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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

10年前の1枚の写真に思う~東京五輪と福島第1原発事故と処理汚染水放出

 10年前の2013年9月、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、2020年夏の五輪大会の開催地に東京が決定しました。発表は現地時間の7日午後5時20分、日本時間の8日午前5時20分でした。8日は日曜日で、日本では新聞は夕刊発行はなし。さらにこの日は新聞休刊日で、一般紙は翌9日付の朝刊も発行はありませんでした。「2020年夏の五輪開催は東京」のニュースは、新聞では9日付の夕刊でした。その夕刊各紙を並べた10年前の写真が手元に残っています。

 当時は勤務先の人事異動で大阪にいました。写っているのは朝日、毎日、読売、日経、産経各紙の大阪本社発行の2013年9月9日の夕刊1面です。「東京に決定」のニュースは、テレビやインターネットで8日早朝のうちには日本中に速報されていました。各紙の紙面はそれから丸1日以上たって関西の読者の手元に届いていましたが、やはり最大級のニュースの扱いです。「大阪でもこんなに大きな扱いなのだから、東京ではさぞかし大騒ぎなのだろうな」と思ったことを覚えています。
 当時から、この五輪の誘致についてあれこれ思うことはありましたが、大阪にいて東京の街の雰囲気などが分からなかったことから、このブログに書くことは控えていました。ただ、後々の記録になるだろうと思い、紙面を並べたこの写真をSNSで、知人にだけ見える範囲で投稿していました。誘致決定10年の節目に、記録として、このブログにもアップしておきます。

 この写真を目にする人は、それぞれにいろいろなことを考えるのではないでしょうか。わたしもそうです。
 コロナウイルスの感染拡大で、開催は1年先延ばしが決まりました。2021年夏が近づいても感染は収まらず、世論調査で開催に否定的な意見が肯定的な意見を上回る中で、開催は強行されました。東日本大震災からの復興を世界に見てもらう「復興五輪」だったはずが、人類がコロナに打ち勝った証しの五輪に変わってしまいました。
 大会組織委員会では森喜朗・組織委会長(当時)の女性蔑視・「わきまえる」発言がありました。開催直前には、開閉会式の演出などに関与していたクリエーティブディレクターやアーティストらの人権意識の低さが相次いで露呈する出来事もありました。
 何より、閉幕後に、大会運営を巡る汚職事件と談合事件が東京地検特捜部によって摘発されました。誘致段階のものも含めて不明朗な資金の流れの情報がたびたび報じられたりしており、組織委員会の仕切りの不透明さを感じていました。汚職事件や談合事件の摘発に「まさか」ではなく「やっぱりか」という感想しかありませんでした。「2020東京」は歴史に残るぬぐいがたい汚点です。

 10年後の今日、この紙面を目にしてあらためて思い出すのは、開催地決定のIOC総会で当時の安倍晋三首相が行ったスピーチです。事故後の東京電力福島第1原発について「the situation is under control(制御下にある)」と言い切りました。その福島第1原発では、今も地下水の流入が止まらず、汚染水が発生し続けています。東京電力はことし8月24日、ついに海洋放出に踏み切りました。漁業者は反対の意思を示したままです。理解を得ないうちはいかなる処分も行わない、との約束は守られませんでした。
 ほとんどの放射性物質を除去する処理をしているとして、日本政府は放出している水を「処理水」と呼び、「汚染水」との呼び方を認めません。「処理水」なのか「汚染水」なのかは解釈の問題です。しかし、「汚染水」との呼び方を「偽情報」「フェイク」とする閣僚まで出てきました。

※日刊スポーツ「立民議員の『汚染水』発言は偽情報 西村経産相が閉会中審査で問われ『まったくその通り』」=2023年9月8日
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202309080000328.html

 西村康稔経産相は8日、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出などをテーマに閉会中審査として行われた衆院経済産業・農林水産連合審査会で、立憲民主党の一部議員が処理水を「汚染水」と呼んでいることは「偽情報、フェイクなのではないか」と問われ「まったくその通り」と応じた。日本維新の会の足立康史衆院議員の質問に答えた。

 「処理を施した汚染水」との呼び方ならどうなのか。政府が「白」と言えば黒でもグレーでも「白」と呼ばなければならない、と言っているに等しいのではないか。呼び方の違いを解釈ではなく事実の問題とするのは、政府の解釈の強制であり、まさに強権国家です。安倍元首相が言い放った「制御下にある」との言葉が、10年たって「福島第1原発を巡ることは政府見解以外の異論を許さない」「福島第1原発をめぐる言辞は政府の制御下に置く」との新たな意味を伴って、よみがえってきたのか―。この写真を見ながら、そんなことも感じています。