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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

米国の「寛容」と沖縄、真珠湾上での戦死と後年の「特攻」〜安倍首相の演説に覚えた違和感

 安倍晋三首相が日本時間で12月28日朝、ハワイの真珠湾を訪れ、オバマ米大統領とともに太平洋戦争の戦没者を慰霊し、演説しました。1941年12月8日(現地時間で7日)に日本海軍がこの地を爆撃し、太平洋戦争は始まりました。第一弾投下が外交ルートの宣戦布告よりも前だったことから、米国社会ではひきょうなだまし討ちととらえ「リメンバー・パールハーバー」が合い言葉のようになり、戦意を高めたと伝えられています。そういう土地でしたが、安倍首相の演説に謝罪や戦争への反省の言葉はなく、「日米同盟は『希望の同盟』」「私たちを結び付けたものは、寛容の心がもたらした、『和解の力』」「パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを願います」と、ひたすら「和解」を強調しました。
 安倍首相の演説全文は新聞各紙も全文を掲載したほか、首相官邸のホームページでも読めます。
 ※首相官邸「米国訪問 日米両首脳によるステートメント
 http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/1227usa.html


 読売新聞社が28、29両日に実施した世論調査では、安倍首相の真珠湾慰霊を「評価する」が85%に上り、内閣支持率は前回から4ポイント増の63%でした。
 東京発行の新聞各紙も28日の夕刊から大きく取り上げ、29日付朝刊では朝日、毎日、読売、日経は1面トップ、産経、東京は準トップでした。6紙の1面や社説の主な見出しを末尾に書きとめておきます。
 中にはオバマ大統領の今年5月の広島訪問などを踏まえて、「日米の戦後処理の歴史的な集大成」(読売新聞の社説)とする評価があり、日米同盟が中国へ対抗する抑止力として一層機能することへの期待も示されています。一方では、戦争への謝罪はともかくとしても、あの戦争をめぐる歴史認識すら示さなかったことへ疑問を提示したり、「和解」は日本の加害者としての立場が一層明らかなアジアの諸地域へこそ積極的に示されるべきだと主張する論調もあります。普段、安倍政権支持を示している新聞の間でも、また政権に批判的な新聞の間でも、安倍首相の今回の真珠湾訪問に対してはそれぞれに差異があり、論調は各紙それぞれだと感じました。


 わたしは、安倍首相が太平洋戦争に対する歴史認識に触れなかったこともさることながら、安倍首相が米国の「寛容」への感謝の念を表明したことに強い違和感を覚えました。
 その理由の一つは沖縄の現状です。現に今、沖縄では米軍基地を巡って、日本国政府沖縄県が深刻な対立の状況にあります。米軍輸送機オスプレイが浅瀬に不時着を試みて大破した事故では、沖縄駐留米軍のトップが住宅地への墜落を避けたことをもって「パイロットは感謝されるべきだ」と言い放ち、また事故機の機体回収も終わらないうちにオスプレイの飛行全面再開を強行しました。いずれも日本政府は追認しました。米軍が事故の直接原因としている空中給油訓練も再開の意向と報じられています。これもまた日本政府は追認なのでしょうか。
 戦後、米国が日本本土に「寛容」の精神で接している間に、沖縄では米国の苛烈な直接統治が続きました。軍人でもあるキャラウエイ高等弁務官が言い放った「沖縄の自治は神話」との言葉が、米国統治の実態を端的に表しています。オスプレイ事故で今、米軍が見せている態度はそのことと重なってみえます。戦後、戦勝国の米国が敗戦国の日本に「寛容」を示したこと自体は間違いないかもしれません。しかし、それは条件付きであり、こと軍事面で言えばかなり厳しい条件であると、私は考えています。米軍基地を巡って沖縄の人々が置かれている苦境をそのままにして、最大限の表現で米国の「寛容」を称賛する安倍首相の言辞は、私には、米国に唯々諾々と付き従う者の「おべっか」のようにも聞こえました。

 違和感のまた別の理由は、安倍首相が真珠湾攻撃で戦死した戦闘機パイロットの話を持ち出したことです。首相は「寛容」の話をする導入部で以下のように話しています。首相官邸のHPから引用します。

 昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。
 その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのを諦め、引き返し、戦死した、戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。
 彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けていた側にいた、米軍の人々です。死者の、勇気を称え、石碑を建ててくれた。
 碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、日本帝国海軍大尉(だいい)と、当時の階級を刻んであります。
 The brave respect the brave.
 勇者は、勇者を敬う。
 アンブローズ・ビアスの、詩(うた)は言います。
 戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
 そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です。

 飯田中佐の戦死がモデルになったと思われるシーンは、真珠湾攻撃を描いた日米合作の1970年公開の映画「トラ・トラ・トラ!」にも描かれています。真珠湾上空で被弾した空母「赤城」の戦闘機隊の1機がいったん上昇した後、地上の米軍航空機格納庫に突入して自爆します。戦争末期の「特別攻撃隊=特攻」を想起させるシーンです。飯田中佐が自爆したのかどうかに安倍首相は触れていませんが、生還をあきらめ死を選んだことを「勇気」と呼んでいます。
 実際には、日米開戦前の中国との戦争に際して、空戦での大戦火に周囲が浮かれていたときにも飯田中佐は「こんな戦争を続けていたら、日本は今に大変なことになる」と口にすることもあった極めて冷静な軍人だったようです。真珠湾攻撃の前日には、「この戦は、どのように計算してみても、万に一つの勝算もない。私は生きて祖国の滅亡を見るに忍びない。私は明日の栄えある開戦の日に自爆するが、皆はなるべく長く生き延びて、国の行方を見守ってもらいたい」と空母「蒼竜」艦上で部下たちに打ち明けたとのエピソードもウイキペディアでは紹介されています。
 ※ウイキペディア「飯田房太」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E7%94%B0%E6%88%BF%E5%A4%AA


 飯田中佐が実際に戦争に懐疑的であったかどうか、覚悟の上でのいわば自死であったかどうかはともかく、被弾した日本軍機が生還を試みることなく自爆した例は少なくなく、最終的には自爆が組織的攻撃として行われる「特攻」に至りました。そこに見えるのは「人命軽視」であり、日本の壊滅的な敗北で終わったあの戦争から、教訓を真摯に引き出すとするなら、その一つは間違いなく人の命を大事にする、ということでなければならないと思います。
 特攻に対しては、当時ですら軍内部にも「生還を期さない作戦は、もはや作戦とは呼べない」「統帥の外道だ」という批判の声があったということも、旧軍人らの手記などで今日に伝えられています。しかし、とうに敗北は免れ得なくなった後も、日本全土が焦土になり、広島、長崎に原爆が投下されるまで戦争を終わらせることができなかったことの要因の一つは、間違いなく当時の日本軍にあった「人命軽視」の風潮です。
 飯田中佐がどうして生還を選ばなかったのか、試みようとしなかったのか、その心中は分かりませんし、飯田中佐が意識していたのかどうかも分かりませんが、その死にざまはやはり後年の特攻で顕著に表れた日本軍の「人命軽視」の風潮とは無関係ではなかろうと思います。後世に生きる私たちは安易に美化してはならないと思うのです。ですから、日本軍と直接戦った米軍の側がどう考えたかは別として、敗戦から76年の今日に、日本国の首相が米国を称賛するための文脈の中で、生還を試みようとせずに戦死したパイロットを「勇者」とたたえることに、私は強烈な違和感を覚えました。


 安倍首相の真珠湾での慰霊をどう報じたかについて、東京発行6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の29日付朝刊の1面や政治部長らの署名評論、社説の見出しを末尾に書きとめておきます。いずれも東京本社発行の最終版です。

朝日新聞
・1面トップ「真珠湾『和解の象徴』/首相が慰霊 大統領と演説/歴史認識は明示せず」
・1面:視点「アジア・憲法 終わらぬ『戦後』」内田晃・首相官邸取材キャップ
・社説「真珠湾訪問 『戦後』は終わらない」

毎日新聞
・1面トップ「真珠湾 和解の地に/安倍首相、オバマ氏と慰霊/不戦の誓い堅持」
・1面「終わりではない」末次省三・政治部長
・社説「首相の真珠湾訪問 和解を地域安定の礎に」日米関係の成熟を示す/乏しいアジアへの視線

▼読売新聞
・1面トップ「『寛容と和解 世界へ』/首相 真珠湾慰霊で演説/オバマ氏と最後の首脳会談」
・2面「強固な同盟 継続願う」前木理一郎・政治部長
・社説「首相真珠湾訪問 日米は『和解の力』を実践せよ/同盟の国際秩序貢献が問われる」/『寛容の大切さ』訴える/安保協力を拡大したい/トランプ氏と対話急げ

日経新聞
・1面トップ「真珠湾の和解 同盟深化/首相、オバマ氏と慰霊/日米、歴史に区切り」
・1面「揺らぐ価値 問い直す」芹川洋一・論説主幹
・社説「『真珠湾の和解』を世界安定の礎に」曲折あった日米の絆/戦争への道の検証を

産経新聞
・1面準トップ「安倍首相 真珠湾慰霊/『日米は和解の力を訴えていく』」
・1面「中国空母を注視/最後の首脳会談」
・1面「寛容の価値 中韓に迫る」阿比留瑠比・論説委員兼政治部編集委員
・社説(「主張」)「真珠湾での慰霊 平和保つ同盟を確認した/靖国を参拝し『訪問』報告せよ」対中国の抑止力を築け/「寛容」が「憎悪」に勝る

東京新聞
・1面準トップ「真珠湾 日米慰霊/『和解の象徴に』安倍首相/『今も涙流す海』オバマ氏」
・1面「『戦後の反省』忘れず」金井辰樹・政治部長
・社説「首相、真珠湾で慰霊 和解の力、アジアにこそ」記念館には初の訪問/謝罪、反省の言葉なく/憎悪の連鎖絶つため