ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

トランプ再登場と民主主義が内包する自己矛盾~歴史に学び、戦争の愚を繰り返さない

 米大統領選は日本時間の11月6日午後、共和党のトランプ元大統領が民主党のハリス副大統領を破って当選を決めました。事前の米メディアの世論調査結果を元に、日本メディアも大接戦と報じていましたが、開票の序盤から終始、トランプリードの状況が続き、終わってみれば「圧勝」と報じざるを得ないほど、勢いに差がありました。大統領経験者が4年置いて再び大統領に就くのは、19世紀に例が一度あるだけの極めて異例のことのようです。
 国際平和に米国は大きな影響力を持っています。ロシアのウクライナ侵攻は停戦の道筋が見えず、北朝鮮の派兵という新たな段階に入っています。中東も、イスラエルのガザ侵攻と、それに端を発したイランとの報復の応酬など、不安定になっています。そこにトランプ“再”大統領の登場で何が起こるのか。あまり明るい気分にはなりません。
 大統領選の結果に思うのは「民主主義はひとたび社会が分断に陥ると、実は脆弱なのではないか」ということです。
 トランプ当選の異例さの一つは、刑事事件の被告だったことだと考えています。訴追に含まれている議会襲撃事件は、民主主義に対する攻撃の意味合いがあります。司法制度の手続きに則して訴追を受けたということは、社会的にその嫌疑を認定されたということです。単に政治的な言説の文脈で「民主主義の敵」と呼ばれることにとどまらない意味を持ちます。
 議会襲撃事件の大元をたどれば、前回の大統領選の結果を認めず、「票が盗まれた」などと根拠を欠いた言説をまき散らしたことが始まりでした。訴追の行方がどうなるかはともかく、少なくとも民主主義に忠実ではないのは確かであると感じます。そんな人物が、正当な民主主義の手続きを経て、強大な権力を持つ大統領の座に戻ることになりました。
 思うのは、民主主義は、民主主義を否定し破壊する考えも守らなければならない自己矛盾を内包している、ということです。その自己矛盾が、民主主義の本家本元のはずの米国で、これ以上はない形で現実のものになってしまった。今、見ているのはそんな光景ではないのかと感じます。
 選挙戦では双方の批判合戦が激化したと報じられています。敵対勢力に対して、口を極めて批判すれば、批判を受けた側を支持している人も、自分が攻撃されているように感じるでしょう。同じように相手への攻撃を始めれば、社会の分断は深まる一方です。思い起こせば、日本でも安倍晋三政権の当時には、日常的な光景でした。安倍元首相自身が、街頭で自らを批判する人たちに向かって「こんな人たち」という言葉を投げ付けていました。SNSなどでは、安倍政権への批判的な声の中にも、安倍政権を支持する人たちを激しく攻撃するものもありました。
 危惧するのは、民主的な正当な手続きを経て登場するトランプ“再”政権が、世界の混迷を深め、社会不安を高めていくような展開です。行き着く果ては戦争になりかねません。既に大国の利害と思惑が絡み合った戦火が続いています。日本でも、台湾情勢に絡めて中国の軍事力が脅威として喧伝され、北朝鮮のミサイル、核開発もまた同様です。ロシアが隣国であることに社会の不安も高まっていると感じます。
 不安定で、疑念と不安に覆われた時代に入っているのかもしれません。だからこそ、重要なのは歴史に学ぶことだと思います。民主的な正当な手続きによって民主主義が葬られ、最後は世界中を巻き込んだ大戦へと突き進んだ類似の先例として思い出すのは、ワイマール憲法下のドイツでのナチスの台頭です。その歴史から教訓をくみ取り、戦争に至る愚を繰り返さない道を探ることは不可能ではないはずです。
 組織ジャーナリズムを仕事にしてきて、ジャーナリズムの究極の役割は戦争を起こさせないことだと確信するに至りました。その役割を果たすべきは、これからだろうと思います。その報道の積み重ねそれ自体が、歴史の記録になっていきます。

 11月7日付の東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の朝刊を買い揃えました。全紙1面トップでした。大きなニュースの時には、編集幹部の署名評論も1面に掲載されます。本記と署名評論、それに社説の見出しを書きとめておきます。

【1面本記】
■朝日「米大統領にトランプ氏/『米国第一』再び/経済・移民 不満の受け皿/ハリス氏破る」
■毎日「米大統領 トランプ氏/ハリス氏破り返り咲き/最高齢78歳 刑事事件被告」
■読売「米大統領 トランプ氏/ハリス氏破り再登板/『すべてを米国第一』」
■日経「米大統領 トランプ氏/ハリス氏破り返り咲き/勝利宣言『再び偉大な国に』/132年ぶり」
■産経「トランプ氏 勝利/再び『米国を偉大に』/接戦州 相次ぎ制す/米大統領選」
■東京「トランプ氏返り咲き/大統領選『米国を再び偉大に』/ハリス氏に圧勝」

【署名評論】
■朝日1面「国際秩序どう守る 重い問い」望月洋嗣・アメリカ総局長
■毎日1面「破壊者からの転換を」西田進一郎・北米総局長
■読売1面「復権への向き合い方は」竹腰雅彦・国際部長
■日経1面「世界脅かす大国の身勝手」大越匡洋・ワシントン支局長
■産経1面「新たな分断と戦争の時代」渡辺浩生・ワシントン支局長
■東京1面「憎しみの連鎖、遠い融和」浅井俊典・アメリカ総局長

【社説】
■朝日「トランプ氏当選確実 自国第一の拡散に歯止めを」/民主的統治の危機/危うい『力への信奉』/『法の支配』へ連携を
■毎日「米大統領にトランプ氏 分断の深まりを憂慮する」/米国の民主主義どこへ/同盟国に新たな試練も
■読売「米大統領選 トランプ伊再登場でどう変わる 亀裂の修復と秩序の債権が急務」/異例ずくめの戦い/インフレへの不満募る/試される日本の外交
■日経「トランプ氏は世界の安定脅かすな」/深い分断改めて鮮明に/日本は国際協調維持を
■産経「トランプ氏勝利 同盟重視し国際秩序守れ 内向きに終始してはならない」/日本との協力を確実に/ウクライナ支援続けよ
■東京「トランプ氏返り咲き 分断と憎悪の激化を憂う」/4年ぶり『独裁者』以来/利益と忠誠心を最優先/民主主義に大きな試練