12月8日はアジア太平洋戦争の開戦の日として、歴史に刻まれています。84年前の1941年のこの日未明、日本陸軍が当時は英国の植民地だったマレー半島・コタバルに上陸して英軍と交戦し、その1時間後に、日本海軍の機動部隊が米ハワイの真珠湾を奇襲しました。日本では同日朝、ラジオ放送で大本営発表の臨時ニュースが読み上げられ、国民に知らされました。その文言は以下の通りです(出典はウイキペディア「大本営発表」)。
臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。
中国との戦争は既に1937年に始まっていました。戦火の拡大で、日本中がいよいよ戦時一色になっていくという日、「戦争をする国、戦争を進める社会ではこういうことが起きるのか」とまざまざと感じる出来事も起きていました。敵国のスパイとみなされた人たちの一斉拘束です。その中に、当時、北海道帝国大工学部の学生だった宮沢弘幸と、宮沢と親交があった同大の英語教員で米国籍のハロルド・レーン、ポーリン・レーン夫妻がいました。「宮沢・レーン事件」と呼ばれる冤罪事件です。
宮沢は特高警察による拷問も受けながらも、スパイの嫌疑を否認。しかし懲役15年の判決を受け、服役しました。日本の敗戦後に釈放されましたが、結核を病んで47年2月に27歳で没しています。
レーン夫妻もそれぞれ懲役15年と12年の判決を受けました。服役の後、1943年に戦時交換船で米国に帰国。戦後、北大の再招へいを受け、再び北大に赴任しました。墓所も札幌にあります。
事件の概要は、ウイキペディア「宮澤弘幸・レーン夫妻軍機保護法違反冤罪事件」に簡潔にまとめられています。
わたしは、事件のことはおぼろげな知識しかありませんでした。今年秋、参加している勉強会で「スパイ防止法」がテーマになりました。自民党、日本維新の会の与党のほか、参政党なども制定に熱心です。「スパイ防止」と呼ばれますが、その本質は国家秘密の保護法制です。ひとたびスパイとみなされれば、表現の自由をはじめ市民的な自由やジャーナリズムの活動が制限され、抑圧されることが危惧されます。
勉強会で宮沢・レーン事件が話題になりました。宮沢は各地を旅行して得た見聞をレーン夫妻に話していました。それだけのことでした。報道もされていて周知の事実だった根室の海軍飛行場のことなど、軍事基地のことも含まれていました。それが軍事機密をめぐるスパイ活動にされ、レーン夫妻によって軍事機密が米国に通報されていたとして、当時の軍機保護法に違反するスパイ事件にでっち上げられました。

勉強会で奨められて、事件を取り上げた「ある北大生の受難 国家秘密法の爪痕」を購入して読みました。著者は宮沢の遺族と交流があり、事件の調査に尽力した元自由法曹団団長の故上田誠吉弁護士。1987年に朝日新聞社から刊行されました。自民党の中曽根康弘政権の下で、国家秘密法制定の動きが進められ、85年には最高刑を死刑とする法案も上程されていました(その後、廃案)。
わたしの手元にあるのは2013年に花伝社が刊行した復刻版です。一読して、今に通じる国家秘密法制の危険性がよく分かりました。ひと言で言えば「何が秘密なのか、そのこと自体が秘密」だということです。そして何より、戦争遂行と直接結びついた法制だということです。戦争遂行のために排除しておきたいものの一切をひとくくりで排除できる仕組み。それが「スパイ」の嫌疑で拘束することであり、それを可能にする法制度です。宮沢は反戦思想だったわけではありません。しかし、ひとたび権力の側に目を付けられれば、そんなことは関係ありませんでした。まさに「受難」です。
本書の中で、ひときわ印象に残るのは、1941年12月8日の記述です。札幌は小雪が舞う寒い朝でした。宮沢はアパートの自室で、対米英開戦を告げる大本営発表を午前7時の臨時ニュースで知って飛び起きます。頭に浮かんだのはレーン一家のこと。北大構内の官舎に向かい、ハロルド・レーンに告げます。
「先ほどラジオで日本がアメリカとイギリスに対して戦争を開始したことを知りました。しかし、戦争は国と国との間の出来事です。私とレーン先生の間の出来事ではありません。私は先生の一家に対する信義を固く守り続けますから、どうか信頼してください。戦争が始まって、先生一家の周辺にもなにか困難なことが起こるかもしれません。その際はどうか私に教えてください。私はその解決のために尽力します」
官舎を出てまもなく、おそらくは監視、尾行を続けていた特高警察の私服警官に宮沢は逮捕されました。レーン夫妻もその日のうちに拘束されました。
治安当局は、スパイとみなした人物やそのおそれがある人物をあらかじめリストアップし、開戦と同時に一斉に拘束しました。
それから84年の今、「スパイ防止法」制定の動きが高まっています。ネット上では、「スパイ防止法に反対する者がスパイ」との言辞まで飛び交っています。歴史の教訓の共有が必要だとの思いを深める12月8日の朝です。