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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

都知事選でマスメディアは既に敗北していたのではなかったか~兵庫県知事選に思うこと

 斎藤元彦前知事の失職に伴う兵庫県知事選は11月17日に投開票があり、斎藤氏が再選されました。県議会が全会派一致で斎藤前知事の不信任決議を可決。選挙戦の当初は稲村和美・元尼崎市長のリードが伝えられていましたが、逆転しました。
 東京にいて、マスメディアの報道やネットを通じて選挙戦を見ていました。思うことは多々ありますが、考えがまとまらないことも少なくありません。現段階では仮説含みながら、新聞や放送の選挙報道にかかわることを中心に、いくつか書きとめておきます。

 選挙結果の大勢が判明した直後から、ネット上でしばしば「マスメディアの敗北」という言葉を目にします。「マスメディアは斎藤落選を想定していたが、そうはならなかった」との趣旨でしょうか。この言葉が何を指しているかは、人によって異なるのかもしれません。「マスメディアの敗北」と呼ぶことがあるとすれば、わたしが考えるのは主として新聞、テレビの選挙報道の「習い性」にかかわることです。
 兵庫県知事選の投票率は前回比で14ポイント以上も上がりました。今まで投票に行かなかった人が投票所に足を運び、斎藤氏に票を投じたことが、斎藤氏の当選につながった可能性があります。ただ、仮にその通りだとしたら、有権者が「今回は投票に行こう」と考えた動機付けは何だったのか。マスメディアの報道だったのか、それとも別の何かだったのか。現段階では仮説ですので、これ以上の推測を重ねることは控えます。
 ただ、東京にいて思うのは、今年7月の東京都知事選のことです。石丸伸二・元安芸高田市長がSNSを駆使して、大量得票しました。在京の新聞、テレビは、石丸候補の勢いを予想できませんでした。小池百合子知事と蓮舫元参院議員の一騎打ちの構図を大きく報じていました。東京都知事選は「マスメディアの敗北」だったと思います。
 10~30代の若い世代が他の世代より多く石丸候補に投票していたことは、出口調査の結果などから明らかでした。新聞、テレビに接するよりもSNSになじみが深い世代。それらの事情を踏まえ、その気になりさえすれば、選挙に構造的とも言える変化が生じていることを把握できたはずです。
 ちょうどわたしは大学の非常勤講師を務めており、学生たちと意見を交わす機会がありました。彼ら、彼女たちは、自分の1票を投じる先を決めようという時に、新聞やテレビの選挙報道には役に立つ情報がない、知りたい情報がないと考えているようでした。その状態で、なじみが深いSNSに、しかもコンパクトな動画で候補者の情報が流れて来ればどうなるか。しかも元市長というプロフィルは投票に際して信頼感、安心感を高めたかもしれません。石丸候補の大量得票に納得できました。
 東京都知事選はマスメディアにとって、選挙報道の「習い性」を点検し、見直す格好の機会になった可能性がありました。投票行動に役立つ、ひいては投票率のアップにつながる情報をどうやって有権者に届けるか。新たな取材と報道を模索することは、その気があれば可能だったように思います。しかし、変わらない「習い性」のままだったのではないか。少なくとも東京都知事選の報道を直接手掛けた全国メディアの新聞社、放送局、通信社はそうだったのではないか。変化の一歩を踏み出せなかったことは、マスメディアにとって「敗北」と呼びうることではないかと感じます。

 兵庫県知事選挙の報道を考える上で無視できないのは、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表の立候補です。斎藤氏と意を通じてのことではなかったようですが、まるで斎藤陣営の別動隊でした。政見放送で「斎藤知事のパワハラはなかった」「斎藤さんがいじめられているのを見過ごせず立候補した」「テレビはウソ、真実はネットに」と主張する姿は、わたしの目には異様に映りました。民主主義社会の選挙では想定されていない立候補だと感じました。
 「テレビはウソ」とメディアを一方的に批判しても、候補者に対してマスメディアは批判を加えない、政見放送で何を話してもそのまま流れる-。選挙報道の「習い性」を知り尽くした上での立候補なのだろうと感じます。立花候補の言辞に触れ、選挙に関心を持ち、斎藤氏に投票した有権者は少なくなかったはずです。「結果的に立花氏のおかげなのは否定できない」との斎藤陣営関係者の話を朝日新聞は報じています。同時に、マスメディアへの不信も高まったのではないでしょうか。
 立花候補は、東京都知事選では大量に候補を立ててポスターの公設掲示板のスペースを確保し、有償で選挙とは無関係の使途に充てさせました。当然のこととして批判を浴びました。行く先々でトラブルが起きています。兵庫知事選では「立花さん、真実を教えてくれてありがとう」と感謝を口にする有権者もいることを知りました。その落差には戸惑いを覚えます。

 米大統領選のトランプ元大統領の当選の時に感じたことですが、民主主義は、民主主義を破壊する思想も、内心の自由や表現の自由のもとに保護しなければならない自己矛盾を内包しています。民主的な憲法があった1930年代のドイツで、合法的にヒトラーが政権を握ったことは、歴史の教訓です。

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 民主主義にはそうした脆弱さがあるとしても、ほかに民意を代表させる仕組みがない以上、民主主義を守っていかなければなりません。どんな結果であっても、選挙の結果は民意が選び取ったことです。尊重したいと思います。

 以下に、兵庫知事選の結果を新聞各紙はどう報じたか、わたしが住む東京の発行紙面の状況を書きとめておきます。
 立花孝志候補のことは朝日新聞、毎日新聞、産経新聞が触れています。

【朝日新聞】
・1面トップ「兵庫知事に斎藤氏再選/投票率55.65% 前回比14.55ポイント増/内部告発 百条委の調査続く」▼「『謙虚に丁寧に』」※斎藤氏の記者団囲み取材
・2面:時時刻刻「斎藤氏 膨らんだ聴衆/演説動画・活動予定 SNSで発信」※立花孝志候補に詳しく言及▼「稲村陣営 誤情報に苦慮」▼「斎藤県政『評価』76%/本社出口調査 文書問題『重視』10%」▼「影響力増すネット 過激な投稿も」
・社会面トップ「SNS『応援広がった』/事務所前『サイトウ』コール」▼「『正確な情報で県政推進を』稲村氏」▼「百条委 今後も出頭見通し」▼「SNS見て考え変わった/公約見て総合的に判断 有権者の思いは」

【毎日新聞】
・1面トップ「兵庫知事 斎藤氏再選/不信任受け、出直し選で/稲村氏ら破る」
・第2社会面「SNS駆使 支援のうねり/兵庫知事選 斎藤氏返り咲き」※立花候補に言及▼「支援者詰めかけ 斎藤コール響く」▼「10~20代の7割支持 ネット調査」

【読売新聞】※立花候補に言及なし
・1面準トップ「兵庫知事 斎藤氏再選/内部告発問題 失職から出直し」
・2面「斎藤氏の県政 7割『評価』/『SNS参考』9割が斎藤氏に」
・社会面トップ「SNS『空中戦』で勢い/県議会批判 演説動画を拡散/『県民に心配かけた』」▼解説「『謙虚に出直し』実践を」(筆者は神戸総局長)

【日経新聞】※立花候補に言及なし
・1面「兵庫知事に斎藤氏再選 失職から出直し選」
・2面「斎藤氏、SNSが原動力/若者票、稲村氏の3倍」
・第2社会面「激戦制し不信任覆/『批判受け止め前へ』」▼「告発文書発端、異例の展開」▼百条委、解明へ調査継続

【産経新聞】
・1面トップ「斎藤氏、兵庫知事に再選/告発文書問題 出直し選」※立花候補に言及
・3面「告発問題 収束は不透明/『資質欠く』烙印に民意NO/議会との関係構築課題」▼「百条委 斎藤氏喚問など協議」
・第2社会面「斎藤氏 SNSの勝利/負のイメージ覆す/支援者、スマホ掲げコール」※立花孝志に言及▼「改革信念貫き、返り咲き」▼「新しい選挙活動の在り方示す」白鳥浩法政大大学院教授(現代政治分析)
・社説(「主張」)「兵庫知事に斎藤氏 疑惑対応と県政両立せよ」※立花候補に言及

【東京新聞】※立花候補に言及なし
・1面準トップ「兵庫知事に斎藤氏再選/告発文書問題 失職出直し」
・第2社会面「熱狂的支持 SNS奏功/乱立兵庫知事選 若者ら取り込み逆転/斎藤さん再選」▼「踏み込んだ報道必要」日本大の西田亮介教授(社会学)