「隠蔽体質」は思った以上に根が深いかもしれません。今回の潜水手当不正受給の逮捕の事例は、起訴猶予で刑事処分が決着してから人事上の処分公表まで半年以上もたっています。「起訴猶予」とは、犯罪事実は認定しながら、刑罰を科すほどではないと検察官が判断して、裁量で起訴を見送ることです。無実ではなく犯罪事実自体はあった、という結論です。犯罪があったことを半年以上も伏せていたことは、意図的に隠していたということではないのか。このブログの以前の記事で指摘したことですが、特定秘密の違法運用の深刻さを薄めたいために、ほかの不祥事と“抱き合わせ”で発表した可能性をわたしは疑っています。そのために「隠蔽」の方針を変更して、この潜水手当の不正受給を持ち出したのではないのか―。12日の発表についての報道は「218人処分」という規模感に目を奪われた感がありました。その裏で防衛省が何を企図していたのか。マスメディアは12日の発表の経緯自体を取材で検証し、報じる必要があります。

news-worker.hatenablog.com

 

 【写真】海上自衛隊の公式ホームページより。「海上自衛隊の努力の方向性」として真っ先に「『人』の充実」を挙げていますが、手当の不正受給や不正飲食などの不祥事は、倫理感や社会常識の欠如が際立っています。隠蔽体質も加わり、病理は深刻だと感じます。

■追記■ 2024年7月20日22時10分

 潜水手当の不正受給で昨年4月、4人が逮捕されていたことについて、防衛相への報告もなかったことが明らかになりました。木原稔防衛相は19日の記者会見で、自身が知ったのは18日深夜から未明だったと述べました。
 ※共同通信「防衛相が逮捕非公表謝罪、処分も 文民統制影響懸念、手当調査継続」=2024年7月19日
 https://www.47news.jp/11219260.html

 木原稔防衛相は19日の記者会見で、海上自衛隊の潜水手当不正受給を巡り、警務隊が詐欺などの疑いで4人を逮捕した事実を公表していなかったことに関し「適切な情報発信ができておらず、深くおわび申し上げる」と述べた。自身は「18日深夜から19日未明に知った」とし、文民統制(シビリアンコントロール)に影響しかねないとの懸念を示した。防衛省は関係者の処分を検討する。

 4人逮捕を大臣にすら隠蔽していたことになります。その経緯は東京新聞が比較的詳しく取材して報じています。
※東京新聞「木原稔防衛相が知ったのは『野党より後』…ガバナンス欠如の防衛省自衛隊、元隊員の『逮捕』を8カ月報告せず」=2024年7月20日

https://www.tokyo-np.co.jp/article/341170

 木原稔防衛相は19日の記者会見で、海上自衛隊の潜水手当不正受給問題で元隊員4人が逮捕されていたことについて、約8カ月間報告がなかったと明らかにした。木原氏が逮捕の事実を知ったのは18日深夜。隊員らの一斉処分を公表した12日の段階でも把握していなかったことになり、「適切な発信ができておらず、深くおわび申し上げる」と謝罪した。大臣を補佐する本省内部部局(内局)が必要な情報をトップと共有しなかったことは「シビリアンコントロール(文民統制)」を揺るがす事態だ。(川田篤志)
 (中略)
 18日午後、立憲民主党の会合で防衛省担当者が逮捕について説明したことを機に、報道機関から問い合わせが相次ぎ、木原氏に報告した。防衛相の直轄部隊である警務隊による逮捕を共有していなかった理由について、19日未明に取材に応じた三貝哲・人事教育局長は「私が大臣に報告しない判断をした。判断ミスだった」と責任を認めた。三貝氏は19日付で退職した。
 逮捕者が出た場合、通常は書面で大臣に報告されるが、不正受給問題の調査が継続中だったため報告しなかったという。結果的に、木原氏の事実把握は、野党より遅れたことになる。

 調査が継続中だったから報告しなかった、というのは判断しても言い訳としても最低です。組織運営として、特に自衛隊のような軍事組織は、あらゆる事態を想定しておく必要があります。調査中であればなおさら、想定される最悪の事態をトップに報告して、対策を検討しておかなければならないのに、そうした基本が全くできていなかったことが露呈しました。シビリアンコントロール以前の問題として、トップへ情報がきちんと伝わらないのは、軍事組織として致命的な欠陥です。
 自衛隊は中国の軍事力強化、北朝鮮のミサイル開発、ロシアのウクライナ侵攻などを理由に兵力の増強や米軍との一体化が進んでいます。しかし、その中枢部がこの体たらくでは、いくら膨大な軍事費を掛けて最新鋭の兵器をそろえてみても、想定通りに機能するはずがありません。特定秘密のずさんな運用の実態も明らかになっています。岸田政権の下で進んでいる軍拡路線は、その当否以前に、そもそも自衛隊には荷が重すぎるのではないか―。岸田政権の軍拡路線を社論として支持する、支持しないにかかわらず、この観点から、マスメディアは一連の不祥事を再検証するべきだと思います。

 

「不正飲食」処分を防衛省本省が発表するのは異例~自衛隊員の不祥事は現地部隊が報道対応

 防衛省が7月12日に発表した不祥事の大規模処分について、一つ前の記事の続きです。
 性格が異なる4種の不祥事の処分を防衛省が一括して発表したことについて、マスメディアが合計人数「218人処分」を最前面に出して報じたことに対して、「防衛省に『してやられた』感がある」と書きました。新聞の関連記事をよく読めば、特定秘密の違法運用が処分者の半分を占め、その内容も他の3種の不祥事とは異なって、日米の軍事一体化の根幹に疑義を生じさせてもおかしくはないほど深刻であることが分かるかもしれません。しかしデジタル上のニュースで、「218人処分」の見出しを見ただけでは、そこまでのことは分からない、伝わらない恐れがあります。それこそが防衛省や政府が意図したことではなかったか。マスメディアがそろって「218人処分」を最大のニュースバリューであるかのように報じたことは、防衛省・自衛隊の戦略がまんまと奏功したことを意味しているのではないか、と感じています。

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 特定秘密の違法運用とほかの3種の不祥事の抱き合わせがいかに不自然か。自衛隊施設の食堂での不正飲食、一般社会で言えば「無銭飲食」を例に見てみます。
 7月12日の防衛省の発表では、不正飲食の処分者は22人。厚木航空基地(神奈川県)15人、東京業務隊6人、対馬防備隊(長崎県)1人の内訳です。厚木基地の「15人」はまとまった数と言えば言えそうで、規律の緩みが深刻であることを示しているかもしれません。しかし、自衛隊で隊内の食事を巡る同様の不正はこれが初めてというわけではなく、むしろ以前から頻発していたと言ってもいいほどです。そして処分の発表は部隊ごとに個々に行われるのが通例だったようです。
 試みにインターネットで「自衛隊」「食堂」「不正」と入力して検索しただけで、今回の22人のほかにも以下のような事例の報道が次々にヒットしました。

 ■陸上自衛隊姫路駐屯地(兵庫県姫路市)。50代の隊員を停職処分=2024年6月7日、神戸新聞
 ■陸上自衛隊明野駐屯地(三重県伊勢市)。中部方面航空隊に所属する男性3等陸尉を停職処分=2023年5月14日、読売新聞
 ■海上自衛隊八戸航空基地隊(青森県八戸市)。50歳代男性幹部自衛官を停職処分=2022年3月29日、読売新聞
 ■航空自衛隊那覇基地(沖縄県那覇市)。航空救難団飛行群那覇救難隊の3等空佐を停職処分=2021年10月20日、沖縄タイムス
 ■航空自衛隊熊谷基地(埼玉県熊谷市)。防衛事務官の50代男性隊員を停職処分=2020年11月1日、埼玉新聞
 
 ここに挙げたのは一部です。毎年、地域を問わず、陸海空の別を問わず、尉官、佐官の幹部も含めて処分者が出ています。マスメディアの取材への対応はいずれも処分を受けた隊員の所属部隊です。地方紙の記事が目に付くのはそういう要因があるからです。防衛省本省が発表した事例は、わたしが目にした範囲ではありません。今回の22人の事例は異例と言っていいと思います。わずか1カ月余り前の陸自姫路駐屯地の事例でも、現地部隊が発表しています。7月12日に防衛省が4種の不祥事を一括で発表したことに不自然さはぬぐえません。
 毎年毎年、これだけ同様の不正が明らかになっているのにもかかわらず、厚木基地で15人もの処分者が出たことは、確かに由々しき事態かもしれません。隊内施設での不正飲食は、それだけで自衛隊内の不正行為の一つの類型をなしているとも言うべきで、是正の取り組みはどうなっていたのかが問われるべきです。仮に、そうしたことも踏まえて防衛省本省が広報対応をしたというのなら、なおさら、他の不祥事と一括の処分、広報で済ますべきではないと感じます。

 わたしの報道の実務経験から言えば、不正飲食に限らず、自衛隊員の不祥事と処分についてマスメディアの取材への対応を担うのは防衛省本省ではなく現地部隊です。結果として、地方発のニュースとして個々の不祥事がポツリポツリと報じられることになります。全国紙の場合は地域版にしか掲載されないことも少なくありません。その結果、自衛隊の不祥事を全国的に一元的に把握しようとすると非常に手間ひまがかかることになります。防衛省からは年に一度、処分者の総数などが発表される程度です。
 日常のマスメディアの報道の中で、自衛隊員の不祥事を目立たなくさせるための意図的なやり方ととらえるのは、うがった見方かもしれません。ただし、結果的にそうした効果は出ていると思います。

写真出典:防衛省・自衛隊インスタグラム

【追記】2024年7月16日8時50分

 報道の実務で印象に残っている事例です。支社局から提稿された記事を一元的に最終チェックする担当だった当時のことです。
 ある陸自の駐屯地内で、尉官の隊員が、部下から金を脅し取っていたとして隊内の警察組織である警務隊に逮捕され、送検されました。その後、起訴猶予処分になりました。自衛隊の発表はその後、懲戒免職になった時です。しかも匿名でした。
 なぜ「逮捕」という重大な権力行使をすぐに発表しなかったのか、なぜ今になって匿名で発表なのか。恣意的な広報の運用だと感じ、デスクと相談して自衛隊側の弁明を記事に盛り込みました。発表のタイミングは「部隊内で起きた上、逮捕時点では詳細も調査中だったため、発表を差し控えた」と、匿名については「すでに処分を受けており、個人に不利益を及ぼす可能性がある」とのことでした。
 今も全国で似たようなことが行われているのではないかと思います。

“してやられた”感の防衛省「218人処分」~本質は特定秘密保護法と米軍自衛隊の一体化

 「防衛省にしてやられた」の感があります。不祥事の大規模処分の発表と報道のことです。
 防衛省は7月12日、特定秘密の違法な運用や手当の不正受給、隊内の「不正喫食」、内局幹部のパワハラの4種の不祥事で自衛隊員計218人を処分したことを発表しました。うち懲戒処分は海上自衛隊トップの海上幕僚長ら117人に上ります。事務次官、統合幕僚長、陸上幕僚長、航空幕僚長、情報本部長の最高幹部5人も内規に基づく訓戒となりました。過去最大級の規模の処分として、マスメディアの報道でも、東京発行の新聞各紙の13日付朝刊の主見出しは「218人処分」でそろいました。
 しかし、218人にどれだけの意味があるのか疑問です。特定秘密の違法な運用とほかの3種では、不祥事の質が異なります。自衛隊と日本の安全保障のありよう、さらには憲法9条との関係で、不祥事として深刻なのは特定秘密の違法運用です。これだけで処分者も113人に上ります。性格が異なる不祥事の処分を同時に“抱き合わせ”で発表することで、特定秘密の違法運用の深刻さを薄め、さらには特定秘密の制度自体がはらむ構造的な問題に社会の注目が集まることを避けようとしたのではないか―。防衛省や政府にそんな思惑があるのではないかと、疑念を感じずにはいられません。

▽「水増し請求」「無銭飲食」とは異質
 報道によると、処分の対象になった特定秘密の違法運用は、特定秘密保護法で規定された「適正評価」を経ていない隊員が、特定秘密に指定された情報を取り扱っていたとの内容です。陸海空の3自衛隊や統合幕僚監部など広範囲で計58件が確認されました。うち45件は海上自衛隊で、ほとんどが護衛艦など艦艇内でのことです。艦艇でなぜそうしたことが起きるのか、艦艇特有の事情をサイド記事などで詳しく報じている新聞もありますが、要は業務の中で構造的に発生していた違法状態と言っていいと思います。
 これに対して、他の3種の不祥事は性格が異なります。海自ではダイバーが潜水手当を水増しして受給しており、懲戒処分65人のうち11人は免職になっています。民間企業で言えば「カラ出張」など経費の不正請求です。「不正喫食」は自衛隊施設の食堂で代金を払わず食事をしていたという、一般社会で言えば「無銭飲食」です。22人が降任や停職、戒告の懲戒処分を受けています。この二つは個人行為であり、自衛隊員として以前に社会常識や倫理、道徳の問題です(それが大量に、という点では組織の問題の側面もあります)。内局幹部のパワハラも、自衛隊という組織の体質の側面はありますが、やはり個々人の社会常識の欠如とも言えます。
 以上のような不祥事の性格の差異を踏まえれば、仮に発表は一括であっても、報じる側としては、特定秘密の違法な運用を他の3種とは切り分けて単独で扱う選択肢もあるように思います。記事の見出しで言えば「特定秘密58件113人処分/違法運用が常態化 防衛省」といったイメージです。
 特定秘密保護法は安倍晋三政権当時の2013年12月6日、衆院に続き参院で採決が強行されて可決、成立しました。民意も、マスメディアの論調も賛否二分でした。何が秘密なのかも分からないのに秘密の漏洩が厳罰に処せられることになって、ジャーナリズムの立場からもっとも危惧したのは、記者の取材相手であり情報源である公務員が委縮し、社会で共有すべき情報が得られなくなることでした。情報源の公務員とともに取材者も罪に問われる懸念もあります。ひいては憲法が保障する「表現の自由」や「知る権利」が損なわれることになります。
 しかし、法の成立から10年半が経って表面化したのは、自衛隊でのずさんな運営です。これだけ大規模な違反の実態があるということは、隊員個々人の資質や教育の問題以上に、制度自体に無理があることを示唆しているように感じます。自衛隊の組織の成り立ちや人員の配置、構成から見て運用が難しいにもかかわらず、無理に運用しようとしてきたのではないでしょうか。

▽本質は米軍と自衛隊の一体化
 特定秘密保護法制は、主に米軍から提供される情報が漏れるのを防ぐのが目的です。前提にあるのは米軍と自衛隊の運用の一体化です。自衛隊が特定秘密を適法に取り扱うことができないことは、何を意味するのか。米軍と自衛隊が一体化すること自体にそもそも無理があることを示しているのではないか、と感じます。米軍は第2次大戦以降も世界的規模で戦争を続けてきた軍隊です。自衛隊は先端兵器をそろえた軍事組織ですが、平和憲法のもとで「専守防衛」の国是を踏まえた存在でした。米軍とは成り立ちが異なるのです。その「専守防衛」も安倍政権の下で、集団的自衛権の行使解禁とともに骨抜きになりました。自衛隊と米軍の一体化が背景にあり、特定秘密保護法制とリンクしています。
 今回の特定秘密の違法運用の本質を突き詰めていけば、自衛隊と米軍の一体化に行き着きます。一体化がいいか悪いかの善悪論というより、米軍と一体の作戦行動が自衛隊に本当に可能なのか、ということだと感じます。できないことを無理強いしていけば、いずれ破たんします。そうなる前に他の手立てを考えるのが英知のはずです。現場にある構造的な歪みはそのままに、現場の隊員にルール順守の精神論だけを求めるのであれば、それは旧軍の悪弊を復活させるだけだと感じます。
 以上のようなことを巡って社会的な議論が高まることは、日本政府や防衛省は避けたいはずです。沖縄の米軍普天間飛行場移転と辺野古新基地建設や南西諸島への自衛隊軍備の拡大、さらには敵基地攻撃能力の保持など現在進んでいる大規模軍拡へ影響が出かねません。そうした思惑を込めての、性格の異なる3種の不祥事との“抱き合わせ発表”だったのではないか、と感じます。「218人処分」は一度の発表としては前例のない規模かもしれませんが、それだけのことで、本質的な意味は何もありません。しかしマスメディアの報道は「218人処分」が最前面に出ました。マスメディアの内側にいる一人として「してやられた」感があります。

▽デジタル展開の課題
 それでも新聞は今回の不祥事を多面的に取り上げて複数の記事を掲載しています。それらを読めば、特定秘密の違法運用が持つ意味の深刻さは分かります。ただし、それは紙の新聞を読み通した場合のことです。デジタル空間で接するニュースはどうでしょうか。
 今回のような官公庁の不祥事の発表といったニュースでは、デジタル空間では今なお、新聞社発の記事が重要な位置を占めていると思います。ただし、必ずしも紙の新聞のように複数の長い記事がセットで読めるわけではありません。ポータルサイトやニュースアプリではむしろ、事実関係を中心にした「本記」と呼ばれる記事1本だけが目にとまるのが普通でしょう。そしてその記事の見出しが「不祥事で218人処分、防衛省」だけだったら、特定秘密保護法の運用に構造的な問題がある、というもっとも重要なニュースバリューが伝わらないことになりかねません。
 新聞の発行部数が減少を続けている中で、新聞社・通信社はどこもデジタル展開とその収益化が経営、編集の両面から課題になっています。日々の新聞づくりを通じて培ってきた組織ジャーナリズムを、デジタル展開の中でどう生かすか、どう残すかを考える上で、今回の防衛省の不祥事の取材と報道は示唆に富んでいると感じます。

 以下に、今回の防衛省の不祥事処分を7月13日付の東京発行各紙朝刊がどのように報じたかをまとめておきます。本記の見出し、関連記事の掲載面のほか、各紙のインターネット上のサイトではどんな見出しだったか、です。

 

組織の危機の自覚がうかがえない新検事総長~裏金事件で自民党議員を不問とした当事者

 一つ前の記事の続きになります。畝本直美検事総長が7月9日就任し、会見しました。危機的な状況にある検察組織の立て直しが急務のはずですが、報道によると、適正な権限の行使に努める、といった一般論の域を出ない発言が中心だったようです。少なくとも報道されている発言からは、危機的状況の認識はうかがえません。
 畝本検事総長の着任会見を報じた東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の10日付朝刊の記事を読んでみました。多少なりとも、検察に批判があることを踏まえたやり取りを載せているのは、読売新聞と東京新聞です。当該の部分を書きとめておきます。

▽読売新聞「畝本新検事総長『公正さ大切に』/就任会見で抱負」

 検察の独自捜査を巡っては、取り調べでの不適切な言動が問題視されるケースが相次いでいる。畝本氏は「検察に厳しい目が注がれている」との認識を示した上で、「国民の信頼に支えられていることを心に刻み、公正誠実であることを大切にしたい」と話した。

▽東京新聞「畝本検事総長『役割を果たす』/法曹界女性トップ 日弁連に続き」

 参院選広島選挙区の公選法違反事件などを巡り、検察捜査のあり方が問われていることについて「厳しい目が注がれている状況を踏まえ、検察が国民の信頼に支えられていることを心に刻み、適正な検察権の行使に努める」と語った。

 記者会見のやり取りの全容が分からないのですが、報道を見る限りは「厳しい目が注がれている」との“受け身”の認識にとどまっています。組織が危機的状況にあるとの主体的な自覚は感じられません。記者たちからさらに突っ込んだ質問が出たわけでもないようです。

 ほかには朝日新聞が「ひと」で取り上げています。その中に以下のようなくだりがあります。

 事件の起訴権限を握る検察は、絶大な権力組織であるがゆえに、厳しい視線が常に注がれる。安倍政権下では、検事長の定年延長をめぐり「政治との距離」が問題視された。東京高検検事長として捜査を指揮した自民党の裏金事件でも、派閥幹部が立件されなかったことで批判を浴びた。
 そのさなかでの検察トップへの就任。「政治との関係は」と問うと、「一定の距離感を保つ。検察は不偏不党に尽きる」と言い切った。

 自民党のパーティー券裏金事件では、政治家の刑事責任を不問とした検察の判断に対して、世論調査で否定的評価や疑義が8割に上りました。「政治との距離」を巡って、検察は民意の信を失っている状況です。どうやって信頼を回復しようというのか。しかも、この事件では9日、自民党安倍派の会計責任者の公判で、驚くような証言も出ています。

 自民党安倍派の裏金事件で、政治資金規正法違反(虚偽記入)の罪に問われた事務局長で会計責任者の松本淳一郎被告(76)の公判が9日、東京地裁であった。被告人質問で検察側から、政治資金パーティー券の販売ノルマ超過分を政治資金収支報告書に記載しない運用をやめようと提案したことはなかったかと問われ「かつて派閥幹部と話したことがある」と述べた。
 相手について会計責任者に就任した2019年以降の幹部と言及したものの、氏名は明らかにしなかった。

※共同通信「裏金の虚偽記入中止、幹部に相談 安倍派会計責任者、公判で証言」
 https://www.47news.jp/11172264.html

 控えめに考えても、このときに相談を受けた派閥幹部は収支報告書への虚偽の記載を知っていたことになります。黙示的な共謀関係にあった可能性があります。いったい検察はどんな捜査をしていたのか。本当に捜査を尽くしたと言えるのか、はなはだ疑問です。
 立件されなかった国会議員については、刑事告発がなされていますが、東京地検は8日、計16人について不起訴処分としました。今後は検察審査会に申し立てが行われる見通しになっています。検察への民意の不信は解消していません。
 裏金事件一つとっても、こういう状況なのに、政治との距離について「一定の距離感を保つ。検察は不偏不党に尽きる」と言っておけばそれでいいということなのか。朝日新聞の「ひと」のような人物紹介の記事は、もともと好意的な筆致で書くことが前提、悪く言えばおもねるような文章になりがちではあるのですが、それにしても、政治との距離を尋ねるのであれば、どう信頼を回復しようというのか、畝本検事総長の覚悟を問うてほしいと思います。まして、朝日新聞の記事にもあるように、畝本検事総長は裏金事件の捜査の当事者です。

 以下に、各紙の記事の見出しをまとめました。「段」は見出しの段数で、扱いの大きさの目安になります。デジタル版の記事ではどんな見出しになっているかも、分かる範囲で書きとめておきます。
 目立つのは、やはり「女性初」です。そのニュースバリューを否定するつもりはありません。

▼朝日新聞
・第3社会面(3社)2段「畝本氏『国民の信頼 胸に』/女性初の検事総長が抱負」
・3面・ひと「検察トップの検事総長に女性で初めて就任した畝本直美さん(62)」写真
・デジタル「女性初の検事総長 畝本直美氏が就任会見『適正な検察権行使努める』」9日21:28

▼毎日新聞
・3社1段「畝本新検事総長『役割を果たす』/就任会見」写真
・デジタル「女性初の検察トップ、畝本検事総長が就任 『役割をしっかりと』」9日21:21

▼読売新聞
・3社1段「畝本新検事総長『公正さ大切に』/就任会見で抱負」写真
・デジタル ※見当たらず

▼日経新聞
・2社囲み記事全4段「検事総長 畝本直美氏(62)/緻密な仕事ぶりに定評」写真
・デジタル「畝本直美・新検事総長が抱負『国民の信頼が検察の支え』」9日21:47

▼産経新聞
・2面3段「検察権『公正誠実に行使』/女性初 畝本検事総長が就任」写真
 サイド3段「女性幹部 1割未満/キャリア官僚は増加傾向/国家公務員」
・デジタル「新検事総長の畝本直美氏が就任会見 女性初『性別にかかわらず役割全う』」9日21:42

▼東京新聞
・2面4段「畝本検事総長『役割を果たす』/法曹界女性トップ 日弁連に続き」写真
・2面・核心「最高裁 ぶ厚い『ガラスの天井』/判事さえ 裁判官出身ゼロ」
・デジタル「女性初の検察トップ、畝本直美検事総長が就任会見 『国民の信頼、心に刻む』」9日21:20

 

「初の女性トップ」だけ伝えればいいのか~危機的状況のさなか、検事総長が交代

 法務検察トップの検事総長に7月9日付で畝本直美・東京高検検事長が就く人事が6月28日の閣議で決まりました。マスメディアの報道では「検事総長に初の女性」の一点に注目が集まった観があります。裁判官、検察官、弁護士の「法曹三者」でトップに女性が出ていないのは最高裁だけとのことです。社会のさまざまな面でジェンダーバランスは重要な課題です。「初の女性検事総長」の意義を否定するつもりはありません。ただし、検察の現状はさまざまな面で危機的です。次期検事総長の評価で注目するべきなのは、検察組織の建て直しを託すに足る人材かどうかという点のはずです。

 最近の検察には疑問に思うことが多々あります。いくつか挙げてみます。
【政治との距離】
▽自民党パーティー券裏金事件
 自民党安倍派の政治資金収支報告書の虚偽記載をめぐり、派閥幹部の国会議員の関与について捜査を尽くしたと言えるのか、疑問です。会計責任者は公判で、裏金の還流が幹部の議員の合議で決まったことを明らかにしました。議員たちが国会で証言したことと食い違っています。議員に対して、どんな風に捜査を尽くしたというのでしょうか。
 派閥からキックバックを受けた個々の議員について、不記載の金額が3千万円に満たない議員側は一律に立件しなかったことにも疑問があります。過去の例を踏襲したとしても、この事件は前例のない態様と規模の悪質な違反です。一律に起訴し、刑罰が必要かは裁判所の判断に委ねるのが検察の役割ではなかったでしょうか。
 捜査に消極的な姿勢が目立ったということでは、安倍政権を巡る出来事として、森友学園への国有地払い下げを巡る財務省の記録改ざんや、「桜を見る会」の不正補助などの捜査もそうでした。
▽黒川元検事長の定年延長
 主に法務省の問題かもしれませんが、広く、法務検察が政治に取り込まれているのではないか、との危惧を抱いた出来事もありました。2020年1月、安倍晋三政権は東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年を閣議決定で延長しました。そのために国家公務員法の解釈を変更していました。法務省文書の開示を求めた訴訟の判決で大阪地裁は、解釈変更は黒川氏のためだったと認定。「政府が特定の人物のために法解釈を変えるという、恣意的で許されないことをやったのだと認めた画期的判決」(上脇博之・神戸学院大教授)です。

【えん罪】
 ・警視庁公安部が手がけた大川原化工機事件で、東京地検はずさんな捜査による冤罪と見抜くことができず、無実を主張していた代表取締役らを起訴したものの、初公判直前になって起訴を取り下げました。
 ・大阪地検特捜部が手がけた業務上横領事件では、無罪判決が確定した不動産会社元社長の部下に対し、検事が「検察なめんなよ」などと机を叩いて威迫していました。判決では部下の供述は信用できないとされました。
 ・袴田事件の再審で、検察が新証拠もないのに有罪の論告にこだわることにも疑問を感じます。再審開始が意味するのは、新たな証拠を踏まえると当初の判決を見直す必要があるとの結論に至った、ということです。いたずらにメンツにこだわるかのような有罪主張は、再審という仕組みそのものを全否定するかのようにすら思えます。

【警察の捜査を指揮する立場】
 ・警察の捜査に対する指揮と真相解明の点では、鹿児島県警の元生活安全部長が内部資料を漏洩させたとして逮捕、起訴された事件でも、元生安部長が「公益通報」を主張していることに対して、鹿児島地検は見解を示していません。元生安部長は県警本部長が警察官の犯罪の隠蔽を図ったことが許せなかったと主張しています。本部長は否定していますが、やり取りは密室の中でのことです。どちらの主張が正しいのか、原理的には本部長と元生安部長は対等の立場です。鹿児島地検が元生安部長を起訴したことは、本部長の言い分に依拠していることを意味します。一般の刑事事件ではなく、警察組織の腐敗が焦点の特異な事件です。検察は起訴の根拠をきちんと説明すべきです。

【最低最悪の不祥事】
 極めつけとも言えるのが、元大阪地検検事正が準強制性交容疑で6月25日に大阪高検に逮捕された事件です。被害者は大阪地検の部下だったとの報道もあります。容疑が事実だとすれば、検察への信頼は地に落ちます。検察官である以前に、社会人として最低限の規範を守れない、最低最悪の不祥事です。

 以上のような状況の中で、畝本氏が東京高検検事長から検事総長に昇任することが決まりました。政界事件の場合、直接捜査するのは東京地検特捜部でも、逮捕や起訴といった手続きについては、検事総長、東京高検検事長ら検察首脳が事前に東京地検から説明を受け、了承を与えるのが常です。最高検-高検-地検は検察内部の指揮系統であり、畝本氏は東京高検検事長として、自民党のパーティー券裏金事件の捜査を指揮した当事者性がある立場です。法務検察が政治との間に明確に距離を取ることができるのかが問われているときに、適切な人選と言えるのか。少なからず疑問を感じます。ネット上では「自民党の裏金政治家を守り抜いた人物」と揶揄する指摘も目にします。
 検事総長就任が閣議で決まった翌日、6月29日付の東京発行の新聞各紙は、単独の人事記事として扱いました。見出しと扱いを書きとめておきます。

 畝本氏が東京高検検事長として自民党パーティー券裏金事件を指揮したことは、朝日新聞と日経新聞が記事中で業績として触れています。朝日新聞の記事は全文65行の長文ですが、見出しからも分かるように法曹界のジェンダーバランスに終始した内容です。検察の危機的状況に触れた新聞はありません。そもそもそうした認識が各紙の記者やデスクたちには乏しいのかもしれません。
 わたしが目にした範囲では、東京新聞が黒川元検事長の定年延長と大阪地裁判決について詳報した7月3日付の特報面の記事の最後に、社外の識者の指摘を借りて、かろうじて検察の危機的な現状に触れているだけです。

 22年7月に安倍氏が死去し、昨年末には自民党派閥の裏金疑惑が浮上。東京地検特捜部が安倍派など派閥事務所を捜索したが、幹部議員の立件は見送られた。今回の大阪地裁判決の翌日に検事総長就任が閣議決定されたのが検察ナンバー2の畝本直美東京高検検事長で、SNSでは一連の処分への批判が出ている。
 前出の若狭氏は、大川原化工機事件や大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件で冤罪(えんざい)が相次いでいることなどを挙げ、強調する。「いま検察は岐路に立たされている。危機的状況の検察の信頼回復へ畝本新総長の手腕が問われる」

※東京新聞・こちら特報「法解釈の変更は『安倍政権の守護神』の『定年延長が目的』…黒川弘務元検事長をめぐる衝撃判決、その舞台裏」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/337526

 もう30年も前のことになりますが、わたし自身、社会部記者として検察取材を担当しました。そのときの経験と反省も踏まえて、マスメディアにとって検察、とりわけ特捜検察は監視対象であり、礼賛するような報道は厳に慎むべきだと考えるに至っています。そのことはこのブログで何度も書いてきました。
 わたしが現場で検察を取材していたころ、マスメディアでは「巨悪を眠らせない」といった耳当たりのいいキャッチコピーとともに、あたかも「正義の味方」のように、特捜検察が手掛ける事件を大きく報じていました。検察の捜査手法に対する批判的な視点は希薄でした。インターネットが普及する前、新聞やテレビがまだ大きな影響力を持っていた時代でした。検察内部でも「正義の味方」意識が肥大化し、傲慢さや驕りを生んだ結果が、2010年の大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠ぺい事件ではなかったか―。検察の腐敗・堕落に、マスメディアは当事者性を持つとの考えは、この十数年来、変わりません。
※参考過去記事 2011年の記事です

news-worker.hatenablog.com

 検事総長の交代に当たって、後任が初の女性であること以外に報じることはないのか。新聞の組織ジャーナリズムの力量を発揮するべき機会のはずです。

米兵の性犯罪を本土メディアが報じる意味~沖縄の基地被害を不可視化させない

 6月23日は沖縄の「慰霊の日」でした。79年前のこの日、第2次世界大戦末期の沖縄戦で、日本軍の守備隊司令官が自決し、組織的戦闘が終結したとされます。沖縄戦の住民の死者は約9万4千人、沖縄出身の軍人軍属2万8千人余りを含めて、県民の約4分の1が犠牲になりました。この沖縄戦での米軍による軍事占領によって戦後、沖縄は日本から切り離され、1972年の施政権返還後も今なお過重な基地負担が続いています。
 そのことしの慰霊の日の直後、沖縄では米軍人による住民の女性への性的暴行が相次いで明らかになりました。米空軍兵が少女に対する不同意性交罪などで3月に起訴されていたことが、地元民放の報道で6月25日に発覚。次いで28日には、米海兵隊の兵士が性的暴行をしようとして女性にけがをさせたとして5月に逮捕され、6月17日に不同意性交致傷罪で起訴されていたことが、地元紙の報道で発覚しました。
 2件とも沖縄県警、那覇地検、日本政府のいずれも公表していませんでした。特に問題なのは、起訴後も沖縄県に一切、連絡がなかったことです。沖縄県が知ったのは2件とも報道を通じてでした。
 沖縄県の玉城デニー知事は6月28日、記者団の取材に対し「女性の人権や尊厳をないがしろにするもので断じて許せるものではない。強い憤りを禁じ得ない」と述べるとともに、沖縄県に情報が共有されなかったことについて「情報を先に提出してもらっていればわれわれから米側に対してしっかり申し入れて、被害が発生しないようにという注意をできたと思う。非常に残念」と話しました。3月の米兵起訴の情報が共有されていれば、5月の事件発生は防げた可能性がある、ということです。
※琉球新報「【動画】玉城デニー沖縄県知事『断じて許せない』 米兵の性的暴行事件続発に強い怒り」
 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3240367.html

 琉球新報は29日付の社説で、情報が県に共有されなかったことの意味を以下のように書いています。

 あまりに情報統制が過ぎると言わざるを得ない。明らかになった2件の事件発生は県に報告されるべきだ。遅くとも起訴時点での情報提供があるべきだった。米軍に綱紀粛正を求め、警察による警戒を強めるなど再発防止の対策を取ることができたはずだ。
 県民は犯罪の頻発を知らずに日常を送ってきた。事件発生の一報は防犯意識を一定程度高めることにもなる。今回の連続発生は全く情報を出さず、対策が取られなかったことも影響してはいないか。
 日米合同委員会合意によって、日本人やその財産に実質的な損害を与える可能性のある事件などについては米側から日本側当局に通報する義務がある。地元社会に与える影響の大きさや再発防止に資する点を鑑みてのことだろう。
 県民に知らせる必要があるとの認識は各捜査機関にあったのか。広報の在り方について省庁間で責任を押しつけ合うような言動もみられる。どこを向いて仕事をしているのか。合同委員会合意に基づき、速やかに事件の事実関係が通報され、関係機関で共有することを強く求める。
 被害者保護のため公表できない内容もあろう。残念ながら、性犯罪が起こるたびに被害者を責めるような言説がうごめく。正確な情報によって誤情報を否定し、被害者を守ることが政府に求められているのではないか。

※琉球新報「<社説>米兵の性犯罪続発 政府は県民守る責務負え」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-3240358.html

 住民の女性に対する米軍の軍人軍属による性犯罪は今に始まったことではなく、偶発的な出来事でもありません。基地があるゆえに発生する構造的な犯罪であり、深刻な基地被害、人権侵害です。犯罪の性格上、被害者のプライバシー保護が必要なのは確かですが、その点に配慮をしつつ、情報を地域で共有することは可能なはずです。そうすることで、さらなる被害を未然に防ぐための手立てを取ることができます。

出典:沖縄県HP


 日本本土でも情報が共有されること、つまり本土メディアが米兵の事件を報じることには重要な意味があります。仮に、被害者のプライバシー保護を理由に報道が控えられた場合、沖縄の基地負担の過酷さ、過重さが不可視化されてしまいます。見えなくなってしまいます。沖縄に過重な基地負担を強いているのはだれかと言えば、直接は日本政府であるとしても、その日本政府は選挙制度を通じて、日本国の主権者の総意として合法的に成立しています。だから、日本本土に住む主権者は、沖縄に過重な基地負担を強いていることに対して当事者性を免れ得ません。沖縄で過重な基地負担の結果、何が起きているか、負担を強いている当事者として、沖縄の人たちの被害の実相から目をそらすべきではありません。
 日本政府が沖縄県に情報を伝えなかったのは、日本本土の住民の目から、沖縄の基地被害の実相を遠ざけておきたいとの思惑があったからではないのか―。うがった見方かもしれませんが、そんなことすら感じます。住宅地に囲まれ世界一危険な米軍基地と指摘される米軍普天間飛行場をめぐっても、日本政府は「辺野古移設が唯一の解決策」と言い張り、沖縄県と話し合おうともせず、県外移設の可能性を探ろうともしません。沖縄の基地負担を今のままにしておくためには、日本本土の世論が沖縄の基地被害の実相を知らないままの方が、日本政府には好都合のはずです。

 以上のようなことを考えながら、日本本土のメディアの報道として、東京発行の新聞各紙が2件の米兵の性犯罪をどのように報じたかをまとめました。6月26日付朝刊と29日付朝刊での関連記事の扱いと、主な見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▼6月26日付朝刊
1面準トップ「米兵、少女に性的暴行か/不同意成功罪 沖縄 3月に起訴」/「玉城知事『強い憤り』」
社会面トップ「沖縄 少女の被害いつまで/米兵の事件『基地あるがゆえ』」/「身柄引き渡し 米軍次第」
▼6月29日付朝刊
1面「米兵の性的暴行 5月にも/沖縄 起訴後も公表なし」(見出し3段)
社会面トップ「沖縄 また知らぬ間に/米兵暴行 知事『断じて許されぬ』/県民ら 日米政府へ募る不信」
※社会面「辺野古へ土砂搬出のダンプ衝突/警備員死亡 抗議の女性重傷」

【毎日新聞】
▼6月26日付朝刊
社会面「誘拐しわいせつ 沖縄米兵を起訴」(見出し1段)
▼6月29日付朝刊
社会面準トップ「別の米兵も女性暴行疑い/5月 沖縄県警 逮捕公表せず」/「被害者を保護」

【読売新聞】
▼6月26日付朝刊
社会面準トップ「米兵 不同意性交罪で起訴/沖縄 16歳未満少女を誘拐」/「過去に何度も国際問題発展」
▼6月29日付朝刊
社会面準トップ「沖縄米兵 また性犯罪/今月基礎 判明 知事『許せぬ』」
4面(政治面)「連絡遅れ 沖縄県反発/政府『プライバシー配慮』」

【日経新聞】
▼6月26日付朝刊
社会面「不同意性交罪で米兵起訴/那覇地検 16歳未満の少女誘拐」(見出し2段)
▼6月29日付朝刊
社会面「米兵性暴行 共有されず/5月逮捕公表せず 沖縄知事『強い不安』」(見出し3段)

【産経新聞】
▼6月26日付
社会面「16歳未満の少女を誘拐 米空軍兵長が性的暴行/那覇地検、在宅起訴」(見出し横1段)
▼6月29日付
社会面「別の米兵も性的暴行か/5月に逮捕 沖縄 県警公表せず」(見出し3段)
社説(「主張」)「在沖米兵の事件 外務省の未伝達許されぬ」
※社会面「辺野古工事 警備員はねられ死亡/抗議活動の女性も骨折」

【東京新聞】
▼6月26日付朝刊
第2社会面「少女わいせつ 沖縄米兵起訴/那覇地検 16歳未満を車で誘拐/政府3カ月 県に起訴伝えず」(見出し3段)/「地位協定見直しを」・「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の高里鈴代共同代表
▼6月29日付朝刊
1面準トップ「別の米兵も性的暴行か/逮捕・起訴 沖縄県に連絡なし」
社会面トップ「『情報隠し』日米へ怒り/政府・県警公表せず 独自報道が端緒/『県議選への影響恐れた』」
※社会面「辺野古基地抗議 警備中の男性死亡/ダンプにひかれる」

黒川元検事長の定年を延長させるために法解釈を変更~大阪地裁判決の意義と法務検察の忖度

 その名前を久しぶりに目にしました。黒川弘務・元東京高検検事長です。2020年1月、63歳の定年を目前に、当時の安倍晋三政権が閣議決定で定年延長を決めました。国家公務員法の定年延長規定を「検察官も国家公務員だから」との理由で適用しました。この規定について従来の政府見解は、定年が検察庁法で規定されている検察官には適用されないとしていました。それを安倍政権は「解釈変更」で押し切りました。その後、後付けのように検察庁法の改正案が出てきましたが廃案となりました。この定年延長に対しては、安倍政権に近い黒川氏を検事総長に据えるため、との指摘がありました。黒川氏は新聞記者らとの賭けマージャンが発覚して辞職し、検事総長就任はなりませんでした。
 その黒川氏の名前が久しぶりに取り沙汰されることになったのは、大阪地裁が6月27日に示した判断です。2020年の閣議決定を巡り、法務省が作成した文書の開示の是非が争われた訴訟の判決で、国の不開示決定を取り消しました。判決理由で大阪地裁は、定年延長に対する法解釈の変更は黒川氏のためだったと考えざるを得ないと指摘しています。国は「特定の検察官を目的にしたものではない」と主張していましたが、不自然です。大阪地裁が示した判断は、一般的な常識にかなっていて、極めてまともです。
 訴訟の原告の神戸学院大教授の上脇博之さんは判決後の記者会見で、「政府が特定の人物のために法解釈を変えるという、恣意的で許されないことをやったのだと認めた画期的な判決だ」(朝日新聞)と、判決の意義を語ったと報じられています。
 以下はわたしの私見になりますが、この解釈変更は法務省による安倍政権への忖度そのものです。そのことは、検察庁が手掛ける刑事司法の公正さに疑念を抱かせます。組織上は法務省と検察庁は別ですが、部内では「法務検察」と呼ばれるように、実態は一体だからです。例えば法務検察の人事上の序列は検事総長、東京高検検事長、次長検事(最高検のNo.2)ときて、法務省の法務次官はその次です。
 黒川元検事長の定年を直前になってバタバタと延長するお膳立てを整えていたというほど、法務省が安倍政権に忖度していたのであれば、検察庁もその忖度から完全には逃れられないのではないか―。当然の疑問です。
 安倍政権、あるいは安倍晋三元首相を巡っては、森友学園への国有地の払い下げや、「桜を見る会」の経費補てんなどで、刑事告発が検察庁にありました。それらの検察の捜査では消極姿勢が目につきました。背景に安倍政権と安倍元首相に対する忖度があったのではないか、との疑念があらためて浮かびます。最近でも、自民党派閥のパーティー券裏金事件で、検察が捜査を尽くしたと言えるのか疑問であることは、このブログでも書いてきた通りです。
 政府の省庁には「省益」という言葉があります。政府機構の一員とは言いながらも、自己の権益の拡大を図ろうとするのは組織の本能のようなものです。「法務検察」もその例外ではありません。今回の大阪地裁判決のニュースに、そんなことを考えています。

 この大阪地裁判決を、東京発行の新聞各紙も大きく扱いましたが、「おや」と思ったのは読売新聞です。朝日新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞の5紙は6月28日付の朝刊に掲載しましたが、読売新聞は半日遅れて28日夕刊でした。大阪本社の発行紙面では28日付朝刊だったようです。東京で何か朝刊に掲載できない事情があったのでしょうか。
 以下は各紙の6月23日付朝刊の本記の扱いと見出しです。
▽朝日新聞
1面トップ「定年延長『黒川氏のため』/安倍政権の検事長人事/大阪地裁判決/国の不開示決定 取り消し」
▽毎日新聞
1面トップ「定年延長『黒川氏が目的』/法務省文書 国の不開示認めず/大阪地裁判決」
▽日経新聞
第2社会面「定年延長、文書開示認める/黒川元検事長巡り大阪地裁」見出し4段
▽産経新聞
社会面「『定年延長へ法解釈変更』/元検事長巡る文書開示命じる/大阪地裁判決」見出し3段
▽東京新聞
社会面トップ「『元検事長の定年延長が目的』/法解釈変更 文書開示命じる」
▽読売新聞
夕刊2社面「定年延長『元検事長のため』/文書不開示取り消し/大阪地裁判決」見出し3段

【写真】東京・霞が関の法務省庁舎。ツインビルの奥は最高検や東京高検、東京地検が入る検察庁舎

 

改正規正法、否定的評価が8割にも~政治不信の果ての民主主義の危機を危惧

 改正政治資金規正法が6月19日に成立した後の週末に実施された世論調査の結果が3件報じられているのを目にしました。いずれも改正規正法に対する評価を尋ねています。各調査の質問は、それぞれ尋ね方は異なっていますが、肯定的な評価か否定的な評価かを探っている点では同じです。毎日新聞は、裏金事件の再発防止につながると思うかどうか、読売新聞は一連の「政治とカネ」の問題の解決につながるかどうか、共同通信は「政治とカネ」の問題の解決に効果があるかどうかを聞いています。結果を一覧にまとめてみました。岸田文雄内閣への支持、不支持の割合も組み合わせました。

 改正規正法に対して、世論は極めて厳しい評価です。肯定的な評価はよくても3分の1程度しかなく、毎日新聞と共同通信の調査では否定的な評価がおおむね8割に上っています。このブログの以前の記事で、抜け穴はそのままで「ザル法の改正もザルだった」と言わざるを得ない内容であること、それは意外な結果ではなく、自公政権の与党が多数を占める今の国会に任せればこうなることは分かっていたことを書きました。民意もおおむね同じように受け止めているのだと思います。

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 規正法の改正は最重要と言ってもいい政治課題だったのに、この評価です。政治資金改革にリーダーシップを取れなかった岸田首相への評価が上がるはずがありません。自民党の政党支持率も低迷が続いています。そうかと言って、野党の支持率が伸びているわけでもありません。いずれの調査でも、政党の支持率では「支持政党はない」のいわゆる無党派層が47~32%を占めてトップです。政権と与党が支持を失っている、野党がその受け皿になっているとは言い難い。政治不信が高まっていると感じます。

 こうした状況で、少なからず気になることがあります。
 折しも東京では都知事選挙の運動期間です。56人もの立候補者がいますが、うち20人以上は同一の党派です。この党派によってポスター掲示板のスペースが事実上売買されて、選挙と関係があるとは思えない同一のポスターが大量に張られる事態となり、社会的な論議を呼んでいます。別の候補の掲示スペースには、全裸に近い女性の写真のポスターが張られたりもしました。警視庁が警告を発した事例もありますが、「法の不備」を突かれた形になり、ただちには対応を取れないケースもあるように伝えられています。
 都知事選に先立つ衆院補選では、表現の自由を主張して他陣営の選挙運動を激しく妨害した党派の代表や候補者が逮捕、起訴されています。
 選挙は民主主義の根幹の手続きであり、掲示板のポスターや街頭の演説は、有権者が一票の行使先を決める上で重要な役割を果たします。民主主義社会の一員であれば、そうした価値観の共有は当然のことだと思うのですが、そうは考えない人たちが選挙に立候補しているのが現状です。
 民主主義は原理的には、民主主義を破壊しようという思想であっても、思想の自由の枠内に置いて保護しなければなりません。だから倫理的な問題としてはともかく、現実的な法の上では、そうした思想を持つ党派からの立候補を排除できません。また民主主義の理念を尊重するなら、排除すべきではないようにも感じます。そうした主張は、まったく支持を得られなければ、民主主義の維持の観点からはさして問題になりません。しかし現実には一定の支持を得ています。
 政権と与党が支持を失い、既存の野党が交代の受け皿の期待を集めているとは言い難い状況で、さらに過激な主張を掲げる党派が登場してくればどうなるのか。政治不信の裏返しのように、民主主義を危うくするほどに過激な主張がさらに支持を受けることにならないか。気になっているのは、その点です。

公益通報か、違法な漏洩か、なお留保が必要~鹿児島県警本部長と起訴の元部長は対等の構図

 鹿児島県警の本田尚志・元生活安全部長が内部資料を漏洩させたとして国家公務員法違反の疑いで逮捕された事件で、鹿児島県警は6月21日午後、野川明輝本部長らが記者会見し、本田元部長に対する捜査の結果や、野川本部長が警察官の犯罪を隠蔽しようとしたとする本田元部長の主張への見解を説明しました。鹿児島地検は同日、本田元部長を起訴しており、捜査がひと段落したところでの説明ということのようです。
 野川本部長らの会見はNHKが一部を全国中継しました。その模様や、新聞各紙の報道を元に、わたしなりに野川本部長の主張のポイントをまとめると、大きく①隠蔽の指示はしていない②本田元部長が内部資料を外部に郵送した行為は公益通報ではない―の2点に集約されます。特に①は本田元部長の主張と真っ向から食い違います。野川本部長と本田元部長のどちらかが虚偽を主張していることになります。
 鹿児島県警が本田元部長を逮捕し、鹿児島地検も犯罪は成立するとの見解で起訴しました。虚偽を主張しているのは本田元部長であると、警察と検察は認定したということになります。真相の解明の場は刑事裁判に移ります。通常の事件事故であれば、報道の実務としては警察や検察の捜査結果には一定の信頼を置いています。しかし今回は通常の事件捜査と同列に見るわけにはいきません。県警のトップである野川本部長が当事者であるからです。
 上記の①の「隠蔽の指示」は、枕崎署の警察官の盗撮行為をめぐって直接指示があったと本田元部長は主張しています。野川本部長に対し、本部長指揮事件としてすみやかに捜査を進めるよう上申しましたが、野川本部長は「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と話し受け付けなかった、隠蔽する気だと思った、というのが本田元部長の主張です。県警本部で、本部長と生安部長の二人きりの場で交わされたやり取りだと、わたしは解釈しています。これに対し野川本部長は会見で、この盗撮事件で本田元部長と会ったことも話したこともない、と強調しました。事実関係をめぐって、二人の主張の間に決定的な食い違いがあります。
 会見の中継や各紙の報道を見る限り、野川本部長の主張の方が正しいという合理的な理由や事情は県警からは示されませんでした。野川本部長が「事実はない」と主張しているだけです。それは仕方がない面もあります。「なかった」ことの証明は困難だからです。もちろん「だから本田元部長の方が正しい」というわけでもありません。
 野川本部長と本田元部長のどちらが人物的に信用できるか、といった問題でもありません。仮に本田元部長の主張が正しいとしても、それは密室のやり取りであり、真相を知っているのは野川本部長と本田元部長の二人だけです。論理的には、主張の信ぴょう性という点では、なお二人は対等の立場です。にもかかわらず、県警トップの本部長の主張が正しいことを前提に本田元部長は訴追されました。それがこの事件の基本的な構図です。
 虚偽を主張しているのはどちらか、仮に本田元部長の主張の方が正しければ、事件の全体像はどんなふうに見えてくるか―。マスメディアの報道の上では、その点に留意する必要があります。

 枕崎署の警察官の盗撮盗聴行為について、野川本部長は捜査の経緯も会見で説明しました。監察官から昨年暮れに報告を受けたが、警察官の犯行と断定はできないので、継続捜査と、警察官が犯人である場合に備えて犯行を重ねないよう注意喚起することを指示した→その後、必要な捜査を得て5月に逮捕した、適正な手続きを踏んでいる、というのが概要です。監察官に指示をした後、逮捕まで5カ月間、本部長としてフォローしていなかった、適切にフォローしていればもっと早く立件できたかもしれない、とも述べ、その点に対して警察庁から長官訓戒の処分を受けたことも明らかにしました。
 警察官の犯罪の可能性がある事例の報告を受けながら、5カ月間も現場に任せきりにしていたことに対して、会見でも質問が相次いだようですが、野川本部長は「終始落ち着いた様子で、適切に対応してきたと淡々と回答した」(南日本新聞)とのことです。
 しかし、上記の説明によっても、本田元部長の主張が虚偽であることの証明にはなりません。本田元部長が内部資料を札幌市のライター小笠原淳さんに送っていたことを鹿児島県警が知るのは、別の内部資料の漏洩先として、4月にニュースサイト「HUNTER」の運営元を捜索したのがきっかけだったとされます。本田元部長はその前の3月に退職していました。本田元部長の主張に即して時系列を考えれば、野川本部長が隠蔽を指示→HUNTERに家宅捜索→盗撮事件が外部に漏れていることが判明→5月に枕崎署の警察官を逮捕→その後、本田元部長を逮捕、という流れになります。野川本部長が会見で説明した時系列と矛盾はありません。ただ一つ、本田元部長が野川本部長に本部長指揮事件とするよう上申したのに野川本部長が受け入れなかった、という点が食い違っているだけです。そして、その点の真相は野川本部長と本田元部長にしか分からないのです。

 野川本部長が会見で、外部へ内部情報を提供した本田元部長の行為は公益通報ではないと強調したこと(冒頭の②)についても、説明の内容は十分に納得できるとは言いがたい点があります。
 野川本部長が挙げた理由は、主に以下の2点です。
・本田元部長が小笠原さんに送った文書では、警察官の盗撮の隠蔽を指示したのは刑事部長(当時)としており虚偽であることは明白
・警察官のストーカー行為では、公表を望んでいない被害女性の個人情報を記載している
 前者については、弁護士を通じて本田元部長の見解が示されています。隠蔽を指示したのが本部長であることを明らかにすれば、告発者が自分であることがすぐに分かってしまう、なぜなら、そのやり取りを知っているのは自分と野川本部長だけだからだ、ということです。
 後者はそもそも、公益通報か否かを判断するのに関係のない事項です。本田元部長は広く社会に個人情報を公表しようとしたわけではありません。小笠原さんのように経験豊富でスキルが高い記者であれば、個人情報には十分に配慮しながら真相に迫ってくれると期待していたのではなかったか。

 もう一つ、鹿児島県警や鹿児島地検の判断で知りたいのは、では、本田元部長が小笠原さんに内部情報を送った動機を何だと見ているのか、です。
 一般に刑事事件の捜査や裁判では、犯罪の行為があったかどうかが重要で、動機は解明できなくても有罪となることがあります。ただし、今回のような事例は、主体的な意識と客観事実とを切り離して考えるべきではないと思います。「何のため」を抜きにして行為だけを罰することになれば、公益通報そのものが成り立たなくなります。外形的には違法行為を構成するからです。公益通報ではないのなら、何なのか。報酬目当ての情報漏洩ではないでしょう。何か野川本部長に個人的な恨みでもあって、虚偽をかたってまで陥れたかったのか。動機は極めて重要なポイントです。

 現段階ではなお、野川本部長と本田元部長のどちらの主張が正しいのか、留保が必要です。組織のトップが当事者である以上、本来は第三者的な立場による調査が必要です。しかし警察ではそれは難しいかもしれません。そこに、マスメディアの組織ジャーナリズムの役割があると思います。例えば、枕崎署の警察官の盗撮行為をめぐって、昨年12月から今年5月までに、県警の内部ではどんなやり取りがあったのか。いざ盗撮容疑で逮捕するとなったときに、だれがどんな指示を出したのか。取材を重ねて、そうした点を明らかにしていくことは、簡単ではないかもしれませんが、不可能ではないはずです。日ごろから警察組織を定点観測していることの意義もそこにあります。
 以前の記事で紹介した神奈川県警の警察官の覚醒剤使用のもみ消しでは、当時の本部長とともに警務部長、監査官室長、担当監察官、生活安全部長の5人も有罪判決を受けました。

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 生活安全部長は覚醒剤などの薬物事件を捜査する責任者です。仮に、本部長に対し生活安全部長が職責をかけてすみやかな立件を強く上申していれば、違った結果になっていたかもしれません。横浜地裁の公判で元本部長以外の4人は、元本部長の指示に逆らえなかったと主張したのに対し、判決は「元本部長に遠回しに再考を求めているが、捜査開始を進言した者はおらず、元本部長と同じ過ちを犯している」と批判しました。
 本田元部長も同じ生活安全部長の職にありました。仮に、本田元部長が野川本部長の言動を隠蔽の指示と受け取ったとしたら、上意下達が絶対の階級社会の警察で、本部長に対し1対1の場で、指示に従わないことを表明するのは困難だっただろうと想像します。それでも、そのまま終わらせるわけにいかないと、行動を考えたのかもしれません。神奈川県警の隠蔽の1996年当時は、「公益通報」という概念自体が社会で共有されていませんでした。今は、そういう選択肢があります。

 6月21日の鹿児島県警の会見は、東京発行の新聞各紙も紙面で大きく報じました。鹿児島に取材拠点を持つ全国紙の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の扱いと、主な見出しを書きとめておきます。
 毎日新聞が「内部情報漏えいか 公益通報か」の見出しを付けていること、朝日新聞が「公益通報であれば逮捕は違法に」の見出しで識者談話を掲載していることが目を引きます。

【朝日新聞】
▽社会面トップ
「本部長、『隠蔽』改めて否定/漏洩事件 鹿児島県警前部長を起訴」
「公益通報であれば逮捕は違法に」公益通報に詳しい光前幸一弁護士
「メディアへの捜索 納得できる理由は」園田寿・甲南大名誉教授(刑法)

【毎日新聞】
▽社会面トップ
「内部情報漏えいか 公益通報か/鹿児島県警前部長を起訴/本部長『隠蔽指示せず』」
「本部長を長官訓戒」
「識者『制度骨抜きに』」

【読売新聞】
▽社会面準トップ
「本部長 改めて隠蔽否定/『捜査確認怠る』 警察庁が長官訓戒 鹿児島県警」

写真:鹿児島県警本部庁舎(出典:鹿児島県HP)

予測通りの規正法ザル改正~問われるべきは検察

 政治資金規正法改正案が6月19日、参議院で可決され、改正法が成立しました。自民党の派閥パーティー券裏金事件を契機に始まった改正論議でしたが、終わってみれば抜け穴はそのままで「ザル法の改正もザルだった」と言わざるを得ない内容です。意外な結果ではなく、自公政権の与党が多数を占める今の国会に任せればこうなるだろうな、と予測していた通りです。
 ここでわたしが指摘するまでもないのですが、一つだけ、もっとも本質的だと思う点を挙げます。虚偽の報告に対する政治家の責任についてです。政治資金収支報告書に虚偽の記載があっても、処罰対象者は会計責任者と明記されているため、政治家の責任を問おうとすれば、虚偽の記載について会計責任者との共謀を立証しなければなりませんでした。自民党安倍派では5年間で13億5千万円余分もの不記載がありながら、派閥事務総長ら政治家との共謀は認められないとして、事務方の会計責任者だけが起訴されました。
 自民党に事件への真摯な反省があれば、違反に対して政治家も機械的に責任を問われる「連座制」の導入があってよかったはずですし、世論調査でも連座制導入には高い支持がありました。しかし、導入されたのは「確認書」です。政治資金収支報告書が適正に作成されたとの「確認書」の作成を議員に義務付け、確認が不十分だった場合に公民権を停止する、との内容です。これでは、虚偽の内容を議員が知っていても、会計責任者が「議員には説明していない。議員は知らなかった」と言い張れば、議員の責任を問うことはできません。選挙違反のように、違反の外形的事実が認定されれば、機械的に議員が失職するような仕組みでなければ実効性は期待できません。
 改正法の成立を東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)は6月20日付朝刊で、大きく報じました。1面トップは朝日新聞、毎日新聞の2紙。各紙とも1面のほか総合面にも関連記事を大きく載せ、社説でもそろって取り上げています。各紙の主な見出しを書き出してみました。

 朝日新聞が1面トップの主見出しを「政治とカネ 抜け道残す」としていることが目を引きます。改正法成立の本記の主見出しに「成立」のファクトではなく、意義付けをもってくるのは異例です。毎日新聞の社説は「国民を愚弄する弥縫策だ」との見出しをたてています。最大級の批判の表現と言ってよいと思います。「透明化へ一定の前進」(読売新聞総合面)との見出しもありますが、全体としては「十分とはとても言えない」というトーンの報道です。

 自民党が多数を占める国会の自浄作用が期待できないことは分かっていました。その通りの結果になりました。改めて思うのは、検察の捜査です。政界に期待できないからこそ、世論も検察の捜査に期待していました。検察は捜査を尽くしたのかが、改めて問われるべきだろうと思います。
 この点に関連して、気になるニュースがありました。
 安倍派の会計責任者が6月18日、自身の公判の被告人質問で、安倍晋三元首相の死去後、派閥幹部4人が集まった場で、パーティー券の売り上げを派閥所属議員に還流させる仕組みを復活させることが決まっていた、との趣旨のことを述べました。派閥幹部らは国会の政治倫理審査会では、結論が出なかったなどと証言しています。被告の立場で口にしたことと、偽証罪に問われることもない政倫審での発言と、どちらに信ぴょう性があるでしょうか。
 問題は検察の捜査です。「派閥幹部4人の協議で還流の復活が決まった」との供述を、東京地検特捜部も捜査で得ていたはずです。仮にその通りなら、還流の復活に伴って、政治資金収支報告書にどのように記載するか、従前通りでいいのか、という問題が付随して浮上していたはずです。会計責任者と派閥幹部の議員の間で、協議したのではないか。その点の解明に、どう検察は手を尽くしたというのか。法の不備を言い訳にして、ろくに調べてもいない、ということはないのか。検察の捜査に、新たな疑問を抱いています。