高市早苗首相の公設第一秘書の依頼で、昨年秋の自民党総裁選や今年2月の衆院選の際、他の候補や野党幹部に対するネガティブが大量に作成され拡散されたのではないか、との疑惑を巡って、展開がありました。
動画作成者から提供を受けたとするネガティブ動画の中に、使用した写真の撮影時期と動画を作成したとされる時期の間に齟齬があることが指摘されました。疑惑の発端になる報道を展開している週刊文春は6月25日号(電子版は17日正午公開)に「高市首相『中傷動画』全ての疑問に答える」との記事を掲載しました。
その骨子は、週刊文春の記事公開前に公表された見解の通りです。
4月29日から公開している高市早苗首相に関する記事について、一部の動画に時系列上の問題点が確認されたため、関連動画の公開を一時停止し、併せて本文も修正しました。「週刊文春」の次号にて取材経緯を説明いたします。
今回の訂正は一部動画の時系列に関する部分にとどまります。 高市事務所が総裁選や衆院選において、動画などで対立候補に対する誹謗中傷を行っていた事実関係は、複数のSNS上のメッセージなどによって裏付けられています。疑惑の根幹を揺るがすものではないと認識しています。

【写真出典:週刊文春電子版】
週刊文春の当該の記事を読みました。「この姿勢は『事実に謙虚』と言えるのだろうか」。ひと言で言えば、そんな感想を持ちました。
週刊文春は動画作成者から提供を受けた動画20本のうち4本に時系列の齟齬が見つかったとしています。「全ての疑問に答える」とするなら、なぜ齟齬があるのか、その理由も記事で明らかにしているのかと思いました。しかし、記事には以下のようなくだりがあるだけです。
こうした動画への疑義について松井氏側に問い合わせたところ、弁護士を通じて以下のように説明した。
「スタッフに動画データの復元・探索を依頼し、見つかったものを文春側に転送しました。このような事態になって驚いています。ただ、改めて強調させて頂きたいのは、私が候補者の求めに応じ、動画の作成・拡散に携わっていたという一連の話は間違いなく事実だということです」
動画作成者を直接、問いただしたといった説明もなく、「驚いています」との反応を紹介しているだけです。
動画の時系列の齟齬の問題は、週刊文春の一連の報道の根幹にある動画作成者の証言の信用性にかかわるはずです。時系列になぜ齟齬が生じたか、作成者から合理的で納得できる説明がない限りは、証言の全体像についても留保が必要だと思います。しかし、そうした姿勢は記事からは読み取れません。
わたし自身が40年余り、職業として組織ジャーナリズムにかかわってきて、ジャーナリズムに必要なこととして、第一に「事実に謙虚」であることだと教えられてきました。後続世代にもそう伝えてきました。「事実に謙虚」かどうかを評価軸に置くなら、週刊文春の姿勢は危ういというのが、率直な読後感です。
週刊文春の報道に端を発した中傷動画問題について、指摘されているような公設秘書の関与があったかなかったかをここで論じたいのではありません。ほかにも確実な証拠があるとしても、また「疑惑の根幹を揺るがすものではない」としても、危惧するのは、動画の齟齬の理由を説明しない、説明できないままなら、高市首相擁護派の格好の攻撃材料になってしまうことです。既にSNSでそうした言説を目にします。
週刊文春の6月25日号は、仮想通貨「サナエトークン」を巡る疑惑にも触れています。オンライン会議での発言の声紋解析の結果を報じました。高市首相の公設秘書がオンライン会議に参加していたことは間違いがないようです。今後は、サナエトークンを巡って高市首相の事務所がどう関与したのかが焦点になります。週刊文春が確実な証拠を元に疑惑を追及するとしても、その時に「動画の齟齬を説明しない週刊文春は信用できない」「“誤報メディア”の週刊文春が今さらのように追及するサナエトークンも高市首相の主張の方が正しいに違いない」-。そんな言説が広がってしまうことを危惧します。
「誤報」が罪深いのは、ほかにどんなに優れた報道があっても、一つの誤報がすべてを台無しにしかねないことです。そのことも、40年余りの実務経験の中で先行世代に教えられ、後続世代に伝えてきました。組織ジャーナリズムも人間の営みなので、間違えることがあります。だからこそ、誤報を誤報と認めて検証し、教訓を残さなければなりません。
中傷動画作成者とサナエトークンと高市事務所を巡っては、週刊現代とジャーナリストの河野嘉誠氏が一貫して追っています。河野氏の発信にも注目しています。