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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

細田衆院議長の不見識の報じ方~記者会見の可視化とマスメディアのありよう ※追記・表差し替え

 細田博之衆院議長が10月13日、議長公邸で記者会見を開き、健康上の理由で議長を辞任することを表明しました。当日、中継を見ていなかったので後刻、テレビ局がネット上にアップロードした録画を視聴しました。出席者や時間を制限し、最後は質問を続けようとする記者団を振り切るように会見を一方的に打ち切ったこと、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係をただす質問に、はぐらかすような答えに終始したこと、週刊文春が指摘した女性記者へのセクハラ問題に対しては、セクハラの定義や実状に驚くほどの無知ぶりをさらして恥じることがなかったことなど、「三権の長」の一人である衆院議長の権威と信頼を失墜させたと感じざるを得ない会見でした。

 ▽強烈な既視感
 細田議長の受け答えで、特にひどいと感じたのはセクハラ問題です。「だれ一人、名乗り出ない」「400人もいなくていい。3人でも4人でも5人でも、セクハラを受けたという人が出て『#MeToo』が成立する」と言い放ちました。被害者が名乗り出ていないのだから、セクハラはなかった、との理屈です。「400人」はジャニーズ事務所元社長の性的虐待(性的加害)のことが念頭にあるのでしょう。共同通信の記者が、ハラスメントは上下関係の中で起き、被害者が名乗り出にくい構造があることを理解するよう求めると、セクハラを指摘されるのは男性にとっても大きな問題だと主張し、覚えがないのにセクハラだと言われるのは、男性に対するハラスメントだと開き直りました。
 これらのやり取りに、強烈な既視感を覚えました。思い起こすのは、2018年4月に週刊新潮の報道で明らかになった財務省次官の女性記者に対するセクハラ問題です。セクハラ発言の音源までありながら、次官はセクハラを認めないまま辞任。事実上の更迭と報じられましたが、当時の麻生太郎財務相は記者団の囲み取材で、女性が名乗り出てこなければ事実認定ができないと強調しました。セクハラには被害者が名乗り出にくい構造があると記者から指摘されると「次官に人権はないってことですか」と、次官をかばいました。
 それから5年以上もたつというのに、今回の細田議長の主張は、あのときの次官、麻生財務相と同じで、信じがたいほどにセクハラへの理解が欠如しています。麻生元財務相は元首相、元自民党総裁であり、当時、安倍晋三政権の副総理でした。衆院議長は政党からは距離を置いていますが、細田議長は議会第一党の自民党からの選出です。細田議長は文芸春秋に損害賠償を求めて提訴しており、仮にセクハラの有無の事実関係はひとまず置くとしても、この度を超えた、今や「非常識」とさえ呼んでもいいセクハラへの無知、不見識、無理解は、自民党という組織の体質であることを疑う必要があるように思います。
 このセクハラをめぐる細田発言について、岸田文雄首相は13日夜、記者団に問われ、「名乗り出る人がいなければ、セクハラではないという考えは適切ではない」と述べたと報じられています。「一般論」と前置きしたとのことですが、仮に細田議員が自民党に戻った際に、自民党総裁として、セクハラ問題や旧統一教会との関係にどういう姿勢で臨むのか。首相の権威と信頼が問われます。

 ▽記者クラブ加盟各社1人に限定
 会見の設定自体にも問題が多々ありました。14日付の東京新聞朝刊の記事によると、当初、細田議長の体調を理由として30分間を目安とし、参加者は国会の取材を担当する衆院記者クラブ加盟各社の1人に限定されました。記者クラブは、会見を少なくとも1時間以上実施し、フリーランスのジャーナリストも参加できるようにすることなどを申し入れましたが、議長側は会場の広さを理由に人数を制限したとのことです。
 記者会見の録画を見ると、記者たちが口々に、質問がなくなるまで会見を続けるよう求めたり、今後も記者会見を開くことを約束するよう求めたりしたことが分かります。しかし、細田議長は、議長退任の会見であることを強調し、議長職を離れた後は会見ではなく話し合おうと述べたりするなど、旧来の密室でのやり取りなら応じるとの姿勢を露骨に示しました。その様子も記録されています。
 議長側の一方的な設定と打ち切りと、そのことを記者たちが了としなかったことは、それ自体、ニュースとして社会に伝えていいと思います。有権者が選挙で一票を行使するのに際して、細田議長という政治家、さらには自民党という政権党をどう考えるか、その判断材料になるからです。
 記者会見のありようは、ジャニーズ事務所元社長の性的虐待をめぐっても論議があります。加害側の企業が一方的に決めた「1社1問」をルールとして無批判に受け入れる取材者がいたり、加害側の企業の人間の発言に拍手が起こったりといったことが、会見が中継されることで社会に可視化されました。指名を待たずに質問を重ねた記者に対して、「ルールを守らない」との批判もありますが、結果として、加害側の企業を利することにしかならないことを危惧します。肝心なのは、取材対象の企業から有為の情報が引き出されるかどうかです。記者会見は手段であって、粛々とした進行の実現が目的ではないはずです。私企業と「三権の長」の一角では性格が異なるかもしれませんが、議長側の一方的な運営に異議の表明が続いた点は、肯定的にとらえたいと思います。デジタル化が進んだ社会にあって、記者会見の可視化が進むことで、記者会見のありようをめぐる議論が成熟していくことを期待します。

 ▽手厚く報じた朝日新聞

 細田議長の記者会見に対して、どのメディアがどんなことをどんなふうに報じたのかを見ることも、マスメディアのありようを考える上で、意義は小さくないと思います。東京発行の新聞各紙が10月14日付の朝刊でどのように報じたかを見てみました。
 事実関係を中心にした本記をどの場所に置いたか、関連記事をどの程度展開したか、いくつかの論点について報じたか否かを表にしました。

※追記・表差し替え(10月17日):「男性へのハラスメント」の発言について、毎日新聞は記事中には言及が見当たりませんでしたが、5面(総合面)の「会見要旨」には記載していました。無印から「△」に変更しました
 この日の最重要のニュースとして、本記を1面トップに置いたのは朝日新聞でした。毎日新聞と東京新聞も1面でした。読売新聞、産経新聞、日経新聞は総合面です。関連記事も朝日、毎日、東京の3紙は複数の面に展開し、朝日新聞と東京新聞は社説でも取り上げました。読売、産経両紙の関連記事は政治面や別の総合面。日経の1面の記事は後任の衆院議長のことです。この展開の差異は、そのまま情報量の差異です。
 論点は、記者会見の人数や時間の制限、セクハラをめぐる細田発言に関連して①「被害者が名乗り出ていない」「名乗り出る人がいなければ『#MeToo』が成立しない」との趣旨の発言②「覚えがないのにセクハラと言われるのは、男性に対するハラスメントだ」との趣旨の発言③細田発言に対し岸田首相が「適切でない」とコメントしたこと-です。それぞれ、報道の中で伝えているかどうかを見てみました。このうち①は「#MeToo」の言及まで報じている朝日、日経、東京は◎としました。毎日、読売は、被害者が名乗り出ていない、との発言は報じていますが、「#MeToo」の部分には触れていません。③の岸田首相のコメントは、日経新聞は別記事にして見出しも取っており、◎としました。

 同じ記者会見でありながら、報じ方には新聞によってニュースバリューの格付け、情報量に相当の違いがあることが見てとれます。中でも朝日新聞が本記を1面トップに据え、売り物の大型のリポート「時時刻刻」や社説で取り上げたほか、社会面でも「#MeTooがない」との発言に絞って、識者の指摘を交えて細田議長の知識と見識の欠如を掘り下げて伝えている手厚い報道ぶりが目を引きます。朝日新聞社は2020年3月に「ジェンダー平等宣言」を公表し、社内の役職者の男女比の割合や育休取得など社員の働き方、報道で取り上げる識者、論者の男女比などで多様化を図る取り組みがあって、この報じ方になっているのだろうと感じます。
 細田議長のような政治家が根強くはびこっている要因には、女性議員が増えない自民党の体質があるのは間違いありません。細田議長のような政治家がはびこっているために、自民党では女性議員が増えない、とも言えるでしょう。

【写真】細田衆院議長の会見を1面で報じた朝日、毎日、東京の各紙

 以下に、各紙の14日付朝刊の主な記事の見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
・1面トップ
本記「『被害の訴えなく『#MeToo』成立せず』/旧統一教会との関係『そんな問題はない』/細田議長 詳細語らず疑惑否定/会見で辞任表明」
 ・2面(総合面)
時時刻刻「疑惑の議長 否定連発/安倍氏と教団の関係『知らない』」「『こういうセクハラあった、と言う人いない』/かばい続けた自民」
視点「議長の権威 おとしめた自覚なし」
いちからわかる!「衆院議長ってどんな人?/首相と同じ『三権の長』の一人。任期中の辞任は異例」
・4面(総合面)
「会見制限 最後は打ち切り/人数・次官 記者側は撤廃要求」「『説明不足』野党一斉に批判」/会見要旨
考論「問題の深刻さ わかっていない」学習院大教授(比較政治論)野中尚人氏
・第2社会面
「性被害者の立場『理解してない』/細田議長『#MeTooがない』」
・社説「細田議長会見 説明責任果たさぬまま」

【毎日新聞】
 ・1面
 本記「細田議長、辞任表明/教団との関係『問題ない』/健康面理由に」
 ・2面(総合面)
 検証「細田氏 逃げの一手/疑惑1年 会見自ら打ち切り」「立憲『三権の長として恥』」
 ・5面(総合面)
 会見要旨
 ・社会面
 「細田氏会見『ジャニーズ以下』/記者1社1人 フリーは排除/識者『もう一度開催を』」

【読売新聞】
 ・2面(総合面)
 本記「教団と『特別な関係』否定/細田氏、議長辞任『体調不良で』」
 ・4面(政治面)
 「細田氏に与野党『不誠実』/記者会見 疑惑 正面から答えず」
「記者質問10人で打ち切り」
会見要旨

【日経新聞】
 ・1面
 「衆院議長後任 額賀氏で調整 自民」
 ・4面(総合面)
 本記「細田議長が辞任表明/議員は継続、野党『説明不足』」
 「名乗りなければセクハラない?/首相『考え適切ではない』」

【産経新聞】
 ・5面(総合面)
 本記「細田衆院議長が辞任表明/後任は額賀氏で調整」
 ・6面(総合面)
 「旧統一教会巡る説明批判/政府・与党の足かせに」
 「『疑惑残った』野党批判」

【東京新聞】
 ・1面準トップ
 本記「『教団と特別な関係ない』『セクハラ 覚えない』/細田氏、説明責任果たさず/議長辞任表明」
 ・2面(総合面)
 核心「人数制限、50分で打ち切り/旧統一教会問題 論点ずらして回避/セクハラ疑惑 認識の低さを露呈」
 「セクハラ告発、私のところには一件もない」会見要旨
 ・20、21面(特報面)
 「説く力足りず」「細田氏会見 疑問は残った/岸田内閣でも教団と接点/元宗教2世『期待できぬ』」「国会審議に壁」「財産保全の法整備必須」「政争の道具になっては…」
 ・社説「細田議長と教団 親密さは不問に付せぬ」

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