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「政府の意図と県民の思いに大きな開き」(琉球新報社説)~沖縄戦から78年、軍拡の中で迎えた「慰霊の日」

 第2次世界大戦末期の1945年6月23日、日米両軍の間で激しい地上戦がたたかわれた沖縄戦は、日本軍守備隊の司令官、参謀長の自死により、日本軍の組織的な戦闘が終結したとされます。沖縄県はこの日を「慰霊の日」と定めています。沖縄戦から78年のことしのこの日は、岸田文雄政権が大規模な軍拡路線を進める中で迎えました。沖縄県内でも、台湾に近い先島諸島の石垣島や与那国島、宮古島に陸自部隊の配置やミサイル配備が進んでいます。沖縄県の玉城デニー知事は、沖縄全戦没者追悼式で「あらゆる戦争を憎み、二度と沖縄を戦場にしてはならないと、決意を新たにする」との「平和宣言」を読み上げました。沖縄戦の歴史的な教訓を踏まえて、軍事力ではなく、平和外交を求める内容です。
 一方、岸田首相は式典の「あいさつ」では「我が国を取り巻く安全保障環境は、戦後最も厳しく、複雑な状況にあります」とだけ述べ、台湾情勢など具体的なことには触れませんでしたが、その後の記者会見では、南西諸島の軍事力強化と日米同盟の抑止力を向上させることが武力攻撃の可能性を低下させると強調しました。
 玉城知事の平和宣言が体現する沖縄の民意と、日本政府の軍拡方針とが、真っ向からぶつかった「慰霊の日」だったと感じます。

※沖縄県 令和5年度平和宣言(PDFファイル)
https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/kodomo/heiwadanjo/heiwa/documents/r5heiwasengen.pdf
※首相官邸
 ・令和5年沖縄全戦没者追悼式についての会見
 https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0623kaiken.html
 ・令和5年沖縄全戦没者追悼式における内閣総理大臣挨拶
 https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0623okinawa.html

 沖縄の地元紙の琉球新報は24日付の社説で「首相あいさつから伝わる政府の意図と『平和宣言』に込められた県民の思いとの間には大きな開きがある」と指摘し、以下のように主張しています。

※琉球新報社説「慰霊の日平和宣言 外交と対話で平和築け」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1734366.html

 首相あいさつから伝わる政府の意図と「平和宣言」に込められた県民の思いとの間には大きな開きがある。政府は抑止力の向上で地域安定を追求しているのに対し、沖縄は対話と相互理解による緊張緩和を求めているのである。
 「平和宣言」は「アジア太平洋地域における関係国等による平和的な外交と対話による緊張緩和と信頼醸成、そしてそれを支える県民・国民の理解と行動が、これまで以上に必要になっている」と呼び掛けた。
 同時に、県独自の地域外交による平和構築への貢献に努める姿勢を示した。平和外交の展開は大国のはざまにあって交易を通じて国を維持してきた琉球・沖縄の歩みにも合致する。
 沖縄戦から78年を経て、平和を希求する「沖縄のこころ」は厳しい局面を迎えている。悲惨な体験を踏まえ、対話と相互理解を通じた平和構築を目指していきたい。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設など、沖縄への米軍基地の過剰な集中は、日本全体の安全保障をどう考えるか、その負担を沖縄の人たちに過度に負わせ続けることを、日本本土の主権者はどう考えるのかが問われる問題でした。それに対して、南西諸島の軍事力強化を含めて、現在進んでいる軍拡路線には、台湾有事の際に沖縄の離島の住民をどう守るか、という論点があります。この「住民保護」の論点が強調されることによって、沖縄の基地をめぐって、それ以前からある基地の過剰負担の問題が見えにくくなってしまわないか-。わたしはしばらく前から、そんな危惧を抱いています。基地の過剰負担の問題の当事者は、わたしも含めた日本本土の主権者です。沖縄の人たちに過重な基地負担を強いているのは、わたしたち本土の日本人の選択の結果である、ということです。
 岸田政権の軍拡路線では、南西諸島の軍事力強化は在日米軍の抑止力とリンクしていることに留意が必要だと思います。離島の住民をどう保護するか、との論点は、実は辺野古の新基地をはじめとした沖縄の過重基地負担が当然の前提になっている、とも言えます。
 いくら軍事力を増強しても、ひとたび離島が戦場になれば住民を守り切れるものではありません。それが沖縄戦の大きな教訓です。「沖縄は対話と相互理解による緊張緩和を求めている」(琉球新報社説)。軍事力には頼らないこと。これは、歴史の教訓を踏まえた沖縄の人たちの現実的で、切実な願いだと思います。

▼在京各紙(本土メディア)の報道

 ことしの「慰霊の日」を東京発行の新聞各紙はどう報じたか、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞の6紙(いずれも東京本社発行の最終版)について、6月23日付朝刊と24日付朝刊を見てみました。
 目を引いたのは、朝日新聞の23日付朝刊です。2面の「時時刻刻」は、「戦争と住民保護」にほぼ1ページまるごと費やしていました。沖縄戦でなぜおびただしい住民が犠牲になったのかを振り返り、合わせて自衛隊の拠点整備が進む南西諸島で、実は住民避難の困難さが陸自の資料でも指摘されていることを明らかにしています。関係記事の見出しを列挙すると、以下の通りです。
「沖縄戦 巻き込まれた住民/対馬丸1484人犠牲『危険な中 避難させられた』」
「避難の困難さ 陸自資料指摘/県が図上訓練『12万人最短6日』」
「戦争回避に力注ぐべきだ」石原昌家・沖縄国際大名誉教授(平和学)
「いちからわかる! 沖縄戦で何が起きた?/地上戦は3カ月。県民の4人に1人が犠牲になった」

 毎日新聞の24日付2面の「焦点」も、自衛隊ミサイル部隊の配備を前に賛否が割れる与那国島のリポートです。以下は見出しです。
「ミサイル配備に葛藤/与那国島民『中国に狙われる』/沖縄戦から78年 南西諸島で進む防衛強化」
「戦中と重なる 島の要塞化/地上戦体験者の元沖縄市長」

 東京新聞も24日付朝刊の1面本記に「防衛力強化 沖縄に不安」との見出しを立てています。もともと朝日新聞、毎日新聞、東京新聞は岸田政権の軍拡路線に否定的、懐疑的です。
 対照的なのは読売新聞、産経新聞で、社説に端的に主張が示されています。

※読売新聞:6月24日付社説「沖縄慰霊の日 戦禍を繰り返さぬ誓い新たに」
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230623-OYT1T50305/

 南西諸島の防衛力の強化は、重要な課題だ。防衛省は、宮古島や石垣島に陸上自衛隊の駐屯地を整備し、ミサイル部隊を配備した。在日米軍と連携し、抑止力を高めていく必要がある。
 沖縄県の安全を守るには、県の協力が欠かせない。
 だが、玉城デニー知事は式典で、防衛力強化が「県民に不安を生じさせている」と述べた。沖縄が攻撃目標になりかねないとして、自衛隊が導入する長射程ミサイルの県内配備にも反対している。
 脅威が存在しないならともかく、現実に脅威が高まっている中で、これに備えるための防衛力強化がかえって緊張を高めるという主張は、理解に苦しむ。

※産経新聞:6月24日付社説(「主張」)「沖縄『慰霊の日』 県民守り抜く決意新たに」
 https://www.sankei.com/article/20230624-S2KUOFTFP5POJFI6JUHZJUV34M/

 玉城デニー知事は平和宣言で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設断念などを「求め続ける」と述べた。
 防衛をめぐっては、南西諸島を含む日本の防衛強化に向け、政府が昨年12月に閣議決定した安保関連3文書について「県民の間に大きな不安を生じさせている」と批判した。
 県民を守るべき立場にある玉城氏が、これら2つの考え違いを追悼式で披露したのは残念だ。
 普天間飛行場は市街地に囲まれている。周辺で暮らす県民の命を守るため移設は急務だ。玉城氏や県の辺野古移設反対が危険性除去を妨げている。
 安保3文書は防衛力の抜本的強化を図る内容だ。沖縄を含む日本を攻撃しようとする国が現れる場合への備えである。それを不安の原因と難じるのはおかしい。

 読売新聞、産経新聞ともに岸田政権の主張と同じであり、より直接的に玉城知事の主張や沖縄県の姿勢に疑問を示しています。

 以下に、東京発行6紙の24日付朝刊と23日付朝刊の主な記事の見出しを書きとめておきます。

写真:24日付の東京発行各紙の1面

【朝日新聞】
■6月24日付朝刊
・1面「平和願う 問う 沖縄 慰霊の日」
・4面(総合)「辺野古移設 今年も語らず/首相『強い経済』強調」岸田首相あいさつ要旨・玉城知事の平和宣言要旨
・社会面
「沖縄のチムグクル 届けたい/今、平和は問いかける(「平和の詩」)」「94歳『いくつになっても平和訴え続ける』」「『姉さんの生きた証し やっと』」
「両陛下ら黙祷」

■6月23日付朝刊
・1面トップ「祖母の沖縄戦 孫が漫画に 父が語る/『ブルーロック』原作・金城さん/とにかく事実を伝えたい」/「きょう慰霊の日」
・2面・時時刻刻「沖縄戦 巻き込まれた住民/対馬丸1484人犠牲『危険な中 避難させられた』」「避難の困難さ 陸自資料指摘/県が図上訓練『12万人最短6日』」「戦争回避に力注ぐべきだ」石原昌家・沖縄国際大名誉教授(平和学)
「いちからわかる! 沖縄戦で何が起きた?/地上戦は3カ月。県民の4人に1人が犠牲になった」
・4面(総合)「政権、沖縄と対話姿勢見えず/辺野古 安倍・菅路線を継承」「振興予算 変わらぬ減額傾向」
・13面(オピニオン)「沖縄『慰霊の日』に思う」作家 池澤夏樹さん「進む『南西シフト』 ミサイル置く危険 また戦争の近くに」「消費される平和 つくり続ける島 ここは日本の宝」
・社説「沖縄慰霊の日 記憶たぐる営みは今も」

【毎日新聞】
■6月24日付朝刊
1面トップ「軍備増強 嘆く島/知事、平和外交要求 沖縄慰霊の日」/「南西諸島の防衛 首相『強化重要』」
2面・焦点「ミサイル配備に葛藤/与那国島民『中国に狙われる』/沖縄戦から78年 南西諸島で進む防衛強化」/「戦中と重なる 島の要塞化/地上戦体験者の元沖縄市長」
・社会面
「戦後世代 改めて平和問う/沖縄戦78年『慰霊の日』武力偏重の世界で」「語り部のバトン継ぐ」「17歳 できること考え続け/今、平和は問いかける(「平和の詩」)」
「94歳元学徒 遺構保存に尽力/亡き仲間に思いはせ」「与那国 台湾有事なら最前線/87歳『空襲は地獄』」

■6月23日付朝刊
・社説「きょう沖縄慰霊の日 戦場にさせぬ願い共有を」

【読売新聞】
■6月24日付朝刊
・1面準トップ「沖縄 平和の誓い新た 慰霊の日」
・2面「南西防衛『国民保護に重要』/首相『厳しい安保環境』」
・15面(特別面)「沖縄知事の平和宣言全文」「平和の詩『今、平和は問いかける』」「岸田首相あいさつ全文」
・社会面
トップ「刻む名 生きた証し/『平和の礎』新たに365人」
「『沖縄の心 世界に届け』/平安名さん『平和の詩』」「両陛下が黙祷」
・社説「沖縄慰霊の日 戦火を繰り返さぬ誓い新に」

■6月23日付朝刊
・第3社会面「沖縄きょう『慰霊の日』」※短信

【日経新聞】
■6月24日付朝刊
・社会面トップ「沖縄戦 過去にしない/次代の『語り部』育成模索/地上戦の惨事 世界に訴え/戦後78年 慰霊の日」
「『おばぁの涙は 私たちに問う』/追悼式 自作の詩朗読 高3・平安名さん」

■6月23日付朝刊
・社会面トップ「平和の礎『弟が生きた証し』/78年、刻銘決まり万感」「県民、4人に1人犠牲 沖縄戦」
・社説「沖縄戦の教訓を忘れぬ備えに」

【産経新聞】
■6月24日付朝刊
・1面準トップ「沖縄戦78年 平和誓う/慰霊の日 首相『不断の努力重ねる』」
・2面「南西防衛『喫緊の課題』/沖縄、進まぬ基地移設」
・第3社会面
「平和の詩」全文・平安名秋さん/首相あいさつ要旨/知事の平和宣言要旨
「ガマが泣いている 沖縄戦78年」下 「墓標なき遺骨/『英霊が呼びとめてくれた』」
・社説「沖縄『慰霊の日』 県民守り抜く決意新たに」

■6月23日付朝刊
・3面(総合)「ガマが泣いている 沖縄戦78年」上 「帰ってきた万年筆/埋もれた形見終わらぬ戦後」

【東京新聞】
■6月24日付朝刊
・1面準トップ「防衛力強化 沖縄に不安/戦後78年 慰霊の日」
・2面・核心「自衛隊増強 主張すれ違い/政府『南西シフト』 沖縄知事『外交努力を』」「不戦祈り 平和行進」
・8面「平和的な外交と対話 これまで以上に必要」知事平和宣言全文/「安保環境、戦後最も厳しい」首相あいさつ全文
・第2社会面「語り継ぐ おばぁの涙を/平和を創り守るチムグクル 発信/沖縄戦慰霊の日 高3平安名さん『平和の詩』朗読」

■6月23日付朝刊
・1面トップ「軍備増強『沖縄が再び戦場に』/地上戦で死線『平和 皆で考えて』/きょう78年『慰霊の日』体験者の思い」
・20、21面(特報面)「PAC3 民間港湾『浸食』/石垣島 自衛隊駐屯地新設したのに/北朝鮮対応で 市民の撤収要求に回答なし」「進む地ならし 平時 有事 境界曖昧に/『空港・港湾活用』安保3文書に明記/過度な備え危惧『地元同意得る仕組みを』」
・第2社会面「激戦に散った20万の命 悼む/沖縄きょう慰霊の日 若者『次世代につなぐ』」
・社説「戦火に散った野球人 沖縄慰霊の日に考える」/死も覚悟した知事赴任/再び戦場にしないため