ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

沖縄の不条理から目をそらす最高裁~辺野古移設の根源的な疑問は解消していない

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設をめぐり、沖縄県が日本政府を相手に、名護市辺野古沿岸部の埋め立て工法変更の手続きの適否を争った訴訟の上告審判決で、最高裁は9月4日、沖縄県の上告を棄却しました。辺野古移設で県と政府が争った13件の訴訟のうち、これで7件は県側敗訴が確定し、4件は和解や取り下げで終結。残り2件も県の勝訴は厳しい見通しと報じられています。工法変更を認めない知事権限の行使は、辺野古への移設阻止を公約に掲げた玉城デニー知事と沖縄県の「切り札」とされていました。司法判断の帰趨が固まったことで節目を迎え、政府は工事再開強行へ動きを強めることが予想されます。
 この判決に対し、沖縄の地元紙の沖縄タイムスは5日付の社説で、辺野古埋め立てを巡る重要な論点に触れていないことを指摘し、「反対する地元の民意を切り捨て、地方自治の視点を著しく欠いた内容だ」と厳しく批判しています。

▽沖縄タイムス「辺野古 県敗訴確定 自治踏みにじる判決だ」

 最高裁の判決は、県がこれまでさまざまな場で主張し、司法の場でも問題にしてきた辺野古埋め立てを巡る重要な論点がまったくと言っていいほど取り上げられていない。
 取り上げているのは、本来国の業務である法定受託事務の審査請求に関する法解釈などの問題である。
 判決は、県の不承認を取り消す裁決が出された場合、県知事は「裁決の趣旨に従った処分をする義務を負う」と指摘する。裁決後も同じ理由で申請を認めないと「紛争の解決が困難になる」というのが最高裁の言い分だ。
 国の関与について地方自治法は「必要最小限度のものとし、普通地方公共団体の自主性、自立性に配慮しなければならない」と規定する。
 最高裁判決は、反対する地元の民意を切り捨て、地方自治の視点を著しく欠いた内容だ。

 もう一つの地元紙、琉球新報の5日付社説は、27年前の出来事を挙げ、さらに司法の怠慢ぶりを鋭くえぐっています。
▽琉球新報「設計変更敗訴確定 沖縄の不条理を直視せよ」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1778556.html

 敗訴が確定しても知事が承認しない場合、政府は代執行訴訟を起こす方針という。1995年に大田昌秀知事が国に提訴された代理署名訴訟と同じ構図だ。大法廷で審理され、96年8月の判決は、15人全員一致で「代理署名拒否は公益侵害」とし知事が敗訴した。7人の裁判官が補足意見で司法権の限界に言及し、6人が沖縄の基地負担集中への対応を求めた。
 代理署名訴訟判決から27年たっても、基地集中は変わらず、さらに新基地建設が強引に進められている。司法はこの不条理を直視すべきだ。

 27年前の代理署名訴訟判決では、当時の大田知事が敗訴しましたが、それでも最高裁大法廷の15人の判事のうち、6人が沖縄の基地負担集中への対応を求めていました。辺野古の訴訟も、基地の過重負担こそが根源的な問題、もっとも本質的な焦点でした。地方自治、そして「地域のことは地域も関与して決める」との自己決定権に深くかかわることであり、憲法のありようそのものを問う、沖縄からの問題提起でした。27年前には、司法権の限界の当否はともかくとして、三分の一以上の裁判官が過重な基地負担に言及する“良心”(あるいは本土に身を置く者としての“うしろめたさ”かもしれません)が、最高裁にはあったのだなと感じます。27年たって、状況は変わらず、選挙や県民投票でたびたび「辺野古移設に反対」の民意が明確に示されているにもかかわらず、埋め立て工事が止まらない現状を見ると、悪化しているとも言えます。にもかかわらず、最高裁が問題の本質に踏み込んだ言及を避けた、不条理から目をそらしたことは、司法がひどく劣化していることを示しているとしか言いようがない、と受け止めています。
 「行政手続きの司法判断なんて、そんなもの」との冷ややかな受け止めもあるかもしれません。しかし司法は立法や行政と異なり、選挙を通じて変革を期待することはできません。主権者の意思表示として、わたし個人として、抗議の意思を明確に表明しておきます。

 辺野古の埋め立ては、マヨネーズ状の地盤で、本当に新基地は完成するのか、というそもそもの問題があります。行政手続きの適否とは次元が異なります。1996年の普天間飛行場の返還合意から27年。新基地建設、移転、普天間飛行場閉鎖まであと何年かかるか分からないとなれば、別の方策を考えるのが合理的な発想のはずです。国家の安全保障政策や軍事への考え方は個々人でさまざまだと思いますが、辺野古移設一本で無理押しを重ねようとする日本政府の硬直さは、軍事的な備えを是とする立場から見ても危ういのではないでしょうか。裁判で沖縄県の敗訴が確定しようとも、辺野古への新基地建設、普天間飛行場の移設の根源的な疑問は何も解消していません。

 ■「ドローンの時代には使えない不要な基地だ」

 この最高裁判決を東京発行の新聞各紙は5日付の朝刊で、いずれも1面に掲載しました。主な記事の扱いと見出しを書きとめておきます。敗訴で沖縄県が「切り札」を失い、玉城知事が厳しい立場に追い込まれた、とのトーンは各紙に共通しています。
 その中で、東京新聞の1面の仕立てが目を引きました。いちばん大きな見出しは「辺野古 工事費底なし」。最高裁判決にも触れてはいますが、埋め立ての進捗率は14%の一方で、現時点で予定している総工費9300億円のうち、半分近くを既に使っていることを中心に報じています。今年3月に現地を視察した米軍幹部が「(辺野古新基地は)何のために造っているのか。ドローンの時代には使えない不要な基地だ」と周囲に漏らした、とのエピソードも紹介しています。訴訟は沖縄県の敗訴で終結するとしても、それで終わりではまったくありません。
※東京新聞の記事は同紙のサイトで読むことができます。
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/274772

▽朝日新聞
・1面トップ「辺野古 沖縄県の敗訴確定/最高裁 知事に工事承認義務」
・2面・時時刻刻「移設阻止 切り札失う/沖縄知事『意思変わらず』迫られる承認」「代執行視野 外堀埋める政権/軟弱地盤 見通せぬ難工事」/視点「突き進む国 問われる民主主義」
・社会面トップ「辺野古 国策の足元で/『本当は反対』でも、国の監視業務請け負い生計/住民団体解散 でも、抗議の意志表示『やめない』」

▽毎日新聞
・1面トップ「辺野古 沖縄県敗訴確定/設計変更 不承認は『違法』/最高裁 上告棄却/知事『極めて残念』」
・3面・クローズアップ「沖縄知事 極まる苦境/辺野古『最後の切り札』敗訴/設計変更承認に法的義務」「政府に強い追い風/軟弱地盤工事へ準備 代執行も視野」
・社会面トップ「『辺野古反対貫いて』/抗議の住民、沖縄知事に」/「宜野湾市長『判決重い』」/「決着ではない」紙野健二・名古屋大名誉教授(行政法)

▽読売新聞
・1面トップ「辺野古 沖縄県の敗訴確定/最高裁判決 『国の指示 適法』/工事再開へ調整 政府」
・3面・スキャナー「辺野古 法廷闘争に幕/政府 県が拒否なら代執行」「玉城知事 厳しい立場」
・26面(第2社会面)「地元、県や国の対応注視/翻弄される市民 複雑胸中」

▽日経新聞
・1面「沖縄県の敗訴確定/辺野古工事、再開の可能性 最高裁判決」
・3面「辺野古 知事に承認義務/工事の設計変更 移設、30年代以降に」

▽産経新聞
・1面トップ「辺野古 沖縄県の敗訴確定/最高裁 県、計画承認義務追う」
・3面・水平垂直「玉城氏 少ない選択肢/一転承認・反対継続 批判免れず」「国、代執行も視野 県承認見通せず」/「対話チャンネル再開を」元沖縄県副知事 上原良幸氏

▽東京新聞
・1面トップ「辺野古 工事費底なし/埋め立て14%、半分近く使い切る/軟弱地盤巡り沖縄県敗訴確定」/「米軍幹部『不要な基地』/研究者指摘『事業の総点検を』」
・3面「国の是正指示『適法』/最高裁、沖縄県の上告棄却」
・6面・判決要旨

 社説は5日付で朝日、毎日、日経、産経の4紙が取り上げました。
・朝日新聞「辺野古・沖縄県敗訴 自治を軽視する国策追認だ」/役割放棄した司法/代執行は対立招く/課題を共有する必要
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15733746.html

・毎日新聞「辺野古裁判で県敗訴 誠意ある対話が国の責務」
https://mainichi.jp/articles/20230905/ddm/005/070/072000c

・日経新聞「法廷では決着しない基地問題」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK043AB0U3A900C2000000/

・産経新聞「沖縄県の敗訴確定 知事は辺野古移設協力を」
https://www.sankei.com/article/20230905-PDULABU5XFIK5MZBQGUKJJ4UVE/

 朝日は「将来に禍根を残す判決だ」と厳しく批判し、毎日は判決への評価には触れず、日本政府に沖縄との対話を求める内容です。産経は、玉城知事は普天間移設への協力に転じるべきだと主張しています。「おや」と思ったのは日経新聞の社説です。本文の一部を引用します。

 安全保障上、沖縄の重要性が高まっているのは確かだ。だが、それでも在日米軍の専用施設の7割が、国土面積の1%に満たない沖縄県に集中しているのは偏りすぎだ。これを放置していては沖縄の協力は期待できない。
在日米軍の沖縄への集中は、中国がミサイルの性能を高めていけば米軍の脆弱さにもつながる。米軍の分散や自衛隊の増強が進むなかで、沖縄の負担を減らす道を政府は真摯に探るべきだ。
それには国全体で負担を受け入れることが欠かせない。政府はこうした調整にも力を尽くす必要がある。国民全体に基地の偏在を是正しようとする姿勢が見えてくれば、沖縄の県民感情も和らぎ、基地問題に現実的に対処する機運も生まれてくるのではないか。

 「在日米軍の沖縄への集中は、米軍の脆弱さにつながる」。安全保障環境の変化を冷静に見ていけば、こうした“現実”も当然、見えてくるはずです。安倍晋三政権以来、繰り返し唱えられている「辺野古が唯一の解決策」との言辞は思考停止そのものです。
 国家の安全保障や軍事に関する考え方は、人それぞれだと思いますが、まずは沖縄の過重な基地負担を解消し、国全体で負担を受け入れることが必要だ、ということは、だれしもが共有できるのではないでしょうか。