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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

実現されるべきは地域の「自己決定権」~処理水放出 「将来に禍根残す」(共同通信配信の論説)

 東京電力は8月24日、福島第1原発の処理水の海洋への放出を始めました。破損した原子炉を冷却するために注入した水や、原子炉に流れ込んだ地下水、雨水は放射性物質に汚染されています。放射性物質を取り除く処理をし、除去できずに残っているトリチウムの濃度も海水で薄めた上での放出と報じられています。発電所の敷地内に設置したタンクの保管能力が限界に近づいていることから、日本政府が主導する形で、このタイミングでの放出に踏み切ったようです。
 放出水の安全性については、国際原子力機関(IAEA)が7月に、国際的な安全基準に合致しているとの報告書をまとめていました。その通りだとしても、水産物に対する深刻な風評被害が懸念され、漁業者が反対する中での放出強行です。日本政府と東京電力は、漁業者の理解を得ることなしには、いかなる処理水の処分も行わないと約束していました。約束を果たさなかったことに対しては、強い批判があります。不評被害への対応を政府に求める声は、放出を是とする側からも強く出ています。
 放出開始直後、中国政府は日本産の水産物の輸入を全面的に停止する措置を取りました。「嫌がらせの電話」と報じられていますが、日本国内では、中国からの発信とみられる電話が公共施設や飲食店などにも続き、在中国の日本人学校に石や卵が投げられる事態にもなっています。方法の当否はともかく、抗議の意思表示も含まれているように感じます。その中国に対して、日本は安全保障上の脅威とみなし、軍備拡張を進めています。「相互不信」という言葉が頭に浮かびます。「原子力=核」を保有するとはどういうことなのか、いろいろ考えさせられます。

 処理水の放出に対して、新聞各紙は8月23日付の社説、論説でそろって取り上げました。22日に日本政府が放出開始を24日と決めたことに対応しての掲載です。
 以下に、全国紙5紙のそれぞれの見出しと、本文の一部を書きとめておきます。海洋放出を是とするかどうか、各紙のスタンスは大きく二分されます。肯定的な評価は読売新聞、日経新聞、産経新聞です。批判的な評価は朝日新聞、毎日新聞ですが、放出の中止を求めるところまでは踏み込んでいません。批判は主に、漁業者との約束を果たさないままの強行である点に向いているように感じます。肯定的、批判的にかかわらず、各紙とも漁業者への風評被害対策に万全を期すよう求めています。
 見出しだけでも、各紙のスタンスが読み取れるのではないかと思います。いずれも各紙のサイトで全文が読めます。

・朝日新聞「処理水の放出 政府と東電に重い責任」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S15722953.html

 政府は2年前に海洋放出の方針を決めてから地元に説明し、時期を「23年春から夏ごろ」として準備を進めてきた。結論と日程ありきの手順が不信感を高めたのではないか。
 風評被害を懸念する漁業者に対し、岸田首相は「今後数十年の長期にわたろうとも、全責任をもって対応する」と話した。この約束は、必ず守らなければならない。

・毎日新聞「処理水あす海洋放出へ 誠意欠いた政治の無責任」/風評被害対策の徹底を/廃炉の見通し示さねば
 https://mainichi.jp/articles/20230823/ddm/005/070/092000c

 処理水を放出すれば風評被害が広がる恐れがある。一方、保管が長引けば復興の足かせになり、住民の帰還が遅れかねない。地元はジレンマに苦しみ続けている。
 にもかかわらず、政治が福島の人たちの思いに寄り添う場面はほとんど見られなかった。むしろ、放出の決定を巡り、漁業関係者に「踏み絵」を迫るような構図が続いてきた。

・読売新聞「処理水放出 万全の態勢で風評被害を防げ」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230822-OYT1T50223/

 処理水を巡っては、国際原子力機関(IAEA)が7月、「国際的な安全基準に合致している」とする報告書をまとめ、放出に向けた環境はすでに整っていた。放出を引き延ばす意味は薄く、迅速に対応したのは適切である。
 報道各社の世論調査では、海洋放出に賛成する人が反対する人を上回るようになっている。全漁連も、最後まで放出に反対する立場は変えなかったが、「科学的な安全性への理解は深まってきた」と一定の理解を示した。

・日経新聞「処理水放出へ安全対策と対話に万全期せ」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK2164O0R20C23A8000000/

 科学的な安全性や必要性から、海洋放出は妥当だと国際的に支持されていた。漁業者の反対はあるが、福島の復興や廃炉を進めるには政治決断が必要だった。岸田文雄首相の判断を評価したい。
(中略)
 科学的には安全だと根拠を示しても、不安を抱える人は一定数いる。水産業への風評被害は起こると考え、補償の充実に取り組むべきだ。政府は対策用に設けた800億円の基金だけでなく、別枠で予算措置するという。積極的に活用してほしい。

・産経新聞「処理水の海洋放出 政府が責任もち完遂せよ」
 https://www.sankei.com/article/20230823-JPPJ4VAIP5LXLBYKKKHBIX3JJQ/

 岸田首相は国内外に向けて安全性を丁寧に説明し、万全の風評被害対策を講じなければならない。同時に科学的な根拠がない主張や虚偽の情報には、風評被害を防ぐ観点からも毅然(きぜん)と対処してほしい。
 処理水の海洋放出は、今後数十年にわたって続く福島第1原発の廃炉工程の一環である。30年程度かかると見込まれる海洋放出を含め、廃炉に向けた作業を適切に積み重ねていく取り組みが求められる。

 福島第1原発の廃炉をめぐって、「今、この瞬間」の状況を強調すれば、「タンクでの保管はまもなく限界」「汚染水は処理してあるので安全」となり、「放水はやむを得ないかも」との受け止めになるかもしれません。ただし、廃炉の問題は2011年3月の事故直後から始まった長い経緯があります。時間軸を少し広げて、過去の経緯をも俯瞰して見れば、この放水をどう考えるか、その前提になる光景は少し違って見えてくるように思います。
 そんなことを考えるようになったきっかけは、共同通信が23日付朝刊用に配信した「将来に禍根を残す」との見出しの論説記事です。佐賀新聞が「共同通信・井田徹治」の筆者名とともに全文掲載しています。
以下に、全国紙他紙との比較で、特に重要と感じた部分を書きとめておきます。

 ※佐賀新聞・論説「将来に禍根を残す」
  https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1095531

 原発事故の被害に今も苦しむ漁業者は反対している。「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」というのが2015年の政府と東電の約束だったはずだ。国が自らの約束をこれほどまでに軽んじることで失われる信頼の大きさは計り知れない。一部の関係者の意見だけに耳を傾け、不十分な議論のまま重大な決定をする岸田首相の姿勢も厳しく問われなければならない。
 「海洋放出が最も現実的だ」「廃炉や復興に必要だ」との政府や東電の主張の根拠も不明確だ。大きな過ちは一刻も早く改めるべきだ。
 (中略)
原子炉周辺に遮水壁を設けるなどの根本的な流入対策を求める声は早くからあったのだが、東電も政府も汚染水をタンクに貯留するという安易な対策に逃げ込んだ。
(中略)
今回、過去の約束をほごにせざるを得なくなった最大の原因は、政府や東電が長期的なビジョンなしに、このようなその場しのぎの言説と弥縫(びほう)策を繰り返すという愚策を続けてきたことにある。

 「大きな過ちは一刻も早く改めるべきだ」と、海洋放出の回避(始まった今では「中止」を意味します)を求めていることは、他紙にない明快な主張です。風評対策にしても、漁業者と交わした「理解なしにいかなる処分もしない」との約束を守らなかった日本政府です。風評被害対策だけは万全を期すことを期待できる、と考えるのは、あまりに楽観的だと感じます。
 この論説は最後に、福島大の教員らが中心になって設置された「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」が発表した、海洋放出スケジュールの凍結などを訴える緊急アピールを紹介しています。

 アピールは、抜本的な汚染水発生対策の実施や、市民が一方的に政府などの説明を受けるのではなく、政府や東電と対等な発言権を持って復興や廃炉に関する政策を決める場の設置などを求めた。漁業者や農業者らも参加してまとめられた提言は傾聴に値する。

 まず放出を中止し、市民が政府や東電と対等な発言権を持って今後のことを決めていくこと。つまり、尊重され、実現されるべきは地域の住民の「自己決定権」です。地域のことは地域が決める、それ自体は民主主義社会で当たり前のはずのことが、福島では実現できていない。住民の権利が奪われたままです。
 気付かされるのは、この状況が、基地が過剰に集中する沖縄とまったく同じであることです。沖縄の人たちが求めているのも、地域のことは自分たちで決める「自己決定権」です。
 基地による安全保障上のメリットを享受しているのは、日本本土に住む住民です。わたしを含めて、日本本土の住民、とりわけ主権者としての住民は、沖縄に基地負担を強いている当事者の立場を免れ得ません。その基地政策を取っている日本国の政府は、選挙を通じて合法的に成り立っているからです。個々人の投票先は大きな問題ではありません。
 福島の原発でつくった電気は、東京や周辺都市など首都圏の巨大な電力需要を賄っていました。そのメリットを享受していた都市住民は、福島で今起きていることに対して当事者性を免れ得ません。そして、漁業者との約束すら守らず、海洋放出を強行した政府もまた、選挙を通じて合法的に成り立っている同じ政府です。当事者性は、首都圏の住民だけでもありません。

 8月24日の放出開始を全国紙の東京本社発行紙面がどのように報じたか、簡潔に書きとめておきます。ブロック紙の東京新聞も含めます。
 放出を肯定的に評価している読売、日経、産経3紙のうち、読売、産経は1面トップではなく準トップの扱いでした。他の4紙は1面トップです。その一方で、読売、産経両紙は1ページの特別面を設けているのが目を引きました。「IAEA『国際基準に合致』」(読売)、「世界の原発で実績」(産経)などの見出しからは、放出水が安全であることを強調し、風評被害を防ぎたい、との狙いがあるのかもしれないと感じました。

写真:東京発行の新聞各紙、8月25日付朝刊

▽朝日新聞
1面トップ「福島第一 処理水放出/国産全水産物 中国が禁輸/日本政府抗議、撤廃求める」
2面(時時刻刻「『想定外』の全面禁輸/中国、政治問題化 議論かみ合わず」など)
4面(総合)、9面(国際)
社会面トップ「風評克服 いつになれば/立ち直るさなかの放出」
 ※2面、社会面は全面関連記事

▽毎日新聞
1面トップ「東電 処理水放出を開始/福島第1 完了まで30~40年」/「中国、水産物全面禁輸」
7面(経済)「処理水放出 東電の悲願」
社会面トップ「中国禁輸 漁業者困惑/全面停止『影響大きい』」
 ※社会面は全面関連記事

▽読売新聞
1面準トップ「処理水 放出開始/福島第一原発 完了まで30年 初回7800トン」/「中国、日本の水産物禁輸」
2面(「福島第一 廃炉へ一歩」など)、3面(スキャナー「中国禁輸 根拠なく/日本『極めて遺憾』」など)、4面(政治)
12面(特別面)「基礎からわかる原発処理水」「IAEA『国際基準に合致』」
社会面トップ「『常磐もの』守る覚悟/地元漁師 危機感の中操業」
 ※12面は全面関連記事

▽日経新聞
1面トップ「『廃炉』目標まで30年/原発処理水 放出を開始/デブリなど難題」/「中国、水産物を全面禁輸/日本産 岸田首相は撤廃要求」
3面「水産物 輸出振興に逆風/市場開拓 支援求める声」
社会面トップ「福島の魚介類 販売支える/茨城大 迅速に測定、可視化/豊洲市場 一般客向けに店舗」

▽産経新聞
1面準トップ「処理水放出を開始/福島第1 濃度、基準下回る」
3面(水平垂直「世界の原発で実績/監視・測定 高い技術的信頼」/中国「日本産水産物を全面禁輸」など)、6面(総合)、26面(第2社会「『とうとうこの日来た』」など)
 ※3面は全面関連記事

▽東京新聞
1面トップ「処理水 放出開始/漁師 みんな泣いている/福島 葛藤の海/『心配、でも頑張るしかない』」
2面(核心「中国、日本産水産物を全面禁輸」ほか)、3面(「事故の教訓忘れ 原発回帰」ほか)
20・21面(特報面)「東電の過去と今 重なる責任/差し止め訴訟準備中『漁業者へ二重の加害』」「企業体質 なお変わらず/約束破りの国に追随・主体的な姿勢希薄」
社会面トップ「食の安全 浸透したのに」「海洋放出問題 私の代で/いわきの漁師『活力減らさない策を』」ほか
第2社会面「東電、政府任せに終始/放出『理解』責任感なく 社長会見」ほか