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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

なぜ有権者はネットを開いたか~キーワードは「立花孝志」 続・兵庫県知事選に思うこと ※追記「テレビや新聞が、SNSに選挙報道の主役の座を譲った転換点」 ※追記2「NHK会長が選挙報道の検討表明」

 斎藤元彦元知事が再選された兵庫県知事選について、全国紙の中で興味深く読んだ記事がいくつかあります。
 このブログの一つ前の記事で触れた「マスメディアの敗北」については、朝日新聞のいくつかの記事が参考になると感じました。特に西田亮介・日大教授へのインタビューは同感です。ネット上では有料域の記事なのですが、一部を引用して書きとめておきます。

◎「ネットで広がる言説 『穴』を突いた斎藤陣営の戦略 西田亮介さん」=2024年11月18日17時12分
https://digital.asahi.com/articles/ASSCL269BSCLPTIL00SM.html

 新聞やテレビは公職選挙法と放送法を根拠に、選挙期間中は中立性を重んじる。また全国メディアはおおむね「一県知事選」としての扱いにとどまった。ネットの興味関心は全国的に過熱したが、有権者は知りたいと思っていることがマスメディアからあまり伝わってこない。だからインターネットを開く。そこには斎藤氏の主張が広がっていて、一連の問題は既得権益の力なんだ、と印象づける。その戦略が成功したのではないかということだ。確信犯的というか戦略的という印象だ。

 ――マスメディアも選挙前には斎藤氏の問題を多く取り上げていました。

 やはり選挙期間中が重要だ。陰謀論を含めたネットで広がる言説について、マスメディアが対抗する報道をしてこなかった。「メディアは何かを隠しているんじゃないか」という有権者の疑心を過度に刺激することになったのではないか。

 西田さんが指摘していることもまた「マスメディアの敗北」だろうと思います。
 加えて朝日新聞のJX通信社の米重克洋氏へのインタビューも参考になります。「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表が立候補したことの意味がよく分かります。斎藤氏側のネット戦略は、それなしには成り立たなかっただろうと思います。

◎「斎藤氏を『応援』した立花氏 リアルとネットがかみ合った『結果』」=2024年11月19日 9時00分
 https://digital.asahi.com/articles/ASSCL35WYSCLPTIL01GM.html

 斎藤氏は演説が特別うまいわけでも、これまでSNSを効果的に使ってきたわけでもないが、公職選挙法が想定していない「他の候補者を応援する」と立候補した、立花孝志氏のアシストが大きかった。選挙期間中にユーチューブ内で候補者名が検索された回数を分析すると、同県尼崎市前市長の稲村和美氏よりも斎藤氏の方が多かった。だが、立花氏の検索回数はその斎藤氏を圧倒していた。通常の選挙であれば立花氏が当選する動きだが、応援している斎藤氏の票につながった。 

 新聞やテレビは選挙期間に入ると、特定候補を利する報道にならないよう気を遣います。その「習い性」が形成されたのは、社会の情報流通の主役が新聞やテレビだった時代のことです。デマや根拠不明の言説、意図的な切り取りがネットを席巻するようになった今は、検証と見直しが必要ではないかと、東京都知事選のころから考えてきました。米倉さんも同じようなことを指摘しています。

 選挙期間中のマスコミは、候補者間の公平性を意識するあまり、候補者の報道が抑制的になりがちだ。斎藤氏の文書問題への関心は高かったはずだが、選挙期間中はあまり報じられなかった。マスコミが大きな力を持っていたからこそのルールだと思うが、SNSの情報が大きな力を持つようになったいま、その判断についても妥当性が問われているのではないか。 

 「ファクトチェックの強化」の方向性であれば、選挙報道の公正公平性と両立は可能なはずです。

 「立花孝志」については、それが今回の兵庫県知事選を象徴するキーワードの一つだと思うデータを、産経新聞が提示しています。説得力のある記事だと感じます。

◎「立花氏『援護射撃』1500万回再生、斎藤氏の12倍 兵庫知事選、ネット動画の爆発力」=2024年11月19日 08時00分
https://www.sankei.com/article/20241119-NGJUFCFRTJO6LGMUHOMMD6ZMTY/

 立花氏は選挙期間中の産経新聞の取材に「正確に言えば、僕は斎藤さんを応援していない。真実を知ってくださいと言っているだけ。真実を知れば、自動的に斎藤さんの応援になる」と話した。
 その言葉通り、立花氏がXなどに投稿した動画は爆発的に拡散。ネットコミュニケーション研究所のレポートによれば、立花氏はユーチューブで知事選関連の動画を100本以上投稿し、総再生回数は計約1500万回に及んだ。一方、斎藤氏本人のユーチューブは計約119万回。立花氏の影響力がいかに大きいかが分かる。

 このブログの一つ前の記事でも触れたように、「立花孝志」の名前にはトラブルメーカーのイメージが付随します。東京都知事選でのポスター掲示板の“占拠”も、そのスペースを有償で提供することについて、選挙ポスター張り出しに制限があることへの問題提起との趣旨の主張を目にしました。主張はそうだとしても、客観的には、制度の「穴」を突いた選挙のビジネス化ととらえることができるように思います。
 兵庫県知事選ではあまり指摘を見かけないことですが、ユーチューブの動画視聴は広告料収入に直結します。知名度が高まり、関心を持つ人が増えれば収入も増えます。そういう側面があることは、社会で広く共有しておいていいことだと思います。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 

【追記】2024年11月20日9時30分

 産経新聞が引用したネットコミュニケーション研究所の調査結果が、同研究所のホームページで公開されています。
 https://netcommu.jp/Report/hyogochijisen2024

netcommu.jp

 ネット上では「立花孝志」の影響力が絶大だったことが分かります。本人のユーチューブ動画の再生が1500万回近くあり、本人公認の「切り抜きチャンネル」も1298万回以上の再生がありました。斎藤知事支援では、須田慎一郎氏や髙橋洋一氏らの動画もよく再生されたようです。また「興味深い点」として、「ゲーム配信やガーデニングなどを主に扱っていたチャンネルが、突如として斎藤氏関連の動画を投稿し始めるケースもいくつか確認できました」としています。
 東京都知事選との比較として、「候補者本人の視聴数を大きく上回る視聴数をもつチャンネルがたくさんあったという点では、両知事選に共通点が見られますが、兵庫県知事選挙では、著名人による援護射撃が多かった点で違いが見られました」としています。
 新聞では、斎藤知事ないしは陣営がSNSを駆使した、との表現が目に付きますが、実状を正確には反映していないように感じます。ネット空間での「斎藤支持」のうねりは、「立花孝志」の仕掛けに呼応したものだったとみていいように思います。
 同研究所の調査リポートは最後に以下の点を指摘しています。

 以上、斎藤氏と稲村氏に限定した調査にはなりましたが、今回の兵庫県知事選挙は、
・東京都知事選、衆院選を経て日本におけるネット選挙は新たなフェーズに突入した
・動画、特に、縦のショート動画、ライブ配信の重要性がますます高まっている
・トランプ現象はどこの国でも起こりうる
と強く感じさせる選挙でした。

 今回の兵庫県知事選挙は、テレビや新聞といった既存メディアが、YouTubeやXをはじめとするSNSに選挙報道の主役の座を譲った転換点といえるでしょう。来年予定されている東京都議選や参院選では、SNSにおける選挙情報がさらに増加し、ネット選挙の影響力が一層拡大すると予想されます。

 「テレビや新聞といった既存メディアが、YouTubeやXをはじめとするSNSに選挙報道の主役の座を譲った転換点」とは、つまりは選挙報道での「マスメディアの敗北」なのでしょう。それがいいか悪いかではなく、まずは現実を直視することが必要です。そこから新聞の組織ジャーナリズムが何をするか、何ができるかを考え、実践していくしかありません。

 

【追記2】2024年11月21日9時15分
 NHK会長が11月20日の定例会見で、選挙報道の在り方に触れました。
◎「NHK『選挙報道の在り方検討』 兵庫知事選受け稲葉会長」=共同通信2024年11月20日 18時55分
https://www.47news.jp/11794787.html

 NHKの稲葉延雄会長は20日の定例記者会見で、SNSを追い風に斎藤元彦知事が再選された兵庫県知事選の結果を受け、「どうすれば投票の判断材料を適切に提供していけるか。公共放送として果たすべき選挙報道の在り方を真剣に検討していく必要がある」と述べた。

 ネット上で誤情報や偽情報が拡散していることを挙げつつ、「既存メディアから適切に情報が提供されないことに不満が表明されているのではないか」と指摘しています。マスメディアの現行の選挙報道に見直しの余地があるとの問題意識は、言葉を換えれば「マスメディアの敗北」の自覚だと受け止めています。
 新聞、テレビの業界内では、選挙の投開票日にだれが当選したかを速報する「当確打ち」に重点が置かれてきました。その中でNHKの速報には特に高い信頼性があります。そのNHKがいち早く、選挙報道の検証、さらには見直しにまで進むとすれば、テレビだけでなく新聞にも同様の動きが波及するでしょう。
 選挙期間中の報道はこれまで、中立性、公平性の観点から、特定の政党・党派や候補が有利・不利にならないようにすることを最も重視してきました。その観点から、特定の主張に対し踏み込んで検証するようなことも控えてきました。この「抑制」の習い性は、インターネットの普及以前、新聞と放送が社会の情報流通の主役だった当時に確立されました。ネットによって社会環境が変わった今、新聞やテレビの組織ジャーナリズムにしかできない選挙報道は何かが課題だろうと思います。