兵庫県知事選挙で斎藤元彦知事が再選されたのは11月17日でした。失職当初は劣勢が伝えられながら、SNSを追い風にした逆転劇に、ネット空間は熱気と高揚感に覆われていたように感じました。あれから24日で1週間。わずかな時間のうちに、潮目はすっかり変わり、斎藤知事陣営のネット戦略に「公職選挙法違反ではないか」との指摘が相次いでいます。
このブログでも触れてきた通り、きっかけは11月20日、PR会社「merchu」代表取締役の折田楓氏が、斎藤知事との打ち合わせなどとする写真や提案資料のスライドなどとともに経緯や活動内容を詳しくnoteで公開したことでした。
たちまちX(旧ツイッター)で選挙違反との指摘が相次ぎました。21日にはnoteの内容は大幅に改変されていました。merchu社のホームページも、代表の折田氏のあいさつや受注実績をはじめ、大幅にコンテンツが削除されました。
22日には、新聞、テレビが報道を始めました。斎藤知事は報道陣に見解を求められ「法に抵触することはしていない」と言明。斎藤知事の代理人はメディアの取材に、merchu社にポスター代などを支払ったとした上で「『広報戦略全般を任せていたとかそういう話ではない』」と語った」(産経新聞)と報じられました。折田氏がSNSで公開した内容と、斎藤知事側の主張が真っ向から食い違うことが明らかになりました。
23日には著名人も次々に感想や見解をSNS上に投稿。出版社系の媒体も報じ始めました。集英社オンラインのリポートは「斎藤知事に公選法違反疑惑」とそのものずばりの見出しを掲げています。
◎「〈斎藤知事に公選法違反疑惑〉票を『収穫』、広報の『お仕事』と女性社長がウッカリ暴露。社長は過去に兵庫県の知事直轄事業『空飛ぶクルマ』にも関与か」=2024年11月23日
https://shueisha.online/articles/-/252268
わたしが主に見ていたのはXですが、この間も、知事選を巡って折田氏が残していた痕跡がどんどん拡散されていました。削除されていた折田氏のnoteのコンテンツがアップロードされ、モザイクが掛かっていたスライドに何が書かれていたか解析した、との投稿も目にしました。
とりわけ動画や写真の“威力”の大きさを感じます。斎藤知事が選挙カーの上で演説しているすぐ横で、しゃがんでスマホをかざしている折田氏の写真や動画がありました。折田氏が撮影していたと思われる動画と、別の場所から斎藤知事の街頭演説を記録していた動画を並べて、内容が一致すると指摘した投稿までありました。「(折田氏が)街宣車の上でしっかり配信」「いい仕事をしている」と書き込まれていました。
「自分で調べてみる」という意味では、わたし自身、折田氏のnoteに掲載された斎藤知事と折田氏のツーショット写真と、折田氏が運用していたという斎藤知事応援のXのアカウントのトップ写真、あるいは17日の当選確実が出た直後に、スタッフとおぼしき男性を交えて3人で撮ったという折田氏のインスタグラムの写真と、17日夜、斎藤知事が応援のお礼を述べる様子を撮影した斎藤知事本人のXのアカウントの動画を目にして、それぞれの共通点、類似点を感じました。折田氏のnoteに今(11月24日朝)も残っている「広報全般を任せていただいていた立場」との記述の信用性は、相当高いのではないかと考えざるを得ません。「折田氏は運動員ではない」との主張は通らないのではないかと感じます。
24日朝には、スポーツ紙も記事をネット上にアップロードしています。スポーツ紙らしい切り口で、話題性や関心が多方面に広がりつつあることを感じます。
◎東スポweb「斎藤元彦知事に公選法違反疑い 謝罪した泉房穂氏&東国原氏に注がれる視線」=2024年11月24日 05時00分
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/324907
改めて感じるのは、ひとたび情報を発したら永久に残るネットの特性です。江川紹子さんの投稿にまったく同じ思いを抱きました。
https://x.com/amneris84/status/1860132472459259966
削除しても、これだけSNSで関心を呼ぶ事柄では、誰かが魚拓をとり、誰かがぼかしをクリアにし、誰かが動画をコピーし、そして多くの人が写真や過去投稿を集め、それぞれアップする。自身をSNSの巧みな使い手のつもりで過信していると、そのSNSに諸事暴かれて火だるまになる、という戒めのような一件 https://t.co/B7xIbMO09f
— Shoko Egawa (@amneris84) 2024年11月23日
この1週間の経緯をあらためて振り返ってみると、新聞やテレビのマスメディアに対抗する情報源として喧伝された「SNSに真実がある」との言辞も、SNSに発せられた情報は消すことができないという意味では、当たっている面があるな、と感じます。
斎藤知事再選の評価は1週間で大きく変わりました。ただし、マスメディアの片隅にいる一人として留意しておきたいのは、マスメディアに「選挙報道の在り方」という課題が突き付けられていることは何も変わっていない、ということです。
仮に、斎藤知事陣営のネット戦略が捜査の対象になったとしても、「だからネットは…」とか「やっぱり真実は新聞だ」などと考えるべきではないと思います。選挙報道だけではありません。新聞やテレビの組織ジャーナリズムが発信する情報が、以前のようには社会に届かなくなっています。この10年来、そのことを考え続けています。発信の方法、仕組みの問題なのか、情報そのもの、あるいは取材の問題なのか、それらすべての問題なのか。正面から向き合うべきだろうと考えています。
※参考過去記事
【追記】2024年11月25日9時45分
■報酬あってもなくても違法~しんぶん赤旗で上脇教授が指摘
兵庫県知事選の斎藤知事陣営のSNS戦略を巡る選挙違反疑惑は、取り上げるメディアが相次ぎ、ネット上だけでなく現実社会で関心がさらに広がっています。全国紙では朝日新聞、毎日新聞、産経新聞に続いて読売新聞も報じました。同紙は24日付の社説で、内部告発文書に対する斎藤知事の取り扱いの問題点も指摘しています。
調査力に定評がある共産党の機関紙「しんぶん赤旗」も24日、記事を掲載しました。「斎藤知事 公選法違反か/兵庫知事選 宣伝会社が選挙運動」との見出しが、疑惑の核心をストレートに突いています。Merchu社の折田氏が選挙中、斎藤知事本人のアカウントを使い、街頭演説を動画中継していたことを指摘。報酬があってもなくても違法だ、との上脇博之・神戸学院大学教授の解説を紹介しています。
▽読売新聞
◎「斎藤元彦氏側が知事選で『広報全般を任された』会社に報酬支払い、SNSでは違法との指摘相次ぐ」=2024年11月24日 01時20分
https://www.yomiuri.co.jp/national/20241123-OYT1T50169/
◎24日付社説「兵庫県の百条委 核心は公益通報への対応だ」
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20241123-OYT1T50175/
公益通報は、組織の不正を 糾すために行われ、通報者については公益通報者保護法で、本人の特定や不利益な扱いが禁じられている。斎藤氏らの対応は、保護法の趣旨に反していた疑いがある。
斎藤氏は、県側の対応に「問題はなかった」と主張している。
だが、告発された知事本人が告発内容は事実でないと一方的に決めつけ、通報者を探し出して処分する行為は正常とは言えない。
(中略)
斎藤氏を応援するとして出馬した「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首は、百条委委員長の自宅前で演説を行った。「出てこい」と声を上げ、インターホンを押す動画がネット上に投稿されている。委員長は「恐怖心を覚えた」と振り返っている。
正当な調査活動を 萎縮させるような威圧的な言動は断じて許されない。法に触れるような行為があったのなら、刑事、民事の両面から責任を問う必要があろう。
▽しんぶん赤旗
◎「斎藤知事 公選法違反か 兵庫知事選 宣伝会社が選挙運動」=2024年11月24日
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-11-24/2024112401_03_0.html
政治とカネの問題に詳しい上脇博之・神戸学院大学教授は「SNS戦略の立案は本来、選対のやることだ。主体性がある立案などは選挙運動にあたる」とし、こう指摘します。
「問題の企業に斎藤氏側が報酬の支払いやその約束をしていれば、公職選挙法が禁じる、運動員の買収となる。逆に無報酬なら、政治資金規正法が禁じる、企業から政治家個人への違法な寄付となる。どちらにしても違法だ」
出版・雑誌系の媒体も新たに報じています。目に止まったものを記録しておきます。
▽スマート・フラッシュ
◎「兵庫・斎藤知事の選挙戦略を自慢“60万円イヤリング”女性社長に公選法違反を疑う声続々…隠しきれなかった自己顕示欲」=2024年11月23日 ※続報あり
https://smart-flash.jp/sociopolitics/318101/
▽女性自身
◎「斎藤知事 PR会社が“SNS戦略コラム”公開→公選法違反指摘する声が続出…選挙管理委員会が示した『答え』」=2024年11月23日
https://jisin.jp/domestic/2400523/
■名古屋市長選でもネットデマ
衆院選に出馬し当選した河村たかし前市長の失職に伴う名古屋市長選が11月24日あり、河村前市長の後継である日本保守党推薦の広沢一郎・元副市長が当選しました。自民、立憲民主、国民民主、公明の既存政党4党が相乗りで支援した大塚耕平・元参院議員と大きく差を付けました。河村前市長の個人人気が高いという事情があるにせよ、既存政党の候補が、極右層の支持を受ける日本保守党の候補に敗れたことは、日本社会の現状を考察する上で過小評価すべきではないだろうと感じます。
この選挙でも、ネットでのデマが現実社会の投票行動に影響を与えた可能性があるようです。以下は毎日新聞の記事です。
◎「広沢一郎氏、“反河村たかし氏包囲網”もSNS駆使 支持広げ」=2024年11月25 日01時03分
https://mainichi.jp/articles/20241124/k00/00m/010/117000c
河村氏と対立する市議や愛知県知事らによる“反河村包囲網”が敷かれる中、広沢氏は「オール与党VS庶民」などと対立構図を強調。SNS(ネット交流サービス)も駆使して支持を広げた。一方、SNSでは敗れた大塚氏の主張と異なる情報が拡散し、本人が打ち消しに追われるなどSNSの影響力を見せつける形となった。
(中略)
大塚氏に対しては「移民推進派」とする投稿も拡散されており、本人が「デマで選挙をゆがめるということは大変残念。選挙と民主主義を守っていただきたい」と動画で呼びかける異例の展開となった。敗戦確実の報を受けた大塚氏は「政策に関し、まるで180度違うデマを流されるのは選挙妨害の感じが否めない」と語った。
兵庫県知事選でも稲村和美・前同県尼崎市長に対し、同様にデマが飛び交いました。マスメディアの選挙報道の課題として、選挙期間中のファクトチェックは避けて通れなくなっていると感じます。