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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

テレビも新聞も「不作為の当事者」 経緯の自己検証と公表が必要~ジャニーズ元社長の性加害と「マスメディアの沈黙」

 ジャニーズ事務所の創業者のジャニー喜多川元社長による性加害に対し、同社は9月7日に開いた記者会見で、事実として認め、謝罪しました。元社長のめいの藤島ジュリー景子社長は社長を退き、後任には所属タレントの東山紀之氏が就任。被害者への補償などを進めることを表明しました。
 この問題では、ジャニーズ事務所が設置していた外部の専門家らによる「再発防止特別チーム」が8月29日に調査結果を公表していました。ジャニー元社長による性加害は1950年代以降、2010年代半ばまで繰り返されたと認定。加害が長期化し、深刻化した要因として、同族経営がもたらした放置、隠蔽や不作為などを挙げました。
 注目すべきは、特別チームが背景事情の一つとして「マスメディアの沈黙」を指摘したことです。一部を引用します。

 2000 年初頭には、ジャニーズ事務所が文藝春秋に対して名誉毀損による損害賠償請求を提起し、最終的に敗訴して性加害の事実が認定されているにもかかわらず、このような訴訟結果すらまともに報道されていないようであり、報道機関としてのマスメディアとしては極めて不自然な対応をしてきたと考えられる。
(中略)
 ジャニーズ事務所は、ジャニー氏の性加害についてマスメディアからの批判を受けることがないことから、当該性加害の実態を調査することをはじめとして自浄能力を発揮することもなく、その隠蔽体質を強化していったと断ぜざるを得ない。その結果、ジャニー氏による性加害も継続されることになり、その被害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなったと考えられる。

 ここでいうマスメディアは、放送はもちろんのこと、新聞も当然含まれるとわたしは受け止めています。マスメディアの不作為が被害を拡大させていったという意味で、放送局も新聞社・通信社も、この問題の当事者です。ジャニー元社長の性加害は、英国BBCが今年3月に被害者を取材したドキュメンタリーを放映し、4月12日に元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさんが会見して被害を公表して以後、ようやく日本のマスメディアも報道で取り上げるようになりました。その当初から、この「不作為によるマスメディアの当事者性」を当のマスメディアが自覚できているかどうかが問われている、と考えています。
※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com 9月7日のジャニーズ事務所の記者会見の様子は、東京発行の新聞各紙も大きく報道しています。新社長の東山氏が自身の加害性を明確に否定できなかったことや、「ジャニーズ事務所」の社名を継続して使用する方針などに対しては、かなり厳しい批判も目につきます。それはそれで、マスメディアのジャーナリズムの役割の一つです。
 しかし、「不作為の当事者」であることをそのままにしていて、その役割を担おうとするのは無理があります。週刊文春が性加害を追及し司法判断で事実が認定された段階で他のマスメディアが報道に乗り出していれば、その後の被害は食い止めることができた可能性があります。なぜそれができなかったのか。自らの当事者性を自覚しているなら、当時の経緯を自己検証して社会に公表することが必要です。同じ過ちを繰り返さないためにも、必要不可欠なことです。

 そうしたことを考えながら、8月29日の特別チームの調査結果公表以降の新聞各紙の報道を見てきました。ここでは、東京発行の6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)について書きとめておきます。
 目を引くのは9月9日付の朝日新聞の社説です。「自社が取引先の人権侵害にどう加担したのか検証し、是正を強く求め、履行状況を確認することは、今やあらゆる企業に課せられた社会的責務だ。これまでの経緯の検証をしないままジャニーズに関わり続けることは、朝日新聞を含め、もはや許されない」と主張しています。他紙も、この性加害の問題では社説、論説を掲載していますが、自己検証の必要性に踏み込んだのは10日の時点で朝日新聞だけです。同紙は8日付の紙面では社会面に「人権尊重 今後も徹底します 本社」の見出しで、広報担当の執行役員のコメントも掲載しました。こうした新聞社としてのコメントも他紙の紙面には見当たりません。
 逆に、当事者性の自覚が希薄だと感じるのは読売新聞です。8月31日付の社説では、わずかに「報告書は、テレビ局などが出演者を確保できなくなると恐れ、問題を報じなかったことも性加害が続く一因となったと指摘した」と極めて短く紹介しているだけです。少なからず驚いたのは、報告書が「マスメディアの沈黙」を背景事情の一つに挙げていることに、事実関係を伝える本記やサイド記事では触れていないことです。社説のこの極めて短い一文だけです。「不作為の当事者性」が問われるのはテレビであって、新聞は含まれない、との見解からなのでしょうか。
 そのほかの各紙は、表現はそれぞれながら、社説で当事者性に触れています。今後、沈黙していた経緯を自社で検証し、公表する新聞社が出てくることを期待したいと思います。

 以下に、東京発行の6紙の社説から、マスメディアの当事者性に触れた部分を書きとめておきます。また、その要点を一覧表にしておきます。

■各紙の社説
【朝日新聞】
▽9月9日付「ジャニーズ 出直しと言えるのか」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15737236.html

 未成年への未曽有の人権侵害が間近で起きていたのに、結果的に見過ごしてきたメディアの動きはいまだ鈍い。
 自社が取引先の人権侵害にどう加担したのか検証し、是正を強く求め、履行状況を確認することは、今やあらゆる企業に課せられた社会的責務だ。これまでの経緯の検証をしないままジャニーズに関わり続けることは、朝日新聞を含め、もはや許されない。
 メディアの経営者は適格性が問われているのを自覚し、今なにをすべきかよく考えるべきだ。現場レベルでも内向きの論理が横行していないか自省し、責任を果たすべきなのはいうまでもない。

▽8月31日付「ジャニーズ 加害認め迅速に救済を」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15729610.html

 調査報告書は、メディアの問題にも言及した。ジャニーズ事務所が隠蔽体質を強めて被害が拡大し続けたのは、メディアが沈黙し、適切な批判をしなかったからだとの厳しい指摘だ。
 朝日新聞を含むメディアは、報道や取引関係を通じて働きかけることができたのに、それをせず、社会の無関心を招いた。性暴力が深刻な人権侵害との認識を持てなかった過ちを、深く省みなければならない。

【毎日新聞】
▽9月8日付「ジャニーズ性加害会見 全被害者の救済が不可欠」
 https://mainichi.jp/articles/20230908/ddm/005/070/045000c

 ※メディアの当事者性への言及は見当たらず

▽8月31日付「ジャニーズ性加害認定 人権侵害の謝罪と救済を」
 https://mainichi.jp/articles/20230831/ddm/005/070/110000c

 この問題を巡っては、80年代以降、告発本が出版され、99年から翌年にかけて週刊文春が14週にわたって取り上げた。
 今年3月に英BBCがドキュメンタリー番組で告発すると、元タレントらから被害を訴える声が次々と上がった。
 被害の拡大を防げなかった背景として報告書は「マスメディアの沈黙」を指摘した。重く受け止めなければならない。芸能スキャンダルと軽視して人権問題と捉える視点を欠いた面は否めない。
 来日調査した国連人権理事会の作業部会は「性的な暴力やハラスメントを不問にする文化」を問題視した。今回の事態を、エンターテインメント業界全体が変わる契機にすべきだ。

【読売新聞】
▽8月31日付「ジャニーズ問題 『芸能界だから』は通用しない」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230830-OYT1T50291/

 喜多川氏の性加害疑惑は1960年代以降、週刊誌などで報じられたが、大きな社会問題にならなかった。当時は、芸能界のスキャンダルであり、少年の性被害という取り扱いの難しい問題だったことも影響したのだろう。
 報告書は、テレビ局などが出演者を確保できなくなると恐れ、問題を報じなかったことも性加害が続く一因となったと指摘した。
 米国では、著名映画プロデューサーによる女優への性的暴行を巡って告発が広がった。日本の映画界でも、監督に性被害を受けたとの訴えが相次いだ。
 芸能界には、性加害やセクハラを許さないという認識がまだ十分に浸透していないのではないか。社会では法令順守の意識が高まり、性的な発言も含めて厳しく対処するのが当然視されている。

【日経新聞】
▽8月31日付「性被害へ真摯な謝罪と救済を」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK304720Q3A830C2000000/

 報告書はテレビ局をはじめマスメディアが問題を正面から取り上げなかった結果、性加害が継続し、さらに多くの被害者を出したとも分析した。われわれメディアも改めて自省し、今後の再発防止の一翼を担わなければならない。
エンターテインメント業界では有名プロデューサーらとタレント志望者との間に絶対的な力関係があることが、性加害が生じる背景として指摘される。今回の事態をジャニーズ事務所だけの問題にとどめず、広く芸能界全体の健全化につなげることが欠かせない。

【産経新聞】
▽9月8日付「ジャニーズ会見 改革は社会の要請である」
 https://www.sankei.com/article/20230908-KL2XM7I5JZNVBGEJ6QEHVZDL5M/

 特別チームが求めた「解体的出直し」には程遠い、と言わざるを得まい。ただ、調査報告から日数が浅く、東山氏が言う通り「まずは始めること」が大切だろう。同氏はメディアとの関係にも触れ、改革の進捗(しんちょく)について対話を重ね、相互理解を進めたいとした。被害者救済を担うジュリー氏は今後も継続して状況を説明する必要がある。

▽8月31日付「ジャニーズの責任 性被害の回復が最優先だ」
 https://www.sankei.com/article/20230831-GTDW52GP55O53OP4ZNPZKNZOGI/

 報告書はまた、メディアの責任について「多くのマスメディアが正面から取り上げてこなかったことで、事務所は自浄能力を発揮することもなく、隠蔽体質を強化していったと断ぜざるを得ない。その結果、性加害も継続されることになり、さらに多くの被害者を出すことになった」と記した。
この厳しい指摘には、抗すべき言葉もない。産経新聞をはじめとする新聞、テレビがこの問題の報道に及び腰であったことは事実である。
その反省の上に立ち、ジャニーズ事務所が今後、性被害の救済問題にどう対処し、芸能界や社会がどう変化してゆくか、目をこらして報道を続け、言論機関としての責務を全うしなくてはならない。

【東京新聞・中日新聞】
▽9月8日付「ジャニーズ謝罪 経営陣刷新が不十分だ」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/275693

 喜多川氏の性加害は、国連人権理事会の専門家が調査に乗り出すなど国際的な非難も浴びている。スポンサー企業やテレビ局は、厳しい姿勢で臨む必要がある。
 事務所は元日の新聞広告で「日本の音楽シーンの変遷の中で積み重ねた歩み。それは心が躍る瞬間を生み出し、“夢と希望”を届けることにありました」と宣伝したが、経営体制を抜本的に改めない限り「夢と希望」は語れまい。

▽9月5日付「ジャニーズ調査 性被害者の救済を急げ
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/274888

 喜多川氏の問題は1980年代以降、暴露本などで公にされ、性加害を認める民事訴訟判決も確定している。事務所の不作為が、被害を拡大させた要因である。
 旧態依然の同族経営で、歯止めとなる人材や社内規定が皆無だった。経営を担った喜多川氏の姉の故メリー氏は性加害を知りながら放置、隠蔽(いんぺい)したとされる。姪(めい)の藤島ジュリー景子社長も20年以上、役員を務め、責任は重い。
 事務所が存続するなら解体的出直しが必要だ。喜多川氏の名前を冠した社名も適切ではあるまい。
 調査報告は、性加害が続いた背景に「マスメディアの沈黙」があったとも指摘した。重く受け止めなければならない。

 記録として、ジャニーズ事務所が記者会見した翌日の9月8日付朝刊と、特別チームが調査結果を公表した翌日の8月30日付朝刊の、各紙の主な記事の扱いと見出しも書きとめておきます。

【9月8日付朝刊】
▽朝日新聞
・1面トップ「ジャニーズ、性加害認め謝罪/社長引責 後任に東山氏/広告起用見送りも」/視点「人権意識 社会全体で」
・11面(国際)「『責任者 虐待認めた』/ジャニーズ会見 英BBC報道」
・社会面 ※全面 関連記事
トップ「拭えぬジャニー氏の影/『看板掲げ続ける、異常』『全てを話していない』/元Jr.事実認定・謝罪は評価『救済期待』」
「東山新社長『決別』何度も強調/社名変更に含みも」
「スポンサー離れ TV局見極め」
「人権尊重 今後も徹底します 本社」福島範彰・朝日新聞社執行役員広報担当のコメント
・第2社会面
「性被害 早くケアを/チェック続ける必要/社会の目開かせた」
ジャニーズ事務所会見 主なやり取り

▽毎日新聞
・1面準トップ「事務所 性加害認め補償へ/ジャニーズ謝罪 社長に東山氏/ジュリー氏引責 代表権は保持」
・第3社会面
「性加害 解体的出直し遠く/ジュリー氏の代表権保持『補償進むまで』/東山新社長起用 コミュニケーション重視」
「被害者『補償姿勢は評価』『改革できるのか』」

▽読売新聞
・1面準トップ「性加害ジャニーズ認める/社長謝罪、辞任 後任・東山さん 被害救済へ」
・社会面
トップ「『罪大きい』東山さん非難/『当事者の会』評価と失望/『うわさとして聞いていた』」
「被害の男性『対話これから』」
「長期の支援 必要」「広告契約の解除 東京海上が検討」

▽日経新聞
・2面「ジャニーズ、性加害で謝罪/問われる自浄能力/藤島氏、代表権なお 株100%保有維持/新社長に東山紀之氏」/「広告契約の解除 東京海上が検討/JALは起用見送り」
・11面(国際面)「ジャニーズ会見 海外も詳報/・日本メディア報道せず ・同族経営がが虐待助長」
・第2社会面
「『時間区切らず救済』『噂では聞いていた』/被害者ら『声取り入れ補償を』」
「再発防止策を注視/NHKと民放がコメント」

▽産経新聞
・1面準トップ「ジャニーズ社長引責辞任/後任に東山氏 性加害認め救済」
・3面
水平垂直「『喜多川氏と決別』前面/古い芸能界 問われる変化」「被害者救済 刑事責任の壁」
論点「異常な支配 社会が気づく」心理カウンセラー山口修喜氏
・22面(第3社会面)会見要旨
・24面(第2社会面)
「人類史上最も愚かな事件/東山新社長 救済を約束」
「企業、広告起用を見送り」
「噂は知っていた/法を超えて補償」一問一答

▽東京新聞
・1面トップ「ジャニーズ 性加害認め謝罪/社長辞任、後任に東山氏/事務所名、当面は継続」
「人権侵害 問われる課題/救済、補償 会見の中身がうそでないことを願う/『当事者の会』が記者会見」
・2面・核心「同族経営 脱却に疑問符/東山新社長は『長男格』 ジュリー氏が全株保有」
・6面・会見要旨
・社会面
トップ「『絶対者』誰も幸せにせず/東山新社長 故ジャニー氏性加害を指弾/自身の適性『皆さんが判断を』 救済、改革どこまで」
「国も問題直視を 『当事者の会』提言」

 

  ※8月30日付朝刊で1面に掲載したのは朝日、毎日、読売、産経の4紙でした

【8月30日付朝刊】
▽朝日新聞
・1面トップ「ジャニー氏 性加害『広範に』/調査チーム認定『50年代から』/藤島社党の辞任求める/救済制度『すみやかに構築を』」
・2面・時時刻刻「『絶対権力者』放置の末/『少なくとも数百人』複数証言/2010年代まで加害 指摘」「姉メリー氏は『隠蔽』 メディア『沈黙』」「時効成立後も救済求める」
・25面(第3社会面)調査報告書要旨
・社会面トップ
「被害告白『くんでくれた』/元Jr.『やっとスタートライン』/事務所の対応『待つ』」
「質疑応答1時間」
「『正しい方向へ重要な一歩』/英BBC番組制作の記者」

▽毎日新聞
・1面トップ「ジャニーズ性加害 認定/外部専門家 40年超、組織的隠蔽/社長辞任を要求」
・2面・検証「同族経営の弊害 指弾/調査 被害証言重ね」「メディア沈黙も批判」/「期待以上の結果 当事者の会評価」

▽読売新聞
・1面「ジャニーズ性加害認定/外部専門家チーム 社長辞任求める」
・社会面トップ「性加害40年 数百人に/事務所隠蔽非難 改革迫る/元タレント『気持ちわかってもらえた』」 識者談話2人

▽日経新聞
・社会面トップ「ジャニー氏の性加害 認定/再発防止特別チーム報告/・藤島社長は辞任すべき ・被害者救済制度 構築を」/「事務所『真摯に受け止め』/記者会見開き説明へ」/「『悲痛な告白 反映された』 元所属タレントらの会」

▽産経新聞
・1面「ジャニーズ社長辞任要求/特別チーム 喜多川氏の性加害認定」
・24面(第3社会面)報告書要旨
・社会面トップ「『性被害は数百人』/ジャニー氏 60年繰り返し/特別チームに複数の証言」「ジャニーズ事務所『真摯に受け止める』」「当事者の会 社長辞任求めず」 識者談話2人

▽東京新聞
・社会面トップ「被害数百人『社長は辞任を』/ジャニー氏の性加害認定/外部チーム 調査結果公表/事務所の隠蔽 マスメディアの沈黙問題視」「当事者の会『悲痛な告白反映』」