ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「自分」を表現する文章を書くために、社会とどう向き合うかを考える~付記:性別変更をめぐる最高裁決定の報道の記録

 東京近郊の大学で、非常勤講師として受け持っている「文章作法」の授業は、2023年度後期分が先月から始まっています。文章のムダを削る、すっきりとした分かりやすい表現で書くというスキルは、前期からの履修生はおおむね身に付けたようです。後期からの履修生も、めきめき上達しています。そうなってくると、問題は「何を書くか」「何を伝えるか」です。論じるべき具体的なテーマが示される小論文と違って、具体的な経験やエピソードを踏まえて「自分」を表現する作文は、この点がいちばん重要です。
 「作文で自分を表現する」ことは、マスメディアやコミュニケーションに関心がある大学生なら、自分が社会にどう向き合っているのか、どう向き合おうとするのかを文章を通じて、読み手に感じ取ってもらうことだと、授業では話しています。ジャーナリズムを将来の仕事として考えるならなおさらです。そのためにはまず、社会がどうなっているか、何が起きているかに関心を持ち、知ることが重要です。その上で、社会の中にはどんな意見があるのかを知り、自分の意見、考え方はその中でどういった位置にあるのか(多数派なのか少数派なのかなど)が分かれば、おのずと社会への向き合い方は定まってくるでしょう。「自分」について何を書いていいのか分からないのであれば、例えば、ニュースの現場に足を運んでみる、そこで自分が何を感じるか、どんなことを思うかを自分で確かめてみてはどうか、というようなこともアドバイスしています。
 以上のような観点もあって、授業では毎回、時々のニュースを一つ取り上げて、東京発行の新聞6紙の報道を比較し、解説を行っています。先日は、トランジェンダーの性別変更手続きをめぐって最高裁が10月25日に出した決定の報道を取り上げました。性同一障害者の性別変更には、手術により生殖能力がなくなっていること、身体の外見も、生まれながらではない別の性の形状を備えていることが必要であると特例法で定められています。このうち手術要件について、最高裁は15人の裁判官の全員一致で違憲との判断を下しました。もう一つの外観要件については、高裁に審理を差し戻しましたが、15人のうち3人の裁判官が、外観要件も違憲だとの反対意見を示しました。各紙とも翌26日付紙面で1面トップ、経済紙の日経新聞も準トップで扱った大きなニュースです。記録、備忘も兼ねて、授業で話した内容のポイントを書きとめておきます。

【写真】授業で投影したスライドの一部

 扱いでは朝日新聞の大きさが目立ちました。関連記事は1面のほか総合面や社会面、第2社会面に展開。特に目を引いたのは、「決定要旨」です。外観要件を違憲とする裁判官3人の反対意見までも掲載しました。全文ではなく「要旨」ながらも、ここまで詳細に決定そのものを報じているのは朝日新聞だけでした。
 各紙とも、事実関係の概要を盛り込んだ中心的な記事である本記は、見出しに大きな違いはありません。しかし、総合面や社会面の記事のラインナップ、見出しなどを比較すると、差異が分かります。この決定をもっともポジティブに評価していたのは、やはり朝日新聞です。批判ないし警戒がにじみ出ていたのは読売新聞と産経新聞でした。特に産経新聞は、ジャーナリスト櫻井よしこさんに取材した長文の談話スタイルの記事に「判断に強い違和感と危惧」の見出しを付けており、相当なインパクトを感じました。
 最高裁の判断への評価の違いは、各紙の社説の見出しに端的に表れているように感じます。それぞれ以下のような見出しです。リンクも張っておきます。

【朝日新聞】「性別変更決定 人権見つめ法の是正を」 
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15776317.html
【毎日新聞】「性別変更に手術『違憲』 権利を守る大きな一歩だ」/時代に即した司法判断/国会はただちに法改正を
 https://mainichi.jp/articles/20231026/ddm/005/070/073000c
【読売新聞】「性別変更裁判 社会の混乱を招かぬ法制度に」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20231025-OYT1T50308/
【日経新聞】「『違憲』判断受け性別変更の法改正急げ」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK2439Z0U3A021C2000000/
【産経新聞】「性別変更 社会の不安招かぬ対応を」
 https://www.sankei.com/article/20231026-WPBHCKJ6B5MB3P4E6DXCRU45AA/
【東京新聞】「性別変更要件 人権重視した新法こそ」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/286054
※日経新聞のみ10月27日付

 読売新聞、産経新聞が「社会の混乱」「社会の不安」を強調しているのが目立ちます。
 両紙の社説はそれぞれ以下のように主張しています。

・読売新聞

 大法廷は、国民の意識の変化などを理由としたようだが、わずか4年で全く正反対の結論に至ったことを疑問視する声も出よう。
 性別は人格の基礎であり、現行法では一般に、生物学的な特徴によって客観的に決められる。性同一性障害者の人権を尊重すべきなのは当然だ。とはいえ、性別を個人が決定できるようになれば、社会秩序は揺らぎかねない。
 生殖能力を維持して女性が男性に性別を変更し、出産した場合、戸籍上の「男性」を母親と認めるのか。性別変更した元男性が、女性トイレや公衆浴場を利用しようとしてトラブルが生じる恐れもある。検討すべき課題は多い。

・産経新聞

 LGBTなど性的少数者への理解増進法が成立したが、女性と自称する男性が女性専用スペースに入ることを正当化しかねないとの不安は拭えぬままだ。厚生労働省が公衆浴場で「身体的特徴」で男女を取り扱うことを確認する通知を出したのは、この不安の表れだ。
 女性らの権利を守る団体など7団体は手術要件を外せば「社会的にも法的にも大変な秩序の混乱が起きる」とし、合憲判断を求める要請書を出していた。耳を傾ける必要がある。
 自己申告による性自認と、医学的見地からの性同一性障害は明確に線引きし考える必要があることも改めて指摘したい。今回の「違憲」判断が強調されるあまり、「性別は自分で決められる」といった誤った認識や行き過ぎた性差否定教育につなげてはならない。

 読売、産経両紙の社説がそろって「女性専用スペース」をめぐる危惧に言及しています。この論点について、毎日新聞の社説は以下のように指摘しています。

 トランスジェンダーを巡っては「女性だと自称すれば、男性が女湯や女性トイレに入れる」との誤った言説が横行している。
 しかし、性自認は自分の意思で変えられるものではない。当事者たちは、公共性との兼ね合いを考えながら生活している。そうした現実への理解を広げ、偏見をなくす必要がある。
 同性婚の法制化も喫緊の課題だ。法的に家族として認められず、相続や親権、社会保障などで不利益を被っている。
 世論調査では、半数以上が法制化に賛成している。各地の同性カップルが起こした5件の訴訟では、同性婚を認めない現行制度について、4地裁が「違憲」「違憲状態」と判断した。
 性的指向や性自認を理由に、不利益を被ることがないよう、権利を保障するための法制度を早急に整えるべきだ。差別を禁止する法律も不可欠である。
 性的少数者が生きづらさを抱えるような社会は、改めなければならない。

 「当事者たちは、公共性との兼ね合いを考えながら生活している」。そうした実情が広く知られることは重要だと思います。仮に、性同一性障害の当事者ではない男性が、女性を自称して、よこしまな目的をもって女性専用スペースに入り込むというのなら、そうした行為を禁止する社会規範やルール、法令で対応すればいいはずです。マジョリティの安心安全を現状のままに維持するために、マイノリティが耐えがたい苦痛を甘受し続けなければならない社会でいいのか。マジョリティ、マイノリティは相対的なものです。ある点ではマジョリティの人も、別の属性ではマイノリティになることは、珍しいわけではありません。立場を変えて考えてみれば、当事者の苦痛を理解することもできるだろうと思います。
 学生たちには、同じ司法判断をめぐって、これだけ受け止め方や評価に幅があることを知るのが大切だと話しました。そうしたことを体感しながら、社会とどう向き合っていくのか、考えを深めていってほしいと思います。

 11月に入ったというのに真夏日の暑い日が続きます。それでも週に1回訪れるキャンパスのイチョウ並木は、少しずつ色づいてきています。黄葉が楽しみです。