フジテレビが設置した第三者委員会が3月31日、「中居正広・性加害問題」を巡る調査報告書を公表しました。当時フジテレビに在籍していたアナウンサーの女性が受けた被害を明確に「性暴力」と表現し、被害は業務の延長線上だったこと、フジテレビによる女性への二次加害があったこと、ハラスメントに寛容な企業体質があったことなどを指摘しました。フジテレビの現状は「無残」と呼ぶしかなく、報道を含む放送事業を手掛けるマスメディア企業として、存続の是非が問われても仕方がないと感じます。
同時に、わたしが第三者委の報告書でもっとも注目するのは、この性暴力へのフジテレビの対応が、旧ジャニーズ事務所元社長による性加害問題への対応と時期的に重なっていることに言及している点です。その意味を分かりやすく解きほぐし、視聴者やスポンサー企業を欺いたに等しいと指摘しています。
この事情があるからこそ、問題が一層深刻であることは、このブログでも繰り返し指摘してきました。しかし、これまでの「女性トラブル」と表現していた報道では、旧ジャニーズ事務所の性加害問題を視野に入れた記事は驚くほど見当たりませんでした。第三者委報告が公表された後の報道でも、「女性トラブル」の表現は「性暴力」に変わったものの、新聞各紙をわたしが目にした限りですが、旧ジャニーズ事務所の性加害問題を踏まえた記事、論説は極めてわずかです。
旧ジャニーズ事務所問題の教訓に真摯に向き合うなら、ことはフジテレビだけの問題として終わらせるわけにはいかないはずです。
第三者委が明らかにしたのは、旧ジャニーズ事務所の性加害問題の真摯な反省と教訓化がなかったことと、「中居・性暴力」被害者への二次加害が表裏一体だったこと、その背景にはハラスメントに寛容で人権意識が希薄だった組織事情があったとの構図です。では、旧ジャニーズ事務所の性加害問題で他の放送局や新聞社、通信社も、真摯な反省と教訓の共有が組織内でできているのか。そこに当事者性を自覚する必要があるはずです。
この1週間の新聞各紙の報道を見る限り、そうした自覚が伝わってくる、と言える状況にはありません。危うさを感じています。
■新聞社、通信社も問われた「沈黙」
第三者委は、中居番組の打ち切りなど、被害者の人権救済の必要性は旧ジャニーズ事務所問題よりも格段に高かったことを指摘しています。旧ジャニーズ事務所問題を経て人権意識が高まっていた視聴者やスポンサー企業に対し、「中居番組」を視聴させたり広告を出稿させたりしたことは、視聴者とスポンサー企業を欺いたに等しいと強く批判しています。
旧ジャニーズ事務所問題では「マスメディアの沈黙」が指摘されました。性加害を認定した司法判断まであったのに、マスメディアが沈黙し続けたことが被害を継続、拡大させたと批判されました。フジテレビが検証番組を放映し、反省を表明したのは2023年10月。まさにその時期、フジテレビは「中居性暴力」で被害者の人権を侵害し続け、視聴者、スポンサー企業をも欺き続けていたことを、第三者委は明確に指摘しています。
旧ジャニーズ事務所問題での「沈黙」はテレビだけのことではありません。新聞社・通信社、さらには出版までも含めて、マスメディア全体が問われたことでした。放送局各局が曲がりなりにも検証番組を放映したのに対し、新聞社、通信社では、自己検証と呼ぶに値する検証を紙面やデジタル版で公表したのは朝日新聞だけです。他紙にはそうした報道はありません。
「沈黙」を検証し、人権擁護の教訓の共有を組織内に徹底させると公表していたフジテレビが、実際にはこの惨状でした。ほかの放送局はどうなのか。まして、朝日新聞以外の、自己検証の結果すら公表していない新聞社、通信社は-。
この性暴力問題をフジテレビの固有の問題と決めつけるのではなく、程度の差、形態の違いはあっても、少なくとも「人権意識」という背景事情を巡って、放送局のほか新聞社、通信社を含むマスメディア企業が当事者性を自覚する必要があるのではないかと考えるゆえんです。視聴者や読者がそうした疑問を抱いても不思議ではありません。
■今からでも
もう一つ、思うのは社内調査を第三者が行うことの重要さです。
昨年来の報道では「女性トラブル」とのあいまいな表現が続きました。中居サイドが解決金の支払いを認めた時点で、「性加害問題」と表記する選択肢もあるのではないかと考え、このブログではそう表記してきましたが、新聞各紙は「女性トラブル」の表記を続けていました。
今回、第三者委が明確に「性暴力」と認定したことで、報道からもあいまいさが消えました。仮に、フジテレビが形だけの調査で終わらせていたら、違った結果になっていたかもしれません。
マスメディアが不祥事に際して、本当に社会の信頼を回復しようとするのなら、まず、第三者を交えた調査を尽くし、その結果を公表することが必要だろうと思います。厳しい道ですが、そうでなければ、教訓が組織で共有され根付くことは期待できません。
ちょうどいいタイミングです。新聞社、通信社も、旧ジャニーズ事務所元社長の性加害に対する「沈黙」にまでさかのぼって、検証を尽くして結果を公表すればいいと思います。フジテレビが問われたような人権軽視の組織体質がないかどうか。ハラスメントが不問に付されたまま、加害の立場の者が上位職に昇進した事例の有無なども調査の対象になりうるでしょう。
第三者の視点ということでは、多くの新聞社、通信社には、社外の有識者に委嘱した第三者機関が常設されています。せめて、活用すべきです。
※参考過去記事
以下に、フジテレビの第三者委の報告書を東京発行の新聞各紙がどう報じたか、公表翌日の4月1日付紙面の主な記事の見出しをまとめておきます。
最近はデジタル版での扱いを見るようにしているのですが、各紙のニュース判断の比較ではやはり紙面が分かりやすいと感じます。1面トップで扱ったのは朝日新聞だけでした。2日付以降の続報も、情報量は他紙と一線を画しています。旧ジャニーズ事務所の性加害問題で新聞社、通信社で唯一、検証と呼ぶに値する検証を行い、その結果を第三者機関の委員の意見とともに掲載しました。
各紙が掲載した関連の社説は以下の通りです。ネットの各紙のサイトで読むことができます。
旧ジャニーズ事務所の性加害問題に触れたのは朝日新聞と毎日新聞。第三者委が再発防止にメディア・エンターテインメント業界全体で協働することを求めていることに、日経新聞、産経新聞が触れています。ただし、いずれも新聞にも当事者性があるとの意識はうかがえません。
共同通信が配信した論説資料では「他のメディア企業も同様のことが起きていないか、これを機に総点検すべきだ」と指摘しています。
▽朝日新聞:4月2日付「フジテレビ 反省なくして刷新なし」
https://www.asahi.com/articles/DA3S16185170.html
意思決定層に男性が多く同質性の高い構造が、トップダウンで人権意識の鈍さをもたらし、ハラスメントが容認されやすい企業風土を作り出しているとされた。他の組織にとっても他山の石としたい。
(中略)
旧ジャニーズ問題との構図の類似性も指摘された。社員らの人権を犠牲にした上でビジネスを続けることは許されない。取引先や社会が何に失望しているのか、理解と反省なしには信頼回復は遠い。
▽毎日新聞:4月2日付「フジ第三者委の報告書 性暴力生んだ組織の宿弊」
https://mainichi.jp/articles/20250402/ddm/005/070/094000c
人権を軽視するテレビ局の姿勢は、旧ジャニーズ事務所の性加害問題でも問われた。「メディア・エンターテインメント業界における構造的な課題である」との報告書の指摘を、業界全体が重く受け止めなければならない。
▽読売新聞:4月1日付「フジテレビ問題 危機感の欠如招いた企業風土」
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20250331-OYT1T50204/
▽日経新聞:4月1日付「フジの信頼回復は険しい道だ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK018ZD0R00C25A4000000/
第三者委は再発防止に向けて「メディア・エンターテインメント業界全体で協働すること」も提言した。各社は視聴者や読者、スポンサー企業の信頼が事業の基盤であるとあらためて認識し、制度と行動が時代の要請に合っているか点検を続ける必要がある。
▽産経新聞:4月1日付「フジ第三者委報告 厳しく受け止め再生急げ」
https://www.sankei.com/article/20250401-WISAD7U5WFNTZOJU3TYLQ4RKWQ/
第三者委は、性的暴力・ハラスメントの人権課題はメディア・エンターテインメント業界の構造的課題であることも指摘した。「ビジネスと人権」の問題は日本企業が急速に実務対応を求められていることを挙げ、社員が声を上げ、救いを求めることができる、働きやすい職場でなければ、「その会社に未来はない」とした。フジテレビの取り組みが問われている。
▽東京新聞(中日新聞と共通)
4月1日付「フジ性暴力調査 組織の病弊は明らかだ」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/395545