ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

正確な情報の共有は「感情の氾濫」を止める~「文章作法」で気付かされた視点

 東京近郊の大学で非常勤講師を務めていた「文章作法」の授業が先日、終了しました。2年間の非常勤講師の任期も3月で終了します。
 最後の授業で講評した課題は小論文。メディアやコミュニケーションに関心がある学生を対象にした講座ですので、テーマは「ニュースを社会で共有することの意義」と指定しました。「ニュース」は、新聞やテレビなどのマスメディアの報道を指すことが前提です。元日に能登半島地震が発生したこともあってか、提出作は災害時の情報流通に触れたものが目立ちました。文章に、履修生それぞれの個性が出ていました。
 ある学生は「ニュースは人の感情の氾濫を止めるもの」と書きました。論旨は以下の通りです。
 SNSでは時に、真偽不明の情報がむき出しの感情とともに拡散される。一つの意見が強すぎると、別の意見が出にくくなり、多様な意見に触れることが難しくなる。正確な情報が流れることで、社会の混乱を防ぎ、個々人の感情が暴走しないようにする機能がある―。
 「感情の氾濫を止める」という表現に感心しました。正確な情報を発信することは、組織ジャーナリズムの仕事の上では自明の、基本中の基本のことです。その効果をこんな風に言葉にして表現してみる、ということはわたし自身、あまり考えたことがありませんでした。「なるほどなあ」と思いました。15年以上も前のことになりますが、明治学院大で初めて非常勤講師を務めた際、奨めてくれた先輩から「『教える』は『学ぶ』に通じる」との言葉をもらいました。まさに、あまり考えていなかった視点を履修生に気付かせてもらったように思います。
 正確さということでは、新聞記事やテレビのニュースの正確さは、トレーニングを受けた記者が取材し、経験豊富なデスクや編集者がチェックを重ねていればこそのことです。別の学生は、ニュースの受け手として、「真偽を見極める力が必要になる」と書き、そのためにメディアの仕組みを学び、メディア・リテラシーを身に付けることの重要性に触れました。授業では折に触れ、マスメディアの記者がどのように経験を積み、育っていくかも話しました。きちんと受け止めてくれていることが分かりました。
 明るい前向きな話題、ポジティブなニュースが必要だと強調する内容の提出作もありました。災害や犯罪、事故、さらには戦争といったニュースばかりに接していると、確かに精神的につらくなってしまうことがあります。この学生は、災害報道の合間にも、藤井聡太八冠の王将戦や、大リーグ大谷翔平選手から日本の学校へのグローブの寄贈などのニュースが流れことを挙げ「この不安定な今だからこそ『まだ日本は大丈夫だ。』と視聴者に希望を抱かせるニュースが必要」だと書きました。
 英国のロイタージャーナリズム研究所が公表した「デジタルニュースリポート」で、ニュースに触れることを意図的に避けようとする人たちが世界的に増加しているとの分析が示され、メディア関係者の間で話題になったのは2022年でした。「選択的ニュース回避」(selective News Avoidance)と呼ばれます。理由の上位には「気分に悪影響がある」もありました。ニュース離れが進み、社会で情報が共有されなくなると、だれにも関係がある問題なのに社会的な議論が成り立たなくなるおそれがあります。そうなれば民主主義の危機です。この学生の論考には「なるほど」と感じ入るところがありました。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com 何人かの学生に共通していたのは「ニュースに接し、情報を共有することで、自分の行動に選択肢が増える」ということでした。顕著な例は災害時です。何が起きているかを知ることで、呼びかけに応じて具体的な支援に動くことができます。知らなければ、その選択肢はありません。
 全体として、履修生たちはマスメディアが組織的に取材、報道を展開することの意義自体については、ひとまず肯定的にとらえてくれたようです。新聞についても、それがどういうメディアで、どんな風に日々作られ社会に届けられているか、そこにどれだけ多くの人がかかわっているか、などを丁寧に説明すれば、関心が高まるということも、授業を通じて実感しました。実際には、ジャニーズ事務所元社長の性加害に対する沈黙の問題など、新聞が総括しきれていない課題も少なくありません。それらのいくつかは、授業でも触れてきました。そうした問題をどう考えるのか、引き続き考察を深めていってほしいと思います。

 最後の15分は、今学期の授業の総まとめを話しました。文章を書く要諦、エッセンスをあらためて説明。文章を書くスキルの上達に終わりはないことも説明し、引き続き文章力を磨くよう励ましました。いい文章を書くには、いい文章にふだんから接することも大事で、本を読むこと、新聞も生ニュースの欄だけでなく、論評や寄稿などの長い記事もじっくり読むことを奨めました。
 最後に、次のようなことを話しました。
「皆さんの中にはマスメディアや組織ジャーナリズムに関心が深い方もいると思う。この授業では新聞を中心に組織ジャーナリズムについても話をしてきた。将来、組織ジャーナリズムを仕事にしよう、と思う方はぜひがんばってほしい。そうでない方には、違う仕事に就いても、組織ジャーナリズムのよき理解者、よき情報の受け手であってほしい。わたしからのお願いです」

 総まとめは、わたしにとっては、自身の2年間の試行錯誤の総括でした。以前から就職活動の学生の作文を指導する機会はありましたが、系統だって説明できるようなメソッドは正直なところ持っていませんでした。自分なりにあれやこれや、先人の「文章読本」を読み漁ったりもしながら、何とか自分なりの指導法を組み立ててきました。1年目は悪戦苦闘、2年目になって、何とかその指導法は形になり、効果も確認できたように思います。
 そんなこともあって、履修生たちがこの後、どんな道を進むのか、気になります。将来、どんな仕事に就くにせよ、文章がきちんと書けることは身を助けます。彼ら、彼女らの今後の健闘を期待しています。

 春の新緑、秋の黄葉と、2年の間、目を楽しませてくれたキャンパスのイチョウ並木は、見納めの日は冬景色でした。

 4月からは、別の大学で半期、非常勤講師を務めることになっています。やはりマスメディアに関心を持つ学生を対象にした文章指導です。今度は、自由な内容の作文ではなく、時事問題を論じる文章です。報道、ニュースへの接し方がとても重要になります。組織ジャーナリズムの実状も丁寧に伝えてみたいと考えています。いずれ、このブログでも紹介していこうと思います。