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「民間船員の『事実上の徴用』」海員組合が防衛省計画に断固反対〜広く知られるべき犠牲6万人余の歴史

 民間船舶の乗員でつくる労働組合全日本海員組合が1月29日、記者会見し、防衛省が有事の際に民間船を使う計画を持ち、そのため民間船員を予備自衛官として採用できるようにしようとするのは「事実上の徴用」だとして、反対する声明を公表しました。
 声明は以下の通りで、海員組合のホームページにアップされています。
 ※全日本海員組合ホーム http://www.jsu.or.jp/

平成28年1月29日

民間船員を予備自衛官補とすることに断固反対する声明

全日本海員組合


 一昨年からのいわゆる「機動展開構想」に関する一連の報道を受け、全日本海員組合は、民間船員を予備自衛官として活用することに対し断固反対する旨の声明を発し、様々な対応を図ってきた。しかしながら、防衛省平成28年度予算案に、海上自衛隊予備自衛官補として「21名」を採用できるよう盛り込んだ。われわれ船員の声を全く無視した施策が政府の中で具体的に進められてきたことは誠に遺憾である。
 先の太平洋戦争においては、民間船舶や船員の大半が軍事徴用され物資輸送や兵員の輸送などに従事した結果、1万5518隻の民間船舶が撃沈され、6万609人もの船員が犠牲となった。この犠牲者は軍人の死亡比率を大きく上回り、中には14、15歳で徴用された少年船員も含まれている。
 このような悲劇を二度と繰り返してはならないということは、われわれ船員に限らず、国民全員が認識を一にするところである。
 政府が当事者の声を全く聞くことなく、民間人である船員を予備自衛官補として活用できる制度を創設することは、「事実上の徴用」につながるものと言わざるを得ない。このような政府の姿勢は、戦後われわれが「戦争の被害者にも加害者にもならない」を合言葉に海員不戦の誓いを立て、希求してきた恒久的平和を否定するものであり、断じて許されるものではない。
 全日本海員組合は、民間人である船員を予備自衛官補とすることに断固反対し、今後あらゆる活動を展開していくことを表明する。

以上

 この声明についてマスメディアでは毎日新聞とNHKが報じているのが目にとまりました。防衛省の民間船使用の計画自体が一般にはあまり知られていないのではないかと思います。毎日新聞の記事が詳しく紹介していますので、一部を引用します。記事はネットにアップされています。
 ※毎日新聞「船員予備自衛官化 『事実上の徴用』海員組合が反発」=2016年1月29日
  http://mainichi.jp/articles/20160130/k00/00m/040/091000c

 防衛省は、日本の南西地域での有事を想定し九州・沖縄の防衛を強化する「南西シフト」を進める。だが、武器や隊員を危険地域に運ぶ船も操船者も足りない。同省は今年度中にも民間フェリー2隻を選定し、平時はフェリーだが有事の際には防衛省が使う仕組みを作る。今年10月にも民間船の有事運航が可能となる。一方、操船者が足りないため、民間船員21人を海上自衛隊予備自衛官とする費用を来年度政府予算案に盛り込み、有事で操船させる方針。

 有事での民間船員活用計画の背景には、海自の予算や人員の不足がある。有事で民間人を危険地域に送ることはできない。現役自衛官に操船させる余裕はなく、海自OBの予備自衛官を使うことも想定しているが、大型民間船を操舵(そうだ)できるのは10人程度しかいない。
 このため、防衛省は来年度に予備自衛官制度を変更し、自衛隊の勤務経験がなくても10日間の教育訓練などで予備自衛官になれる制度を海上自衛隊にも導入する。

 毎日新聞の記事によると、海員組合に対し防衛省は「予備自衛官になるよう強制することはない」と話したものの、海員組合側は「会社や国から見えない圧力がかかるのは容易に予想される」「他の船員が予備自衛官になったのに、自らの意思で断れるのか」と指摘しているとのことです。
 この問題は毎日新聞は2014年8月にも大きく報じており、その際にもこのブログで海員組合のことと合わせて紹介しました。
 ▼参考過去記事「民間船と船員の戦争犠牲の歴史〜毎日新聞『民間船員も戦地に』に感じたこと」=2014年8月3日
  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140803/1407041360 ※リンク切れがあります

 この過去記事にも書きましたが、わたしは新聞労連の委員長を務めていた当時に全日本海員組合の方々と平和・憲法の運動でお付き合いをいただく中で、多くのことを学びました。太平洋戦争で、動かせる民間船舶はほとんどすべてと言っていいほど海軍に徴用され、軍属となった船員におびただしい犠牲を強いられた歴史のことも、このころに知りました。そして、労働組合が平和を考えることの意義の深さを学び、必然的に労働組合が政治課題にも取り組まざるを得なくなることも理解しました。
 戦後70年だった昨年は、新聞各紙も敗戦に至るまでの歴史と日本の戦後の歩みをさまざまに報じました。今日の安全保障論議の中でさまざまな意見があるだろうとは思いますが、歴史に学ぶという意味では、防衛省の民間船使用構想と、それに対する海員組合の強い反対姿勢、その根底にある太平洋戦争でおびただしい船員が犠牲になった歴史は、社会に広く知られて然るべきだろうと思います。