兵庫県知事選とSNSを巡って、新たな展開が始まっていると感じます。
再選された斎藤元彦知事の広報全般を任されていたとして、PR会社「merchu」代表取締役の折田楓氏が、斎藤知事との打ち合わせなどとする写真や提案資料のスライドなどとともに経緯や活動内容を詳しくnoteで11月20日に公開したこと、ネット上で公職選挙法違反ではないかとの指摘が相次いでいること、折田氏のnoteが公開当初から改変されていることは、22日午前にアップロードしたこのブログの一つ前の記事で触れ、新聞やテレビが独自に報じるに値するテーマだと私見を記しました。
news-worker.hatenablog.com
22日午後以降、大きな動きが続きました。「SNSがもたらした逆転劇」の真相、深層を巡って、やはりSNSで様々な情報が行きかい、それが現実社会を動かし始めているようです。新聞やテレビも取材、報道を始めました。潮目が変わりつつあると感じます。
■斎藤陣営のSNS戦略と折田氏のnote
斎藤知事は報道陣の取材に応じ、見解を表明しました。「法に抵触することはしていない」「一定のサポートをいただいた」(産経新聞)とのことです。
◎「斎藤知事、業者に報酬『法に抵触することしていない』 SNSで疑惑広がり対応」=2024年11月22日 19時50分
https://www.sankei.com/article/20241122-FRUXHTJQEVJJVIFCA6UVO7EHZ4/
17日投開票の兵庫県知事選で再選した斎藤元彦知事は22日、選挙中の広報活動に関わった企業に報酬を支払ったとして、公選法違反疑惑を指摘する声が交流サイト(SNS)などで相次いだことに対し、報道陣の取材に「法に抵触することはしていない」と述べた。斎藤氏の代理人弁護士も陣営が対価を支払ったことは認めたが、「依頼したのはポスター制作など法で認められたもの」と主張した。
(中略)
斎藤氏はこの日、報道陣から企業との関わりを問われ、「一定のサポートをいただいた」と説明。代理人弁護士は企業にポスター代などを支払ったとした上で「広報戦略全般を任せていたとかそういう話ではない」と語った。
朝日新聞は、斎藤知事の代理人へ取材した内容を記事化しています。
◎「斎藤知事側、選挙で企業に金銭『認められたもの』 SNSでの指摘に」=2024年11月22日 22時22分
https://digital.asahi.com/articles/ASSCQ45KWSCQPTIL015M.html
兵庫県知事選で再選した斎藤元彦知事の選挙活動をめぐり、陣営が広報に携わったとされる企業へ違法な金銭を支払ったのではないかとSNS上で指摘されていることに対し、斎藤知事の代理人弁護士は22日、朝日新聞の取材に違法性を否定した。陣営が金銭を支払ったことは認める一方、「ポスター製作など、法で認められたものであり、相当な対価を支払った」としている。
SNSのコンサルティングなどを担う兵庫県内の企業の社長がインターネット上で知事選の活動を振り返る投稿をしたことが発端。社長は「広報全般を任せていただいた」などと投稿し、斎藤氏の陣営のSNSの運用などについて「監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ちあげ」を行ったとしていた。
共同通信は、斎藤知事サイドの反応を軸にした仕立てではなく、折田氏のnoteの公開と、ネット上で批判が相次いだことをニュースバリューとした記事を配信しています。
◎「知事選SNS戦略提案とPR会社 記事で『斎藤氏に広報任された』」=2024年11月22日 21時05分
https://www.47news.jp/11805460.html
斎藤元彦知事が再選された兵庫県知事選を巡り、斎藤氏を支援したPR会社の経営者が交流サイト(SNS)を使った戦略を提案し「広報全般を任された」などとする記事を22日までにネットに公開した。SNSに「有権者の心情をもてあそばれた」「だまされた気分だ」などと批判の投稿が集まり、PR会社は記事の一部を削除した。
SNSの投稿には「有償で請け負っていれば公選法に違反するのではないか」という指摘もあった。PR会社の担当者は「問い合わせが殺到しており、一律で取材を断っている。弁護士や専門家に相談している」と述べた。
毎日新聞も同様の記事を自社サイトにアップロードしています・
◎「兵庫・斎藤知事『法の抵触ない』 SNS戦略提案のPR会社巡り」=2024年11月22 日22時39分
https://mainichi.jp/articles/20241122/k00/00m/040/423000c
斎藤知事側からmerchu社に報酬が支払われたことは間違いないようです。これが買収に当たるかどうかは、知事選を巡って折田氏がどんな行為をし、どんな役割を果たしていたか、そのことを斎藤知事ら関係者がどう認識していたかといった事情いかんでしょう。事件取材の実務の経験から言えば、金銭の授受があった以上、その趣旨の解明が必要で、兵庫県警や神戸地検など捜査当局としては、事情を解明しないわけにはいかなくなったのではないかと思います。
折田氏のnoteの公開後、X(ツイッター)上でもしばしば言及されている総務省の見解があります。
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo10_4.html#chapter1
1 買収罪の適用
インターネットを利用した選挙運動を行った者に、その選挙運動の対価として報酬を支払った場合には買収罪の適用があります。(中略)
参考 選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールの企画立案を行う業者への報酬の支払い
一般論としては、業者が主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行う場合には、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、当該業者への報酬の支払いは買収となるおそれが高いと考えられます。
merchu社ないしは折田氏の活動のうち、どこまでが報酬の対象だったのかが焦点のように思います。
改めて折田氏のnoteを見てみると、この記事を書いている23日午後の時点でも、「はじめに」に後掲の記述が残っています。斎藤知事の代理人が取材に対して「広報戦略全般を任せていたとかそういう話ではない」(産経新聞)、「SNS戦略の企画立案などについて依頼をしたというのは事実ではありません」「あくまで、陣営の指示に従ったものを製作していただきました」(朝日新聞)と主張してもなお、少なくとも折田氏の「今回広報全般を任せていただいていた立場」との認識は変わっていないのではないか、と考えざるをえません。
以下は折田氏のnoteの「はじめに」の全文です。
はじめに
2024年11月17日、兵庫県知事選挙にて、斎藤元彦さんの当選が決まりました。心よりお祝い申し上げます。前代未聞の歴史的な選挙が無事に終わった今、「SNS」という言葉が一人歩きしてしまっているので、今回広報全般を任せていただいていた立場として、まとめを残しておきたいと思います。
この記事が、今後の選挙で候補者を支える関係者の皆さまに、そして広報に関わる全ての方にとって、役に立つものとなることを心から願っています。
「広報」というお仕事の持つ底力、正しい情報を正しく発信し続けることの大変さや重要性について、少しでもご理解が深まるきっかけになれば幸いです。
【写真】折田氏のnoteの「はじめに」=11月23日午後閲覧
ネット上では、Xを見ているだけでも、折田氏がnoteの記事から削除した部分が頻繁に引用され、拡散されている様子が分かります。斎藤知事と折田氏、merchu社のスタッフとおぼしき人たちがテーブルにつき、打ち合わせをしている写真もあれば、noteの当初の記事と改変後の比較もあります。さらには、投票日の前週と思われる時期に、折田氏が斎藤知事の名は挙げていないながら、兵庫県知事選に関わって忙しい日々を送っているとして「広報全般を任せていただいたり」「SNS運用をやったりユーチューブ運営をやったり」などと話している動画まで拡散しています。一度、発信してしまったことを完全に消し去ることはできないのがネットの特性です。
わたしも折田氏のインスタグラムを見て、1枚の写真と添えられた文章にしばし目が止まりました。斎藤知事が再選を決めた翌日の投稿と思われます。
今回は中から見ていても、
本当に様々なドラマやストーリーがあり、
事実に基づいたドキュメンタリー映画を
作って欲しいぐらいです!🎥笑
(中略)
公式として、世の中の情勢に鑑みて、
自らが立てたフェーズごとの戦略に基づき、
県民の皆さまに【事実を正しく伝える】ために
1つ1つ慎重に情報を精査し、
個人情報保護の配慮やファクトチェックなど、
かなり神経を研ぎ澄まして本当に信頼できる
少数精鋭のチームの皆さまと
力を合わせて運営してきました🤝
写真には、斎藤知事を真ん中に、折田氏と会社のスタッフとおぼしき男性が両隣で拳を上げたポーズで、笑顔で写っています。「p.s. 写真は当確㊗️が出た直後のもの 宝物の写真です🥰🥰🥰」との説明があります。
仮に、斎藤知事側の「広報戦略全般を任せていたとかそういう話ではない」との主張が正しいとしたら、折田氏は、自分が広報を任されていると勘違いしたまま走り続けていた、ということなのでしょうか。
仮定に仮定を重ねても意味はないのかもしれませんが、折田氏が無報酬のボランティアとして選挙運動に加わっていたのなら、「広報戦略全般を任せていたとかそういう話ではない」との斎藤知事側の主張も、「報酬の趣旨」についてのことと理解する余地もありそうです。報酬はポスター制作などの合法の範囲内で、運動員としての報酬ではない、と。
しかし、折田氏の斎藤知事の選挙戦への関与が買収には当たらないとしても、それならそれで、また別の疑問があります。Xでは以下のような疑問が指摘されています。
・折田氏は兵庫県の地方創生戦略会議など諮問機関の委員を務めている。merchu社は兵庫県の事業も受注している。首長を選ぶ知事選で、県政を継続して担おうとする候補が、そうした人物や企業から運動の支援を受けることには、利益相反の観点から問題があるのではないか。
・仮に折田氏は無償のボランティアだとしても、merchu社の従業員が業務として、つまり給与を対価として、折田氏の指示を受けて選挙戦のSNS運営、運用に携わっていれば、折田氏による従業員の買収ではないのか。
■デマや根拠不明の情報への反撃
ほかにも、22日にはいくつかの動きが報じられています。
◎神戸新聞「奥谷氏が立花氏を刑事告訴 兵庫県議会百条委委員長 SNSなどで虚偽内容を投稿、事務所前の街宣には被害届提出」=2024年11月22日 20時55分
https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202411/0018370348.shtml
兵庫県知事選に立候補した政治団体代表の立花孝志氏(57)に交流サイト(SNS)などで虚偽内容を投稿され、名誉を毀損されたとして、告発文書問題を検証する県議会調査特別委員会(百条委員会)の委員長を務める奥谷謙一県議(神戸市北区選出)が、県警に名誉毀損容疑で告訴状を提出し、受理されたことが22日、分かった。また、立花氏に事務所兼自宅前で演説をされたとして、脅迫と威力業務妨害容疑でも被害届を出し、受理された。
◎神戸新聞「稲村氏後援会が告訴『多数の虚偽通報でX凍結』 兵庫県知事選、『発信を不当に妨害された』」=2024年11月22日 21時00分
https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202411/0018370369.shtml
17日投開票の兵庫県知事選に立候補して落選した稲村和美氏の後援会が22日、選挙期間中にX(旧ツイッター)の公式アカウントが2回凍結された要因として、不特定多数の人物が虚偽の通報を行った疑いがあるとして、容疑者不詳で偽計業務妨害などの告訴状を兵庫県警に提出した。
SNS上のデマや根拠不明の情報の横行は、「選挙とSNS」を巡る核心の論点の一つです。特に立花孝志代表は、自分ではなく斎藤知事を当選させるために立候補したこと自体に疑問が指摘されています。選挙期間中の言動が正当だったか、捜査当局がどのように判断するのか、注視したいと思います。
■公益通報と百条委の意義
県議会の百条委員会でも新たな事実が明らかにされました。
◎産経新聞「告発者処分先行、斎藤知事から『風向き変えたい』 非公開の百条委録画で側近が証言」=2024年11月23日 07時00分
https://www.sankei.com/article/20241123-QGC7SL3R3RO6VF64OZG66XQHXA/
兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などについて調べる県議会の調査特別委員会(百条委員会)は22日、県知事選前に行った10月24、25日の証人尋問のうち、部長級以上の職員や元副知事、片山安孝氏の尋問の録画映像を公開した。知事選に影響が出ないよう非公開としていた。
告発文書を作成した県の西播磨県民局長だった男性=7月に死亡=を特定し、懲戒処分とした県の対応を巡り、斎藤氏の指示を受けて処分の中心的役割を担った前総務部長の井ノ本知明氏は、男性が県の公益通報窓口に通報したため、処分はその調査結果を待ってからにした方がよいと斎藤氏に進言したと証言。しかし、「知事から風向きを変えたいという話があった」と処分を先行した経緯を説明し、「この騒がしい状況を早くしずめたいという思いが(斎藤氏に)あったと推察している」と述べた。
公益通報の調査が終わるのを待たず、県が懲戒処分を行った要因に、斎藤知事の個人的な意向があったことを示す証言です。告発を受けている張本人が、告発した部下を懲戒処分にしたわけで、これでは内部告発者を保護する制度は有名無実化します。そういう斎藤知事が知事の職にふさわしいのかは、知事選で主要な争点になっていいはずでしたが、そうはなりませんでした。選挙戦では立花代表は「パワハラはでっち上げ」「知事を議会やメディアがいじめている」と主張していました。
斎藤知事が再選されても、斎藤知事や県が、公益通報者保護をないがしろにしていた問題は、問題としてそのまま残っています。この点について、公益通報に詳しい上智大教授で元朝日新聞記者の奥山俊宏さんが9月5日に百条委員会に出席して陳述した内容を、ネット上で「SlowNews」が公開しています。今、改めて読むのに値する資料です。
◎「斎藤知事の言動は“公開パワハラ”だ」兵庫県議会の百条委で奥山教授が鋭く指摘した全文を掲載(前編) ※後編へのリンクがあります
https://slownews.com/n/nd7f71de04bff#62c0556d-a68d-47b7-8844-2b2048be939d
■マスメディアの選挙報道
斎藤知事の再選で「マスメディアの敗北」が指摘されました。その意味するところのイメージは人それぞれのようです。ただ、マスメディアの側では、選挙報道が今のままでいいのか、検討が必要との機運が出ています。NHK会長に続いて、22日には民放連会長が発言しました。
◎共同通信「選挙報道『議論が必要』 兵庫県知事選で民放連の遠藤会長」=2024年11月22日 20時26分
https://www.47news.jp/11804372.html
民放連の遠藤龍之介会長は22日の定例記者会見で、交流サイト(SNS)を追い風に斎藤元彦知事が再選された兵庫県知事選の結果を受け「選挙報道の在り方について、民放連の報道委員会などでも議論する必要がある」との見解を示した。
遠藤会長は「投票行動にインターネットやSNSがかなり大きな機能を占めたと想像できる」と言及。メディアが多様化する中で「選挙報道の在り方も、旧態依然の形ではついていけなくなるかもしれない」と語った。
新聞界では、選挙報道を巡る議論や見直しの動きは起きるのでしょうか。