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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

海員組合の前組合長 6億円未申告の際立つ悪質さ~外国人船員のための基金流用、フィリピンでリベート

 日本では労働組合の形態は、企業別に組織され、その企業の従業員をメンバーとしているのが一般的です。産業ごとに組織される「産業別労働組合」(産別)も、そうした企業内労組(単組)の連合体の形態が主流です。連合(日本労働組合総連合会)は、そうした産別が集まって組織しているナショナルセンターです。以前、わたしが専従の委員長を務めた新聞労連(日本新聞労働組合連合)も新聞社や通信社、その関連会社の企業内労組を中心にした連合体の組織です。
 産別労組であっても、企業内労組の連合体ではなく、同じ産業で働く人ならどの企業の所属かを問わず、個人で加入できる組織形態(単一組合)もあります。労組が各企業と共通の労働協約を締結することで、どの企業で働いても最低限の労働条件は保障されるという状況を実現させることが可能です。海外の労働組合はこの形態が一般的なのですが、日本の産業別労組は、大半は上記のように企業内組合の連合体です。その中で、ほぼ唯一と言っていい個人加盟の産別が、船員ら海事関係の労働者で組織する「全日本海員組合」です。
 船員らの労働条件の維持、向上はもちろんのこと、海運の現場の労働者を一元的に組織化していることで、海事関連の分野で大きな発言権を持つこともできます。わたしが新聞労連委員長の当時、憲法改悪反対の運動で新聞労連はじめマスメディアの産別労組は海員組合と共闘関係にありました。企業内組合ではなく、個人加盟の産別だからできることがさまざまにあることを学びました。この貴重な経験は、今も忘れていません。
 その全日本海員組合をめぐって、衝撃的なニュースが報じられました。前組合長が6億円もの申告漏れを国税当局から指摘された、との内容です。共同通信が6月20日に報じ、毎日新聞、日経新聞のほか、全国各地の地方紙に掲載されました。共同通信に続いてNHK、朝日新聞も報じています。

 ※共同通信「海員組合の前トップが基金流用 東京国税局、6億円申告漏れ指摘」=2023年6月20日

 https://nordot.app/1043810446883340338

 海運業の労働者らで組織される労働組合「全日本海員組合」(東京)の森田保己前組合長(57)が東京国税局の税務調査を受け、2020年までの6年間で計約6億円の申告漏れを指摘されていたことが20日、関係者への取材で分かった。組合の関連団体の基金を私的流用するなどしていたが申告していなかったという。追徴課税は重加算税や過少申告加算税を含め、約2億円以上とみられる。

 共同通信の報道によると、森田前組合長に対して国税当局は①外国人船員の研修などの福利厚生に充てる基金の一部を使い、貴金属や高級腕時計を購入していた②組合の代表部があるフィリピンで、船員向けの宿泊施設などを建設した際に、現地の業者からのリベートを自身の海外口座で受け取っていた-と認定したとのことです。
 大まかに言えば、森田前組合長は①や②の行為によって、2015年から20年までの6年間で総額6億円もの収入を個人で得ていた、と国税当局に指摘されたということです。国税当局は税金の徴収が主要な業務ですので、相手が追徴課税に応じれば、そこで一件落着となります。しかし、「国税」の枠組みを離れて社会一般の常識的な感覚で考えれば、①は横領や着服、背任、②はわいろの受け取りではないのか、との疑問が浮かびます。道義的責任はもちろんのこと、刑事責任も問われて然るべきではないのか、と感じるのではないでしょうか。産別労働組合のトップとして、悪質さが際立つ空前の不祥事です。
 共同通信は新聞向けに、デジタルの無料域用よりも長文の記事を送信しています。それによると、森田前組合長は税務調査が始まった後の21年11月に「健康上の理由」で辞任していました。また、サイド記事によると、その以前から組合長選挙を巡って無効確認訴訟が起こされるなど、不透明な運営体制を問題視する声が内部から上がっていました。
 同じくサイド記事によると、組合員の構成は、日本の船会社に乗り組む外国人船員を中心とした「非居住特別組合員」が約7割を占めるようになっています。外国人船員の存在抜きには、日本の海運はもはや成り立たない状況を反映しています。一方で、組合規則では、非居住特別組合員には組合役員選での被選挙権や投票権はありません。そうした構造の中で、外国人船員のための基金を私的に流用することは、悪質性が特に高いと感じます。
 以上のような事情も考えれば、前組合長の巨額の申告漏れは、現在の組合執行部も他人ごとではないはずです。第三者の識者による調査委員会を設置するか、あるいは森田前組合長を刑事告発して司直の手に委ねるか、いずれにせよ、真相を究明して、組合員や社会に対して説明するべきだと思います。それができないのであれば、自浄能力がないと見られても仕方がありません。

【写真】全日本海員組合のホームページ。赤丸の部分が、森田前組合長の6億円申告漏れの報道に対するコメントです
 共同通信が先行し、NHKや朝日新聞も後に続いた報道に対し、海員組合がどうコメントするのか、ホームページを毎日、チェックしていました。1週間以上もたって、ようやくコメントを公表しましたが、残念としか言いようのない内容です。
 組合への税務調査では何ら指摘は受けていないこと、前組合長個人の問題について国税当局から説明を受けていないこと、前組合長からも説明を受けていないことを強調し、「前組合長個人の課税に関する事項については、当組合としてはコメントすることが出来ません」としています。その上で、以下のように結んでいます。

なお、本件報道に関わる事実関係については、今後当組合が取得できる情報を踏まえ、適正に対処していく所存です。

 現執行部が自ら、主体的に真相究明に乗り出そうとの姿勢はうかがえません。

 ※コメントは全日本海員組合のHPのトップページからPDFファイルでダウンロードできます

 「全日本海員組合」トップ http://www.jsu.or.jp/

 コメント http://www.jsu.or.jp/files/pdf/report_20230628.pdf

 全日本海員組合は、戦争を容認しかねない動きには敏感に反対してきました。背景には、第二次世界大戦のおびただしい犠牲の教訓があります。民間船は乗組員ごと、ことごとく軍に徴用され、6万人以上もの船員が亡くなり、日本の海運は壊滅しました。全日本海員組合はその概要を伝える「戦没した船と海員の資料館」も神戸市で運営しています。
 ※「戦没した船と海員の資料館」
  http://www.jsu.or.jp/siryo/
 こうした活動に対して、わたしは変わらぬ敬意を抱いています。新聞労連委員長当時の共闘が縁で、海員組合の専従職員の皆さんのセミナーで講師を務めさせていただいたこともあります。前組合長の不祥事は極めて残念ですが、組合が自浄能力を発揮し、再起を期してほしいと願っています。

 ※参考過去記事 

news-worker.hatenablog.com

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