ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

東京大空襲77年、東電福島第一原発事故11年とロシアのウクライナ侵攻~リアルさ欠く原発再稼働論と「核共有」論議

 3月10日は第2次大戦末期の1945年、東京の下町地区が米軍のB29爆撃機の空襲を受け、一晩で住民10万人以上が犠牲になった東京大空襲の日。翌11日は2011年、東日本大震災が発生し、東京電力福島第一原発事故が起きた日です。ことしの3月10日、11日は、折しもロシアのウクライナ侵攻が続く中で過ごし、戦争と平和について、いくつか考えることがありました。備忘を兼ねて書きとめておきます。

 ▼住民の犠牲
 東京大空襲から77年の10日、東京都墨田区の東京都慰霊堂で法要がありました。東京発行の新聞各紙はその様子を11日付朝刊で伝えています。参列者からは、戦火に巻き込まれているウクライナの人々をかつての自身の姿に重ね合わせ、戦争への憤りや、早期の終結を願う思いが聞かれたことが紹介されています。一部を書きとめておきます。

 ■朝日新聞 第2社会面「ウクライナを思う 東京大空襲の日/77年前家族亡くした 何で戦争なんか」
 ・9歳で大空襲を経験した86歳。小学5年生だった兄は死亡。
 「あんなことして、どうなるのか。焼夷弾や爆弾が落ちると、家なんてばーっと燃えてしまうんですよ」「私は経験したから、子どもたちが本当にかわいそう。戦争をしないように話し合いを進めてもらえないか」
 ・千葉県に疎開していた85歳。母親ときょうだい5人が死亡。
 「親との別れを思い出し、胸がいっぱいになっちゃう。何で戦争なんかあるのかな、とすごく複雑な気持ち」
 ■毎日新聞 都内版「平和の大切さ伝えて/墨田、都庁で犠牲者慰霊 東京大空襲77年」
 ・80歳と78歳の姉弟。104歳の母が連れて逃げた。はぐれた父と祖父母の遺体は見つかっていない。
「空襲の記憶はないが、ロシアのウクライナ侵攻で市民が傷ついているニュースを見ると、家族を失った悲しみを思い出して苦しい」
 ■東京新聞 社会面「東京大空襲『風化させない』/77年 慰霊大法要」
・遺族代表の67歳。母親の姉一家や母方の祖母ら11人が死亡。
「子どもが泣きながら国境を越えて避難するなんておかしい。何の関係もない人たちを巻き込まないでほしい」

 3月10日の東京大空襲を皮切りに、米軍は日本の主要都市を対象にした戦略爆撃に乗り出し、8月の広島、長崎への原爆投下に至ります。軍だけではなく住民に対する無差別の殺戮でした。4~5月の沖縄戦もまた、住民におびただしい犠牲を生みました。近代戦は、軍隊同士の戦闘にとどまらず、非戦闘員=住民を巻き込むことが歴史の教訓として刻まれたはずでした。
 それでも戦争の勝者は裁かれることはありませんでした。今、ウクライナでロシア軍は都市を攻撃し、子どもを含めて住民の死者が増え続けていると報じられています。3月10日付の毎日新聞のコラム「余禄」に興味深い逸話が紹介されていました。書き出しを引用します。

1962年のキューバ危機で米空軍参謀総長のルメイはキューバのミサイル基地の空爆を求めたが、ケネディ大統領はこれを退けた。ミサイルは一部配備済みで、核戦争を招いた可能性も大きい空爆提案だった▲当時の国防長官マクナマラは第二次大戦末期には、日本の都市への焼(しょう)夷(い)弾攻撃を命令したルメイの下僚だった。都市焼き打ちの非人道性に懸念を示したマクナマラに、ルメイは語ったという。「負けたらわれわれは戦争犯罪者だよ」

mainichi.jp

 プーチン大統領は、侵攻をやめて敗者となって戦争犯罪人として裁かれることを恐れているのでしょうか。しかし、侵攻を続ければさらに住民の犠牲を生むというのに、いったいどんな勝利があるというのでしょうか。

f:id:news-worker:20220314080643j:plain

【写真】焦土と化した東京。本所区松坂町、元町(現在の墨田区両国)付近で撮影されたもの。右側にある川は隅田川、手前の丸い屋根の建物は両国国技館。

 ※出典:ウイキペディア「東京大空襲」、パブリックドメイン

 ▼核兵器と原発
 2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故は、原子炉自体に損傷がなくても、電源を失えばいとも簡単に破滅的な事態に陥ることを明らかにしました。世界中で共有している教訓のはずです。ウクライナに侵攻したロシア軍が原発に攻撃をかけたとのニュースを耳にした時には、本当に驚きました。報道によると、ロシア軍はウクライナの原子力施設の制圧を執拗に狙っている可能性もあるようです。「ウクライナが核兵器を開発している」と主張するため、との指摘も目にします。
 ウクライナ侵攻と核をめぐっては、プーチン大統領が繰り返しロシアは核兵器大国であることを強調していることから、日本では安倍晋三元首相を皮切りに、「核兵器の共有」を議論すべきだとの主張が自民党内や日本維新の会から出ていることは、このブログでも触れました。

news-worker.hatenablog.com

 岸田文雄首相は広島が地元ということもあって、さすがに議論の必要性自体を否定していますが、それでも「核共有」論はやまないようです。折しも東日本大震災11年の当日、3月11日付の朝刊に、日経新聞と産経新聞は長文の特集記事を掲載しました。見出しは以下の通りです。

 ■日経新聞(政治面)「『核共有』議論 自民で浮上/米の使用判断に関与/NATOは自国配備 別方法を検討/プーチン氏発言 契機に」
 ■産経新聞(総合面)「核共有 党内での議論容認/首相、米の拡大抑止『不可欠』/実施の欧州 日本と違い 参院予算委」

 仮に「核共有」に乗り出すとすれば、その趣旨は、日本が近隣の核保有国から核攻撃を受けないように、核による抑止を強化する、ということなのだろうと思います。論議の発端は、核兵器大国であることを誇示し、ウクライナ侵攻に際して使用を辞さないことを示唆するプーチン大統領の常軌を逸した言動です。そして、もう一つの常軌を逸した行動であるロシア軍による原発や各施設への攻撃を考え合わせると、「核共有」には期待できるような効果はないと考えざるを得ません。
 核抑止の根幹は、核兵器を使用すれば核兵器による報復を受ける、だから核兵器の使用を思いとどまる、ということです。通常兵器の攻撃に対して核兵器で報復することは想定していません。一方で、原発が通常兵器で攻撃されると、場合によっては核爆発に匹敵する被害が生じます。攻撃する側から見れば、核兵器を使わずとも、核兵器を使うに等しい打撃を相手に与えることができます。報復に核兵器を使ってしまえば、その報復に正当性はなくなります。
 現実問題として、ロシアとウクライナは陸続きで、ロシア軍は本気で原発に核爆発を起こさせる意図はなかったかもしれません。しかし、沿岸部に原発が建ち並ぶ島国の日本ではどうでしょうか。仮に日本が自国内に米軍の核兵器を共有したとしても、原発を通常兵器で攻撃するという選択肢がある以上、核兵器共有は何の抑止力にもならないでしょう。むしろ、全原発の即時撤廃の方が、よほど自国民を守ることにつながるのではないかと感じます。それが、福島第一原発事故の教訓を生かすことでもあるはずです。

 3月11日付の新聞各紙の中では、読売新聞が核をめぐって二つの長文の記事を掲載しているのが目を引きました。見出しを書きとめておきます。

 ・総合面・スキャナー「露の原発攻撃 安全へ脅威/2カ所制圧『核の脅し』」「国際法違反・市民生活に圧力」
 ・政治面「原発再稼働 高まる声/ウクライナ情勢 エネルギー価格高騰 与野党」

 ロシア軍による原発攻撃は危険極まりない暴挙ですが、常軌を逸した暴挙が現実に起きています。それが戦争のリアルです。一方で、日本の政界では原発再稼働の声が高まっている。日本の政治がいかにリアルさを欠いているか、ということを読売新聞の二つの報道が明らかにしてくれているように思います。「核共有」議論にも、そのリアルの欠如が共通していると感じます。

 

※追記 2022年3月14日8時20分
 ウクライナの首都キエフの近郊で取材活動中だった米国人ジャーナリストのブレント・ルノー氏がロシア軍に射殺されたと報じられています。氏に哀悼の意を表します。
共同通信「米ジャーナリストを殺害 ロ軍が銃撃とキエフ当局」=2022年3月14日
https://nordot.app/875758572814974976

nordot.app

 ジャーナリストは戦場から、そこで何を起きているかを伝えます。その戦争についてどう考えるか、自分は何をするべきかをわたしたちが判断するために必要な情報です。
 亡くなったジャーナリストは首を撃たれており、狙撃されたとの情報も伝えられています。ロシア軍は、取材中のジャーナリストだと分かっていて狙い撃ちにしたのか。自国内で報道の自由を弾圧するプーチン大統領は、「戦場の真実」が明らかにされるのを妨げたいのか。到底容認できません。