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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

ジャニーズ「性加害」へのマスメディアの当事者性~「沈黙は虐待そのものと同じくらい恐ろしい」(BBC)

 2週間も前のことになりますが、マスメディアの報道のありようが問われる事例だと考え、備忘を兼ねて書きとめておきます。
 4月12日午前、ジャニーズJr.として活動していた歌手のカウアン・オカモトさんが東京の日本外国特派員協会で記者会見し、ジャニーズ事務所に所属当時の2012年、ジャニー喜多川前社長(2019年7月死去)から性被害を受けたことを、自らの体験として語りました。翌13日付の東京発行新聞各紙が、この会見をどのように報じたかを見てみました。扱いは大きく分かれました。

【朝日新聞】第3社会面「『ジャニー喜多川氏から性被害』/元ジャニーズJr.の男性会見」見出しと会見写真で5段、全文101行
【毎日新聞】第3社会面「『前社長から性被害』/元ジャニーズ歌手 記者会見」見出し2段、全文45行、写真なし ※共同通信配信記事
【読売新聞】第3社会面「ジャニー氏から『性的行為』公表/当時10代の男性」見出し1段、全文25行、写真なし
【日経新聞】第2社会面「ジャニー氏から性的被害と主張/元ジャニーズ所属歌手」見出し1段、全文22行、写真なし ※共同通信配信記事
【産経新聞】第3社会面「ジャニー氏から『性的被害受けた』/元所属歌手会見」見出し1段、全文27行、写真なし ※コメントは共同通信配信
【東京新聞】第2社会面「『元社長から性的被害』/元ジャニーズ所属歌手が会見」見出し2段、会見写真、全文62行 ※共同通信配信記事

 ちなみに、共同通信は朝刊に掲載する初報用の記事として約70行(1行11字換算)を配信しています。ジャニーズ事務所のコメントも取材して盛り込んでいます。地方紙の例として信濃毎日新聞を見たところ、第2社会面に見出し1段ながら全文54行と長めに掲載し、会見写真も併用していました。

 各紙の扱いの大きさの違いは、ニュースバリュー判断の違いを示していると考えて間違いはありません。各紙の判断は以下のようにとらえることができます。

 ※この問題の報道は、非常勤講師を務めている大学の授業でも取り上げました。写真は授業で使用するために作ったスライドです

 この扱いの差は何を意味するのか。記事の内容を見ていくと、朝日新聞と他紙(共同配信も含めて)には明確な差があることが分かります。カウアン・オカモトさんの会見に先立ち、英国の公共放送BBCが3月に放映したドキュメンタリーと、そのドキュメンタリーで紹介されていた1999年の週刊文春の報道やその後のジャニーズ事務所が起こした裁判のことを、朝日新聞が詳しく記載していることです。共同通信の記事も末尾近くで触れてはいますが、朝日ほど詳しくはありません。
 週刊文春は1999年10月から14週にわたりジャニーズ事務所をめぐるキャンペーン報道を展開。ジャニー喜多川前社長が所属タレントの少年たちに「セクハラ」を加えていたとする内容も含んでいました。前社長とジャニーズ事務所が名誉毀損を主張して提訴した裁判では、「セクハラ」の記事の重要部分は真実とする東京高裁判決が確定しています(記事のほかの部分で名誉毀損を認め、賠償を命令)。
 当時の週刊文春報道と裁判の概略については、文春オンラインに関連記事があります。

※文春オンライン「BBC「『ジャニー喜多川氏性加害』告発番組 全世界放送へ 発覚の原点『週刊文春』1999年ジュニアへのセクハラ告発記事を再公開」
 https://bunshun.jp/articles/-/61371

bunshun.jp

 一方、BBCが放映したドキュメンタリーは、当時の週刊文春の報道が元になっているようです。ネット上のダイジェスト版に、以下のようなナレーションがあるのを目にしました。

 「ジャニー喜多川氏による虐待は日本では決して秘密ではありませんでした。それを取り巻く沈黙は虐待そのものとほとんど同じくらい恐ろしいと言えるかもしれません」

https://www.youtube.com/watch?v=J9TTmpnXR1s

www.youtube.com

 少年たちへの性的虐待を取り巻く沈黙には、他メディアの報道姿勢も含まれていると思います。性加害を認定した判決のことは報じても、週刊文春に続いて独自に疑惑を追及するメディアはありませんでした。2019年7月のジャニー喜多川前社長の訃報を見ても、一般紙では性加害問題への言及はあっても極めてわずかで、ビジネス上の成功への賛辞と比較すれば、ないも同然の観があります。
 カウアン・オカモトさんが語った性被害は2012年のこと。週刊文春とジャニーズ事務所の裁判が2004年に確定した後の出来事です。例えばこの裁判の結果を契機に、実態究明の報道が続いていれば、海外の報道機関から「それを取り巻く沈黙は虐待そのものとほとんど同じくらい恐ろしいと言えるかもしれない」などと指摘されることもなかったかもしれません。そこに、この性加害問題への日本のマスメディアの当事者性があると、わたしは考えています。
 スペースに限りのある新聞紙面に100行超もの長文記事を掲載し、週刊文春の報道にまでさかのぼって言及した朝日新聞の、他紙とは一線を画した報道は、この自らの当事者性を自覚していたからこそではないかと感じます。
 朝日新聞は会見から3日後の15日付の社説で、この問題を取り上げました。一部を引用します。

※「ジャニーズ 『性被害』検証が必要だ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15611501.html

 ジャニーズ事務所は長年にわたって多くの人気男性アイドルを世に送り出し、テレビや映画、音楽など芸能界で広く絶大な権威をふるってきた。

 その地位と力関係を利用し、アイドルとして成功したい少年たちの弱みにつけこんだ卑劣な行いが密室で繰り返されていたのが事実とすれば、重大な人権侵害である。芸能界で性被害の告発が相次ぐなか、未成年が被害を受けていたなら問題はさらに深刻だ。
 ところが、ジャニーズ事務所の対応はきわめて鈍い。
 男性の会見を受け、コンプライアンス順守やガバナンス体制の強化を進めるとのコメントを出したが、事実関係についての言及はない。一般論に終始しており、とうてい不十分だ。
 人権に配慮しながら幅広く調査を行い、まずは事実関係を明らかにするのが当然のつとめのはずだろう。ほかの経営陣や従業員は知らなかったのか。04年の判決確定後に組織としてどんな対策をとったのか。こうした疑問も尽きない。第三者による徹底した検証を行い、社会に対して説明する必要がある。
 (中略)
喜多川氏による性被害の証言は以前から出ていたが、一部の週刊誌などが中心だった。メディアの取材や報道が十分だったのか。こちらも自戒し、今後の教訓としなければならない。

 相手の性別を問わず、性加害は今や刑法犯に問われる可能性すらあります。その“被害者”が名乗り出て被害を語ったことは、BBCのドキュメンタリー放映に続く同じ流れの上にある、つまり、今まで沈黙を守ってきた日本社会への異議の申し立ての性格を帯びているように思います。そして、マスメディアの中で長年働いてきた一人の受け止めとして言えば、その沈黙に対して、週刊文春以外の日本のマスメディアは当事者であることから免れ得ません。日本の新聞や放送などのマスメディアはこの会見を報じるだけでは不十分で、日本社会の沈黙に対する自らの当事者性を自覚しているかどうかが問われていると感じます。
 朝日新聞は社説の最後にわずか数行ですが、曲がりなりにもその自覚を示しました。それで十分だとは思いませんが、わたしが目にした限りで、他のメディアの報道からはその自覚はうかがえません。これまでの長い“沈黙”をどう考えるのか。何を教訓として、どう変わるのか。ジャニーズ事務所前社長の性加害問題をめぐる日本のマスメディアの課題は、そのまま残っていると感じます。

※BBCのドキュメンタリー「Predator:The Secret Scandal of J-Pop(J-POPの捕食者~秘められたスキャンダル)」については、文春オンラインの水島宏明さんの論考がとても参考になりました。
https://bunshun.jp/articles/-/61969

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