ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

新聞記者のスキルを参考に文章力を磨く

 成城大学の非常勤講師の授業は、学生の履修科目の登録期間が終わり、本格的な文章指導に入りました。まもなく、第1回の課題の提出期限を迎えます。やはり、実際に書いてもらった文章を元にした実践的な指導が効果的です。その前のウオーミングアップとして、始まりの1、2回目の講義では、参考になりそうな新聞記者の文章スキルを紹介しました。以下は、その概要です。

 40年余り、通信社で新聞に関わる仕事をしてきて、自分で記事を書いてきましたし、デスクとして若い記者に記事の書き方を指導したり、さらには編集者としてデスクが上げてきた記事を最終的に点検したりしてきました。その経験を踏まえると、文章の書き方は大まかに言えば、「どう書くか」といういわば表現のテクニックと、「何を書くか」という内容、別の言葉で言えば、その文章のテーマとに分けることができると言えます。

 ▽出来栄えは3~5割アップ
 テクニックはいずれも、あまたある文章の指南本、いわゆる「文章読本」にはおおむね書いてあることばかりで、そう珍しいものではありません。ただし、これらを実践できるようになると、それだけで文章の出来栄えは間違いなく3~5割アップします。文章を書く経験を積み、適切な添削を受け、ほかの人が書いた文章にも接するうちに、必ず実践できるようになります。

  • 用語や表現の重複を避け、無駄がないように
  • 主語、述語のかかりはシンプルに=主語と述語を近づける
  • 1文を短くし、主語、述語をいくつも盛り込むのは避ける
  • エピソードは具体的に=「神は細部に宿る」God is in the details.
  • 形容詞、接続詞は思い切って省いてみる。なくても通じる例がほとんど=「そして」「それから」「だから」など
  • 受動態ではなく能動態の表現で=主体がはっきりして文意が明確になる
  • 使える漢字は使う。ただし漢字ばかりでは見た目が硬く、読む気を失わせかねない(「黒っぽい原稿」)
  • 読みやすく段落を分ける

 重複を避けることについては、新聞記者は徹底的に鍛えられます。新聞は紙幅に限りがあります。表現のムダを省けば、それだけ読者に伝える情報量は増えます。一見して、重複とは見えない表現でも、意味合いが重複している場合もあります。典型的なのは「どうやら~のようだ」「どうやら~らしい」の用法です。「ようだ」や「らしい」だけで推測の表現として成り立ちます。「どうやら隣の部屋でだれかが電話しているようだ」という一文であれば「隣の部屋でだれかが電話しているようだ」で十分です。
 最初は、だれかに指摘してもらわなければ気付きません。「そんな細かいところまで気にしなくてもいいのでは」と感じるかもしれません。しかし、その細かなことの積み重ねが、伝える情報の量、さらには記事の質にまで影響してくるのですから、新聞の記事は徹底的にスリムさを追求します。最初はデスクが徹底的に直しますが、慣れてくれば、いったん書き上げた記事を自分で読み直しながら、よりスリムで読みやすい表現に磨いていくことができるようになります。
 こうした新聞記者の表現のテクニックは、大学生の作文や論作文、小論文、レポートなどでもそのまま参考にできます。

 ▽「見出し」と「題名」

 上述の表現のテクニックは必ず身に付きます。文章を書く上で難しいのは、「何を書くか」というテーマの方です。パソコンで文章を打つ手がなかなか進まない、というときは、往々にしてこの「何を書くか」、言い換えれば「伝えたいことは何か」がうまく整理できていないときです。そういう時は、作文や論作文の「お題」と別に、自分が書こうとしている文章の「題名」を考えることが効果的です。自分が書きたいことを一言で表現してみる、一言が難しければ、短い文章でも構いません。しっくりする題名が浮かべば、それが文章のテーマです。
 この点でも、新聞記者のスキルは参考になります。

 新人記者には、新聞記事の書き方について「まず見出しを決める」ことを徹底的に指導します。新聞記事は伝統的に「逆三角形」と呼ぶスタイルです。その出来事について時系列を追って順に書いていくのではなく、5W1Hのニュースの大事なポイントから書いていきます。頭でっかちの文章になります。だから「逆三角形」です。
 ニュースは生ものです。新聞紙面に当初、50行や60行の記事の掲載を予定していても、途中で大きなニュースが飛び込んできたら、20行分しか掲載できない、ということも日常的に起こります。60行の記事を一から20行に書き直しているヒマはありません。そんなときは後ろから40行をバッサリ削ってしまいます。記事の頭に重要な要素が詰まっているので、書き出しの20行だけでも記事として成り立ちます。
 新聞の見出しはニュースのポイントです。記事が逆三角形できちんと書けていれば、最初の20行に見出しの要素は入っています。逆に言えば、逆三角形の記事をきちんと書くには、まず見出しを決める、次いで見出しの要素から記事を書き始めればいいわけです。
 デスクとして記者が上げてきた原稿を見ていて、どうにも見出しがしっくりこない時があります。たいていは、書いた記者がニュースのポイントを整理できていない場合です。「見出しが取れない原稿」と呼んでいました。そういうときは、いったん記者と原稿を挟んであれこれ話してみます。そのうちに、記者の頭の中も整理され、見出しもぴたりと決まる、ということになります。

 記者は経験を積むと、例えば記者会見ではメモを取りながら、頭の中で発言の重要度を判断し、記事の構成を考えるようになります。相手の話が終わる頃には、見出しと記事の書き出し(リード)がほぼ頭の中にできています。質疑応答で記事に必要な追加要素を確認して、取材終了と同時に、頭の中に出来上がっている見出しと記事本文をアウトプットします。

 作文や論作文の「題名」と、新聞記事の見出しは、伝えたいことのエッセンス、ポイントということでは共通しています。「題名」を考えることは、伝えたいことを明確にするために有効な方法です。
 作家の故井上ひさしさんは、作文を書く秘訣の一つとして「題名をつけるということで三分の一以上は書いた、ということになります」と話しています(「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」新潮文庫)。文章を書く際に、労力の3分の1は題名をつけることに充てること、それぐらい題名とは重要なのだ、ということだろうと受け止めています。

 ▽文章修業に王道はない
 今年1月まで講師を務めていた東京近郊の大学での文章指導の授業では、2回目か3回目の課題から、お題とは別に内容にふさわしい題名をつけて提出してもらいました。何度か繰り返すうちに、ぴたっと決まった題名をつけられるようになった履修生がいました。文章の修業を続けていると、「あっ、書けるようになったかもしれない」と自分で感じる瞬間が訪れることがあります。そのブレイクスルーと呼んでもいい一瞬を経験できたのではないかと思います。
 文章力を身に付けるのに王道はありません。ひたすら書くこと。誰かに読んでもらい、意見を言ってもらうこと。そして次の文章を工夫しながら書いてみること。その繰り返しです。

 成城大の授業では3冊の本を推奨しました。
■「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」井上ひさし 新潮文庫
■「自家製 文章読本」井上ひさし 新潮文庫
 井上ひさしさんは放送作家として物書きのキャリアをスタートさせた方で、戯曲も数多く残しています。耳で聴く文章に秀でた方だったということもあってか、井上さんなりの文章術のポイントがとても分かりやすく書かれています。あまたある「文章読本」の中で、特にわたしが奨める2冊です。

■「伝わる・揺さぶる!文章を書く」山田ズーニー PHP新書
 伝わる文章を書くためには、書き始める前にどんな準備作業が効果的か、抽象論ではなく具体的に解説しています。井上ひさしさんの「題名をつけるということで三分の一以上は書いた」に通じることだと思うのですが、自分の中の根本思想を突き詰めるために、自分の思いをギリギリまで短く要約してみることを奨めています。その例として、大学生の息子と母親のやりとりを紹介しています。以下に引用します。

【息子】
俺は、べつに彼女をしばる気はないんだ。彼女は自由だし、やりたいことをやればいい。だから、彼女が留学するのは、ちっとも反対じゃない。
 ただ、ここで問題なのは、彼女の動機だよ。安易な留学ブームにのっかってるだけじゃねえか、だいたい、そんな、あいまいな気持ちで留学したって、逃げてるだけじゃ…
【母親】
 淋しいんだね、おまえ

 最初に読んだ時に、なるほどなあ、と感心しました。