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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「不作為の当事者」の自己検証を怠れば、その先に何が来るか~ジャニーズ元社長の性加害とマスメディア

 9月13日の岸田改造内閣について、新聞各社の世論調査結果が報じられています。改造は世論にさほど評価されていない、との結果がおおむね共通しているようです。目を引いたのは、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、共同通信の4件の調査で、ジャニーズ事務所元社長の性加害に関連した質問を用意したことです。ジャニーズ事務所は9月7日の記者会見で、性加害を事実と認めて謝罪し、社長が交代、被害者へ補償を行うと表明しました。こうした対応で同社が信頼を回復できるか、あるいはこうした対応を評価するかを尋ねています。回答は、信頼回復できない、ないしは評価しないとの否定的な回答が72~54%なのに対し、信頼回復できる、評価するとの肯定的な回答は36~17%にとどまっています。
 時期は少し異なりますが、NHKも9月8~10日に実施した世論調査で同様の質問をしています。ジャニーズ事務所が今後、信頼を回復できると思うか尋ねたところ、「できる」が33%、「できない」が43%で、否定的な回答が肯定的な回答を上回りました。

 調査によって数値に幅はありますが、ジャニーズ事務所に向けられた社会の視線は厳しいと言ってよいと思います。同社は、性加害の加害者名を冠した企業名はそのままに、事業を継続する方針を示しています。しかし、企業が所属タレントの広告への起用を見送る動きが相次いで報じられています。モラルやコンプライアンスに厳しい産業界、経済界では、ジャニーズ事務所のありように批判的な見方が少なくないことの表れだと思います。世論調査で毎日新聞は、こうした企業の対応を理解できるかと尋ねました。結果は「理解できる」60%に対し「理解できない」28%でした。ジャニーズ事務所の所属タレントの起用継続は、ジャニーズ事務所との取引の継続です。その打ち切りに対しては「タレントには罪はない」との言説も目にしますが、社会では理解を示す人が過半数の多数派のようです。
 広告を巡るこうした産業界、経済界の動向と比べれば、マスメディアはいかにも反応が鈍いと言わざるを得ないように感じます。テレビ、新聞、大手の出版・雑誌は、週刊文春を除いて、「沈黙」により性被害の広がりを招いた「不作為の当事者」であることは免れません。しかし、タレント起用の見送りを言明したメディアはありません。当事者性の自覚もメディアにより差が見られます。当事者性をよく自覚し、自己検証を試みたと思われる事例も、NHKが9月11日に放送した「クローズアップ現代」や、朝日新聞の連載「帝国の闇 ジャニーズ性加害問題」の一部などに散見されますが、自社の当時の担当者らの述懐にとどまっており、教訓を今後に生かす、という意味では決して十分ではありません。
 仮に世論調査で、この性加害問題の当事者性がマスメディアにあるかないかを尋ねたら、「ある」が相当の割合に達するはずです。「マスメディアは自己検証が必要か」と尋ねたら、「必要だ」がやはり多数に上るでしょう。ジャニーズ事務所との取引継続を明らかにしているテレビ局などに対しては、少なくない批判が向けられるだろうと感じます。
 危惧するのは、このまま、特にテレビが自己検証しないままでは、新たな電波規制、さらには表現規制の口実にされかねないことです。そうなればテレビだけ、マスメディアだけの問題ではなくなってしまいます。そういった深刻な問題をはらんでいることにも、マスメディアの側は自覚を深める必要があると思います。
 20年以上も前のことになりますが、2003年5月に成立した個人情報保護法をめぐっては、法案段階では、マスメディアの取材をも規制の対象にする内容が含まれていました。当時は、事件事故の当事者に取材陣が押し掛け、通常の社会生活が送れなくなってしまうメディアスクラム(集団的過熱取材)が問題になり、「マスメディアは人権を侵害している」との批判が高まっていました。最終的にメディア規制の部分は除外されましたが、仮に、個人情報保護を理由にした取材規制が現実のものになっていたなら、公権力に対する調査報道も多大な制約を受けるようになっていたはずです。
 取材による人権侵害の批判に対しては、新聞界では個社対応となり、各新聞社、通信社ごとに第三者機関が設けられました。放送界ではNHKと民放連によってBPO(放送倫理・番組向上機構)が設置されました。曲がりなりにも、マスメディアの側に信頼回復のための努力がありました。今日、そうした経験、教訓を新聞界や放送界はあらためて思い起こし、組織の内外で共有する必要があります。性加害を巡る「不作為の当事者性」は、軽視していい問題ではありません。

 以下に性加害に関連する世論調査の質問と回答状況を書きとめておきます。

▽共同通信 9月13~14日実施
 ・ジャニーズ事務所は、元社長のジャニー喜多川氏による性加害を事実だと認め、社長が引責辞任しました。あなたは今後、ジャニーズ事務所は信頼回復できると思いますか、思いませんか。 
 信頼回復できる    36.0%
 信頼回復できない   56.1%
 分からない・無回答   7.9%

▽読売新聞 9月13~14日実施
 ・ジャニーズ事務所は、ジャニー喜多川元社長による性加害を認めて謝罪したうえで藤島ジュリー景子社長が引責辞任し、被害者に補償する方針を示しました。こうした対応で信頼を回復できると思いますか、思いませんか。
 思う   17%
 思わない 72%
 答えない 11%

▽朝日新聞 9月16~17日実施
・ジャニーズ事務所の創業者が所属タレントに性的な加害をしていた問題で、あなたは、ジャニーズ事務所が記者会見などで示したこの問題への対応を評価しますか。評価しませんか。
 評価する     35%
 評価しない    54%
 その他・答えない 11%

 ・あなたは、この問題を受けて、ジャニーズ事務所は名前を変えるべきだと思いますか。変えなくてよいと思いますか。
 変えるべきだ  55%
 変えなくてよい 36%
 その他・答えない 9%

▽毎日新聞 9月16~17日実施
 ・ジャニーズ事務所の元社長による性加害問題についてお尋ねします。ジャニーズ事務所が信頼を回復できると思いますか。
 できると思う  18%
 できないと思う 63%
 わからない   19%

 ・ジャニーズ事務所に所属するタレントの広告などへの起用を見送る企業が相次いでいます。企業のこうした対応を理解できますか。
 理解できる  60%
 理解できない 28%
 わからない  11%