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戦争に「絶対的な勝者」はいないことを問い続けた作品群~追悼 松本零士さん

 漫画家の松本零士さんの訃報が2月20日、伝えられました。2月13日に急性心不全で死去されたとのことです。享年85歳。謹んで哀悼の意を表します。
 「銀河鉄道999」に「宇宙戦艦ヤマト」、さらに挙げるなら「宇宙海賊キャプテンハーロック」。21日付の新聞各紙を見ると、一般には代表作は「宇宙」が舞台の大作となるようです。ただ、わたしが松本零士さんの名前ととともに真っ先に思い出すキャラクターは、鉄郎でもメーテルでも、古代進でも森雪でもハーロックでもなく、九州から上京した貧乏青年の日常を描いた「男おいどん」の主人公、大山昇太(おおやま・のぼった)です。
 松本零士さんは福岡県久留米市の生まれ。小学校から高校時代を北九州市の小倉(当時は小倉市)で過ごし、上京しました。わたしは北九州市の八幡の生まれ。高校時代の3年間、久留米で寮生活を送り、大学進学で上京しました。その以前から「男おいどん」は読んでいたのですが、東京のアパートでの一人暮らしの中で、共感が強まったように思います。自炊でインスタントラーメンもよく食べました。ただし、さすがに部屋にサルマタケは生えていませんでした。東京の醤油ベースのラーメンになかなかなじめず、外食でラーメンライスを頼むこともありませんでした。
 思い入れが深いのは「戦場まんがシリーズ」の作品群です。「確か手元にあったはずだ」と思って自宅の書棚を探したところ、「ザ・コクピット」のタイトルの4冊が見つかりました。

 1970年代を中心に、1話完結で順次、発表されました。ストーリーは第2次世界大戦の史実を背景に踏まえたフィクション。ほとんどは日本、米、英、ドイツの兵士か下級将校が主人公です。描かれているのは華々しい英雄の活躍ではなく、戦場ですりつぶされるように個々の命が失われていくさまです。史実としては戦勝国、敗戦国があるとしても、勝利を収めた側にも無数の兵士たちの死がありました。戦争には絶対的な勝者はいないことを問い続けた作品群だと受け止めています。
 印象深い作品の一つは「音速雷撃隊」。初出は1974年の少年サンデーです。太平洋戦争末期に日本軍が投入した特攻兵器「桜花」の搭乗員、野中少尉と、桜花を攻撃目標の米機動部隊近くまで運んだ一式陸上攻撃機の搭乗員たちを描いた1作です。桜花は機種に約1.2トンの火薬を搭載し、ロケット噴射で上空から敵艦を目がけて体当たりします。航続距離が短いため、双発の一式陸攻につり下げられて基地を出撃し、目標に近付くと母機から切り離され、乗員1人が操縦して飛行しました。
 作中の桜花パイロット、野中少尉は2度目の出撃。最初は母機の一式陸攻が撃墜されましたが飛行艇に救助されて生還。翌日、米軍の迎撃を受けながらも陸攻の必死の飛行で、沖縄沖の米艦隊上空に達して、桜花は発進。大型空母に命中しました。大爆発を起こす直前、空母に広島への原爆投下の報。「おれたちも、バカか…敵も味方も、みんな大バカだ…」とつぶやく艦長。米軍機のパイロットは、桜花部隊の迎撃に出動する前に「人間爆弾か…!大バカ者め!!」と口にしていました。

【「音速雷撃隊」の一部】
 作品の冒頭、日本軍のゼロ戦が米軍の偵察機を撃墜。夜、米空母で、帰還しなかった搭乗員をしのぶシーンがあります。彼はまんがを描くのが好きでした。「あいつは天才だった…あと三十年生かしといたらディズニーを失業させたかもしれんなあ…」。同じころ、日本軍の基地では生還した桜花搭乗員が、翌日の母機となる陸攻搭乗員らと夕食をともにしていました。「おまえ、戦争にならなんだら、何になっとった」と尋ねられ「皮肉なことにロケット技師」。「せめて、あと三十年生かしてくれたら…」「おれは、あの月までロケットを打ち上げてみせる、それがおれの夢だった…」。思いを寄せていた女性(「宇宙戦艦ヤマト」の森雪そっくり)がいたことも描かれています。
 史実としては、桜花部隊に対する米軍の迎撃は徹底していて、空母部隊にたどり着く前に母機もろとも撃墜されることが少なくなく、米軍が空母の手前に布陣したピケットラインの駆逐艦への攻撃がせいぜいだったようです。空母撃沈はフィクションですし、作中の日米の登場人物たちの会話ももちろんフィクションでしょう。ただ、戦勝国、敗戦国はあっても、個人の次元ではどこにも勝者はいないのだ、との思いを強くします。この「戦場まんがシリーズ」に一貫しているテーマはそのことです。高校生のころから繰り返し読んできた作品群なのですが、わたしが人生の経験を重ねて、「せめてあと三十年」と作中の人物たちが口にしたその時間を自分自身が過ごすことができた今、このテーマの意味の重さが本当に理解できるようになった気がしています。
 「戦場まんがシリーズ」はコミック、文庫本などさまざまな形態で世に送り出されてきました。手元にある4冊は2003年刊。紙質はよくないのですが、一話完結の作品がぎっしり詰まっていて本体571円と、当時としても破格の安さでした。4冊で計66話。コンビニで見かけて迷わず買った記憶があります。いろいろな作品に、「男おいどん」の主人公、大山昇太を彷彿させる日本兵や日本人技術者が描かれています。「男おいどん」は作者の原点だったのだろうと、そんなことも感じます。

 桜花は東京・九段の靖国神社の遊就館にレプリカが展示されています。見学した際のことを、このブログで以前、書きました。

news-worker.hatenablog.com

【靖国神社の遊就館に展示されている桜花のレプリカ(上)とジオラマの一部】

 日本は陸軍、海軍とも様々な航空機を特攻に使用しました。その中で桜花は、最初から特攻専門に設計、開発されたほぼ唯一の例でした。兵器としての正式採用は1945年3月。ひとたび母機から切り離されれば、絶対に生還できない非情さがありました。桜花のレプリカの下には、一式陸攻に抱かれた桜花が護衛の零戦に守られ、夕日を浴びながら沖縄へと進む状況のジオラマが展示されています。沖縄戦のころには、日本軍はまともな航空作戦を構えることができず、航空特攻一本でした。そこまで追い込まれたのならば、一刻も早く戦争を終わらせなければなりませんでした。搭乗員たちはどのような思いで出撃していったのか。このジオラマにも胸が詰まりました。

 「搭乗員たちはどのような思いで出撃していったのか」。松本零士さんも同じことを考えていたのだろうなあと思います。

 この作品群について検索していたら、以下の記事に行き当たりました。NHK北九州放送局が2018年8月に松本零士さんに取材していたようです。
※「松本零士さんが『戦場漫画』に託したこと」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/senseki/article_4.html

www3.nhk.or.jp

松本零士さん:
「世界中の戦死した、その当時の兵士たち、若者たちの中には、生きていれば本当はものすごい人類の文明に貢献した人がいっぱいいたはずなんですよ。それが、大勢死んでいるわけですよ。戦いの中でね。だから、そういうことを思うとつらいですよね。戦争というのは、未来を、自分の未来もつぶすわけです」

 あらためて、戦争を起こさせてはならない、始まってしまった戦争は、一刻も早く終わらせなければならない、との思いを強くします。