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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「自己検証」が問われているのはテレビだけではない~「沈黙」を重ねることへの危惧 追記:TBSが特別委の調査結果公表

 旧ジャニーズ事務所のジャニー喜多川元社長による性加害と「マスメディアの沈黙」に対して、テレビ朝日が11月12日に1時間の自己検証の番組を放送しました。9月11日にNHKが「クローズアップ現代」で、自局を含めてテレビが報じてこなかった経緯を検証して以降、10月に日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ東京がそれぞれに自己検証の結果を放送しました。テレビ朝日の番組放送で、在京キー局の自己検証はひと段落したことになります。その概要を手元でまとめ、先日、非常勤講師を務める大学の授業で履修生に説明しました。
 テレビ各局は曲がりなりにも自ら経緯を検証したのですが、「沈黙」はテレビだけの問題ではなく、問われているのは「マスメディア」です。新聞については、検証の動きは鈍いと感じます。

■検証の主体と第三者の視点 

 テレビ各局の検証に対して、思うところを書きとめておきます。
 「おや」と思うのはNHKとTBSです。それぞれ「クローズアップ現代」「報道特集」の番組による検証の形式になっています。これに対して、日本テレビ、フジテレビ、テレビ東京、テレビ朝日は、局による検証の形式で、日本テレビ、フジテレビでは報道局長や編成部門の局長も出演し、テレビ朝日は社長も出演しました。
 単に経緯を振り返るだけでなく、将来にわたって同様の事態を繰り返さないとの「再発防止」の観点も踏まえるなら、検証の主体を局とし、経営と放送内容に責任を持つ幹部が職責として検証に関与するかどうかは重要です。NHKやTBSの検証番組では、「クローズアップ現代」「報道特集」それぞれの出演者が、時に「わたしたち」と複数の一人称を用いて、今後、人権への感覚をいっそう研ぎ澄ますとの趣旨のことを強調しました。そのこと自体はいいのですが、テレビ局としての責任の所在があいまいではないか、と感じます。
 検証の形式でもう一つ、感じるのは、客観的な第三者の視点の有無です。徹底した検証を行うのであれば、本来は外部識者に委嘱した第三者の調査・検証委員会などを設けるべきでしょう。拙速でもまずは検証して結果の公表を急ぐにしても、その結果を第三者に評価してもらい、合わせて公表することは最低限、必要です。そうでなければ、独善に陥る可能性があります。
 日本テレビの検証番組には田中冬子・東大大学院教授、フジテレビの番組には音好弘・上智大教授がそれぞれフル出演しており、一応は「第三者の視点」が確保されていました。他局の番組では、識者のコメントを録画で紹介したりした例もありましたが、「第三者の視点」としては十分ではないように感じました。

 検証の焦点としては、各局ともおおむね、以下の3点が共通しています。
(1)1999年から2000年にかけて週刊文春が展開した旧ジャニーズ事務所をめぐるキャンペーン報道と、旧ジャニーズ事務所側が週刊文春側を提訴した訴訟で、元社長の性加害の報道の真実性を認めた東京高裁判決が2004年に最高裁で確定したことへの当時の対応
(2)ふだんの旧ジャニーズ事務所とのかかわり
(3)ことし3月に、英BBCが性加害の被害者の証言を含むドキュメンタリーを放映したことへの反応
 検証の結果もおおむね共通しています。(1)については、テレビ各局では報道されていませんでした。週刊文春の報道に対しては芸能界のスキャンダルととらえていたこと、男性への性加害が人権侵害であるとの認識が薄かった(あるいはなかった)こと、裁判自体の予定を知らなかったことなどの、局内の証言が紹介されました。
 (2)については、タレントの起用などをめぐってジャニーズ事務所から圧力があったとの証言もありました。忖度は、各局とも決して少なくなかったようです。
 (3)についても、元社長が故人のため裏付け、確認が困難で、すぐに対応できなかった、などの証言が紹介されました。

■労働組合にとっても課題
 印象に残るのは、日本テレビの検証番組で田中東子・東大大学院教授が、「職場ではジャニーズ事務所との関係について『おかしい』と感じた社員もいたのではないか」との趣旨の指摘をしたことです。おかしいと感じながら声を上げられない、そういう雰囲気がなかったか、引き続き検証が必要ではないか、との内容です。テレビ局員であろうが、番組制作のプロダクションの人間であろうが、マスメディア企業の中の働き方に直結する問題であり、労働組合の課題そのものです。労働組合の独自の取り組みを期待しています。

 このテレビ各局の検証の取り組みについて、朝日新聞が11月22日付朝刊の社会総合面(第3社会面)の「メディアタイムズ」に長文のリポートを掲載しています。見出しは以下の4本です。
「ジャニーズ問題とテレビ 検証番組/性加害報道せず 問題意識の低さが原因/制作への圧力は 局内に事務所への忖度/検証不足 指摘の声も」
※朝日新聞デジタルでは有料コンテンツになっています
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15798618.html

 テレビ各局の検証の報道ということでは、まとまった記事だとは思うのですが、前述のように、元社長の性加害を巡る「沈黙」は、テレビだけの問題ではありません。新聞メディアにも当事者性はあるのに、この記事は新聞については触れていません。一読して「どうしたことか」と思いました。
 わたしが目にした範囲でのことですが、今春以降、朝日新聞は元社長の性加害を巡り、関連記事の中で当時を知る自社の関係者の述懐を紹介したり、編集幹部のコメントを掲載したりはしています。しかし、朝日新聞社としての組織だった検証や、第三者への検証の委嘱などの動きは見当たりません。テレビ各局が行った程度の検証もないのが現状です。
 朝日新聞はことし9月9日付の社説では以下のように指摘しています。

 未成年への未曽有の人権侵害が間近で起きていたのに、結果的に見過ごしてきたメディアの動きはいまだ鈍い。
 自社が取引先の人権侵害にどう加担したのか検証し、是正を強く求め、履行状況を確認することは、今やあらゆる企業に課せられた社会的責務だ。これまでの経緯の検証をしないままジャニーズに関わり続けることは、朝日新聞を含め、もはや許されない。

 ※社説「ジャニーズ 出直しと言えるのか」
  https://digital.asahi.com/articles/DA3S15737236.html

■テレビだけの問題か

 朝日新聞に限りません。少なくとも東京発行の新聞各紙や通信社の中で、検証の責任をだれが負っているか、その所在を明らかにして組織だったヒアリングなどを行い、第三者の知見も反映させて見解や再発防止の考え方をまとめて紙面や記事で公表した例は見当たりません。わずかに、東京新聞が10月3日付の朝刊に、編集局次長の署名で「ジャニーズ性加害 本紙はどう報じたか」との記事を掲載した程度です。
 ※10月4日更新の本ブログ記事で、この東京新聞の記事を、「『自己検証』の試みと呼んでいいように思います」として紹介しました。テレビ各局の検証番組と比較しても、これを「『自己検証』の試み」と評価するのは無理があると、今は考えています。
news-worker.hatenablog.com

 読売新聞は、8月31日付の社説で、ジャニーズ事務所が設置した第三者委員会が報告書の中で、性加害の継続の背景事情として「マスメディアの沈黙」を指摘したことについて「テレビ局などが出演者を確保できなくなると恐れ、問題を報じなかったことも性加害が続く一因となったと指摘した」と紹介。自紙を含めて新聞の当事者性には言及がなく、読みようによっては、同紙は「テレビの問題であって、新聞は関係ない」ととらえているようにも思えます。
 東京発行の新聞各紙や通信社は、日常的に芸能分野の取材でジャニーズ事務所と接点がありました。新聞社にもよるのかもしれませんが、自社の関連イベントにジャニーズ事務所の所属タレントを起用したこともあったはずです。確かに、テレビ局との比較ではジャニーズ事務所とのかかわりはさほど深くはなかったと言えるかもしれません。しかし、それならなおさら、新聞は利害や忖度を振り切り、元社長の性加害に切り込むべきでしたし、そうした取材と報道は可能だったはずです。なぜ、そうならなかったのかを検証して、組織の中に教訓を残さなければ、同じことが繰り返されることになりかねません。そのことを危惧します。

■「検証できないメディア」の先を危惧
 マスメディアの自己検証は、マスメディア自身の信頼回復と、再発防止のために必要だと考えています。再発防止には二つの意味があります。マスメディアの中で、同じような愚を繰り返すことがないようにすることと、もう一つは「報じるマスメディア」「沈黙しないマスメディア」の存在が、人権侵害をやめさせる、あるいは未然に防ぐことにつながる、との期待です。
 新聞通信各社には、第三者に外部識者に委員を委嘱した常設の第三者委員会があるところが少なくありません。編集、報道活動に提言や意見を述べたり、報道に対する外部からの人権侵害の訴えを審査したりしています。2000年代初頭に相次いで設置されました。背景には、メディア規制、表現規制の立法の動きがありました。個人情報保護法も当初の法案にはマスメディアの取材に対する明確な規制が盛り込まれていました。第三者委員会の設置は「マスメディアは人権を侵害している」との批判に対応した自浄努力の一つでした。ジャニーズ事務所元社長の性加害に対する「沈黙」の検証は、まさにこの第三者委員会の出番だと思います。
 編集責任者の編集権の下で、組織的に徹底した検証を行い、その結果を第三者委員会に提出し、委員の意見や評価とともに、紙面で報じる-。今からでも可能な自己検証のはずです。性加害への沈黙をそのままにしていては、その先に「人権感覚が鈍いうえに、検証もしないメディア」への批判を招き、再び表現規制の動きを呼び込むことにならないか、そんな危惧もあります。ここで自己検証ができなければ、「沈黙」を重ねることになります。

 仮に、組織ジャーナリズムの中で「自己検証」という機能が作動しないのなら、そこで働く人たちが自らの働き方の問題として、声を上げていいテーマでもあると思います。テレビと同じく、労働組合にも役割があると感じます。 

※参考

 テレビ各局の自己検証番組の内容は、以下のサイトや各局のユーチューブ公式チャンネルで見ることができます。

【NHK】(クローズアップ現代)

 以下のサイトで、テキストで番組の内容を詳しく紹介
 https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4821/

【日本テレビ】


 ユーチューブ公式チャンネル
 https://www.youtube.com/watch?v=HEtkrqGjeqY
 概要版 https://www.youtube.com/watch?v=XaVcQi8anuQ

【TBS】(報道特集)

 ユーチューブ公式チャンネル
 https://www.youtube.com/watch?v=RjRQJ36Bpco

【フジテレビ】

 ユーチューブ公式チャンネル
 https://www.youtube.com/watch?v=SFjWunXXl5I

【テレビ東京】

 HD公式サイト
 https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/tvfree/vod/post_284493

【テレビ朝日】

 公式サイト
 https://www.tv-asahi.co.jp/kensyou/

※追記(2023年11月26日18時15分)

 TBSホールディングスが11月26日、社内に設置した特別調査委員会がまとめた報告書を公表しました。その内容は、同日早朝の「TBSレビュー」でも放送されています。
 TBSは10月7日の「報道特集」で自己検証の結果を放送していました。一つの番組による検証でしたが、今回の特別調査委員会は企業としての取り組みになります。本文約40ページの報告書を一読しました。
 ※報告書はTBSホールディングスの公式サイトからPDFファイルでダウンロードできます。 https://www.tbsholdings.co.jp/about/governance/pdf/investigation_report_20231126.pdf

 この検証の最大の特徴は、委員会の委員に元検事の弁護士2人を加えていることです。外部委員の存在によって、調査に厳密さ、厳格さが確保されたであろうことが想像できます。
 報告書には1999年からの週刊文春によるジャニーズ事務所元社長を巡るキャンペーン報道以後の社内事情について、特別委員会の調査による事実関係とその評価が相当詳しく述べられています。
 特に報道局については、TBS報道局の内情の検証にとどまらず、新聞を含めて日本の報道界全体にも共通する問題意識が少なからず盛り込まれています。
 例えば、週刊文春の報道を受けて、TBSも自ら元社長の性加害を取材し報道すべきだったとしています。それができなかったのは、TBSがそうした「調査報道」に人手を割いておらず、大半の記者が記者クラブで捜査機関や官庁の動向を追いかけざるを得なかった実情があったとしています。その上で、それでは捜査機関の価値観や立証に依拠する報道しかできないこと、そうした当時の日本のジャーナリズムのあり方も遠因ではないかとみていることも記載しています。
 また、報告書には調査結果を踏まえた9項目の提言を記載しており、その5番目では調査報道力の強化のための方策を記載しています。ここでも、記者クラブに所属する記者は「捜査が行われた案件」「捜査が行われる見込みがある案件」をいかに早く伝えるかが重要で、民事訴訟だけだったジャニーズ事務所元社長の案件は取材対象として取り上げにくかったことを指摘。調査報道の強化を強調しています。
 提言の8番目の「『公正・公平・正確な情報発信』の意識向上のための教育」では、国家権力や強大な団体と対峙してきたフリーランスの記者、週刊誌の記者、海外の番組制作者らから幅広く研修の講師を招くことを検討課題に挙げています。
 こうした「脱記者クラブ」の取材報道の重要性は従来から指摘があったことですが、ジャニーズ事務所元社長の性加害に対する「マスメディアの沈黙」という重大な問題に絡んで、テレビ局の第三者を交えた検証を経て明確に打ち出されてきたことには、テレビだけでなく、新聞も含めた日本の組織ジャーナリズムにとって、少なからず意義があると感じます。

※追記2(2023年11月26日19時45分)

 「放送各局の検証番組」の表も、TBSの調査報告書の公表を盛り込んで差し替えました。