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「白紙委任」を大義名分にして何が始まるかを想像してみる~衆院選を「人気投票」で終わらせないために

 衆院選の2月8日の投開票日まで1週間です。1月27日の公示後、マスメディアの情勢調査が報じられています。新聞社や放送局の調査ではおおむね自民党が優勢との内容。高市早苗首相は自民党と日本維新の会の与党で過半数を勝敗ラインとしています。それを超えて、自民党が単独過半数、ないしはそれ以上の議席を獲得する可能性もある、との内容が目に付きます。その一方では、雑誌メディアなどでは、自民党は解散前の議席数を割り込みそう、との報道もあります。情勢を読みづらい選挙です。
 四半世紀余り続いた自民党との連立を公明党が解消。高市自民党は新たに日本維新の会と「入閣なし」の連立を組みました。政権構造が大きく変わりました。今になってみれば、公明党は自民党の右傾化のブレーキ役だったことが分かります。日本維新の会はアクセル役を自認。高市政権と自民党には右傾化の歯止めがありません。その公明党は、高市首相が突然の衆院解散と選挙を仕掛けてきたことに対して、対抗軸を模索し、立憲民主党と新党「中道改革連合」を結成しました。
 政界全体の様相が一変しています。その中での衆院選です。投票所の入場券やポスター掲示板を含めて、準備の時間も足りません。有権者にも困惑、戸惑いがあって当然。情勢調査の報道を見ても、まだ投票先を決めていないとする層が少なくありません。投開票日までのあと1週間、日本の社会には何が必要でしょうか。

 実績がない高市首相が、支持率の高さをたのんで「白紙委任」を求めている選挙です。今回の解散は、憲法7条の天皇の国事行為の規定を、私(わたくし)したものだと受け止めています。なぜ「白紙委任」がほしいのか。高市首相は、衆院解散を表明し1月19日の記者会見では、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくということのため」と話しました。聞きようによっては、極めて正直、あけすけと言ってもいいほど願望を明らかにしたと感じます。
 国論を二分するテーマに対して、熟議で合意形成を図るのではなく、「主権者の信任」を大義名分に掲げて押し切っていく、という発想が明確に見て取れます。「独裁志向」をすら感じるこの高市首相に「白紙委任」との口実を与えるのかどうか。このブログでも何度か触れてきたように、それがこの選挙でいちばん主権者に問われていることです。人気投票で終わっていいはずがありません。
 「国論二分」のどんなことを高市首相はやろうと言うのか。1月19日の会見で、その一端を明らかにしています。以下は、首相官邸のホームページに掲載されている会見の詳報の一節です。

やはり新しい政策、しかも重大な政策、それはまさに「責任ある積極財政」への経済・財政政策の大転換、そして、安全保障政策の抜本強化、インテリジェンス機能の強化など、これは国論を二分するような大胆な政策です。そういった政策の改革、変更についても、批判を恐れることなく果敢に挑戦していきたいと考えました。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 高市首相が目指しているのは戦争ができる国への大転換なのだと受け止めています。
 経済・財政政策の大転換は、軍事力の強化、軍事費の大幅増とつながっています。安全保障政策の抜本強化は、言葉を換えれば軍事力の強化です。インテリジェンス機能の強化は、情報収集と分析の能力だけではありません。スパイ防止法とも地続きにつながります。スパイ防止法の核心は、軍事をはじめとした国家秘密の保護だからです。何から保護するのか、その対象は外国のスパイに限りません。自国民も含まれます。
 高市首相は公示後の街頭演説では、国旗損壊罪の制定にも強い意欲を見せました。戦争をしようとすれば、愛国心を高めることは必須です。ナチスの巨魁のゲーリングが遺した言葉を思い出します。「一国の指導者が国民を戦争に駆り立てるのはいとも簡単なことで、攻撃されつつあると国民をあおり、平和主義者に対して『愛国心が欠けている』と非難すればよい」と喝破していました。

news-worker.hatenablog.com

 戦争をする、戦争ができる国家への転換は、まさに「国論を二分」することになるはずです。仕上げは憲法改正でしょう。ひとたび、自民党が単独過半数、あるいはそれ以上の議席を衆議院で得れば、高市首相は熟議による合意形成ではなく、「主権者の信任」を大義名分に、こうした施策を力押しに進めていく、そのことを既に宣言しているも同然です。
 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続き、中国は軍事力を誇示し、北朝鮮はミサイル、核開発をやめない現状に、不安を感じるかもしれません。わたしも不安です。しかし、トランプ米大統領が年明けのベネズエラ攻撃などで「力による現状変更」の姿勢をむき出しにしている中で、従来通りの日米同盟を基調にした軍事力強化でいいのか。そのことにも強く疑問を感じています。
 この衆院選で主権者に必要なことは、仮に高市首相が「白紙委任」「全権委任」を振りかざし始めたときに、日本社会はどうなっていくのか、その姿を想像してみることだと思います。
 例えば「スパイ防止法」です。「スパイ防止法に反対する者がスパイ」との言説があります。秘密保護法制の本質を極めてよく表していると感じます。この法制が威力を発揮する局面の一つは、国家が主権者の目から隠しておきたい情報の開示を求めることへの弾圧です。ひとたびスパイ行為とみなされれば、表現の自由をはじめ市民的な自由やジャーナリズムの活動が制限され、抑圧されることが危惧されます。そのこと自体が、戦争をすることができる国家への転換です。
 歴史の教訓として、1941年12月の対米英開戦と同時に摘発されたスパイ冤罪「宮沢・レーン事件」のことをこのブログで紹介しました。ぜひ、お読みいただきたいと思います。

news-worker.hatenablog.com

 戦前のスパイ事件として著名な「ゾルゲ事件」についても、あらためてこのブログで書いてみたいと思いますが、一つだけ触れておくと、ゾルゲの最重要の情報源は、当時の同盟国、ドイツの駐日大使でした。
 かつての戦争国家日本は、最高刑が死刑の秘密保護法制や、治安維持法という思想取り締まりの法制も整備していながら、自国とアジア全域におびただしい犠牲を生んで1945年8月に国家が破たんしました。「軍事力で国と国民は守れない」。忘れてはいけない、日本の歴史の教訓です。

 衆院選の投開票日まであと1週間。「白紙委任」「全権委任」を大義名分にした高市政治で日本社会はどうなっていくのか、その姿を想像してみる時間はまだあります。社会に必要なのは、そのために役立つ情報です。選挙報道の存在感が低下しているとはいえ、そこに新聞などマスメディアの役割もあると考えています。
 仮に、獲得議席の予想だけが注目されてしまうことになれば、この選挙を「人気投票」で終わらせてしまうことに、結果的にせよ、マスメディアが加担してしまうことになりかねません。