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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「壁」を突破したストライキの意義~そごう・西武売却と権利としての労働組合

 「そごう」「西武」の二つの百貨店を運営する株式会社「そごう・西武」の米投資ファンドへの売却を巡り、従業員の雇用継続に危惧を持つ「そごう・西武労働組合」が8月31日、基幹店の東京・西武池袋本店でストライキを決行しました。会社側は急きょ、同店を全面閉館としました。ストライキのさなか、親会社のセブン&アイ・ホールディングスは売却を最終決定し、翌9月1日に売却は完了しました。売却自体は、百貨店業界の苦境ぶりを示す経済ニュースだと思いますが、著名百貨店を舞台にストが実施されたことで、新聞、テレビのマスメディアもこぞって報じる大きなニュースになりました。ストライキに対して批判的、懐疑的な声を拾った報道もあったものの、「憲法で保障された労働者の権利」ということを踏まえてか、好意的な報道が目立つように感じました。
 大手百貨店でのストライキは1962年以来61年ぶりとのことですが、日本では著名企業を舞台にしたストライキ自体が絶えて久しいと言っていい状況です。新聞が1面で扱うほど大きく報道されたストと言えば、球界再編をめぐって2004年にプロ野球選手会が決行したストライキ以来ではないかと思います。
 8月31日のスト当日、わたしは職場のテレビのニュースで、西武池袋本店前で組合員らが道行く人にビラを配ったり、デモ行進したりする光景を目にしました。仕事を終えて夜、帰宅途中に、池袋まで足を延ばしてみました。組合員の姿はありませんでしたが、道行く人が次々に足を止めて、シャッターに貼られた「全面閉館」のお知らせをスマホで写真に収めていました。総じて若い人が多く、お知らせの文言を読みながら談笑している大学生とおぼしきグループもいました。関心を示している人たちの間に、ストに対して批判的な雰囲気は感じられませんでした。いつも通っている場所、よく知っている場所、ということもあって、ストライキを身近に感じたのではないでしょうか。

 ▽憲法で保障された権利

 日本国憲法は28条で、いわゆる労働三権を保障しています。団結権、団体交渉権、団体行動権です。団結権は労働者が労働組合をつくる権利、労働組合に加入する権利です。団体交渉権は、労働組合が雇用主と対等の立場で賃金をはじめとした労働条件について交渉する権利です。そして、労働条件の向上など要求を勝ち取るために行動に出る権利が団体行動権で、ストライキはその代表です。
 会社員は一人では会社に対して弱い存在です。一方的に賃金を切り下げられたりしても、一人では泣き寝入りするしかないかもしれません。そこで労働組合をつくり、集団の力で会社に対抗し、対等の立場で労働条件を話し合って決めていくために、これらの権利が保障されています。簡潔に言えば、自分たちの働き方は企業が一方的に決めるのではない、自分たちも当事者として決めていく、ということです。
 企業が社会的存在である以上、ストライキは社会にも影響を及ぼします。交通機関であれば移動が不便になり、流通や小売りであれば、消費者の消費活動(買い物など)にも影響が出ます。「迷惑だ」と感じる人がいるのはむしろ当然です。しかし、どんな要求を掲げてのストなのか、求めるものが明確で、その内容に共感を得ることができれば、ストへの理解も広がるはずです。
 そごう・西武労組の要求は、形式的には早急な売却に待ったをかけようというものでしたが、その本質は、自分たちの仕事と職場がどうなるかは、自分たちも加わった場で決めたい、自分たちも当事者である、ということです。売却を急ぐ会社に対して、労働組合の最後の手段として実力行使に踏み切ったストライキでした。
 大きく報じられたことで、ふだんは労働組合を縁遠く感じている、特に若い世代の人たちが、あらためて労働組合の役割や団体交渉、ストライキに対して理解を深めるきっかけになるのではないか。日が暮れた池袋の街頭で、そんなことを考えました。

 ▽持ち株会社の壁を突破

 ストライキは要求を獲得するための手段です。しかしセブン&アイ・ホールディングスは売却を強行しました。要求は通りませんでした。では、今回のストは結果として無駄だったのでしょうか。そんなことはまったくありません。労働組合運動の実践の観点からは、極めて大きな成果と意義があります。それは、スト権確立を武器に、ホールディングス、つまり持ち株会社を交渉のテーブルに就かせたことです。わたしなりの言い方をすれば、労働組合が「持ち株会社の壁」をスト権によって突破しました。
 戦前、経済界の財閥支配が戦争遂行の態勢を支えたとの観点から、敗戦後は長らく持ち株会社の設立は禁止されていました。規制緩和の流れに乗って独占禁止法が改正され、1997年に持ち株会社が解禁されました。企業グループの事業会社の株式は、持ち株会社であるホールディングスが所有し、経営方針はホールディングスが決めます。
 この持ち株会社制度は労使関係の上では、労働組合に経営方針に介入させずに済むメリットが会社側にあります。労働組合が団体交渉で取り上げることができるのは、原理的には労働条件に関することです。当事者は直接の雇用主である事業会社であって、持ち株会社ではありません。したがって、事業会社と労働組合の団体交渉には持ち株会社は出席しませんし、事業会社の経営者に裁量がないような事項、例えば会社の売却(株式の売却)などは、団体交渉でのテーマ足りえない、と突っぱねることも可能です。仮に、事業会社の経営者に裁量がない事項をめぐって労働組合がストライキを構えるなら、会社側は「違法ストだ」と主張することもあるでしょう。
 そごう・西武の売却をめぐる労使交渉では、労働組合はスト権を確立して会社に真摯に交渉に応じるように迫り、セブン&アイ・ホールディングスを団体交渉に参加させることができました。売却計画について説明させるなど、大きな成果がありました。スト権が武器として、この上なく有効に機能したと評価していいと思います。
 売却を阻止できなかったとはいえ、実際にストに踏み切ったことは、親会社が変わったこれからの労使交渉でも労働組合に大きな力になるはずです。組合員の団結の強さを新オーナーも無視はできないはずで、例えば早々に人員整理を打ち出す、などということは極めてやりにくいはずです。持ち株会社制を取る他産業の企業グループの労使関係にも、影響が及ぶ可能性があります。
 ひと口に「ストを打つ」と言っても、そう簡単ではありません。会社側も様々にブラフを掛けてきます。組合員の心が一つになっていなければ、たちまち腰砕けになってしまいます。そうした状況は簡単に見透かされてしまいます。まず必要なのは団結の強さです。結局のところ、働く者の最大の力になるのは団結です。団結あってのストライキです。そごう・西武労働組合の皆さんの団結に、敬意を表します。

 ストの決行と、そごう・西武の売却決定は、東京発行の新聞各紙も9月1日付の朝刊で大きく報じました。主な記事の見出しは以下の通りです。

・朝日新聞
1面トップ「そごう・西武 きょう売却/61年ぶり百貨店ストのさなか決定」
3面「西武労組 残した爪痕/スト決行『労働者の利益に』」/「売り場大幅削減か」

・毎日新聞
1面準トップ「そごう・西武売却を決議/セブン取締役会 組合、スト決行」
2面・焦点「情報求め『伝家の宝刀』/売却計画 説明引き出す」「百貨店の維持険しく」

・読売新聞
1面準トップ「そごう・西武 売却発表/池袋本店スト休業 セブン&アイ」「本店 3000億円でヨドバシに」
3面・スキャナー「売却 説明足りず/労組、経営陣に不信感/百貨店61年ぶり」「協調重視 国内スト少なく」
32面(第2社会)「池袋の将来 案じる声/西武本店スト 組合員『苦渋の決断』」

・日経新聞
1面「そごう・西武 池袋店などの土地 ヨドバシ、3000億円弱で取得」
3面「主要3店にヨドバシ/そごう・西武、都心需要に的/労使しこり 再建に影/高級ブランドが難色」/「4者異なる思惑/勝者なき売却劇」
16面「セブン&アイの誤算/ステークホルダー経営、高い壁」

・産経新聞
1面「そごう・西武売却決定/セブン、貸付金916億円放棄」
3面・水平垂直「セブン、コンビニ注力/不採算整理 祖業ヨーカ堂死守」「苦境続く百貨店 危機感共有」
10面(経済面)「スト『一日だけ』労組苦渋/セブン『心配かけ申し訳ない』」ドキュメント/「売却『価値向上へ』『時期尚早』」
28面(第2社会)「西武スト 客ら困惑/豊島区長『池袋の顔、残念』」

・東京新聞
3面「経営に圧力 労組が一石/そごう・西武スト 大手61年ぶり/雇用維持訴え 市民共感」「米ファンドに売却強行」
社会面「池袋『文化の街』継承は/そごう・西武売却 区長懸念」

 日経新聞が、労使のしこりが再建にはマイナス要因であり、ストで得られたものは何もないと指摘しつつ、労働組合を企業のステークホルダー(利害関係者)の一者と明確に位置づけ、ストに至ったのはセブン&アイ・ホールディングスが従業員をないがしろにしたためだ、との趣旨でこの事態を読み解いているのが目を引きました。経済専門紙も、ストを打った労組に批判は向けていない、ということです。
 各紙の記事の中で出色と感じたのは、毎日新聞の総合面「焦点」の「情報求め『伝家の宝刀』」の記事です。前述のように、売却は阻止できなかったものの、ストには大きな意義がありました。スト権確立を武器に、セブン&アイ・ホールディングスを交渉の場に引っ張り出し、売却を巡る情報を開示させました。そのことが分かりやすく書かれています。

 ▽権利を輝かせるために

 そごう・西武労組のストが大きく報じられたことで、労働組合やストライキに対する関心も高まったことと思います。重要なのは、こうした権利は本来、働く者であれば等しくすべての人に保障されていなければならない、ということです。一部の労働者の特権ではありません。しかし昨年12月に厚生労働省が発表した労働組合の組織率は、昨年6月末の時点で推定16.5%です。団結権を具現化した「労働組合」という権利を手にできている労働者はおおむね6人に1人、圧倒的に少数です。自分の意思で労組に加入しない人もいますが、入りたくても入ることができる労組が身近にない、という人が少なくないのが実情です。
 ストライキに対しては批判的な考えの人も当然います。権利を手にしている労働者がごく一部に過ぎない現状では、理解を求めようとしても説得力を欠きます。働く者であれば、だれでもその権利を手にできるようにすること。それもまた既存の労働組合の課題ですし、労働組合をおいてほかにできることではありません。労働者の権利が広がっていくことが、ストライキを含めて、その権利への社会の理解と支持を広げていくことにつながります。逆に、権利を広げていく努力を怠れば、いずれは自分たちが今手にしている権利を守ることも難しくなっていきます。団結権という権利を拡大していくこと自体も団結権の行使です。
 「権利は正当に行使していかなければ、権利として輝くことはない」。わたし自身が経験した労働組合の運動を通じて、確信していることです。