「『核共有』議論」発言に批判圧倒、新聞各紙の社説・論説~プーチンの脅しに屈せず、核兵器廃絶を求める

 ロシア軍のウクライナ侵攻は1週間以上たってもまだ停戦の道筋が見えません。それどころか、3月4日にはロシア軍がウクライナ南部にある欧州最大級のザポロジエ原子力発電所を砲撃し、制圧したと伝えられています。原子炉は頑丈な建屋の中にあって、砲撃で損傷する恐れは少ないかもしれません。しかし、構内の電源が失われるようなことになればどうなるかは、東日本大震災時の東京電力福島第一原発事故で、世界中が共有している教訓のはずです。戦争を指揮するロシアのプーチン大統領がそのことを知らないはずはありません。原発への攻撃は福島第一原発事故から11年の「3・11」を目前にしたタイミングです。「人類史で初めての暴挙」との批判の言葉は決して大げさではありません。そしてこれも誇張ではなく、プーチン大統領をはじめロシアの戦争指導層が正常な判断力を失っているおそれを想定せざるを得ないと感じます。
 ウクライナ侵攻では早い時期からプーチン大統領は「核」をちらつかせていました。経済制裁を中心にロシア包囲網を敷く欧米各国へのけん制だとも伝えられています。国際社会に向けて核兵器を威迫に使うこと自体、極めて異常で容認できないのですが、日本ではさらに、元首相という立場の政治家から耳を疑うような発言がありました。このブログの一つ前の記事でも紹介している安倍晋三元首相の「日本は『核共有』を議論すべきだ」との発言です。

※産経ニュース「安倍元首相『核共有』の議論を」=2022年2月27日 

www.sankei.com

 自民党の安倍晋三元首相は27日午前のフジテレビ番組で、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、米国の核兵器を自国領土内に配備して共同運用する「核共有(ニュークリア・シェアリング)」について、国内でも議論すべきだとの認識を示した。「日本は核拡散防止条約(NPT)の加盟国で非核三原則があるが、世界はどのように安全が守られているかという現実について議論していくことをタブー視してならない」と述べた。
 同時に「被爆国として核を廃絶するという目標は掲げなければいけないし、それに向かって進んでいくことが大切だ」とも語った。

 安倍元首相の発言に対して、岸田文雄首相は被爆地・広島から選出されているだけあって、「核共有」議論も、非核三原則の見直しも即座に否定しました。しかし、自民党では福田達夫総務会長、高市早苗政調会長が相次いで安倍元首相に同調する発言を行っています。野党では日本維新の会が、「核共有」の議論を政府に求める提言を林芳正外相に提出しました。

 隣国のロシアや中国が核兵器を保有し、北朝鮮も核開発の能力を保持している中で、ロシアのプーチン大統領が核を露骨に威迫の材料に使っている状況は、確かにわたしも不安を感じます。しかし、仮に日本が「核共有」という核武装に踏み出したところで、その不安は解消されません。日本の核武装は、かえって他国の核兵器の照準を日本に合わせることを正当化する理由になってしまうからです。日本は米国の核の傘に入っていますが、そのことと、日本自身の核武装とには大きな違いがあります。核を共有しても、日本国民を守ることにはなりません。
 核戦力の抑止理論は、核保有国がいずれも正常の合理的な判断力を有していることを前提としていなければ成り立ちません。しかし、核大国であるロシアが一方的にウクライナを侵略し、躊躇なく原発をも攻撃している現状、そしてプーチン大統領が「核」を国際社会への威迫に使っているさまは、それだけでロシアの戦争指導層が正常の合理的な判断力を維持できているのかが疑われる事態です。もはや核抑止理論は前提を失いつつあります。いよいよ核兵器は廃絶させるしかありません。
 そういう現状なのに、日本で「核共有」の議論が必要などと主張することは、プーチン大統領の脅しに屈するのも同然だと思います。勇気をもって、毅然とその脅しをはねつけるために必要なことは、日本の国是である非核三原則を堅守し、核兵器の廃絶を進める具体的な行動を示すこと、ロシアのプーチン大統領に対し、ただちにウクライナへの攻撃をやめて軍を撤退させるよう求め続けることだと思います。
 そもそも、日本が核兵器を共有するとしたら米国保有のものですが、米国は何もコメントしていません。今は各国が総力を挙げてロシア軍を撤退させなければいけない時なのに、日本だけは他人の所有物を勝手に当てにして「議論が必要」などとは、米国も迷惑な話のはずです。

 「核共有」議論を提起しようとする安倍元首相を、広島市に本社を置く中国新聞社は3月1日付の紙面に掲載した社説で毅然と批判しています。同感です。
▼中国新聞3月1日付社説「安倍氏の『核共有』発言 危機に便乗、許されない」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=837013&comment_sub_id=0&category_id=142

 被爆の惨禍を体験した私たちは、核兵器では人類を守れないことを知っている。77年たつ今なお苦しむ被爆者がいる。被爆地から安倍氏の発言に非難の声が上がるのは当然のことだ。
 安倍氏は番組で「被爆国として、核を廃絶する目標は掲げなければならない」とも語っていた。しかし元首相の発言だけに国際社会への影響力は大きい。非核三原則の破棄もあり得るという誤ったメッセージとして受けとめられる恐れもある。
 岸田文雄首相はきのうの参院予算委員会で、安倍氏の発言について「非核三原則を堅持するわが国の立場から考えて、認められない」と述べた。それにとどまらず、安倍氏に発言撤回を求めるべきである。被爆国として、核に頼らない安全保障の議論をリードすることが必要だ。
 (中略)
 核兵器が存在する限り、使用される恐れがある。偶発的な事故やテロリストの手に渡るリスクだけではない。今回のように保有国の指導者が愚かな判断を絶対しないとは断言できない。
 ひとたび核が使用されれば敵も味方もない。抑止力が機能しないことは明らかだ。それに国際社会が気付いたからこそ、核兵器禁止条約はできたはずだ。
 平和と安全のためには廃絶しかない。究極の非人道兵器による悲惨を知る被爆国政府こそ、それを世界に発信すべきだ。

 このほか、3月4日までにネット上で内容が確認できた新聞各紙の論説、社説では、「核共有」議論発言への批判が圧倒しています。議論を容認する内容の論調は、確認できた範囲では産経新聞(3月1日付)だけでした。
 以下に、各紙の論説、社説の見出しと本文の一部を書きとめておきます。ネット上の各紙のサイトで読めるものは、リンクもはっておきます。

【3月4日付】
▼秋田魁新報「軍事侵攻1週間 ロシア、国連決議実行を」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20220304AK0012/

 今回の決議ではロシアの核部隊の警戒態勢引き上げについても非難している。核戦力を背景に威嚇を行うのは常軌を逸していると言わざるを得ない。米政府は脅しにすぎないとしながらも、不測の事態へ警戒を強めている。
 自民党などからは今回のロシアの軍事侵攻を機に、米国の核兵器を共同運用する「核共有」、非核三原則の見直し議論を求める声が上がる。日本は国連でロシアに即時撤退を求める決議を共同提案している。その国が危機に便乗して「核共有」の議論を始めようとするのでは決議の真意まで疑われかねない。
 言いだしたのは安倍晋三元首相。党幹部や日本維新の会からは相次いで同調する発言が出ている。核の威力を国家間で競い合おうとするのでは平和は遠のく一方になる。
 岸田文雄首相が「唯一の戦争被爆国として核による威嚇も使用もあってはならない」として三原則堅持の姿勢を示したのは当然だ。閣僚らも相次いで見直し論を否定しており、岸田政権の姿勢は明確だ。

▼山形新聞「安倍氏らの『核共有』発言 平和主義と相いれない」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/?par1=20220304.inc

▼愛媛新聞「『核共有』議論 廃絶の目標に逆行 容認できない」

 どれだけ状況を限定したとしても、日本が核兵器を置くことを容認すれば他国への連鎖を招き、拡散が進むのは容易に想像がつく。核兵器禁止条約が重みを増す世界の流れに冷水を浴びせてはなるまい。プーチン氏に毅然(きぜん)とノーを突き付け、核廃絶の重要性を訴えるべきだ。
 核をちらつかせる威嚇の背景に、日米欧などが協調して強める経済制裁や、ウクライナ支援をけん制する狙いがあるのは明らかだ。が、戦闘が続く中でいたずらに緊張を高めれば、不測の事態に危機感が募る。
 プーチン氏は昨年、バイデン米大統領との会談で「核戦争は決して行われてはならない」とする共同声明を発表した。今年の年頭には、核保有五大国として同様の意志を表明していたはずだ。攻撃を即時停止し、軍を撤収するよう求める。

▼佐賀新聞「『核共有』発言 危機便乗の議論は慎め」※共同通信配信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/819454

 まず、なぜ今のタイミングで発言するのかという問題だ。現下の最大の焦点は、ロシアのプーチン大統領が核攻撃に踏み切るかどうかであり、その暴挙を抑えるため国際社会は結束した対処が求められている。
 その中で日本が自国の安全保障を核兵器に頼る議論をすることは、国際社会からどう見られるのか。安倍氏は長期政権の首相を務め、世界の平和をリードしていくべき立場にあるはずだ。国際的な危機を利用するような発言は慎むべきだ。
 二つ目は、地域の緊張を高める恐れが強いことだ。日本の核共有に対しては、中国などが警戒を強め、さらに軍備を増強する「安全保障のジレンマ」に陥りかねない。
 三つ目は核共有が招く事態への覚悟と責任が政治家にあるのかという問題だ。確かに日本は抑止力を米国の「核の傘」に依存している。だが、核共有で国内に核兵器を配備した場合、状況は大きく変わる。もし抑止の均衡が崩れた場合、真っ先に攻撃の対象になるのは、日本国内の核関連施設になるだろう。
 維新代表の松井一郎大阪市長は、非核三原則に関して「昭和の価値観だ」と批判した。だが、日本が攻撃の対象となることへの政治家としての責任をどう考えているのか。日本を二度と戦争の惨禍にまみえさせないように努めることこそが政治家が守るべき「普遍的な価値観」ではないか。
 広島や長崎の被爆者から、「許せない」という憤りの声が上がるのは当然だ。

【3月3日付】
▼信濃毎日新聞「『核共有』提起 針路見まがう愚を犯すな」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022030300122

 冷戦のただ中、日本は米国の意向を振り切って、保有国の軍縮義務と非保有国の安全保障を主張し1968年の国連決議へと結び付けた。いま取るべきは、再び非保有国の先頭に立って、保有国による威圧を認めないルールの厳格化を図ることだろう。
 核共有の検討は、核廃絶という目標を実質的に切り捨て、戦争被爆国が威圧する側に回ることを意味する。原爆の惨苦を二度と繰り返さないと自らに誓った非核三原則は「昭和の価値観」には決してとどまらない。
 岸田文雄首相は、核共有を「政府として議論することは考えていない」と繰り返し述べている。要らざる議論が幅を利かせる前に、核兵器禁止条約への参加を表明してはどうか。軍備管理が危ぶまれる情勢だからこそ、非核の立ち位置を明示しなくてはならない。

▼新潟日報「『核共有』提起 ぶれずに三原則の堅持を」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/33029

 安倍氏はロシアのウクライナ侵攻を踏まえ「世界の安全がどのように守られているのか。現実の議論をタブー視してはならない」と述べた。
 だが、核共有政策は、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」とした非核三原則に反するのは明らかだ。戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条との整合性も問われる。
 岸田文雄首相は安倍氏の発言について「非核三原則を堅持するわが国の立場から認められない」「政府として議論は考えていない」と国会で否定した。被爆国の首相として当然だ。
 首相は被爆地広島が地元であり、「核兵器のない世界」実現を訴えてきた。今後もぶれずにその姿勢を保ってほしい。
 理解しがたいのは、非核三原則が時代遅れとでもいうような指摘まで出たことだ。
 維新代表の松井一郎大阪市長は核共有についての議論は当然だとし、「核を持っている国が戦争を仕掛けているんだから。昭和の価値観のまま令和もいくのか」と語った。
 幾多の犠牲と悲劇を生んだ被爆の悲劇に根差す三原則を「昭和の価値観」と片付ける。そんな乱暴な議論が勢いづくことを強く危ぶむ。

▼京都新聞「核共有発言 三原則に明確に反する」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/742601

 核共有は、欧州で行われ、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するドイツやオランダなどには冷戦時代から米国の核兵器が配備されている。
 ただ、日本も加盟する核拡散防止条約(NPT)は、非保有国に対して核兵器の受領や取得を禁じている。日本が新たな核を受け入れるなら条約違反となる可能性が高く、核不拡散体制を崩壊させかねない。
 核兵器を全面的に違法とする核兵器禁止条約が昨年1月に発効した。抑止力を名目に核に依存し続ける大国の姿勢に非保有国からの批判が高まっている。
 広島・長崎の被爆者からも、安倍氏らの発言を「取り消してほしい」「許せない」と非難する声が上がっている。
 核共有による国内への核兵器の配備は、周辺国の軍拡競争を招き、かえって国民の安全を脅かしかねない。
 核の脅しに核保有で対抗する主張は、あまりに短絡的だ。日本政府には「核なき世界」の実現に向けた役割こそ問われている。

【3月2日付】
▼毎日新聞「ウクライナ侵攻 露大統領の核発言 許しがたい非道な威嚇だ」
 https://mainichi.jp/articles/20220302/ddm/005/070/107000c

 こうした中、耳を疑う発言が飛び出した。安倍晋三元首相が核兵器を日米で共同運用する「核共有」について言及し、議論の必要性を訴えた。米国の核兵器を日本に配備することを認める政策だ。
 日本は唯一の戦争被爆国であり、核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」という非核三原則を国の基本方針としている。
 この原則に反するだけでなく、核廃絶という国家目標を放棄することにつながる。岸田文雄首相がすぐさま「認められない」と否定したのは当然である。
 日本が追求すべきなのは、危機に乗じて核兵器への依存を強めることではない。「核兵器なき世界」の理念を改めて喚起し、国際社会を束ねることだ。

▼北海道新聞「ウクライナ侵攻 常軌逸した核の脅迫だ」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/651593

 こうした情勢で、安倍晋三元首相は米国の核兵器を日本に配備して共同運用する「核共有」政策について議論の必要性に言及した。
 日本は唯一の戦争被爆国であり「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を国是としている。核廃絶の先頭に立つべき国の首相まで務めた政治家として、あまりに不見識だ。
 安倍氏の発言に関して岸田文雄首相は「非核三原則を堅持するわが国の立場から考えて認められない」と明言した。当然である。

▼中日新聞・東京新聞「核共有発言 非核三原則否定するな」
 https://www.chunichi.co.jp/article/427156

 核には核で対抗する姿勢は被爆国の国民感情や、核廃絶を目指す日本の立場と相いれない。核兵器使用も辞さない姿勢を示すロシアのプーチン大統領には、被爆者らが「断じて許されない」と非難の声を上げた。
 岸田文雄首相が非核三原則の堅持を表明し、核共有を否定したのは、日本の首相として当然だ。
 政府は国家安全保障戦略の改定に向けた論議を進める。国際情勢の変化に応じた戦略見直しの必要性は否定しないが、ウクライナ侵攻に乗じた安易な核共有や軍備増強を認めるわけにはいかない。
 日本が核共有すれば、核軍拡競争をあおり、核攻撃の口実を与えることになる。今必要なことは、非核三原則を含む「平和国家」の歩みをより強固にすることではないか。冷静な議論を望みたい。

▼神戸新聞「ロシアの核威嚇/容認できない危険な挑発」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202203/0015102004.shtml

 耳を疑うのは、安倍晋三元首相が米国の核兵器を自国の領土内に配備する「核共有」政策を議論すべきだと言及したことだ。危機に便乗するかのような発言であり、国是である「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則と明確に矛盾する。
 安倍氏は「世界の安全がどのように守られているのか、現実の議論をタブー視してはならない」と述べたが、核廃絶を訴えてきた日本の姿勢にまで疑問を持たれかねない。岸田文雄首相や関係閣僚が「わが国の立場から考えて、認められない」と口をそろえて否定したのは当然だ。
 核による威嚇にも使用にも毅然(きぜん)と反対する。それが「唯一の被爆国」であり、「平和国家」としての立ち位置である。深く肝に銘じたい。

▼高知新聞「【露の核威嚇】理性を疑う愚かな行動」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/546072

 岸田文雄首相はすぐに検討を否定した。国是の非核三原則に反するのは明白だから当然の対応だ。しかし自民党幹部が指摘するように「安倍氏個人の考え」と矮小(わいしょう)化できない面がある。
 非核三原則の法的根拠となる原子力基本法は原子力利用を平和目的に限るとしたが、2012年に大した議論もなく「わが国の安全保障に資する」との文言が追記された。
 さらに東京電力の福島第1原発事故後には、自民党の一部政治家らが原発と核抑止力を結び付け、原発維持を主張していた。政界には隠然として、核武装やその潜在的能力への志向が存在する。極めて危険な発想と言わざるを得ない。
 核兵器に核兵器で対抗すれば、核軍拡を招くだけだろう。それでは、いつまでたっても人類は核による破局の脅威から解放されない。緊張が高まっている今だからこそ、核廃絶への機運を高め、危機の回避につなげなければならない。

▼琉球新報「安倍氏『核共有』発言 『三原則』否定する暴言」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1478320.html

 日米は密約によって有事の際、沖縄に核兵器を再導入・貯蔵することを合意している。安倍氏が言う核共有を突き詰めれば、沖縄配備が選択肢の一つになりかねない。核配備は沖縄が標的になることを意味し、県民の生命・財産を危険にさらす。断じて拒否する。
(中略)
「現実の議論」とは何か。核共有しているドイツは、これまで抑止力になると説明してきた。だが、新連立政権は核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加を決めた。
 コイル外務国務相は共同通信の取材に対し、政権の将来の目標は「核なき世界、核なきドイツの実現」と説明し、米国の核爆弾撤去に向け「積極的に動く」と強調した。近い将来の目標実現は困難としたが、締約国会議への参加を通じ一歩を踏み出した。
 同盟国の米国が提供する「核の傘」を絶対視する日本の「核抑止信仰」こそ、核廃絶を求める国際世論からすれば、現実離れしている。

【3月1日付】
▼朝日新聞「ロシアの威嚇 核の連鎖あおる危うさ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15218811.html

 こうしたなかで安倍元首相が不見識極まりない発言をした。米国の核兵器を日本に配備し、有事に日本が使えるよう協力する「核共有」について言及し、「世界の安全がどう守られているかという現実についての議論をタブー視してはならない」などと述べた。
 戦争被爆国としての自覚と責務がみじんも感じられない。国際秩序が揺らぎ、核が拡散する未来の先に、日本を含む国際社会の平和と安全はないという現実こそを直視すべきだ。
 「核共有」について岸田首相は国会で質問され、「非核三原則を堅持するという我が国の立場から考えて、認められない」と否定した。当然である。
 政府にいま求められるのは、プーチン氏の暴挙にはっきりと異を唱えて国際的な圧力を強めるとともに、核軍縮や不拡散の取り組みが減速しないよう世界に働きかけることだ。
 そもそも核抑止論は、当事者の理性的な思考を前提にしているが、プーチン氏はそれも疑われている。核兵器が国際政治の具として存在する限り、破局のリスクはぬぐえない。核廃絶という目標の大切さを、今回の戦争が浮き彫りにしている。

▼産経新聞「核恫喝と『核共有』 国民守る議論を封じるな」
 https://www.sankei.com/article/20220301-KUZGTRF5QJM6DKN3FZH6UXKMTY/

 忘れてはならないのは日本が中国、ロシア、北朝鮮の核の脅威に直面していることだ。たとえば尖閣諸島や台湾関連の有事で、中国が核恫喝してくる恐れがある。
非核の自衛隊が核を持つ中国の侵略から日本と国民を守るには、米国の核の傘(核抑止力)が十分に機能していることが前提だ。核抑止は安全保障の基盤である。
安倍晋三元首相がフジテレビ番組で重要な問題提起を行った。ドイツなどNATO加盟国の一部が採用している、米国の核兵器を自国に配備して共同運用する「核共有」(ニュークリアシェアリング)政策を、日本も議論すべきだとの考えを示したのである。
だが、岸田文雄首相は国会で、核共有政策について「(『核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず』とする)非核三原則を堅持するわが国の立場から考えて、認められない」と述べた。議論を封殺するような答弁は疑問だ。
非核三原則の墨守で日本の安全保障が揺らぐなら見直しが必要になる。核共有も含め、日本をめぐる核抑止態勢が万全かどうか率直に議論する時期にきている。

▼信濃毎日新聞「日米共同作戦 既成事実化を認めまい」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022030100066

 政府は、中国や北朝鮮の脅威を理由にすれば、どんな無理も通ると考えているのか。
 専守防衛を転換する「敵基地攻撃能力」の検討は、議事内容も開示せず進めている。海兵隊が那覇港湾施設で主目的にない訓練を実施しても、国は「主目的に沿っている」と米側をかばう。
 ロシア軍がウクライナに侵攻し「次は中国が…」との言説も出回る。安倍晋三元首相は、高まる不安に乗じたのか。
 テレビ番組で、米国の核兵器を日本に配備し共同運用する政策を議論すべきだと主張した。岸田文雄首相が「核兵器を使用、保有する選択肢はない」と言明した直後だ。非核三原則をないがしろにしており、聞き捨てにできない。
中国が軍備を増強し、東・南シナ海の秩序を脅かしているのは確かだ。だからといって、中国を封じ込めたい米国の戦略に追従するのでは、国内が戦禍に見舞われる危険はかえって高まる。
 自立した地域の営みを求めるアジアの国々の声を糾合し、米中両国に関与して衝突を防ぐ―。妥協点を探って対立を和らげる外交を二の次にしてはならない。

▼西日本新聞「ロシアの核威嚇 時計の針逆戻りさせるな」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/883596/

ベラルーシの動きも核拡散防止の観点から看過できない。憲法から「自国領を非核地帯とし中立国を目指す」との条文を削除する改正案が国民投票で承認された。同盟国ロシアの核兵器が配備される恐れが出てきた。
 一連の動きは、核を持たずに平和な社会を目指す大多数の国の努力を無にするものである。
 唯一の戦争被爆国、日本もそんな努力をしてきた国だ。にもかかわらず、安倍晋三元首相がウクライナ侵攻に関連して核共有政策の議論を提起した。米国の核兵器を日本に配備し、共同運用する政策だ。非常事態に乗じて核軍縮の潮流に背を向けるような言動は慎むべきだ。