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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

反戦の声を上げること、反戦の声を報じることの意味~ロシアのウクライナ侵攻1年、在京紙の報道の記録

 ロシアがウクライナに侵攻してから2月24日で1年となりました。戦火はやまず、ウクライナ市民の犠牲も、両軍兵士の犠牲も増え続けています。どうしたら、この戦争を終わらせることができるのか。日本の国家として、あるいは市民として、何かできることはないか。ふだんにもまして、そんなことを考える1日でした。
 東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)は、24日付の朝刊でそろって1面トップで扱いました。各紙の1面の見出しは以下の通りです。
 ▽朝日新聞「侵攻1年 見えぬ出口/ウクライナ民間犠牲8000人超/プーチン氏 核戦力を誇示」「『夫は戦死』知らせだけ届いた/待ち続ける新婚の妻」
 ▽毎日新聞「戦況膠着 絶えぬ犠牲/ウクライナ侵攻1年」「両親失った14歳『私は負けない』」
 ▽読売新聞「ウクライナ 終戦見えず/露侵略1年/戦線膠着 死傷計30万人」
 ▽日経新聞「20世紀型大国の落日/ロシア誤算、戦争長期化の様相/ウクライナなお屈せず」
 ▽産経新聞「自由の防壁 守る決意/ウクライナ抗戦 長期化必至/G7 年5.3兆円へ支援増/露侵略1年」
 ▽東京新聞「今すぐ武器を置き 戦争を終わらせて/ウクライナ侵攻1年 避難1300万人 犠牲10万人規模」「日本の高校生ら ロシア核威嚇に抗議」

 朝日、毎日、読売は、戦争終結の道が見えず、犠牲者が増え続けている、との見出しです。日経は歴史的な観点もまじえた大きな構えの視点、産経はウクライナ側に立った視点の見出しです。他紙と一線を画しているのは東京新聞で、いちばん大きな見出しの「今すぐ武器を置き 戦争を終わらせて」は、ロシアの核兵器による威嚇に抗議し、即時停戦を求めて23日に東京都内でロシア大使館からウクライナ大使館までを更新した中高生、大学生らの訴えです。侵攻1年の状況をまとめた本記の下に、横断幕を手に行進する様子の写真と記事を並べ、この大きな見出しがいちばん目立つレイアウトになっています。
 戦争を起こさせないこと、始まってしまった戦争は一刻も早く終わらせることは、ジャーナリズムにとっても大きな課題です。1年前にこの戦争が始まってしまったときに、わたしはこのブログで以下のように書きました。

 プーチン大統領が専制的な統治を続けているロシア社会で、弾圧の脅しにひるまず「戦争反対」の意思を表明する人々が立ち上がったことは、記事にあるように「異例の事態」でしょう。この声を世界に広げ、国際的な民衆の連帯でウクライナの人々を支えるとともに、ロシア社会で戦争に反対する人たちを孤立させずに支えていくことが、ジャーナリズムには可能なはずです。ウクライナ侵攻をやめることができるのは、おそらくプーチン大統領だけ。そのプーチン大統領の足元のロシア社会で反戦を訴える人々がいることは希望であり、その希望を世界に広げることがジャーナリズムの役割の一つだと思います。
 (中略)
 ここに至って思うのは日本国憲法の前文にある次の一文です。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 「平和を愛する諸国民の公正と信義」はロシア社会の中にもあります。そのことを日本社会に伝え、また日本社会にも平和を愛する人々の公正と信義が存在していることを国内外に伝えていくことが、この憲法を持つ国のマスメディアにできることであり、最大の責務でもあると思います。

news-worker.hatenablog.com

 1年前のこの思いは、今も変わりがありません。戦争に反対する人が日本社会にも、ロシア社会にもいて、声を上げ続けていることを伝えるのは、マスメディアの役割です。そうした思いで、24日付の東京発行各紙が、ロシア社会の反戦の声をどの程度紹介しているかを見てみましたが、目に止まったのは、朝日新聞の国際面(9面)に「ロシアから『反戦』 弾圧受けても」との4段見出しの記事だけでした。
 朝日の記事によると、今も反戦を表明する動きは続いていますが、弾圧も厳しく、また愛国心を求める圧力も高まっているとのことです。ロシア当局は国内メディアだけでなく、ロシア国内で活動する外国メディアに対しても報道規制の網をかけているためか、この記事には発信地のクレジットや記者の署名がありません。戦争遂行と自由な表現活動は相いれないことを如実に示しています。
 そのような状況のロシア社会に、国外から反戦の連帯メッセージを届けるのは困難かもしれません。それでも、連帯の声を上げることには意味があります。例えば日本社会で反戦の声が大きくなれば、日本政府を動かす原動力になることができるかもしれません。声を上げ続けること、それをマスメディアが内外に報じることには、大きな意義があります。

 戦争を終わらせるために、日本が何をなすべきか、何ができるかについて、新聞各紙も編集幹部の署名評論や社説で、さまざまに論じています。ロシアがウクライナの国土の一部を占領したままの停戦を認めれば、力による現状変更を容認することになり、悪しき例を残すことになるとして、戦闘の継続とNATO加盟諸国の軍事支援を事実上、是認する論調があります。一方で、ロシアに対する経済制裁に限定的な効果しかないのは、制裁に参加しているのが欧米各国と日本が中心で、他地域に広がりを欠いているからだ、などとしてロシア包囲網を広げる外交努力を求める論調があります。
 日本のウクライナ支援を巡っては、G7各国の中でトップがウクライナを訪問していないのは日本だけであるとして、岸田文雄首相のウクライナ訪問が取り沙汰されています。ことし日本はG7の議長国であり、5月には岸田首相の選挙区である広島市で首脳会議も開かれます。そのような立場の岸田首相がウクライナを未訪問では、支援の本気度が疑われる、ということでしょうか。しかし、仮に岸田首相がウクライナを訪ねたとしても、欧米各国のように武器を供与できるわけでもなく、またすべきではないと思います。欧米各国の武器供与は、軍事機構であるNATOの加盟諸国による軍事支援です。集団的自衛権を行使するNATO加盟の各国にしてみれば、ウクライナでの戦争は自らの防衛圏のすぐ隣で起きているだけに、他人事ではありません。日本は置かれている立場が違います。
 日本国憲法は第9条で「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、前文では「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と規定しています。この二つの精神に忠実に従うなら、日本はNATO加盟諸国によるウクライナへの軍事的な直接支援とは距離を起き、外交の分野で、ロシアへの経済制裁に加わっていない中国やインドへの働きかけを始めとして、ロシア包囲網を広く、強固にし、そのことをもって早期の停戦の実現に努めることに役割があるのではないかと思います。
 付言すれば、ロシアのプーチン大統領は、核兵器を威迫に使っています。相手もこちらと同様、冷静に合理的に思考することを前提にしてしか成り立たない核の抑止論は、もはや崩壊したも同然です。岸田政権が掲げている軍拡路線も、核武装には踏み込んでいないとはいえ、軍備拡大によって敵国に攻撃を思いとどまらせるという抑止論に基づいています。リアリズムに徹してロシアの現状を見れば、岸田軍拡の抑止効果にも疑問を感じざるを得ません。

 以下に、東京発行各紙の24日付朝刊1面に掲載された署名評論と、24日付前後の関連の社説の見出しを書きとめておきます。社説は各紙のサイトへのリンクを張っています。

■24日付朝刊1面署名評論
▽朝日新聞「G7以外も巻き込み抑止を」杉山正・欧州総局長
▽毎日新聞「試される私たちの覚悟」古本陽荘・外信部長
▽読売新聞「無秩序な世界 防ぐ努力を」小川聡・国際部長
▽産経新聞「敗れれば次の『破壊者』生む」加納宏幸・外信部長

■社説
▽朝日新聞
・24日付「ウクライナ侵攻1年 戦争の理不尽 許さぬ知恵を」/深く刻まれた憎しみ/西側への不信直視を/「法の支配」で結集へ
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15564601.html
・25日付「日本のウクライナ支援 平和への歩みと知見生かせ」/息長く支えるために/分断修復のパイプに/命守る包摂社会築け
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15565334.html
▽毎日新聞
・23日付「ウクライナ侵攻1年 拡大する人道被害 露は直ちに攻撃の停止を」/高まる泥沼化のリスク/外交圧力を強める時だ
https://mainichi.jp/articles/20230223/ddm/005/070/113000c
・24日付「ウクライナ侵攻1年 『戦場』広げるIT 軍民の境界を崩す危うさ」/ハイブリッド戦の時代/新たな規範を考えねば
 https://mainichi.jp/articles/20230224/ddm/005/070/032000c
・25日付「ウクライナ侵攻1年 核使用の懸念 破滅の道避ける知性こそ」/威嚇続けるプーチン氏/軍備管理の立て直しを
 https://mainichi.jp/articles/20230225/ddm/005/070/122000c
▽読売新聞
・24日付「露侵略から1年 暴力の支配許さぬ決意と連帯 ウクライナの抗戦を支えよう」/世界を変えた「士気」/米欧日の結束が重要だ/プーチン氏を追い込め
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230223-OYT1T50132/
▽日経新聞
・24日付「ウクライナ勝利が自由と秩序守る」/まずは戦闘停止を/重い日本の責任
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK225ZG0S3A220C2000000/
▽産経新聞
・24日付「ロシアの侵略1年 ウクライナと連帯強めよ 岸田首相はキーウ訪問果たせ」/占領地から即時撤退を/プーチン氏に勝利ない
 https://www.sankei.com/.../20230224.../
▽東京新聞(中日新聞)
・24日付「ウクライナ侵攻 和平の道筋を探らねば」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/232913
・25日付「ロシア戦争犯罪 子どもらを親元に帰せ」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/233148