- 作者: 金平茂紀
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/07/22
- メディア: 新書
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とりわけイラク戦争で、従軍取材などを通じて米マスメディアが米軍当局に取り込まれていった経緯の検証からは、現代の戦争には世論の支持が不可欠で、それはしばしば「愛国」という言葉に結びつくこと、そうした世論形成には今もなおマスメディアは大きな影響力を持っていることを実感します。一つ前のエントリー(「二度と『検閲容認』の轍を踏んではならない〜自衛隊イラク派遣の終結に思うこと」)で触れた自衛隊のイラク派遣に際しての日本のマスメディアと防衛庁(当時)の関係を考える上でも大変参考になり、なおかつ大きな刺激を受けました。イラクに先制攻撃をかけた米軍と、曲がりなりにも直接の戦闘行為には加わらなかった自衛隊との差はありますが、「従軍取材」によってマスメディアは「自由な取材者の立ち位置」を守りきれるのか、疑問を抱かざるを得ない点では共通していると感じています。
もう一点だけ、これは本当に著者を尊敬することなのですが、本書には「メディアを変えていくのはメディアに関わっている人間しかありえないし、責任でもある」との考えが貫かれています。「マスメディア論の不毛と現代社会」と題した序文の中で、著者は「最も必要なのは、実際にメディアに関わっている人間たちの意識の変革なのだ」「メディアの内側にとどまりながら、現在のシステムを支配している原理を解体すると同時に再構築していくこと。そのような作業こそが必要なのだ。それは実際にメディアに関わっているからこそ可能な作業でもあるのだ」と強調しています。以下には、本書の結びの部分を引用します。
自らが発した言葉によって「口舌の徒」ではいられなくなるような、言葉に対する強い責任と倫理の強度を維持すること。マスメディアで仕事をするとはそういうことではないのか。「報道の自由」とか「情報源の秘匿」という権利は、マスメディアで仕事をする人間たちに、生得的に与えられる「自然権」ではなく、不断の取材活動のなかで闘いとられるべき「獲得権」だと、私は今でも思っている。だから、マスメディアで働く人間たちは、この「報道の自由」を十二分に活用して公共性に資することが求められていると思うのだ。「公共圏」の再活性化は可能だ。その公共圏のひとつであるテレビニュースは決して終わらない。
自分が仕事としているマスメディアへの不信の深刻さを理解し、人知れずもがいている、そんな人に是非読んでほしい一冊です。