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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

事実を踏まえたフィクション 「沈まぬ太陽」~「国見正之」と故伊藤淳二氏

 元鐘紡(現クラシエ)社長や日本航空会長を務めた伊藤淳二(いとう・じゅんじ)さんの訃報に接しました。2年以上前の2021年12月、99歳で亡くなっていたとのことです。新聞各紙が4月16日夜、デジタルで報じました。これに先立つ同日正午、小学館のサイト「NEWSポストセブン」が記事をアップデートしていました。
※「『沈まぬ太陽』モデルの伊藤淳二JAL元会長・鐘紡元会長が逝去していた」
 https://www.news-postseven.com/archives/20240416_1956863.html?DETAIL

※日経新聞「伊藤淳二氏が死去、99歳 鐘紡社長や日航会長歴任」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE16B0X0W4A410C2000000/

 1985年8月に起きた日本航空のジャンボ機墜落事故後、同年12月に当時の中曽根政権の要請を受け、同社副会長に就任。事故の原因究明と再発防止に向けて経営改革を主導した。86年に会長に就いたが、労務政策での社内外の反発もあり87年に辞任した。山崎豊子さんの小説「沈まぬ太陽」に登場する航空会社会長のモデルとされている。

 故伊藤会長は山崎豊子さんの長編小説「沈まぬ太陽」の登場人物の一人で、大手航空会社「国民航空」がジャンボ機墜落事故を起こした後、経営の立て直しのために時の首相の意向で国民航空会長に送り込まれる「国見正之」のモデルとされます。
 いやも応もなくなり、国民航空会長職を引き受けざるを得なくなったとき、国見は靖国神社に行きます。その情景の印象が強く、このブログでも以前、紹介しました。
※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 20年前に初めて読んだ山崎豊子さんの長編小説「沈まぬ太陽」のあるシーンが長らく印象に残っています。国民航空がジャンボ機墜落事故を引き起こした後、絶対安全を至上命題として再建に乗り出すに当たり、繊維会社を徹底した労使協調で再建させた実績を持つ国見正之が、時の利根川泰司首相の意向で国民航空の会長職に就きます。二度固辞した国見が、利根川の代理人であり、シベリア抑留の経験を持つ元大本営参謀の龍崎一清から「お国のために」と要請され、ついに受諾を伝えた冬の日、向かった先が靖国神社でした。
 国見は学徒出陣した元軍人で、連隊勤務を経て陸軍予備士官学校へ進み、前線指揮官として養成されました。同期生の300人は前線に赴きますが、国見は教官要員として残りました。多くの友が戦死しました。戦後、国見は毎年大みそかに、必ず靖国神社を訪ねていました。
 「今年は少し早く来た―」。予備士官学校の寮で「死んだら靖国神社で会おう」と誓い合った友の姿を思い浮かべながら、国見は心の中で語りかけます。「貴君らと別れて、四十二年目の今日、私は遅ればせながら、二度目の召集を受けた」「五百二十名の死者を出した航空史上最大の惨事を起した国民航空の再建を引き受けることになった」「微力の私には至難なことだが、せめて生き残った者としての務めを果たす覚悟だ。貴君らのご加護をお願いする―。」

 山崎豊子さんは綿密な取材で知られる作家でした。「沈まぬ太陽」は小説、つまりフィクションの体裁を取りながら、その内容の根幹部分は事実を踏まえていると、わたしは認識しています。日経新聞がサイド記事で、故伊藤会長が晩年に寄稿した記事で、陸軍予備士官学校に入っていたことに触れ、毎年暮れ、靖国神社へ参拝していることを明かしていたことを紹介しています。国見が靖国神社で「貴君らのご加護をお願いする―」と亡き戦友に祈った、との挿話も実話だったのかもしれないと改めて感じます。
※日経新聞「伊藤淳二氏死去 鐘紡の多角化推進も日航再建半ばで退任」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD16C7S0W4A410C2000000/

 国民航空内では労組は一つではなく、互いに対立していました。国見は双方に労使の対話路線を呼びかけますが、結局うまくいかず、追われるように国民航空を去ります。故伊藤会長の実像がどうだったのかはともかくとして、日本航空社内の労使、あるいは労労間の対立は、わたしも航空界の労組の方々から教示いただいた経験があります

 「沈まぬ太陽」の主人公は、会社の不興を買って、パキスタン、イラク、ケニアでの勤務を強いられた元労組委員長です。同書はわたしにとって、組織の中で志を曲げない生き方とその過酷さ、働く者の権利としての労働組合のありようなどを深く考える契機になった作品でした。今も時折、手に取って部分的に読み返したりしています。

※新潮社のサイトに、山崎豊子さん自身が「沈まぬ太陽」のことを語った音声データがあります。ユーチューブで聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=zKvpJJstYOs&t=69s

www.youtube.com