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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

読書:「ルポ労働と戦争―この国のいまと未来」(島本慈子 岩波新書)

 労働組合の運動に身を置く中で折に触れて日本国憲法の条文を読み、その意味を学び、考える機会が多くありました。そうした中から、戦争放棄と戦力不保持を定めた9条がなぜ9番目なのか、わたしなりに理解できるようになりました。1条から8条までは天皇と皇室の規定が並んでいます。日本国憲法9条とは、天皇制以外の規定の最初の条項ということになります。そこに戦争放棄と戦力不保持が定められていることは、10条以下に規定されている国民の諸権利が、日本は戦争をしない、戦力を持たないことを前提にしてこそ権利としていっそうの重みを持つことを意味しているのだと理解しています。「労働」に関連しても、22条には職業選択の自由、27条には勤労が権利であり義務であること、28条には勤労者の団結権などの労働3権が規定されていますが、これらの諸権利も9条がなければその意味合いが変わってくる―。本書を読んで、そのことがあらためてよく分かりました。
 本書はまず、在日米軍基地の日本人労働者に焦点を当てます。著者が沖縄で出会ったある日本人基地労働者が、ベトナム戦争当時に自分が荷役作業で運んでいる砲弾がベトナムの人々を殺傷している事実に「どうしようもない気持ちに襲われて、職場をやめようと思った」と話し、しかし先輩たちと話をする中で「やめたって戦争が止まるわけじゃないよ。反戦闘争を闘える労働組合をつくろうじゃないか」と、全軍労(全沖縄軍労働組合)で頑張ってきた、と話したことを紹介します。著者は「それは、『私は人を殺したくない』『なのに生きるため、戦争を支える仕事をしなければならない』という基地労働者の苦悩が痛切に伝わってくる発言だった」と振り返ります。
 しかし、続いて紹介される米海軍横須賀基地(神奈川県)の日本人労働者たちの言葉は、かなり趣が異なってきます。1980年代に基地に入ったという技術者は「一人ひとりの仕事が細分化されていますから。トータルにやっているわけではない。ですから従業員のほうは、殺戮に加担しているという意識は持っていないです。あくまでも第七艦隊、横須賀基地を母港としている船に対し、その修理と補給を提供している、という考えしか持っていない」と話します。強く印象に残るのは、全駐労(全駐留軍労働組合)神奈川地区本部委員長の次の言葉です。
 「基地従業員といえども、戦争に賛成だとか、戦争が好きだとかで働いているわけではない。みんな生活の糧を得る場として、あるいは自分の技術を生かす場として働いている。そこだけはね、ぜひわかってください。これは日米安保条約があって、地位協定があって、労務提供をするという日米間の政策・国策のうえでやっていることですから」
 著者は「その言葉は『国策が基地労働を生み出している』という事実に無関心な社会への、いらだちのようにも感じられた」と述べます。
 続いて著者は、日本のハイテクメーカーの生産現場や、そこで働く労働者をリポートします。ハイテク兵器の基礎を支える半導体生産現場でも、ミサイルや潜水艦を直接作る重工産業の工場現場でも、労働者一人ひとりの仕事は分業化され、労働者にとっては自分の仕事が戦場での殺戮につながっていることを見えにくくさせていることを指摘します。また、仮に自分たちの仕事が戦争につながることを疑問視しているとしても、「雇用」を人質に取られ、そうした声を職場の中で上げられない構図にも言及しています。
 一方で、状況が変われば自分たちの仕事と職場がたちまち戦争に直結する、そういうことが誰の目にも明らかな仕事もあります。本書ではその一例として民間航空を紹介しています。民間航空機は軍にチャーターされ武装兵員や武器弾薬を運べば軍用機とみなされ、交戦状態にあれば当然のこととして敵の攻撃目標になります。憲法9条戦争放棄と戦力不保持を定めているために、日本の航空法には民間航空機の軍事転用を想定した規定がない、との指摘は、「労働と戦争」の関係をよく言い当てている一例ではないかと思います。
 最終章では、民間パイロット訓練用として建設された大飛行場の軍事利用をめぐって地元が揺れた沖縄県宮古島市下地島が紹介されます。

 本書を通読してみて、米軍基地労働者の苦悩があり、あるいは「一人ひとりの仕事の細分化」によって、自分の仕事と戦争とのつながりが見えにくくなっている実態があっても、憲法9条があるために残っている歯止めもあるということをあらためて想起せずにはいられません。それは、否応なく自分たちの仕事が戦争を支えるためのものに完全に変容してしまい、自分たちの職場が戦場の一部へと変容してしまうことへの歯止めです。仮に9条が改変されて日本が戦争をする国になった場合、今までと同じ仕事をしていても、仕事そのものの内容に変りはなくても、その意味合いはまったく変ってしまうのでしょう。「労働」をめぐって憲法が定めている国民の諸権利も、意味合いは大きく変わると思います。
 本書に登場する民間航空の労働組合の航空労組連絡会の皆さんとは、新聞労連時代にお付き合いをさせていただきました。ほかの産業の労働組合の方々とも交流がありました。それぞれの仕事に、憲法や平和とのかかわりがあることを知りました。例えば自治体職員の方々の労働組合運動の中には、戦争で地域住民に兵役の召集令状を配布して歩いたのは自分たちの先輩だったという思いがあることを知りました。以前に紹介した全日本海員組合の運動の根底には、戦争で軍に徴用されたおびただしい数の民間船舶が戦火に巻き込まれ、幾多の船員が犠牲になった歴史があります。
 現在の政治情勢では、改憲が具体的な政治日程に上る可能性は少ないと思いますが、再びそのような情勢、改憲が政治日程に上るような情勢を迎える前に、改憲、中でも9条改変が何をもたらすのか、社会的な議論が深まっていてほしいし、そうなるべきだと考えています。