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海員組合有志が、6億円未申告の前組合長を横領と脱税容疑で告発~自浄能力を欠く現執行部、当事者意識なぜ持てないのか

 船員ら海事関係の労働者で組織する個人加盟の産業別労働組合「全日本海員組合」の森田保己・前組合長が、6年間で約6億円もの所得を申告していなかったことを東京国税局に指摘され、追徴課税の処分を受けていたことが今年6月、明らかになりました。海員組合の現執行部は、およそ当事者意識を欠いたコメントをホームページ上に出しただけで、組織の自浄能力が問われる事態になっています。ここにきて、新たな動きがありました。
 海員組合の現・元組合員の有志が、森田前組合長が組合の基金を私的に流用したとして、業務上横領と所得税法違反の疑いで、東京地検に告発状を提出したことを11月13日、発表しました。

▽NHK「全日本海員組合 前組合長 約3億円私的流用の疑い 組合員ら告発」
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231113/k10014256621000.html

 告発状によりますと、森田保己 前組合長は、2015年から2020年にかけて、外国人船員の研修などに充てる基金からおよそ3億円を私的に流用し、高級腕時計などの購入に充てた、業務上横領の疑いや、流用した金について税務申告しなかった脱税の疑いがあるということです。
森田前組合長をめぐっては、基金の私的流用や、海外の業者からリベートを受け取って得た合わせておよそ6億円の所得を税務申告していなかったとして、東京国税局が申告漏れを指摘し、追徴課税していました。
(中略)
全日本海員組合の元組合長、井出本榮さんは、「組合長による横領を許しては、基金の信頼が失われかねない。組合が動かないため、私たちが動いた」と話していました。

▽産経新聞(共同通信の配信記事)「前海員組合長の告発状提出 基金私的流用、脱税疑い」
 https://www.sankei.com/article/20231113-GMT6IHAGJJKMPCIGTBUX3VV3EE/

 告発状によると、基金は外国人船員の賃金が原資。森田氏は船員の福利厚生に充てる基金を管理する立場を利用して、計約3億円を貴金属や腕時計の購入に充てていたとしている。
 全日本海員組合は、旅客船や海運業で働く船員と海事関連の労働者で組織する個人加盟の労働組合で、今年7月時点の組合員数は約8万人。連合の主要構成団体として知られ、国内24カ所に支部があるほか、海外にも代表部を持つ。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 森田前組合長は全日本海員組合の専従スタッフから役員、組合長に就きました。そういうキャリアで、6年間に未申告の所得が6億円、単純に平均して1年に1億円もの収入を個人所得として認定されていました。およそ、まともな収入でなかったことは容易に分かるはずで、いわば常識の問題です。
 産別労組でこんなことが起きれば、組織として調査に乗り出し、結果を公表して再発防止の手立てを取るのは、これも常識のはずです。日本の船会社が運航する船舶に乗り組む船員らが、外国籍の船員も含めて個人で加入している全日本海員組合は、日本の海事の分野では重要な当事者組織です。その前トップの不祥事、しかも組合関連の資金が絡んでいるとなれば、組合内にとどまる話ではなく、社会の重要な関心事と言うべきです。現執行部は調査結果を社会全体に公表するべきです。
 しかし、海員組合の現執行部は6月にまるで他人事のようなコメントを出しただけで、この問題には沈黙を続けています。上部団体の連合もその姿勢を支持しているということでしょうか。何の発信もないようです。このままでは、日本の労働組合運動全体の体質すら問われかねない、そんな可能性もはらんでいます。告発状提出の記者会見をした井出本榮・元組合長が「組合が動かないため、私たちが動いた」と話したことに、ことの本質の一端が表れています。本来は、組合の現執行部が自ら動かなければなりませんでした。現執行部の不自然なまでの沈黙は、むしろ森田前組合長と同体だからではないのか、連合もそんな状況を黙認している、是としているのか―。そんな疑念すら生じかねません。
 わたしはかつて社会部の記者として一時期、検察庁が手掛ける事件について取材を担当していました。脱税事件で言えば、隠した所得が1億円を超えていた場合は、国税庁が検察庁に所得税法違反で告発するのが常でした。告発案件については、事前に両者で協議します。告発を受けた検察庁は、隠した所得が巨額の場合や、悪質なケースでは逮捕権も行使して、起訴していました。6年間と期間に幅があるとはいえ、総額で6億円もの未申告の認定は、十分に立件の対象になるように思います。
 取材経験を通じて、「脱税は国家に対する詐欺行為」との指摘をしばしば耳にしました。脱税の被害者は社会です。課税、徴税には公平性と納得性が不可欠であり、悪質な課税逃れに処罰が必要なのは、そういう事情からだろうと理解しています。加えて、森田前組合長の事例は、日本の海事分野の主要当事者の一角という重大な事情もあります。外国籍の船員のための基金の資金が個人の所得の原資との認定ですので、犯情も極めて悪質です。本来なら、国税庁が課税処分で終わらせず、検察庁に刑事告発すべきだったのではないか。そうならなかったのは、何か事情があったのか。そうした観点からも、告発状を検察庁がどう扱うのか、成り行きを注視しています。

 森田前組合長の6億円申告漏れに対し、全日本海員組合の現執行部が出したコメントは、今も組合ホームページで見ることができます。
「全日本海員組合」トップ http://www.jsu.or.jp/

 コメント http://www.jsu.or.jp/files/pdf/report_20230628.pdf
【写真】全日本海員組合のホームページ。赤枠で囲んだ部分に、森田前組合長の6億円申告漏れの報道に対するコメントがあります