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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「沈黙」の自己検証がなければ教訓も残せない~「ジャニーズ」出演解禁とNHKスペシャル「ジャニー喜多川  “アイドル帝国”の実像」

 旧ジャニーズ事務所元社長の性加害と「マスメディアの沈黙」を巡って、NHKに重要な動きが二つありました。
 一つは10月16日の稲葉延雄NHK会長の定例記者会見です。旧ジャニーズ事務所の所属タレントが移籍した「スタート・エンターテイメント」社について、同日から所属タレントへの出演依頼を、制作現場の判断で可能とすることを公表しました。
会見での発言の要旨がNHKのホームページにあります。
https://www.nhk.or.jp/info/pr/toptalk/assets/pdf/kaichou/k2410.pdf
 “出演解禁”の理由として稲葉会長は、「ジャニーズ事務所」から社名変更したスマイルアップ社による被害者への補償や、再発防止の取り組みなどが着実に進んでいることが確認できたことを挙げています。その一方で、この性加害に対し「マスメディアの沈黙」との指摘はNHKにも当てはまること、今後も放送に関わる者としての職責を深く認識し、公共放送の役割を果たしていきたいこと、補償と再発防止の取り組みを確認していきたいと考えていることなどを説明しています。今年3月に「NHKの出演者に対する人権尊重のガイドライン」を策定したことも明らかにしました。
 もう一つは、10月20日の日曜日夜に放送したNHKスペシャル「ジャニー喜多川  “アイドル帝国”の実像」です。わたしは当日、所要があり視聴できませんでしたが、放送直後からSNSに肯定的なものも否定的なものも含めて、様々な反応が上がっていたことは承知していました。後日、見逃し配信のNHKプラスで見ました。
 いずれも故人である旧ジャニーズ事務所元社長と、事務所の中で絶対的な存在だった元社長の姉の2人について、米国取材も含めて生い立ちから足跡を丹念に追い、元所属タレントや元社員にも取材を重ねて、性加害が続いた背景事情を浮き彫りにしました。
 また、NHK自体が旧ジャニーズ事務所の所属タレントを紅白歌合戦などで重用していった過程も紹介し、NHKで制作局長、理事を務めた後に旧ジャニーズ事務所へ移り、現在は「スタート・エンターテイメント」社顧問に就いている人物にも取材を試みています。
 「ジャニーズ」の流れをくむタレントの出演解禁と、自局内の事情にも触れたNHKスペシャルの放送の二つのタイミングが近接しているのは、偶然なのでしょうか。視聴率を上げるために「スタート・エンターテイメント」社のタレントを自局の番組に出演させたい、そのためには、性加害の問題にNHKとしての一定の区切りを社会に示しておく必要がある-。それが会長の「出演解禁」発言に続いてのNHKスペシャルの放送だったのではないか。あながち見当外れでもないように思います。
 ただし、会長の記者会見での発言についても、NHKスペシャルの内容に対しても、性加害と「マスメディアの沈黙」の検証と総括の観点からは、わたしには少なからず違和感があります。
 元社長の性加害が長く続いたこと、だれも止められなかったことの最大の要因は、旧ジャニーズ事務所がテレビ界に絶大な影響力を持って君臨していたことです。テレビ各局には当事者性があり、それを自覚しているからこそ、民放各局は曲がりなりにも自局が主体になった「検証番組」を制作し放送しました。その概要はこのブログでも触れてきた通りです。日本テレビ、フジテレビでは報道局長や編成部門の局長も出演し、テレビ朝日は社長も出演しました。
news-worker.hatenablog.com

 NHKには、民放各局のような「自局による自局の“沈黙”の検証」の姿勢は感じられません。他局に先んじる形で昨年9月11日にこの問題を扱ってはいるのですが、「クローズアップ現代」という番組の枠組みでのことです。今回も「NHKスペシャル」という番組の枠組みであって、局として、自局の沈黙の経緯を検証したものではありません。
 局の組織を挙げての検証活動ではなく、番組の取材の形式であるためにどんなことが起こったか。象徴的なのは先に挙げたNHKの元制作局長、元理事(若泉久朗氏)です。1年前から再三、取材を申し込んでも会えず、ついにアポなしの直撃取材になります。しかし、カメラを制止され、番組では音声だけが流れます。
 「なんで僕なんですか。しかも仲間じゃないですか」
 取材者は食い下がります。「だったらお分かりいただけるんじゃないかと思って」「当然検証する義務がある、そこに所属する人間として」「その話をその時ご存じの方にしてもらわないと」
 「僕個人で、今ここで語ることはできない」「なぜなのって、関係しているから まだ」「そこはちゃんとスタート・エンターテイメントの広報を通してもらわないと」
 そして、スタート・エンターテイメント社を介して文書で寄せられた回答が朗読されます。

 文春報道は知っておりましたが局内で注意喚起はなくNHKも報道していませんでした。
 わたしがドラマ部長だった時期はNHKへの接触者率が減少し続け「このままでは将来公共放送として生き残れるか」という危機感が広がっていました。
 NHKはもっと幅広い世代の視聴者層に見て頂き信頼を高めることを経営計画に定めました。
 幅広い世代層を獲得するために旧ジャニーズ事務所は重要なパートナーの一つで、NHKが支持される重要な役割を担ってもらいました。
 公共放送としてこれからも支持されるためにはどうあるべきかNHK自身が問われていると考えます。

 他人事のような説明です。取材対象者の一人との位置づけでは、話を聞けるかどうかは相手の意向、厚意次第です。こうした対応で終わってしまうのは仕方がないかもしれません。現場の取材者、制作者のスキルや熱意とは別の問題です。
 「マスメディアの沈黙」の検証のためには、一番組ではなく企業ガバナンスの一環として、取材ではなく半ば義務としてのヒアリングとして迫る選択肢があるはずです。とりわけ公共放送であるNHKは、社会の公器としての責任もひときわ大きいはずです。「ぼく個人で語ることはできない」などと言わせず、その役職にあった者の社会的責任として証言を迫ることが必要なのではないかと感じます。そうした組織的な検証なしには教訓も残せません。ひいては実効的な再発防止策も期待できません。なぜ、NHKが組織的な自己検証に取り組まないのか、不思議に感じます。

 アプローチの問題はさておくとして、この元制作局長、元理事の文書回答の内容には、実は重要な論点が含まれていると感じます。
 「幅広い世代層を獲得するために旧ジャニーズ事務所は重要なパートナーの一つ」
 「旧ジャニーズ事務所」を「スタート・エンターテイメント社」に置き換えれば、今もそのまま同じ状況にあると言えそうに思います。NHKは被害者への補償などが着実に進んでいることが確認できた、として“出演解禁”を決めました。ならば、被害者への補償の実態が問われます。
 この点に関連して、NHKスペシャルでは興味深いシーンが収録されています。
 元社長が最初に手掛けたアイドルグループ、初代「ジャニーズ」の元メンバーの一人は後年、元社長の性加害を自著で告発していました。3年前に74歳で死去。番組は姉を探し当てました。その姉が、スマイルアップ社の補償本部の本部長と電話で話すシーンが紹介されます。

(お金はいいんですよ どういう謝り方をしてくれるのか)
うーん すいませんちょっと簡単に答えられなくて
誰が何を誤るんだというのがちょっと今分かんなくて
(はい)
本人たちが死んじゃっているんで
(そうですね)
まあ、あの被害者の方々に東山(※注:東山紀之社長)が会うときは謝罪をしているんですけれど
 ※中略
謝罪する相手は本人なんですよ
(はい、あっそう、仏様の前でお参りしてくれる? お墓行ってお参りしてくれる?)
それは東山がするんですか
(それはそうでしょ、だって当たり前のことじゃない、だって亡くなっちゃったんだから)
何で東山がしなきゃいけないのか ちょっと僕分かんないんですよ
(だって社長でしょ)
「メリーが謝れ」「ジャニーが謝れ」だったら僕は分かるんですけど
(だって今代表じゃない)
東山は別に加害者じゃないですからね
(えっ)
心の底からお詫びができないので 今の話を聞いていると
(うん?)
心の底からお詫びはできないんで
(心の底から?)
お詫びはできないんで
(ああそうなの?)

(そんなできないようなことを私言ってる?)
うーん、ちょっと僕は納得いっていないですね
だからそれも含めて、東山と相談してみますけれど
(お願いします)

 この後、スマイルアップ社の東山紀之社長が墓前で謝罪したことがナレーションで紹介されました。番組ではそれ以上の説明はありません。NHK会長は記者会見で、被害者への補償が着実に進んでいるとの評価を口にしました。仮に金銭の支払いによる補償が進んでいるとしても、補償本部の本部長というポジションの人物の発言からは、それをどこまで評価するのかは、また別の問題ではないのか、との疑問を抱きます。同時に、この電話のやり取りを取材して番組に盛り込んだことに、制作者、取材者の表現者としての矜持を感じました。

  ※NHKスペシャル「ジャニー喜多川  “アイドル帝国”の実像」は10月24日(木)午前0時40分から再放送されます。

※見逃し配信は下記です。10月27日21時59分までです

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2024102013075

 

【追記】2024年10月23日9時30分

 10月20日のNHKスペシャルは、ジャニーズ姉弟の実像に迫った点では、さすがと思う取材力でした。民放ではこのような番組は目にしません。ただ、一方で、曲がりなりにも民放各局が放送したような自己検証はNHKにありません。俯瞰して眺めると、Nスぺの卓越した取材力と取材結果が自己検証の代替として、「ジャニーズ」の流れをくむタレントの出演解禁のエクスキューズの役割を果たしているようにも感じます。「NHKが出演させるのなら」と民放各局が続けば、かつてのようなテレビと巨大芸能プロの相互依存が復活することになるかもしれません。
 それでいいのかどうか。そこは新聞が衝くのが、マスメディアの中の役割分担でもあるはずです。しかし旧ジャニーズ事務所を直接取材していた全国紙や通信社では、朝日新聞以外は自らの「沈黙」について、自己検証と呼べる検証は見当たりません。朝日以外は、「どのペンでそれを書くのか」ということにならないか。ひいては日本のマスメディア界に、この性加害の問題に対してきちんとした教訓が残らずに終わってしまうことになりかねません。そうなることを危惧しています。

【追記2】2024年10月27日23時30分

 スマイルアップ社は10月25日、公式サイトに「補償業務体制の変更について」との告知を掲載し、補償本部長を解任し、別の人物を充てたことを明らかにしました。
https://www.smile-up.inc/s/su/group/detail/10057?ima=1800

 本年10月20日放送の「NHKスペシャル」において、被害にあわれた方のご関係者と弊社の補償本部長との電話でのやり取りについて報道がされました。
 報道にございましたとおり、被害にあわれた方のご関係者から、亡くなったご本人への謝罪を求めるお話があり、弊社社長東山紀之にて本年9月にご遺族にお会いして謝罪しております。
(中略)
 今回の報道により、これまでに補償を終えられた皆さまをはじめ、被害者救済委員会をはじめとする弊社の補償業務にご協力いただいている方々など、ご関係の皆さまにご心配をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
弊社は本件を重く受け止め、補償業務体制の一部を変更すべく、当該補償本部長の任を解くと共に新たに補償本部長を任命し、補償本部における業務の実施体制を見直すことといたしました。

 あの電話のやり取りは、さすがにまずかったと思っているのでしょうか。もし、NHKがあのシーンを放映していなかったら、どうだったでしょうか。