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井ノ原快彦社長に感じる「仲間意識」とマスメディアの自己検証の必要性~ジャニーズ事務所の2回目記者会見で見えたこと

 ジャニーズ事務所が10月2日、元社長の性加害をめぐり2回目の記者会見を開き、①社名を10月17日付で「株式会社SMILE-UP.」に変更する②被害者の補償に専念し終了後に廃業する③タレントのマネジメントを行う新会社を設立する。名称はファンクラブを通じ公募する-などを明らかにしました。被害者救済委員会に325人が補償を求めていることも明らかにされました。
 ジャニーズ事務所の東山紀之・現社長が、タレントのマネジメントを行う新会社の社長を兼任すること一つをとっても疑問を感じます。前回9月7日の会見では、社名を存続させることを口にし、加害者の名前の所有形である「ジャニーズ」について「タレントさんが培ってきたエネルギー、プライド」と説明していました。何が問題なのか、何が問われているのか、本質が理解できていないことが明らかでした。
 新会社の社名を、ファンクラブを通じて公募するというのも、事業継続の正当性をファンの支持に見出そうとしているように思えます。強い違和感があります。英BBCのドキュメンタリーが今年3月に放映されるまで、日本社会ではこの問題は存在しないも同然でした。その大きな要因が「マスメディアの沈黙」であることは間違いありません。ただし、マスメディアだけでもなく、「沈黙」は社会全体の問題としてとらえることが必要であり、その意味ではファンも無関係ではないはずです。名前を変えただけで内情が変わらない事業継続への批判をかわす方策として、ファンの支持に頼ろうというのであれば、広く理解は得られないのではないかと感じます。

 ▽東京新聞が「自己検証」
 この記者会見のもようを、東京発行の新聞各紙は3日付朝刊で大きく扱いました。朝日新聞と東京新聞は1面トップ。毎日新聞、読売新聞は準トップ。産経新聞も1面下部です。日経新聞は2面でした。

 目を引いたのは、東京新聞が2面に載せた、自社の過去の報道を振り返る記事です。編集局次長の署名です。「マスメディアの沈黙」が指摘されていることに対する、同紙としての組織的見解の表明と理解しました。自社の事情に絞って、編集上の責任を明確にしてスタンスを明らかにしたのは、テレビ、新聞・通信を通じて、わたしの知りうる限りでは初めてです。さほど系統だった調査を行ったわけではないようですが、「自己検証」の試みと呼んでいいように思います。英BBCのドキュメンタリー放映から半年余り。ようやく新聞にこうした事例が出ました。他メディアも続いてほしいと思います。

 以下、一部を引用します。

 私たちは記事にすると何らかの不利益があるから書かなかったのではなく、「しょせん芸能界のスキャンダル」というような意識で軽視していました。だからこそ、記憶にも残らない話題だったのです。
 (中略)
 「沈黙」の責任を考えてみます。多くのメディアの認識は「問題だと思ったが、不利益をこうむらないように取り上げなかった」か「たいした問題だとも思わなかった」に大別できるかもしれません。一見すると前者の方が悪質かもしれませんが、報道に携わる者としては問題とすら思わなかったことは深刻です。未成年者の性被害は「芸能界スキャンダル」ではなく人権の問題だからです。
 「当時はそういう時代だった」という言葉が社内でも聞かれます。しかし、人々の意識が変わった今も、私たちはBBCが放送するまで報道しませんでした。その人権意識の低さを反省しなければなりません。反省なきままジャニーズ報道を続けることは、中島氏の言う「責任を不問にして、新しい空気に便乗する」ことです。

 記事の内容は、ネットの同紙のサイトで読むことができます。見出しは新聞とネットでは異なるようです。
※「私たちは反省します 東京新聞はジャニー喜多川氏の性加害問題に向き合えていませんでした」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/281234

 ▽だれに対しての「ルール」なのか

 2日の記者会見について、一般紙にはほとんど報道が見当たらないものの、スポーツ紙やネットメディアがこぞって取り上げている出来事があります。会見に出席していた井ノ原快彦・ジャニーズアイランド社長の振る舞いです。以下にその例として、サンスポと日刊スポーツの記事の一部をそれぞれ引用します。

★〝割り込み〟ルール無視
 会見にはロイターなど海外メディアも含む報道陣300人、テレビカメラ29台、スチールカメラ54台が集結。司会者から1社1問と通達されたにもかかわらず、指名されていないのに割って入り質問する記者や、それを罵声で制する記者が続出し、会場が騒然とする場面があった。
 見かねた井ノ原が「会見は全国に生放送で伝わっている。子供たちに僕は(大人が揉めている姿を)見せたくない。ルールを守る大人たちの姿を見せていきたいので、どうか落ち着いてお願いします」と自制をうながし、大多数の報道陣から拍手がわき起こった。

※サンスポ「会場騒然…混乱2時間8分!ジャニーズ〝解体〟 東山紀之新社長、改めて否定『セクハラしていない』 井ノ原快彦副社長は〝一喝〟」=2023年10月3日
https://www.sanspo.com/article/20231003-ZBLLXRZHTRNJTORKLRFIVJLHRQ/2/

 緊張感が漂う中、井ノ原の穏やかな人柄が随所ににじんだ。会見開始前には「1社1問で」「指名を受けてから質問を」などとルールが示されたが、一方的に声を上げて質問する一部の記者や、それに苦言を呈する報道陣の怒号が飛び交った。井ノ原は「落ち着いていきましょう」「皆さん冷静に」と場の混乱を収めつつ、質問を繰り返す記者に「さっきご質問されたのを聞いちゃったんですけど…」と申し訳なさそうに指摘するシーンもあった。また「この会見は生放送で全国に伝わっているし、子供たちも見ている。被害者の皆さんには、自分たちのことでこんなにもめているんだと見せたくない。ルールを守る大人たちの姿を見せたい。どうか、どうか落ち着いてお願いします」と切実に訴え、会場に拍手を起こしていた。

※日刊スポーツ「井ノ原快彦、紛糾する報道陣を柔らかに制し存在感『ルールを守る大人たちの姿を見せたい』」=2023年10月3日
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202310020001529.html

 記者会見に台本はなく(ある場合もあるかもしれませんが)、相手の説明に疑問を感じたり、答えに合理性や納得感がなかったりすれば、記者は何度でも質問します。記者とはそういう仕事です。井ノ原社長はそのことが分かっていないのか。「子供たちに僕は(大人が揉めている姿を)見せたくない。ルールを守る大人たちの姿を見せていきたいので、どうか落ち着いてお願いします」との文言には非常に違和感があります。呼びかけている相手に仲間意識を持っている、仲間内での話し合いでなければ出てこない文言ではないでしょうか。「1社1問」というジャニーズ事務所側の一方的な都合でしかないことを、仲間内での約束事を表す「ルール」という言葉で強調しているところに、その意識が透けて見えるように感じます。ジャニーズ事務所サイドからは現に「冷静に話し合いしていきましょうね」といった発言もあったようです。記者会見は仲間内の話し合いではない-。違和感を突き詰めてみると、そういうことになります。記者と取材対象者は仲間ではないのです。
 「大多数の報道陣から拍手がわき起こった」「会場に拍手を起こしていた」というのも、拍手した取材者はその場の仲間意識を共有していたということではないのか、とも感じますが、拍手したのがどこのだれかなど、現場での出来事ややり取りの詳細を承知していないので、これ以上の推測や断定は避けます。ただ、今日の時点の取材者の意識と、かつての「マスメディアの沈黙」、そしてマスメディアの真摯な自己検証の有無は密接に関係します。マスメディアが自社で徹底的な検証を進め、所属する記者やカメラマンら取材者がかつての「沈黙」の意味とそこから得られる教訓を共有していれば、記者会見の場でジャニーズ側の登壇者に仲間意識を持つことはないはずです。

 「指名されていないのに割って入り質問する記者」の当事者とみられるArc Times編集長の尾形聡彦さんが、X(エックス=旧ツイッター)にいきさつを投稿しています。「ルールを守る大人たち」などという簡単な話ではないようです。質問者の指名からして恣意的だったと尾形さんは指摘しています。やはりキーワードは「仲間意識」でしょうか。

https://twitter.com/ToshihikoOgata/status/1708775014458372199

 ジャニーズ事務所の会見。最前列の真ん中に座って、ずっと手を挙げ続けた私と望月さんを絶対に当てないことを事前に決めていたとしか思えない会見で、失望し、憤りを覚えました。井ノ原氏は「ルールを守って」と私に言い、隣の芸能レポーターたちは拍手していました。しかし、厳しい質問をするであろう私と望月さんを絶対に当てない、という八百長のような不正なルールを容認するわけにはいきません。
 最初は当然質問が当たるだろうと思って、黙って手を挙げていました。が、ジャニーズ事務所と司会者側の最前列の私たちを当てないという意思が、会見が進むにつれて明白になりました。途中から、会場で声を上げざるを得ませんでした。
(中略)
 その場で、新社長や新副社長に説明責任を求める私たちの質問から、ジャニーズ事務所は徹底して逃げようとしました。東山氏は私の質問に少しだけ答えましたが、マイクを持った質問はさせてもらえませんでした。
 そしてその状況を、社会の公器である、記者やカメラマンたちが、性加害問題を解明しようとは全くせずに、逃げるジャニーズ事務所に同調して私たちに匿名でヤジを浴びせ、ジャニーズ側に同調して拍手までしている。
 今日の会見で性加害問題を数十年隠蔽してきたジャニーズ事務所の体質が全く変わっていないことが露呈しました。そして共犯であるテレビ・新聞が、追及しようとする記者たちに怒号を浴びせる、おぞましい姿を目の当たりにしました。

https://twitter.com/ToshihikoOgata/status/1708775014458372199

 以下は、東京発行の新聞各紙の10月3日付朝刊に掲載された関連記事のまとめです。備忘を兼ねて書きとめておきます。

【10月3日付朝刊】
▽朝日新聞
・1面トップ「ジャニーズ 補償後に廃業/性被害325人が申告/タレントは新会社へ」
・2面:時時刻刻「社命維持 一転し廃業/東山氏『内向きだった』/急速なジャニーズ離れ 誤算」「『ジュリー氏 法超え補償』」「広告起用 企業なお慎重」/識者談話2人
・第2社会面「『ジャニーズ』が消える/残る補償と救済 被害者『行動で示して』」「グループ名も変更 ファン『苦しいが』」/視点「解体的出直し 旧弊絶てるか」/「岡田准一さん退所へ」
・第3社会面・会見要旨

▽毎日新聞
・1面準トップ「ジャニーズ補償325人要求/社名変え対応 新会社でタレント業務」
・3面:クローズアップ「ジャニーズ 批判浴び『改名』/対応後手『再生』険しく」「被害補償に専念」/「『救済に透明性を』識者」
・社会面トップ「ジャニーズの名 消滅/新社名公募へ 消えぬ批判」「当事者代表『全被害者の救済を』」/「各地のファン 沈痛/悲しいがしょうがない/ブランドの『華』無くなる/活躍の場与えて」/「テレビ各局『一定の前進』『進捗注視』」「『今後を見て判断』広告起用企業」/会見要旨/「元V6岡田さん 来月末で退所へ」
・社説「ジャニーズ事務所再編 改名では問題解決しない」

▽読売新聞
 ・1面準トップ「ジャニーズ補償後廃業/タレント、新会社に/性被害325人申告」
 ・社会面トップ「『ジャニー』の名 一掃/方針一転 決別を宣言/事務所会見」「当事者の会代表 前向き受け止め」「ファン 心境複雑」
 ・第2社会面「起用企業 改革を注視」「『一定の前進』『詳細が不明』TV各局」「『名前と決別 絶対に必要』櫻井翔さん」「岡田准一さん 来月末で退所」

▽日経新聞
 ・2面「ジャニーズ、補償後に廃業/新会社に知財移管へ/ガバナンスなお不透明」
 ・社会面トップ「325人申告、全容は見えず/ジャニーズ性被害、来月補償開始へ/救済・再発防止、進むか」/「『不明確な事項多い』放送各局」「岡田准一さん 来月末に退所 元『V6』」

▽産経新聞
 ・1面「新社名『スマイルアップ』/ジャニーズ 被害者補償後に廃業」
 ・3面「名を捨て再出発 後手否めず/テレビ各局慎重『対応重視』」「被害認定 ハードル低く/325人補償要求『最後まで行う』」/論点「社名変更 ゴールではない」同志社女子大 影山貴彦教授
 ・10面(経済)「タレント起用 企業慎重/ジャニーズ所属『精査し判断』」
 ・社会面トップ「『ジャニーの痕跡なくす』/ジュリー氏欠席『レター』代読」/「性被害申し出『これほどか』 一問一答」「岡田准一さん 来月末に退所」
 ・社説(「主張」)「ジャニーズ解体 改革への覚悟が問われる」

▽東京新聞
 ・1面トップ「ジャニーズ補償後廃業へ/社名変更、325人被害訴え/東山社長ら会見」/「『再出発できるのか』『心が伝わらない』被害者から批判の声」
 ・2面「低かった人権意識/向き合ったのは英BBCの放送後/ジャニーズ性加害 本紙はどう報じたか」/「『看板』にこだわり 損ねた信用/企業離反、立て直し険しい道」/「放送各局 取り組み注視/新規契約見直しには温度差」
 ・6面:会見要旨
 ・社会面トップ「相鳥王国 解体の末路/社名存続一転 批判耐えられず/『ジャニーズ』一掃 強調」/「『後手に回った印象』『タレントに罪ない』街の声」/識者談話2人
 ・社説「ジャニーズ会見 被害者本位の再出発に」

【参考過去記事】

news-worker.hatenablog.com

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